私が子供の頃には「お紅茶」「おコーヒー」といった不必要に馬鹿丁寧な言葉遣いが「日本語に厳しい人」からは揶揄の対象となっていました。日本語は今はもうそれどころではない「乱れっぷり」ですが。
ところで「受験」に「お」がついて「お受験」になると、「受験を丁寧に言ってみました」ではなくて、「受験」の意味そのものが変容してしまいましたね。私の語感では「受験生」ではなくて「その親」の方に「お受験」は視線を向けているように感じられます。しかし、そこまで他人の受験に夢中になれるのだったら、自分が受験すれば良いのに、というのは「お受験」とは無縁の人間の戯言でしょうか。
【ただいま読書中】『<お受験>の歴史学』小針誠 著、 講談社選書メチエ、2015年、1750円(税別)
日本の小学校の1%は私立・0.3%が国立で、そこへの幼児受験が「お受験」と呼ばれています。著者は「お受験の問題点(やたらと難しい試験問題とか、受験できるのがかぎられた社会階層の家庭だけ)」をあげつらうのではなくて、私立小学校を選択する受験する側の行為と、受験生を選抜する私立小学校の行為とを考察することで日本の何が見えてくるのか、を本書で扱おうとしています。著者は考察の視座として「歴史」「社会」「海外との比較」を採用しています。
明治時代に、「私学」は実にたくさん誕生し、そしてたくさんが消滅していきました。20世紀になり公教育が充実するにつれて私立学校の数は減少しますが、教育の量的充実は「質」を求める人々を私立学校に走らせることになります。さらに大正新教育運動によって、高くても良い教育を求める人が私立学校に集まり、さらに、エスカレーター方式の内部進学が小学校からできる学校の人気が高くなりました。そのため定員を超えた応募者から選抜をするための入試が厳しくなっていきます。
1930年代の軍国主義で「様々な学校のあり方」は許されなくなりました。さらに41年の国民学校令で私立小学校は「国民学校」を名乗れないことになります。そのため国民学校に準じる「認定学校」として「**学園初等部」「**初等学校」と名乗って存続を許されることになりました(その名残がたとえば「成城学園初等学校」などに今でもありますね)。
戦争によって学校も甚大な損害を受け、そこからの復興とカリキュラムの変更など、学校は大変ですが、受験戦争はどんどん激化していました(本書掲載の図表で見る限り、戦前より倍率がアップしています)。すると、選抜試験は難しくなり、そうするとそれに対する“対策”も進歩していくことになります。学歴偏重主義はますます盛んになり、高校受験や大学受験の競争は激化し、その影響で小学受験もますます競争が厳しくなっていきます。そうそう、70年代には「公立不信」が“ブーム”となります。そのため小学受験はますます人気となりました。かくして、80年代の「お受験」「お入学」の時代が到来します。
ただし「お受験」についてのきちんとした学術的研究はあまりありません。マスコミは大騒ぎしていましたけれどね(1999年文京区音羽での「お受験殺人事件」も、本人の供述でも実際の裁判での判決文でも殺人の動機に「(国立幼稚園の)お受験」はまったく無関係だったのですが、マスコミはそんなのは無視して「お受験殺人」を創作してしまいました。で、そのマスコミの創作を信じ込んだ“教育評論家”たちがまた好き放題の放言をしてマスコミに加担することになります)。
保護者の傾向は、高学歴・高収入・父親は管理職・母親は専業主婦・趣味は正統文化(クラシック音楽や美術館博物館鑑賞など)、といった感じですが、もちろんすべての家庭がこの“ジャンル”に収まるわけではありません。
21世紀になって小学校設置基準が緩和されました。そのため私立小学校が続々新設されています。ところが「少子化」も進んでいます。そのため「お受験」で保護者から「選択」されない学校は経営が苦しくなります。生き残りのために、著者は「老舗」を目指すかあるいは「コンビニ」を目指す路線がある、と考えています。「老舗」はともかく「コンビニ」ですかぁ。
イギリスには、多様な理念や経営方式による「プレップ・スクール」がありますが、学費の平均は年間137万円、全寮制だと寮費込みで年間410万円にもなります。入学面接では、学校長の裁量が非常に大きく、さらに「コネ」が強く作用します。日本では(タテマエとして)選抜に主観が排され「コネ」はあったとしても極秘裏に処理されるのとは対照的です。イギリスのプレップ・スクールで重視されるのは、子供の個性とそれが学校のカラーに合うかどうか、で画一的な試験ではそれを知ることはできない、と言うことのようです。プレップ・スクールを希望するイギリスの保護者が特に重視するのが「クラスサイズ(学級の規模)」だそうです。プレップ・スクールでは一クラス10名以下(公立小学校の半分)なのです。公立小学校の20.4人も日本の28人に比較したら小さいんですけどね。もしも日本でイギリス式のプレップ・スクールを採用したら、まず世襲政治家たちのご子息に占領されてしまいそうな気がします。現在でも“名門”小学校と内部進学コース出身の政治家はけっこう多いはずですから。
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