最近オヤジのことを良く思い出します。
小学校の運動会で親子リレーの写真が残っています。二十数年前に(83歳)で他界し 私もその年齢に近づいて来たからかもしれません。
オヤジの趣味はカメラでした。当時は真っ暗な押入れに入って、幻灯機で映し出されるフィルムからの画像を印画紙に焼き付けるのです。
「はい、五つ数えて・・・。1.2.3.4.5・・・と」何か不思議な世界に入り込んだような気がいたします。昔は白黒ですが自分で写真を焼いていたのです。
押入れを出た後、外の明かりに目がくらむくらいでした。その後現像液に浸けるのですが、そのタイミングや色の出方などを見計らって引き揚げ、水洗いし乾かします。現像液は独特な臭いがして、今でも覚えているくらいです。
水洗いが重要で、現像液を洗い流さないと、すぐにセピア色になってしまいます。
これらの昔の写真はすべてオヤジが撮ってくれたものです。たくさんの写真を残してくれました。
そのDNAを引き続いているのでしょう。私もカメラ好きで、いつもカメラを持ち歩いています。アナログからデジタルに変化しました。
デジタルが出始めたころ(70万画素~100万画素)ですが、高価でしたが(画像は荒かったのですが)オヤジは買い求めて、これからこの時代が来るよと言っていました。電動アシスト自転車も発売直後に買い求め、半日は走れませんでした。しかし、すぐにそんな時代になりました。
他人にとっては、なんて言うこともない写真ですが、私には思い出がたくさん詰まっています。
晩年(企業勤めて退職後)はバブル期と重なり、呉服屋だった関係でお客さんのご招待旅行で国内はもとより世界中をカメラを持ってパチリしていました。
やさしいオヤジだった。写真の撮り方など、もっと教えて欲しかった・・・。
私のコレクションです。今ではデジタルが主流ですがフィルム式のカメラは手放せません。
私はフィルム時代ですが特に水中写真に夢中になり、重たいカメラ器材を持っては潜っていました。フィルムは36枚撮りですので、36回しかシャッターを押せんません。逆にそれが楽しかったのでしょう。
それらのほとんどは、道志に置いてあります。
当時(子ども)のころは水先便所ではなく、ぼっとんトイレから汚わいを汲んで、親子で段違いの格好でオヤジと担ぎ畑に撒いていました。トイレットペーパーは新聞紙のころです。
風呂に水を入れるのも井戸汲みして焚きつけも、私の役割です。核家族化ではなく、それぞれの役割がありました。姉さまも良く宿題の手伝をしてくれました。
オヤジと共通の趣味になっているカメラについてもっと話したかったですね。
デジタルカメラですので、あちこちでパチリしています。外付けハードディスクも整理が必要です。何かあった時は、不燃ごみとしてそのままポイされるのでしょう。
それで良いかとも思っています。思いでは自分だけのものですから・・・。
このカメラ好きはやはりオヤジのDNAのせいかも知れません。
Hiro