Y美に先導してもらって、尻から尻尾を垂らしたまま、全裸の僕は河原を歩いていた。土手の散歩道に上がればもっと歩きやすく、近道でもあるのだが、ジョギングの人がちらほら通るので、石がごろごろしている河原をあえて選んだのだった。
土手に整備された散歩道が左手の方向に離れていく。Y美と僕は、まっすぐ川沿いを進んだ。川幅が狭くなり、大きな岩が波のように越えても越えても立ちはだかってくる。月が明るく、川の音が轟々と山に鳴り響いていた。
岩の上に腰かけて僕が追いつくのを待っていたY美は、「あんたの裸、月の光を浴びて青白く発光しているみたいだよ」と、僕の体を指した。Y美も月光の妖精のように見える、と言おうとして、黙った。「奴隷の分際で気安く誉めないで」と、叱られるかもしれなかった。
Y美の腰かけている岩に上がると、ここから川とは反対の方向の小道を抜けて普通の舗装された道を歩くのだとY美が説明した。草や蔓が鬱蒼と茂った砂利道は足の裏がちくちくして歩きにくかった。普通に学校の制服を着て靴を履いているY美が振り向いて、「なに愚図愚図歩いてんだよ。遅いよ」と、手招きをした。
土の斜面の上にガードレールが見えた。Y美が助走をつけて一気に駆け上がり、ガードールをまたぐと、僕に合図した。途中でY美がストップのサインを出したので、急に止まった僕はそのままずるずると滑って下まで戻ってしまった。車のヘッドライトが一瞬ガードレールの内側でしゃがんでいるY美を照らした。駆け上がった僕の胸や下腹部、膝などが土で汚れているのを見て、「ださい。運動神経悪いんじゃないの」と言うと、Y美は背を向けて、すたすたと歩き出した。
またエンジンの音がした。爆音で、集団のようだった。オートバイと車が派手にエンジンをふかし、景気付けにクラクションを鳴らしながら、こちらに来るのだった。ハイビームのヘッドライトがもうすでにY美と僕を照らし出しているのではないかと思われるほど、眩しい。
歩道の脇の空地にドラム缶が一つだけ放置されていた。急いでその陰に隠れると、Y美に押し出されてしまった。他に隠れる場所が見当たらない。一緒に隠れさせてください、とY美にお願いすると、「こんな小さいドラム缶に二人隠れられるはずがないでしょ。向こうに行ってよ。女の私が襲われたら、どうするのよ」と、にべもない。
激しい爆音の集団がどんどん近づいている。路上で尻尾を垂らした素っ裸のまま右往左往している僕は、恐怖に駆られて、側溝に身をひねらせた。側溝にはこんこんと水が流れていて、横たわる僕の背中まで水に浸かった。首だけが道路の上に出ている具合だ。連中がいよいよ迫る。僕は一つ大きく深呼吸すると、水の中に体全体を沈めた。しかし、背中が浮いてしまい、背中を水の下に隠そうとすると、今度はお尻が浮き上がるのだった。昼間のような明るさが水の中まで届く。僕は側溝の両側に股を開いて、浮き上がらないように体を押さえた。
連中はゆっくりゆっくりと進むのだった。道路の端いっぱいまで広がって走るので、ふと彼らが側溝を覗き込んだりしたら、見つかってしまう。耳をつんざく爆音に混じって、連中の叫び声、怒鳴り声が聞こえた。水の中でじっと隠れている全裸の僕を嘲るような、女の人の甲高い笑い声もあった。僕は何度も息が苦しくなり、水面上にぎりぎり口を寄せて、息を吐いた。じゅっと音がして、僕のお尻の上に吸いさしの煙草が投げ込まれた。お尻が浮いていたら、焼印のような火傷を負っていたと思う。
どれくらいの時間が過ぎたことだろう。その数は優に50台を超えていた。爆音が遠ざかり、辺りがふたたび月の光のか細い明るさに戻ったように感じられた。
水の中から顔を上げようとした僕の頭に板のようなものが覆い被さり、ぐいぐいと上から押さえ付けられた。息が苦しい。水を飲んでしまって、溺れそうになった。
「いつまで隠れているのよ。とっくに通り過ぎたのに」
側溝の脇に上がって四つんばいのまま、げぼげぼと水を吐いている僕に、Y美が言った。板をブーメランのように回転させながらドラム缶の方へ放り投げれると、Y美は僕に構わず歩き出した。体の水滴がひっきりなしにぽたぽたと落ちている。僕はちらと後ろを向いて、路面に濡れた素足の足跡が残るのを見ると、Y美に置いて行かれないように、少し早足で全裸の体を進めた。
周囲には木の一本すら生えていない平らな道を過ぎて、橋を渡ってしばらく行くと、左手に人家が並ぶ道へ曲がる。街灯が等間隔にあって、明るい。僕は最初の人家にさしかかる手前で立ち止まり、Y美に言った。
「向こうのみなみ川に沿って行かないのですか。ここでは人に見られてしまいます」
「あのね」と、Y美はおちんちんを隠しながら震えて立っている僕を哀れむように見て、言った。「いっぱい歩いて疲れたし、これ以上あんたのために遠回りしたくないんだよ。明るいったって、この歩道の脇には用水路があるでしょ。あんたはこの用水路の中を歩けばいいの。私は歩道を歩くから。分かったの?」
分かりました、と小声で返事をすると、僕はフェンスを越え、用水路を流れる水に向かって爪先を伸ばした。少しずつ用水路の水に体を下ろしてゆく。おへそが隠れてもまだ足がつかない。足がぬるぬるした底に着地した時、用水路の静かな流れがひたひたと僕の乳首を撫でていた。僕は用水路の流れに逆らって歩き始める。さきほどの側溝も、この用水路も、川に比べれば水が温く感じられる。Y美は僕のペースに合わせてゆっくり歩いてくれた。そして、上から覗いて、「今日は水遊びがたくさんできて、楽しいね」などと、冷やかすのだった。
歩道を何人かの人が通り過ぎた。少しでも用水路を覗かれたら、僕の存在に気づかれる。人が過ぎるたびに僕は立ち止まり、息をとめて水の中に体を隠した。
車が来て、Y美の横に止まったようだった。
「Y美じゃないか。こんなとこでなにしてる?」
「あら、D先生」と、Y美の声がした。D先生は僕たちの中学の体育の教師だった。
「友だちの家で遊んでて遅くなっちゃったんです。今から帰るところです」と、Y美がでっち上げると、
「感心しないな。女の子が夜道を一人で歩いているなんて。送ってやるから、車に乗りな」と、言うのだった。
「いや、いいんです。もう近いから。それにここ、家もいっぱいあるし、変な人に声かけられたら、私、大声張り上げるから。今も大声出すところでした」
「冗談よせよ、こいつ」と、D先生が苦笑していた。「まあ、いいから乗れよ」
「でも先生、私、送ってもらう訳には行かないの。だって一人じゃないんだもん」と、Y美が返して、ちらりと用水路の中で胸元まで水に浸かっている僕を見た。
「誰かいるのか。おい」と、D先生の車のドアが開き、下りて、こちらに近づく足音が聞こえた。
「いやだ。なに言ってるんですか、先生」と、Y美が笑ってごまかそうとしたが、D先生の行動をとどめるには至らなかった。足音がして、フェンスを揺らす音が聞こえた。恐らく、用水路に眼差しを向けているに違いない。
「この用水路には、いつも満満と水が湛えられているな」と、D先生が静かに言った。
「そうなんですか、先生」と、Y美が相槌を打つ。僕は梯子に掴まって、用水路の水の中に息を止めてしゃがみ込んでいた。
「ああ。何か生活をしていく上で忘れてはならないものをこの用水路を流れる豊かな水は、教えてくれるな」
感傷に耽っているD先生をY美がまともに相手にしなければいいが、と思いつつ、僕は苦しくなってきた息に耐えていた。
「先生ったら、おもしろい。学校では絶対そんなこと言わないくせに」
「ばか。俺だって、いろいろ思うことはあるんだよ」
「先生」
「・・・なんだ?」
「送ってくれる?」
「いいよ」と、D先生の明るい返事が響くと、Y美が突然笑い出した。
「私の母の知り合いの地元新聞の記者が迎えに来てくれることになってるの。私がいなくて、先生に送ってもらったって知ったら、教師と教え子の関係を誤解して、変な記事を書くかもしれない。ゴシップ大好きだから」
明らかにうろたえた様子でD先生は、
「大人をからかうんじゃない。まあ、気をつけて帰れよ」とだけ言うと、車にそそくさと乗り込み、走り去るのだった。
「行っちゃった。バーカ」と、Y美が舌を出しているのが、水の中からガバリと頭を出して、肩を揺らしながら荒く呼吸をしている僕の目に映った。
歩道の曲がり角で用水路は終わっていた。鉄柵があって、どんどん水が流れ込んでいた。Y美は僕に用水路から上がるように言った。そこは、街灯の下のT字路だった。僕は全身ずぶ濡れの素っ裸の身を縮ませて、人に見られる不安に怯えていた。今にもひょいと通りに人が現れそうなのだった。
「今からここを曲がって、その角の家に寄るからね」と、Y美が家とは反対の方向を示した。「F田さんちに寄って、雪ちゃんにちゃんと謝るのよ。はさみを無くしてごめんなさいって」
「いやです。それだけは勘弁してください」
「駄目よ。あんた、雪ちゃんに借りたはさみをパンツと一緒に川で無くしたでしょ。ちゃんと謝罪しなくちゃ。お詫びの印に犬のように尻尾をつけて、犬のように素っ裸のまま、お詫びに伺いましたってね」と言うと、僕の耳たぶを引っ張って、向こうの角の家まで力ずくで連れてゆくのだった。
その家の門の前で、僕は四つんばいになるように命ぜられた。
「いい? チャコは今から犬なんだから、二本足で立ったら許さないからね。ちゃんと犬の格好のまま、雪ちゃんに謝るんだよ。おちんちんを隠さないこと」と、僕に約束させるのだった。
Y美の後から、四つんばいになってお尻を高く突き上げ、門の中に入って行く。Y美が呼び鈴を鳴らすと、雪ちゃんが出てきた。
「あら、まあ、どうしたの。これは、すごい、びっくり。いやだ」と、全裸四つんばいでお尻から尻尾を垂らしている僕を見て、雪ちゃんは驚きあきれ、失笑するのだった。
「あなたに借りたはさみ、この子、川に無くしたのよ。それで犬の格好のまま、お詫びに来させたの」と、Y美さんが四つんばいの僕の背中をぴしゃりと打った。
「この人、チャコだっけ。あれからずっと素っ裸のままなの?」
「そうだよ、ずっとオールヌードのまま」
「体が濡れているみたいだけど」
「途中、用水路の中に隠れたりしたからね」
「え、あの場所からここまで、素っ裸のまま来たの?」
「そうだよ。人に見つからないように優しい私が気を遣って、素っ裸のまま歩いてきたんだよ」と、Y美が得意げに胸を張って答え、僕のお尻から出ている尻尾を撫ぜた。
謝る時は土下座、とY美の鋭い声がして、僕は飛び石の砂利の上で正座させられた。雪ちゃんのほか、妹の幸ちゃんまで縁側に腰掛けていた。
「はさみを無くして、申し訳ありませんでした」砂利に手をついて深々と頭を下げる僕を見て、幸ちゃんが「この人、絶対おかしいよ。なんで裸なの。洋服はどうしたの」と、姉の雪ちゃんに聞く。
「服はね、悪いことしたから、取り上げられちゃったの。だから、ずっと素っ裸のままでいるしかないんだよ。可哀想でしょ」と、Y美が雪ちゃんの代りに答えた。
「預かった鞄は、Y美さんちの玄関に置いといたけど、もしかして、あの鞄の中にこの人の服とか入っていたんじゃ・・・」と、雪ちゃんが言いかけると、Y美が「その通り、ピンポーン」と、答えた。
土下座のあと、姉妹の前でお尻を高く突き上げ、尻尾を振る芸をさせられた。
雪ちゃんが手持ちのライトで照らしながら、僕のお尻に埋められているゴム状の球体をじっと観察した。雪ちゃんに肛門を観察されるのは、これで二度目だ。揉みながら引っ張るが、尻尾は、やはりびくとも動かなかった。
F田さんの家を出ても、しばらくは四つんばいのまま歩かされた。街灯が明るいT字路まで来ると、Y美が「走るよ、ダッシュ」と、腕を振って走る真似をした。
普通に服を着て靴を履いているY美には分からないのかもしれないが、頭の先から爪先まで、肛門から出ている尻尾の他は全く何一つ身につけていない丸裸の僕が、Y美と一緒にダッシュすることなど、できる訳がないのだ。足の裏を傷つけてしまう。
「いやなら走らなくていい。人に見られても知らないから。農道に出るまでは、飲み屋とか定食屋がいっぱいあるからね」と、僕の言い分に耳を貸さず、Y美は走り出すのだった。仕方なく、僕も走った。走ってみると、思っていたよりも足の裏は痛くなかった。飲み屋が並んでいる通りを過ぎて、農道の入り口まで来ると、Y美が待っていた。Y美も肩で息をしている。僕は両膝に手をつき、腰をかがめて呼吸を整えた。
この農道から家まで、あと少しだ。Y美に耳たぶを引っ張られて、素っ裸に剥かれた体を縁側に吊るされた時、ここを女子中学生の集団が通り、裸体が見られてしまうのではないかとびくびくしたものだった。今、僕はこの道を素っ裸の四つんばいで歩かされている。「ここから家までは二本足歩行禁止」と、Y美は冷酷に言い放つのだった。
家にやっとたどり着き、玄関のドアノブに鞄が引っ掛かっているのを認めると、僕は矢も盾もたまらず、立ち上がって鞄を取りに走った。鞄からワイシャツ、アンダーシャツを取り出し、一刻も早く身に付けようとする。と、Y美があっさり僕の手から服を取り上げるのだった。
「誰が、服を着ていいって言ったかな」と、Y美は僕の服を地面に叩きつけた。
「申し訳ございません。許してください」僕が必死になって頭をY美の靴になすりつけると、いきなり蹴り上げられた。飛ばされた僕は庭石に腰をぶつけ、悲鳴を上げた。
「チャコ、あんたはこの家の中ではパンツ一枚が原則でしょ。なんでシャツなんか着ようとしたの。それって約束を破ったことになるよね」
絶句して震えている僕に、Y美は続けた。
「パンツ一枚だけは穿いてよかったのに。でも、考えてみて、チャコ。あんたは今お尻から尻尾を出している犬なんだよ。悪いけど、その尻尾が取れるまではパンツ一枚穿かせられない。その尻尾が取れるまでは、犬らしく、素っ裸のままでいなよ」
やっと全裸から解放される、という希望が無残にも打ち砕かれ、茫然自失となった僕の髪の毛を掴むと、Y美はすごい力で引き摺り始めた。僕は四つんばいのまま、僕専用の離れのトイレまで連れて行かれた。
「オールヌードの犬である間は、ここのトイレを寝床にすること。食事もここでしなさい。今から夕飯を届けてあげるからね」と、Y美は和式便器が一つだけある狭い空間に僕を押し込めると、外側から戸に南京錠をかけるのだった。
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土手に整備された散歩道が左手の方向に離れていく。Y美と僕は、まっすぐ川沿いを進んだ。川幅が狭くなり、大きな岩が波のように越えても越えても立ちはだかってくる。月が明るく、川の音が轟々と山に鳴り響いていた。
岩の上に腰かけて僕が追いつくのを待っていたY美は、「あんたの裸、月の光を浴びて青白く発光しているみたいだよ」と、僕の体を指した。Y美も月光の妖精のように見える、と言おうとして、黙った。「奴隷の分際で気安く誉めないで」と、叱られるかもしれなかった。
Y美の腰かけている岩に上がると、ここから川とは反対の方向の小道を抜けて普通の舗装された道を歩くのだとY美が説明した。草や蔓が鬱蒼と茂った砂利道は足の裏がちくちくして歩きにくかった。普通に学校の制服を着て靴を履いているY美が振り向いて、「なに愚図愚図歩いてんだよ。遅いよ」と、手招きをした。
土の斜面の上にガードレールが見えた。Y美が助走をつけて一気に駆け上がり、ガードールをまたぐと、僕に合図した。途中でY美がストップのサインを出したので、急に止まった僕はそのままずるずると滑って下まで戻ってしまった。車のヘッドライトが一瞬ガードレールの内側でしゃがんでいるY美を照らした。駆け上がった僕の胸や下腹部、膝などが土で汚れているのを見て、「ださい。運動神経悪いんじゃないの」と言うと、Y美は背を向けて、すたすたと歩き出した。
またエンジンの音がした。爆音で、集団のようだった。オートバイと車が派手にエンジンをふかし、景気付けにクラクションを鳴らしながら、こちらに来るのだった。ハイビームのヘッドライトがもうすでにY美と僕を照らし出しているのではないかと思われるほど、眩しい。
歩道の脇の空地にドラム缶が一つだけ放置されていた。急いでその陰に隠れると、Y美に押し出されてしまった。他に隠れる場所が見当たらない。一緒に隠れさせてください、とY美にお願いすると、「こんな小さいドラム缶に二人隠れられるはずがないでしょ。向こうに行ってよ。女の私が襲われたら、どうするのよ」と、にべもない。
激しい爆音の集団がどんどん近づいている。路上で尻尾を垂らした素っ裸のまま右往左往している僕は、恐怖に駆られて、側溝に身をひねらせた。側溝にはこんこんと水が流れていて、横たわる僕の背中まで水に浸かった。首だけが道路の上に出ている具合だ。連中がいよいよ迫る。僕は一つ大きく深呼吸すると、水の中に体全体を沈めた。しかし、背中が浮いてしまい、背中を水の下に隠そうとすると、今度はお尻が浮き上がるのだった。昼間のような明るさが水の中まで届く。僕は側溝の両側に股を開いて、浮き上がらないように体を押さえた。
連中はゆっくりゆっくりと進むのだった。道路の端いっぱいまで広がって走るので、ふと彼らが側溝を覗き込んだりしたら、見つかってしまう。耳をつんざく爆音に混じって、連中の叫び声、怒鳴り声が聞こえた。水の中でじっと隠れている全裸の僕を嘲るような、女の人の甲高い笑い声もあった。僕は何度も息が苦しくなり、水面上にぎりぎり口を寄せて、息を吐いた。じゅっと音がして、僕のお尻の上に吸いさしの煙草が投げ込まれた。お尻が浮いていたら、焼印のような火傷を負っていたと思う。
どれくらいの時間が過ぎたことだろう。その数は優に50台を超えていた。爆音が遠ざかり、辺りがふたたび月の光のか細い明るさに戻ったように感じられた。
水の中から顔を上げようとした僕の頭に板のようなものが覆い被さり、ぐいぐいと上から押さえ付けられた。息が苦しい。水を飲んでしまって、溺れそうになった。
「いつまで隠れているのよ。とっくに通り過ぎたのに」
側溝の脇に上がって四つんばいのまま、げぼげぼと水を吐いている僕に、Y美が言った。板をブーメランのように回転させながらドラム缶の方へ放り投げれると、Y美は僕に構わず歩き出した。体の水滴がひっきりなしにぽたぽたと落ちている。僕はちらと後ろを向いて、路面に濡れた素足の足跡が残るのを見ると、Y美に置いて行かれないように、少し早足で全裸の体を進めた。
周囲には木の一本すら生えていない平らな道を過ぎて、橋を渡ってしばらく行くと、左手に人家が並ぶ道へ曲がる。街灯が等間隔にあって、明るい。僕は最初の人家にさしかかる手前で立ち止まり、Y美に言った。
「向こうのみなみ川に沿って行かないのですか。ここでは人に見られてしまいます」
「あのね」と、Y美はおちんちんを隠しながら震えて立っている僕を哀れむように見て、言った。「いっぱい歩いて疲れたし、これ以上あんたのために遠回りしたくないんだよ。明るいったって、この歩道の脇には用水路があるでしょ。あんたはこの用水路の中を歩けばいいの。私は歩道を歩くから。分かったの?」
分かりました、と小声で返事をすると、僕はフェンスを越え、用水路を流れる水に向かって爪先を伸ばした。少しずつ用水路の水に体を下ろしてゆく。おへそが隠れてもまだ足がつかない。足がぬるぬるした底に着地した時、用水路の静かな流れがひたひたと僕の乳首を撫でていた。僕は用水路の流れに逆らって歩き始める。さきほどの側溝も、この用水路も、川に比べれば水が温く感じられる。Y美は僕のペースに合わせてゆっくり歩いてくれた。そして、上から覗いて、「今日は水遊びがたくさんできて、楽しいね」などと、冷やかすのだった。
歩道を何人かの人が通り過ぎた。少しでも用水路を覗かれたら、僕の存在に気づかれる。人が過ぎるたびに僕は立ち止まり、息をとめて水の中に体を隠した。
車が来て、Y美の横に止まったようだった。
「Y美じゃないか。こんなとこでなにしてる?」
「あら、D先生」と、Y美の声がした。D先生は僕たちの中学の体育の教師だった。
「友だちの家で遊んでて遅くなっちゃったんです。今から帰るところです」と、Y美がでっち上げると、
「感心しないな。女の子が夜道を一人で歩いているなんて。送ってやるから、車に乗りな」と、言うのだった。
「いや、いいんです。もう近いから。それにここ、家もいっぱいあるし、変な人に声かけられたら、私、大声張り上げるから。今も大声出すところでした」
「冗談よせよ、こいつ」と、D先生が苦笑していた。「まあ、いいから乗れよ」
「でも先生、私、送ってもらう訳には行かないの。だって一人じゃないんだもん」と、Y美が返して、ちらりと用水路の中で胸元まで水に浸かっている僕を見た。
「誰かいるのか。おい」と、D先生の車のドアが開き、下りて、こちらに近づく足音が聞こえた。
「いやだ。なに言ってるんですか、先生」と、Y美が笑ってごまかそうとしたが、D先生の行動をとどめるには至らなかった。足音がして、フェンスを揺らす音が聞こえた。恐らく、用水路に眼差しを向けているに違いない。
「この用水路には、いつも満満と水が湛えられているな」と、D先生が静かに言った。
「そうなんですか、先生」と、Y美が相槌を打つ。僕は梯子に掴まって、用水路の水の中に息を止めてしゃがみ込んでいた。
「ああ。何か生活をしていく上で忘れてはならないものをこの用水路を流れる豊かな水は、教えてくれるな」
感傷に耽っているD先生をY美がまともに相手にしなければいいが、と思いつつ、僕は苦しくなってきた息に耐えていた。
「先生ったら、おもしろい。学校では絶対そんなこと言わないくせに」
「ばか。俺だって、いろいろ思うことはあるんだよ」
「先生」
「・・・なんだ?」
「送ってくれる?」
「いいよ」と、D先生の明るい返事が響くと、Y美が突然笑い出した。
「私の母の知り合いの地元新聞の記者が迎えに来てくれることになってるの。私がいなくて、先生に送ってもらったって知ったら、教師と教え子の関係を誤解して、変な記事を書くかもしれない。ゴシップ大好きだから」
明らかにうろたえた様子でD先生は、
「大人をからかうんじゃない。まあ、気をつけて帰れよ」とだけ言うと、車にそそくさと乗り込み、走り去るのだった。
「行っちゃった。バーカ」と、Y美が舌を出しているのが、水の中からガバリと頭を出して、肩を揺らしながら荒く呼吸をしている僕の目に映った。
歩道の曲がり角で用水路は終わっていた。鉄柵があって、どんどん水が流れ込んでいた。Y美は僕に用水路から上がるように言った。そこは、街灯の下のT字路だった。僕は全身ずぶ濡れの素っ裸の身を縮ませて、人に見られる不安に怯えていた。今にもひょいと通りに人が現れそうなのだった。
「今からここを曲がって、その角の家に寄るからね」と、Y美が家とは反対の方向を示した。「F田さんちに寄って、雪ちゃんにちゃんと謝るのよ。はさみを無くしてごめんなさいって」
「いやです。それだけは勘弁してください」
「駄目よ。あんた、雪ちゃんに借りたはさみをパンツと一緒に川で無くしたでしょ。ちゃんと謝罪しなくちゃ。お詫びの印に犬のように尻尾をつけて、犬のように素っ裸のまま、お詫びに伺いましたってね」と言うと、僕の耳たぶを引っ張って、向こうの角の家まで力ずくで連れてゆくのだった。
その家の門の前で、僕は四つんばいになるように命ぜられた。
「いい? チャコは今から犬なんだから、二本足で立ったら許さないからね。ちゃんと犬の格好のまま、雪ちゃんに謝るんだよ。おちんちんを隠さないこと」と、僕に約束させるのだった。
Y美の後から、四つんばいになってお尻を高く突き上げ、門の中に入って行く。Y美が呼び鈴を鳴らすと、雪ちゃんが出てきた。
「あら、まあ、どうしたの。これは、すごい、びっくり。いやだ」と、全裸四つんばいでお尻から尻尾を垂らしている僕を見て、雪ちゃんは驚きあきれ、失笑するのだった。
「あなたに借りたはさみ、この子、川に無くしたのよ。それで犬の格好のまま、お詫びに来させたの」と、Y美さんが四つんばいの僕の背中をぴしゃりと打った。
「この人、チャコだっけ。あれからずっと素っ裸のままなの?」
「そうだよ、ずっとオールヌードのまま」
「体が濡れているみたいだけど」
「途中、用水路の中に隠れたりしたからね」
「え、あの場所からここまで、素っ裸のまま来たの?」
「そうだよ。人に見つからないように優しい私が気を遣って、素っ裸のまま歩いてきたんだよ」と、Y美が得意げに胸を張って答え、僕のお尻から出ている尻尾を撫ぜた。
謝る時は土下座、とY美の鋭い声がして、僕は飛び石の砂利の上で正座させられた。雪ちゃんのほか、妹の幸ちゃんまで縁側に腰掛けていた。
「はさみを無くして、申し訳ありませんでした」砂利に手をついて深々と頭を下げる僕を見て、幸ちゃんが「この人、絶対おかしいよ。なんで裸なの。洋服はどうしたの」と、姉の雪ちゃんに聞く。
「服はね、悪いことしたから、取り上げられちゃったの。だから、ずっと素っ裸のままでいるしかないんだよ。可哀想でしょ」と、Y美が雪ちゃんの代りに答えた。
「預かった鞄は、Y美さんちの玄関に置いといたけど、もしかして、あの鞄の中にこの人の服とか入っていたんじゃ・・・」と、雪ちゃんが言いかけると、Y美が「その通り、ピンポーン」と、答えた。
土下座のあと、姉妹の前でお尻を高く突き上げ、尻尾を振る芸をさせられた。
雪ちゃんが手持ちのライトで照らしながら、僕のお尻に埋められているゴム状の球体をじっと観察した。雪ちゃんに肛門を観察されるのは、これで二度目だ。揉みながら引っ張るが、尻尾は、やはりびくとも動かなかった。
F田さんの家を出ても、しばらくは四つんばいのまま歩かされた。街灯が明るいT字路まで来ると、Y美が「走るよ、ダッシュ」と、腕を振って走る真似をした。
普通に服を着て靴を履いているY美には分からないのかもしれないが、頭の先から爪先まで、肛門から出ている尻尾の他は全く何一つ身につけていない丸裸の僕が、Y美と一緒にダッシュすることなど、できる訳がないのだ。足の裏を傷つけてしまう。
「いやなら走らなくていい。人に見られても知らないから。農道に出るまでは、飲み屋とか定食屋がいっぱいあるからね」と、僕の言い分に耳を貸さず、Y美は走り出すのだった。仕方なく、僕も走った。走ってみると、思っていたよりも足の裏は痛くなかった。飲み屋が並んでいる通りを過ぎて、農道の入り口まで来ると、Y美が待っていた。Y美も肩で息をしている。僕は両膝に手をつき、腰をかがめて呼吸を整えた。
この農道から家まで、あと少しだ。Y美に耳たぶを引っ張られて、素っ裸に剥かれた体を縁側に吊るされた時、ここを女子中学生の集団が通り、裸体が見られてしまうのではないかとびくびくしたものだった。今、僕はこの道を素っ裸の四つんばいで歩かされている。「ここから家までは二本足歩行禁止」と、Y美は冷酷に言い放つのだった。
家にやっとたどり着き、玄関のドアノブに鞄が引っ掛かっているのを認めると、僕は矢も盾もたまらず、立ち上がって鞄を取りに走った。鞄からワイシャツ、アンダーシャツを取り出し、一刻も早く身に付けようとする。と、Y美があっさり僕の手から服を取り上げるのだった。
「誰が、服を着ていいって言ったかな」と、Y美は僕の服を地面に叩きつけた。
「申し訳ございません。許してください」僕が必死になって頭をY美の靴になすりつけると、いきなり蹴り上げられた。飛ばされた僕は庭石に腰をぶつけ、悲鳴を上げた。
「チャコ、あんたはこの家の中ではパンツ一枚が原則でしょ。なんでシャツなんか着ようとしたの。それって約束を破ったことになるよね」
絶句して震えている僕に、Y美は続けた。
「パンツ一枚だけは穿いてよかったのに。でも、考えてみて、チャコ。あんたは今お尻から尻尾を出している犬なんだよ。悪いけど、その尻尾が取れるまではパンツ一枚穿かせられない。その尻尾が取れるまでは、犬らしく、素っ裸のままでいなよ」
やっと全裸から解放される、という希望が無残にも打ち砕かれ、茫然自失となった僕の髪の毛を掴むと、Y美はすごい力で引き摺り始めた。僕は四つんばいのまま、僕専用の離れのトイレまで連れて行かれた。
「オールヌードの犬である間は、ここのトイレを寝床にすること。食事もここでしなさい。今から夕飯を届けてあげるからね」と、Y美は和式便器が一つだけある狭い空間に僕を押し込めると、外側から戸に南京錠をかけるのだった。
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はじめまして。
情報提供、ありがとうございます。
そそられました。