「バリアフリー」と言いますが、「バリア」は「本人」の「外側」に社会が置いたものです。だから「バリアの克服」は「社会の責務」。もしも「本人そのもの」が「バリア」だとしたら、それはたぶん「犯罪者」や「失政者」のことでしょう。
【ただいま読書中】『応天の門(6)』灰原薬 作、新潮社、2016年、580円(税別)
菅原道真少年は、漢語ができることを披露してしまいます。かれはもっと小さいときから、唐に憧れ続けているのです。しかし彼の前に出現した唐人は、終末期を迎えた唐の厳しい現実を背負っていました。しかし、その「現実」を見ても道真の憧れの気持ちは変わりません。
「現実」を見ても「自分の気持ち」が変わらないのは、宮中の貴族たちも同じです。まあ、ほとんどの人は現実を見ようともしないのですが。現実を見ようとするのは藤原一族。現実を見ずに自分の中の「ロマン」のみを大切にする代表が、源融。「河原左大臣」として百人一首に「陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに……」の歌を残している人です。百人一首繋がりですが、源融が残した六条河原院が荒廃した跡について詠んだ「やへむぐら しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり」(恵慶法師)もまた百人一首に選ばれていますが、これはまだまだ先の話。本書では源融は「自分の屋敷」の造営に必死ですが、そこの山桜に「祟り」の噂が。その謎に道真少年は挑戦させられます。
いやいや、史実を細かく散りばめて、私が受けるツボをちくちくと刺激してくれる漫画です。読んでいて、楽しいなあ。