いつのまにか将棋や囲碁は、「AIに鍛えてもらおう」「AIに形勢判断をしてもらおう」という風潮になりました。それでも人間と人間が対局する姿は、その魅力を保ち続けています。
ロボットもおそらくそうでしょうね。たとえば「ラグビーロボット」が開発されて、体重200kgで時速100kmで動く、なんてことが可能になったとしても、人間同士のラグビーワールドカップが、その魅力を失うことはないでしょう。
【ただいま読書中】『われ敗れたり ──コンピュータ棋戦のすべてを語る』米長邦雄 著、 中央公論新社、2012年、1300円(税別)
昭和の末から、将棋ソフトは開発を続けられ、日本将棋連盟はその支援をしていました。しかし連盟の会長だった著者は「対局料が1億だったら、プロとソフトの公式対局を認める」という縛りを発表、事実上正式な対局を禁止していました。そして2007年、当時最強のソフト「ボナンザ」と渡辺明竜王との公式対局が行われました(大和証券と将棋連盟の契約金は1億で、渡辺竜王の対局料は1000万円でした)。結果は渡辺竜王の勝利。
その後もコンピューター将棋ソフトは進歩を続け、2010年情報処理学会からのプロ棋士への挑戦では、スーパーコンピューター208台を連結した「あから2010」が清水女流王将を破ります。
そして、中央公論新社とドワンゴ社が「コンピューター将棋 vs 米長元名人」の対局を企画します。
著者は早速市販で最強とされていた「激指10」を購入、対局してみると、早指しだと勝率が1〜2割。市販ソフトでこの強さですから、「プロとの対決」用にチューンナップされたソフトはどのくらい強いでしょう。
2012年世界コンピュータ将棋選手権で優勝した「ボンクラーズ」が著者の対戦相手に決定。持ち時間は各三時間(切れたら1分将棋)、ニコニコ動画で生放送、と決まります。
著者は50歳で名人になり、それ以後もそれほど力ががくんと落ちているようには見えませんでした。それでも68歳ですから、体力や精神力は少しずつ低下してはいたでしょう。それでも著者は先人(67歳で名人戦挑戦者決定リーグ(現在のA級)に参加して7勝8敗だった阪田三吉、59歳まで棋聖・王将のタイトルを保持し69歳で亡くなるまでA級に在籍し続けた大山康晴)の例を思い出して、自分を鼓舞します。まずは体調を整えます。酒を断ち、体重を落とします。若い頃を思い出して詰め将棋に没頭。しかし、著者が1時間かかって解いた詰め将棋を、コンピューターは0.1秒で解きます。この“実力差"をどうやったら?
著者は自宅に「ボンクラーズ」が入ったパソコンを導入(28万円、自費。ただしセッティングはボンクラーズ開発者がやってくれました)。ひたすら練習対局を繰り返します。そこで得たのが「人間の将棋とコンピューターの将棋は、違う」という感触です。そして、ボンクラーズに勝つためには、序盤で圧倒的に有利にしておかなければいけない(終盤で競っていたら、絶対に人間側が負かされる)、という結論を得ます。なにしろ「ボンクラーズ」は、著者のパソコンに入っているタイプで1秒間に170万手、実戦の日に登場したタイプは1秒間に1800万手を読む、というとんでもない能力を持っているのです。
さらにコンピューターは、豊富な序盤データも持っていました。著者自身がもう忘れているような自身の古い棋譜さえデータとして持っています。
そこで著者は「奇策」を思いつきます。コンピューターが知らない手を初っ端に指すことで、そういった「豊富な序盤データ」を無効化してやろう、と。そこで出たのが有名な「後手6二玉」です。この手の由来が意外な人からのヒントなのですが、こういった面白い裏話はぜひ本書でどうぞ。ともかく、相手の有利な面を少しでも潰しておいて未知の局面に導いたら、人間の側にも勝機がある、が著者の“読み"でした。
対局会場は将棋会館。ところが「ボンクラーズ」は、複数のコンピューターを接続してさらに読みの精度を高めたい、と希望。ところが電源が足りません。将棋会館で使えるのは4000ワット。ところがボンクラーズはその3倍を欲しがります。人間も名人クラスが何人も接続して能力アップができたら良いんですけどね。
勝負の結果がどうだったか、それは本書のタイトルに書いてあります。しかし、ニコニコ生放送に集まった人たちは「勝負」だけではなくて「人間が将棋を真剣に指している姿」に感銘を受けたようで、それが現在の「囲碁・将棋チャンネル」や「abemaTV」などの隆盛につながっているようです。つまり、著者は「将棋の勝負」には負けましたが、日本(あるいは世界)の将棋人気の裾野を広げた点では“勝った"といっても良いでしょう。なにしろ著者は、棋士としては引退していて将棋連盟の会長職にあるのですから。そして、翌年から「第2回電王戦(コンピューターソフト5つ vs 人間の棋士5人)」が始まることになります。
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