土砂降りの雨を避け、大きな楓の下にしゃがみ込む。アジサイの花が素っ裸の僕をとりあえず隠してくれた。公民館を出入りする人たちは皆足早だった。普段なら庭木や花の方を一通り眺めてからのんびりと公民館に入る老人や花好きのおばさんも、この強い雨のおかげでそんな余裕がないのは有難かった。
アジサイの間から見覚えのあるピンク色の傘が開くのが見えた。Y美だった。公民館にいる筈だったおば様がやむを得ない仕事上の理由で別の場所へ車で行ってしまい、Y美と僕を家まで送ることができなくなってしまった。Y美は、おば様と連絡を取ろうとして、事務室の人に相談しに行ったのだった。
入口の階段を下りたY美がアジサイの向こう、楓の下で素っ裸の身を小さくしている僕へ目で合図を送る。植物に囲まれた空間から出るのは、再び公共の、誰に見られても仕方のない場所に裸身を置くことを意味する。踏ん切りがつかず、なかなか楓の大木から離れようとしない僕に苛立ちを露わにしたY美が近づいてきた。
「なに愚図愚図してんだよ。早くしろよ」
いきなりY美に肩を蹴られた僕は、雨でぐしゃぐしゃになった地面に転んだ。急いで立ち上がると、もうY美はすたすたと歩き始めていた。すぐに後を追う。足元がぬるぬるの地面からしっかりとした舗装に変わった。
さっきまでは女の人たちが四人いて囲んでくれたからまだ良かったけど、今はY美一人だ。仕方なくY美の背中に隠れるようにして歩く。Y美の背丈が僕よりも二十センチ以上高いのと、大きな傘を差しているのだけが唯一の救いだった。おちんちんを手で隠し、すれ違う人に顔を見られないようにして進む。雨が丸めた裸の背中を容赦なく叩いた。
公民館には貸し出し無料の黄色いレインコートがあったと思う。僕がそのことを言うと、Y美は、「あれは公民館利用者のためのものだから、勝手に持ち出しはできない」と冷たく答えた。事務室まで行ったY美がせめてタオル一枚でも持って来てくれたら、これまでの僕に対する酷い仕打ちを一旦は水に流したかもしれないのに、しかしそんなことはY美に求めるだけ無駄だと考え直し、恨めしく思う気持ちを抑えた。
公民館を出て街道に出ると、割合に車の交通量が多くなる。Y美のジーンズがぴったりと貼り付いた細くて長い足が、服を着ている人特有の当たり前な感じでどんどん進む。当然のことながら僕にはこの当たり前な感じが欠落している。何か羽織る物が公民館にはなかったか、未練がましくもう一度訊ねると、Y美は立ち止まり、ピンクの傘をくるりと回して向きを変えた。
「あのさ、裸んぼで歩くのは、お前慣れてるだろ? 今更面倒なこと言わないでよ。みんなは、雨で服がびしょ濡れになったから裸で歩いているって思うよ。男の子のくせに変に恥ずかしがるからいけないんだよ」
少し弱くなったけど、それでも雨は一糸まとわぬ僕の体を濡らし続けている。Y美の怒りを含んだ声が歩道に響いた。Y美は、おちんちんを手で隠して項垂れる僕の頭のてっぺんから足の指まで、ゆっくりと視線を這わせてから不意に笑顔を見せて、「家まで帰るんだから、頑張ろうよ」と、明るい声を出して僕の肩を叩いた。
まだ夕暮れ時でもないのに、雨のせいで多くの車がヘッドライトを点灯していた。信号待ちの間も横に並んだ三台の車はどれもヘッドライトがついている。僕はその光に裸体の側面を照らされながら、横断歩道を渡った。ただおば様のところへ帰ることだけを考えながら、傘を差して前を歩くY美の大柄な背中にぴったりくっ付くようにして歩く。角に桑畑のある交差点を曲がり、センターラインの消えかかった片側一車線の道に入った。ここからは歩道がなく、路肩を歩くことになる。辛かったのは、背後から来る車のヘッドライトに僕の一糸まとわぬ後ろ姿が露わになってしまうことだった。前を行くY美がガードの役を全然果たさない。わざわざ速度を落として、車の中から心配そうに声を掛けてきた人たちもいた。それがおじさんの場合は、Y美が「大丈夫です。ごめんなさい」と、ハキハキしたしっかり者の中学生を演じて答え、こともなくあしらったけど、女の人だと、いつまでもねちねちと不審の目で僕を眺めたり、嘲笑したりした。「おちんちん見られちゃうよ」とくすくす笑いながら忠告する女の人もいた。若い男の人たちが車の中から声を掛けてきた時には、彼らの興味がすぐに僕からY美に移り、真っ裸の僕を連れて歩くY美への冷やかしに転じた。Y美はぐっと首を突き出すようにして、黙って車の中の男たちを睨みつけた。男たちは、「やばいよ、この姉ちゃん。完全に目がいッちゃってるよ。危険、危険」と、慌てて車を発進させた。
後ろから来る車の量があまり多いので思わずY美の前に駆け出した。Y美は、声を掛けてくる人たちの相手が煩わしくなったのか、特に何も言わなかった。
前方にバス停が見えた。
「バスに乗るよ」
最初、自分の耳を疑った。しかし、Y美は、聞き間違いであることを祈る僕の耳に、はっきりと一語一語区切りながら言い、バス停を通り過ぎようとする僕の手首を握って、無理矢理立ち止まらせるのだった。膝が震えた。
バス停の近くに屋根の付いたベンチがあり、品の良い身なりの熟年の婦人と定年退職したばかりのような男の人が並んで座っていた。二人は、Y美の後ろで雨に打たれたままおちんちんを手で隠している全裸の僕を見て、大変驚いたようで、暫く瞬きを繰り返してから、「大丈夫かい? この子はなんで裸なんだ?」と、Y美に話し掛けてきた。
「ね? だから女の子が入ってるお風呂を覗くからいけないのよ」
と、僕のことを睨みつけてから、Y美が夫婦に説明する。親戚の家に泊った晩にお姉さんたちの入浴を覗いていたのが妹の証言によってばれてしまった僕は、罰として、お姉さんたちの見ている前で服を全部脱ぎ、素っ裸のまま河原のバーベキューに参加させられた。と、いきなり雨が降り出し、突風が吹いて、僕の着ていた衣類や靴を川に落としたので、こうして裸のまま帰ることになってしまった。こうなったのも全て自業自得であると印象づけて、Y美が作り話を締め括った。
もちろん僕としては内心大いに抗議したいところだった。特に女の人の入浴を覗いたなどという根も葉もない出鱈目は、納得できなかった。でも、僕には黙っているより他に仕方がない。僕の生殺与奪の権を握っているのはY美であり、おば様である。ここでY美の説明を出鱈目な作り話だと暴き立てることが得策とは思えなかった。熟年の婦人は「まあ」「それはそうね」などと穏やかに相槌を打ちながらY美の話を聞き、夫であるおじさんは不機嫌そうに口を曲げた。「女の人の入浴を覗くなんて、卑怯者のすることだぞ」と、おじさんは憎悪を剥き出しにして僕の腹部を指で突く。黙っていると、「ちゃんと謝ったのかよ」と僕の前髪を掴んで顔を上げさせた。「はい」と小声で答えた僕の目から涙が溢れ出てきた。「まあ、もういいじゃありませんか。この子だって裸んぼにされて恥ずかしい思いをしてるでしょうから、何もあなたが叱らなくても」と、婦人が優しく宥めるのだけど、おじさんは軽蔑と憎悪の混ざった顔で僕を睨みつけた。
「今更泣いたって遅いぞ。俺はな、女の風呂を覗くなんていうずるい奴は大嫌いなんだよ。そんな話を聞くと、虫唾が走るわ」
「裸にされて雨の中、歩いて来たのよ。もう充分じゃないの」
夫であるおじさんだけでなく、Y美にも顔を向けて、婦人が語を継いだ。
「可哀想な裸んぼちゃん。この年頃の男の子は、女の体に興味があるのよ」
しゃくり上げる僕のお尻を撫でながら、婦人は、聞き分けのない相手を忍耐強く説得するような調子で言った。
「もう充分反省してると思うわ。男の子がほんとに反省してるかどうかは、どこを見ればいいか、あなた、知ってる?」
不意に話を振られたY美は、曖昧な笑みを浮かべて口ごもった。
「おちんちんを見ればいいのよ」
そう答えるや否や熟年の婦人は僕のおちんちんを隠している手の甲をぴしゃりと叩いた。思いのほか強い力だった。婦人の意を察したY美が僕の両腕を取って背中でねじ曲げた。あっけなく丸出しになってしまったおちんちんを見て、婦人が「まあ、これはこれは」と、上品な笑い声を立てた。豪雨の中、素っ裸で歩かされてきたために体は冷えて、おちんちんは小さく縮み上がっていた。
「よく反省してるじゃないの。今にも消えてなくなりそうだわ」
人差し指と親指でおちんちんを摘まみ、左右上下にぷるんぷるんと揺すりながら、熟年の婦人がY美に話し掛けた。「私ですか? 年上じゃないです。この子と同い年で中学一年です。クラスも一緒なんですよ」とY美が答えると、婦人は「まあ」と変に高い声を出して、改めてY美と僕を交互に見比べるのだった。
バスが来て、バス停の少し先に停まった。僕以外の人は皆傘を開き、移動する。僕はY美の後ろをとぼとぼ歩いた。雨は再び土砂降りになっていた。ドアが不吉な音を立てて開くと夫婦が乗り込み、続いてY美が階段に足をかけた。Y美はおじさんのアドバイスを受けて、素っ裸の僕を乗せてよいかどうか、まず運転手さんに相談するのだった。
裸の客お断り、といっそ乗車拒否された方が僕としては有難かった。長い距離なので途中何度も休みを入れることにはなるだろうけれど、たとえ素っ裸でも道さえ選べば、あまり人に見られることなく歩いておば様の家まで帰れる自信があった。少なくとも素っ裸のままバスに乗り込むよりは、相対的に恥ずかしい思いが軽いような気がした。バスの前で頭や肩を雨に叩きつけられながら、おちんちんをしっかり隠して立つ僕の惨めな姿を、バスの乗客がぽかんとした顔で見つめる。Y美がバスの中から声を掛けてきた。
「乗っていいって」
やだ、乗りたくない、このまま逃げてしまおうか、などと様々な思いが浮かぶ。だけど、そんな真似をしたら後でどんな酷い目に遭わされるか分からない。
「乗るんなら早く乗りなさい」
バスの運転手さんが怒鳴った。僕は覚悟を決めて、裸足をステップに乗せた。金属の冷たい感触が足の裏から伝わってくる。おちんちんをしっかり手で隠し、胸の辺りを腕で覆いながら、運転手さんの横を過ぎる。運転手さんは若い男性で、軽蔑するような目で僕を見てから、
「いいね? 席に座ったら駄目だよ」
と、念を押して、首をY美の方へ曲げた。Y美が運転手さんに向かって小さく頷く。運転手さんはY美に二つの条件を出して素っ裸の僕の乗車を認めたと言う。一つは、座席に座らないこと。濡れた裸の体で座ると座席が汚れるから、というのがその理由だった。二つ目は、僕にも大人用の運賃を適用するというもので、僕は中学生だから当然大人料金なのだけど、Y美は子供料金で済まそうとしたようだった。しかし、運転手さんは、僕が裸で乗車する迷惑料として大人分の料金を請求し、Y美は渋々承諾した。
前の席と後ろの席を素早く見比べてから、真ん中付近の運転手側にある一人用の座席に腰を下ろしたY美は、僕にそのすぐ横に立っているように小声で命じた。
座席に座ってはいけない。その理由はよく分かるけれど、それでもこの条件は、とても辛く感じられた。エンジン音だけが低く響いているバスの中は、前方の一人掛けの席と後方の二人掛けの席がそれぞれ半分ほど埋まっていた。乗客の視線が僕に集中しているような気がしてならない。何しろ素っ裸で公共の乗り物に乗ってしまったのだから、視線を集めてしまうのは当然かもしれない。それにしてもY美はどこまで僕に恥ずかしい思いをさせれば気が済むのだろう。全裸でバスに乗せられることから想像される僕の惨めな境遇に乗客たちが同情して見ぬ振りをしてくれることを願う。しかし、聞こえてきたのは、早速くすくす笑う声だった。右側、二人掛けの席にいる中年の太った女の人たちだった。
窓の方を見てY美がぷんと頬を膨らませていた。僕の分の運賃を大人分で払わされたことが癪に障るらしい。「あの運転手、調子こきやがって」と毒づいていたかと思うと、「バス代、貸しただけだから。後で返してね」と、不敵な笑みを見せて言い、おちんちんを隠している僕の手に視線を向けた。
「両手でしっかり掴まりなさいよ」
左手で座席の先の取っ手を掴んでいるのに、Y美は、おちんちんを隠している右手でも掴まるように指示して、吊り革を見上げるのだった。僕はすぐに命令に従うことができなかった。おちんちんがいよいよ丸出しになってしまう。このバスの中で立っている乗客は僕一人であり、しかも僕一人だけが素っ裸という状態である。羞恥のあまり体が強張ってうまく動かない。
「早くしなさいよ」
Y美が叱咤すると、まるで見計らったかのように急ブレーキがかかり、僕の左手が座席の取っ手から離れた。
「危ないよ、裸のぼくちゃん」
くすくす笑いをした中年の太った女の人たちが、彼女たちの足元近くまでよろめいてしまった僕へ身を乗り出すようにして、声を掛けてきた。
「おちんちん隠してる場合じゃないでしょ。しっかり掴まらなくちゃ」
そんな余計なことまでも付け足す。
「ほら、言うことを聞かないから、よその人にまで叱られるんだよ」
Y美が呆れたような目をして言った。僕は観念して左手は取っ手に残したまま、右手の指を吊り革に引っ掛けた。僕の身長では、腕をまっすぐ伸ばさないと吊り革に届かない。こうして脇の下と同時におちんちんまでもが露わになってしまった。
「どっちもツルツルね」
どこからともなく女の人の声が聞こえ、忍び笑いが車中に響いた。雨に濡れた体が一瞬にして乾くほどに身の内が熱くなった。後方の席にお尻を向けるとともに、体をY美の方へぴったり寄せて、おちんちんを見づらくしたところ、Y美がさり気無い風を装って、窓際に置いた傘を外側へ移動させ、僕の股間に挟むようにした。
「おちんちん、隠してあげるからね」
羞恥に項垂れる僕の顔を覗き込み、Y美が心配するような、困ったような顔をして見せる。傘を束ねている留め具を外して、骨と骨の間の布地の縁におちんちんの根元を乗せた。それからゆっくりと傘を持ち上げては下ろす。傘の布地がおちんちんの袋からおちんちんまでを順に擦り出す。こんなことで絶対に感じない、気持ち良くならない、と強く自分に言い聞かせるのだけど、Y美は窓の外に顔を向けたまま、時折ちらりちらりとおちんちんへ目をやり、執拗に傘を動かしておちんちんを擦り続けた。
「やめて。お願い。やめてください」
小声で訴えるものの、Y美は聞こえない振りをする。交差点に差し掛かったバスが直進ではなく左折した時は、さすがにY美も「あれ?」という顔をした。どうやらショッピングセンター経由のバスに乗ってしまったらしい。これでは乗車時間がほぼ倍になるばかりか、乗り降りする乗客の数も多くなる。停留所に停まり、小さな子供を連れた母親とイヤホンをした長髪の若い男の人が乗り込んできた。「あのお兄ちゃん、裸」と物珍しそうに男の子が僕を指すと母親はすぐに制して、僕から離れた前方の席に子供を座らせ、自分はそのすぐ後ろの席を取った。若い男の人は冷たい目で僕を一瞥すると、興味なさそうにY美の前の座席に腰を下ろした。
その間もY美は傘の布地でおちんちんを摩することをやめなかった。感じまいとする僕の歯を食いしばった努力もむなしく、おちんちんが少しずつ硬くなってしまう。これ以上、おちんちんをされるがままにしておくと射精寸前まで追い込まれるような気がして、座席の取っ手を掴んでいた左手を放し、おちんちんを傘の愛撫攻撃から守ろうとした時、バスが急発進をして、僕の体が後方へ引っ張られた。指先だけで吊り革を掴まっていた右手にぐっと負荷がかかる。くすくす笑っていた中年の太った女の人たちから「おや」「まあ」と嘆息する声が聞こえた。女の人たちは、Y美の傘から離れて丸出しになってしまったおちんちんが先程とは異なる形状であることを目敏く見抜いてしまったようだった。
バスを待っている時に一緒だった高齢で上品な装いの婦人が後方の二人掛けの席にいて、Y美から聞いた作り話を周囲の乗客たちに教えていた。夫である男の人が「とんでもねえ野郎なんだ、あいつは」と、合いの手を入れる。
「ちょっとぼく、こっちにいらっしゃい」
半分硬化してしまったおちんちんを手で隠そうとする僕に婦人が声を掛けた。Y美が行ってくるように顎をしゃくった。僕は自分の意に反して大きくなりかかっているおちんちんを手で覆いながら、婦人のいる後方の座席に向かって歩き出した。婦人はなぜおちんちんが大きくなりつつあるのか、単刀直入に質問し、僕が口ごもっていると、一番先頭の二人掛けの席から一部始終を見ていた中年の太った女の人たちが「傘よ、傘」と代りに答えた。「まあ、傘なのね」婦人が呆れたという風に溜息を吐いた。
「あなたの同級生の女の子は、あなたがおちんちんを晒して恥ずかしいだろうと思ってわざわざ傘で隠してくれたんでしょうに、それなのにあなたは、その傘がおちんちんに当たって気持ち良くなってしまったのね。なんという愚かな生き物なの、男の人って」
「やだよ。男の人一般で括らないで欲しいな」
婦人の一方的な決めつけに夫である男の人が難色を示した。
「女の入浴を覗く変態野郎だからこそ傘が当たったくらいで勃起するんだよ。こんな野郎と一緒にされたら、同じ男として大迷惑だよ」
他の男の人たちも、うんうんと頷いている。熟年の上品な感じの婦人は、「それもそうね」と夫である男の人の抗議を受け入れると、再び僕の方を向き直り、
「傘が擦れて、ついつい気持ち良くなってしまうなんて、あなた、感じやすいのね」
と冷やかし、僕のおちんちんを隠している手を払うと、
「せっかくだから皆さんに見せてあげたら」
と言って、僕の体の向きを変えた。向かいの席の年配の夫婦が僕の一糸まとわぬ体を眺め回して、「災難だな、この子も」「もうこれに懲りて覗きはしないでしょうね」と、話し合っている。突然、婦人の後ろの席にいる銀縁眼鏡の女の人が細長い竹竿を使っておちんちんをぷるんと、軽く二三度揺らした。すると、それが合図になったかのように、周囲の二人掛けの席からいろんな手が伸びてきて、おちんちんを揺すった。中にはセロリでツンツンとおちんちんを突く人もいた。
払っても払っても手が伸びて来て、おちんちんだけでなくお尻も撫で回す。「やめてください、もうやめて」と小さく叫んだ僕が泣きそうになっていると、さすがにもう遠慮してくれたけれど、二本の細長い竹竿だけはなかなかおちんちんから離れなかった。銀縁眼鏡の女の人が操作して、おちんちんを上下で挟み、震動させる。嫌悪感で一杯だったけれど、いつのまに快楽の波が押し寄せてくる。こんな面白半分にいじられて感じる筈がないと強く自分に言い聞かせる。それでもおちんちんは、僕の意志に反してどんどん硬く、大きくなる。
バスのドアが開き、部活を終えたらしい女子高生たちが続々と乗り込んできた。女子高生たちは、二人掛けの座席が並ぶ後方の通路に素っ裸の僕が立っているのを認めて、足を止めた。それから互いに顔を見つめ合い、申し合わせたように後方の座席に向かった。女子高生たちが僕の横を通る時、彼女たちのスカートの生地や鞄や楽器のケースが僕の裸の背中やお尻に当たった。必死に隠したものの、すっかり勃起してしまったおちんちんに気づいた女子高生が何人かいて、短い悲鳴と失笑が聞こえた。回りの乗客たちがすぐに女子高生たちに、なぜここに素っ裸の男の子がいるのか、例のY美の作り話を聞かせた。それを聞くと女子高生たちは安心したようで、キャッキャッと黄色い声を上げた。
これ以上おちんちんを嬲られたくないので、すっかり硬くなってしまったおちんちんを庇うようにしてY美の横に戻る。と、バスが次の停留所に止まった。ここには大きなショッピングセンターがある。窓の外は雨が上がっていて、雲の切れ間から青空が見えた。
後方の二人掛けの座席にいた人たちが立ち上がった。熟年の婦人とその夫である男の人もここで降りるようだった。バスの扉が開き、降りようとする人たちが一斉に動き出した。僕の後ろを通過する時、何人かの手が僕のお尻を撫でた。袋から細長い竹竿を覗かせている銀縁眼鏡の女の人には、ぴしゃりとお尻を叩かれた。胸板の厚い男の人が僕の手首を握り、「降りようか」と囁き、僕を力づくでバスの外へ出そうとした。一番後ろの席にいて、じっと僕のことを見つめていた、三十くらいの年齢の男の人だった。
「やめて。やめてください」
とにかくY美にも気づいてもらいたくて大きな声を出したけれど、その熊のような体格の男の人は易々と僕の両手首を握ったまま、後ろからずんずんと僕を前へ押し出してゆく。とうとう運転手さんの横をすり抜け、ステップの上に立たされた。思わず悲鳴を上げてしまう。このバス停から乗車する人がざっと二十人位、バスに対して垂直に列を成して、ステップの上に立つ素っ裸の僕を見ていた。背後に立つ大きな男の人に手を押さえられているので、おちんちんもすっかり丸出しだった。
「いやだ、やめて。お願いですから」
腰を捻らせたり足をばたつかせたりして抵抗する僕を、背後の男の人は面白がって上下に揺すった。ここまで連行されている内におちんちんは元の大きさどころか、恐怖にすっかり縮こまっていつも以上に小さくなってしまった。「降りようか」男の人が独り言のように呟き、僕の体を持ち上げては着地させ、一段ずつステップを下りる。
とうとうバスの外に出されてしまった。柄の悪そうな高校生たちが恐い目をして僕を睨んでいる。と、男の人が僕の手首を放し、「苛めてごめんね」とぽつりと呟くと、たちまちバスロータリーの人混みに消えた。自由になった僕は、バスに乗ろうと待っている人たちを尻目に素早くステップを駆け上がる。心配して様子を見ていたY美が泣きべそをかいている僕を先程と同じ位置まで連れて行き、自分の横に僕を立たせた。
「もういやだ。一番後ろの席で隠れていたい」
「我慢しなよ。お前は座らない約束でしょうが」
Y美にしても、バスがショッピングセンター経由とは乗車中に気づいたことだから、こういう事態になるとは想像もしていなかったと思うけれど、それでも自身の面目を保つかのように冷淡に言い放つ。後方の席には、途中で乗り込んできた女子高生たちがいた。これから乗り込んでくる高校生たちはすごく乱暴そうな雰囲気なので、今の女子高生たちの間に紛れて隠れている方が、たとえ彼女たちにじろじろと至近距離で裸を見られたとしても、安全なような気がした。
乗客が乗り込んできた。ほとんどが社会に対して反抗的な態度を示す高校生たちだった。ブレザーの制服をだらしなく着て、靴の踵を踏んで、かったるそうに歩く。ある者は赤く染めた髪の毛を逆立てていた。またある者は眉毛が無かった。
緊張と羞恥がない交ぜになって、全身が朱に染まったような気がする。ワイシャツのボタンを外して赤いシャツを露わにした男子高校生が僕の後ろを通過する時、ぴしゃり、と僕のお尻を叩き、「裸でバスに乗る奴、初めて見た」と言って振り返り、殊更に驚いたような顔をして僕の裸身を眺め回した。みんながどっと笑った。素っ裸でバスに乗る僕が目に入った時、柄の悪い高校生たちは最初、明らかに戸惑っていた。いじめの餌食とするには僕はあまりにも弱すぎる。だからといって助けて彼ら自身の善意を露わにするのも気が引ける。赤シャツの男子高校生によるからかいは、こういう場合の振る舞い方を彼の仲間たちに暗に教えるような効果があった。その立派な見本に倣って、後に続く高校生たちは皆、僕のお尻や肩、乳首に触れては、二言三言、全裸の僕をネタにした冗談を述べた。眉毛のない男子高校生が奥の座席にいる先客の女子高生たちに向かって、「おうい、お前ら、これなんて言うの?」と素っ頓狂な声で質問をし、僕のおちんちんを摘まんで上下に振りながら、彼女たちの前までむずがる僕を無理矢理押して行く。
女子高生たちは大喜びだった。
「知らない」
「何それ? 初めて見た」
この男子高校生と女子高生たちは旧知の間柄なのかもしれない。男子高校生の怖い外見にも関わらず、女子高生たちは物怖じもせずに、いかにもこれから男子高校生のやることに期待しているような、明るい声で答えた。
アジサイの間から見覚えのあるピンク色の傘が開くのが見えた。Y美だった。公民館にいる筈だったおば様がやむを得ない仕事上の理由で別の場所へ車で行ってしまい、Y美と僕を家まで送ることができなくなってしまった。Y美は、おば様と連絡を取ろうとして、事務室の人に相談しに行ったのだった。
入口の階段を下りたY美がアジサイの向こう、楓の下で素っ裸の身を小さくしている僕へ目で合図を送る。植物に囲まれた空間から出るのは、再び公共の、誰に見られても仕方のない場所に裸身を置くことを意味する。踏ん切りがつかず、なかなか楓の大木から離れようとしない僕に苛立ちを露わにしたY美が近づいてきた。
「なに愚図愚図してんだよ。早くしろよ」
いきなりY美に肩を蹴られた僕は、雨でぐしゃぐしゃになった地面に転んだ。急いで立ち上がると、もうY美はすたすたと歩き始めていた。すぐに後を追う。足元がぬるぬるの地面からしっかりとした舗装に変わった。
さっきまでは女の人たちが四人いて囲んでくれたからまだ良かったけど、今はY美一人だ。仕方なくY美の背中に隠れるようにして歩く。Y美の背丈が僕よりも二十センチ以上高いのと、大きな傘を差しているのだけが唯一の救いだった。おちんちんを手で隠し、すれ違う人に顔を見られないようにして進む。雨が丸めた裸の背中を容赦なく叩いた。
公民館には貸し出し無料の黄色いレインコートがあったと思う。僕がそのことを言うと、Y美は、「あれは公民館利用者のためのものだから、勝手に持ち出しはできない」と冷たく答えた。事務室まで行ったY美がせめてタオル一枚でも持って来てくれたら、これまでの僕に対する酷い仕打ちを一旦は水に流したかもしれないのに、しかしそんなことはY美に求めるだけ無駄だと考え直し、恨めしく思う気持ちを抑えた。
公民館を出て街道に出ると、割合に車の交通量が多くなる。Y美のジーンズがぴったりと貼り付いた細くて長い足が、服を着ている人特有の当たり前な感じでどんどん進む。当然のことながら僕にはこの当たり前な感じが欠落している。何か羽織る物が公民館にはなかったか、未練がましくもう一度訊ねると、Y美は立ち止まり、ピンクの傘をくるりと回して向きを変えた。
「あのさ、裸んぼで歩くのは、お前慣れてるだろ? 今更面倒なこと言わないでよ。みんなは、雨で服がびしょ濡れになったから裸で歩いているって思うよ。男の子のくせに変に恥ずかしがるからいけないんだよ」
少し弱くなったけど、それでも雨は一糸まとわぬ僕の体を濡らし続けている。Y美の怒りを含んだ声が歩道に響いた。Y美は、おちんちんを手で隠して項垂れる僕の頭のてっぺんから足の指まで、ゆっくりと視線を這わせてから不意に笑顔を見せて、「家まで帰るんだから、頑張ろうよ」と、明るい声を出して僕の肩を叩いた。
まだ夕暮れ時でもないのに、雨のせいで多くの車がヘッドライトを点灯していた。信号待ちの間も横に並んだ三台の車はどれもヘッドライトがついている。僕はその光に裸体の側面を照らされながら、横断歩道を渡った。ただおば様のところへ帰ることだけを考えながら、傘を差して前を歩くY美の大柄な背中にぴったりくっ付くようにして歩く。角に桑畑のある交差点を曲がり、センターラインの消えかかった片側一車線の道に入った。ここからは歩道がなく、路肩を歩くことになる。辛かったのは、背後から来る車のヘッドライトに僕の一糸まとわぬ後ろ姿が露わになってしまうことだった。前を行くY美がガードの役を全然果たさない。わざわざ速度を落として、車の中から心配そうに声を掛けてきた人たちもいた。それがおじさんの場合は、Y美が「大丈夫です。ごめんなさい」と、ハキハキしたしっかり者の中学生を演じて答え、こともなくあしらったけど、女の人だと、いつまでもねちねちと不審の目で僕を眺めたり、嘲笑したりした。「おちんちん見られちゃうよ」とくすくす笑いながら忠告する女の人もいた。若い男の人たちが車の中から声を掛けてきた時には、彼らの興味がすぐに僕からY美に移り、真っ裸の僕を連れて歩くY美への冷やかしに転じた。Y美はぐっと首を突き出すようにして、黙って車の中の男たちを睨みつけた。男たちは、「やばいよ、この姉ちゃん。完全に目がいッちゃってるよ。危険、危険」と、慌てて車を発進させた。
後ろから来る車の量があまり多いので思わずY美の前に駆け出した。Y美は、声を掛けてくる人たちの相手が煩わしくなったのか、特に何も言わなかった。
前方にバス停が見えた。
「バスに乗るよ」
最初、自分の耳を疑った。しかし、Y美は、聞き間違いであることを祈る僕の耳に、はっきりと一語一語区切りながら言い、バス停を通り過ぎようとする僕の手首を握って、無理矢理立ち止まらせるのだった。膝が震えた。
バス停の近くに屋根の付いたベンチがあり、品の良い身なりの熟年の婦人と定年退職したばかりのような男の人が並んで座っていた。二人は、Y美の後ろで雨に打たれたままおちんちんを手で隠している全裸の僕を見て、大変驚いたようで、暫く瞬きを繰り返してから、「大丈夫かい? この子はなんで裸なんだ?」と、Y美に話し掛けてきた。
「ね? だから女の子が入ってるお風呂を覗くからいけないのよ」
と、僕のことを睨みつけてから、Y美が夫婦に説明する。親戚の家に泊った晩にお姉さんたちの入浴を覗いていたのが妹の証言によってばれてしまった僕は、罰として、お姉さんたちの見ている前で服を全部脱ぎ、素っ裸のまま河原のバーベキューに参加させられた。と、いきなり雨が降り出し、突風が吹いて、僕の着ていた衣類や靴を川に落としたので、こうして裸のまま帰ることになってしまった。こうなったのも全て自業自得であると印象づけて、Y美が作り話を締め括った。
もちろん僕としては内心大いに抗議したいところだった。特に女の人の入浴を覗いたなどという根も葉もない出鱈目は、納得できなかった。でも、僕には黙っているより他に仕方がない。僕の生殺与奪の権を握っているのはY美であり、おば様である。ここでY美の説明を出鱈目な作り話だと暴き立てることが得策とは思えなかった。熟年の婦人は「まあ」「それはそうね」などと穏やかに相槌を打ちながらY美の話を聞き、夫であるおじさんは不機嫌そうに口を曲げた。「女の人の入浴を覗くなんて、卑怯者のすることだぞ」と、おじさんは憎悪を剥き出しにして僕の腹部を指で突く。黙っていると、「ちゃんと謝ったのかよ」と僕の前髪を掴んで顔を上げさせた。「はい」と小声で答えた僕の目から涙が溢れ出てきた。「まあ、もういいじゃありませんか。この子だって裸んぼにされて恥ずかしい思いをしてるでしょうから、何もあなたが叱らなくても」と、婦人が優しく宥めるのだけど、おじさんは軽蔑と憎悪の混ざった顔で僕を睨みつけた。
「今更泣いたって遅いぞ。俺はな、女の風呂を覗くなんていうずるい奴は大嫌いなんだよ。そんな話を聞くと、虫唾が走るわ」
「裸にされて雨の中、歩いて来たのよ。もう充分じゃないの」
夫であるおじさんだけでなく、Y美にも顔を向けて、婦人が語を継いだ。
「可哀想な裸んぼちゃん。この年頃の男の子は、女の体に興味があるのよ」
しゃくり上げる僕のお尻を撫でながら、婦人は、聞き分けのない相手を忍耐強く説得するような調子で言った。
「もう充分反省してると思うわ。男の子がほんとに反省してるかどうかは、どこを見ればいいか、あなた、知ってる?」
不意に話を振られたY美は、曖昧な笑みを浮かべて口ごもった。
「おちんちんを見ればいいのよ」
そう答えるや否や熟年の婦人は僕のおちんちんを隠している手の甲をぴしゃりと叩いた。思いのほか強い力だった。婦人の意を察したY美が僕の両腕を取って背中でねじ曲げた。あっけなく丸出しになってしまったおちんちんを見て、婦人が「まあ、これはこれは」と、上品な笑い声を立てた。豪雨の中、素っ裸で歩かされてきたために体は冷えて、おちんちんは小さく縮み上がっていた。
「よく反省してるじゃないの。今にも消えてなくなりそうだわ」
人差し指と親指でおちんちんを摘まみ、左右上下にぷるんぷるんと揺すりながら、熟年の婦人がY美に話し掛けた。「私ですか? 年上じゃないです。この子と同い年で中学一年です。クラスも一緒なんですよ」とY美が答えると、婦人は「まあ」と変に高い声を出して、改めてY美と僕を交互に見比べるのだった。
バスが来て、バス停の少し先に停まった。僕以外の人は皆傘を開き、移動する。僕はY美の後ろをとぼとぼ歩いた。雨は再び土砂降りになっていた。ドアが不吉な音を立てて開くと夫婦が乗り込み、続いてY美が階段に足をかけた。Y美はおじさんのアドバイスを受けて、素っ裸の僕を乗せてよいかどうか、まず運転手さんに相談するのだった。
裸の客お断り、といっそ乗車拒否された方が僕としては有難かった。長い距離なので途中何度も休みを入れることにはなるだろうけれど、たとえ素っ裸でも道さえ選べば、あまり人に見られることなく歩いておば様の家まで帰れる自信があった。少なくとも素っ裸のままバスに乗り込むよりは、相対的に恥ずかしい思いが軽いような気がした。バスの前で頭や肩を雨に叩きつけられながら、おちんちんをしっかり隠して立つ僕の惨めな姿を、バスの乗客がぽかんとした顔で見つめる。Y美がバスの中から声を掛けてきた。
「乗っていいって」
やだ、乗りたくない、このまま逃げてしまおうか、などと様々な思いが浮かぶ。だけど、そんな真似をしたら後でどんな酷い目に遭わされるか分からない。
「乗るんなら早く乗りなさい」
バスの運転手さんが怒鳴った。僕は覚悟を決めて、裸足をステップに乗せた。金属の冷たい感触が足の裏から伝わってくる。おちんちんをしっかり手で隠し、胸の辺りを腕で覆いながら、運転手さんの横を過ぎる。運転手さんは若い男性で、軽蔑するような目で僕を見てから、
「いいね? 席に座ったら駄目だよ」
と、念を押して、首をY美の方へ曲げた。Y美が運転手さんに向かって小さく頷く。運転手さんはY美に二つの条件を出して素っ裸の僕の乗車を認めたと言う。一つは、座席に座らないこと。濡れた裸の体で座ると座席が汚れるから、というのがその理由だった。二つ目は、僕にも大人用の運賃を適用するというもので、僕は中学生だから当然大人料金なのだけど、Y美は子供料金で済まそうとしたようだった。しかし、運転手さんは、僕が裸で乗車する迷惑料として大人分の料金を請求し、Y美は渋々承諾した。
前の席と後ろの席を素早く見比べてから、真ん中付近の運転手側にある一人用の座席に腰を下ろしたY美は、僕にそのすぐ横に立っているように小声で命じた。
座席に座ってはいけない。その理由はよく分かるけれど、それでもこの条件は、とても辛く感じられた。エンジン音だけが低く響いているバスの中は、前方の一人掛けの席と後方の二人掛けの席がそれぞれ半分ほど埋まっていた。乗客の視線が僕に集中しているような気がしてならない。何しろ素っ裸で公共の乗り物に乗ってしまったのだから、視線を集めてしまうのは当然かもしれない。それにしてもY美はどこまで僕に恥ずかしい思いをさせれば気が済むのだろう。全裸でバスに乗せられることから想像される僕の惨めな境遇に乗客たちが同情して見ぬ振りをしてくれることを願う。しかし、聞こえてきたのは、早速くすくす笑う声だった。右側、二人掛けの席にいる中年の太った女の人たちだった。
窓の方を見てY美がぷんと頬を膨らませていた。僕の分の運賃を大人分で払わされたことが癪に障るらしい。「あの運転手、調子こきやがって」と毒づいていたかと思うと、「バス代、貸しただけだから。後で返してね」と、不敵な笑みを見せて言い、おちんちんを隠している僕の手に視線を向けた。
「両手でしっかり掴まりなさいよ」
左手で座席の先の取っ手を掴んでいるのに、Y美は、おちんちんを隠している右手でも掴まるように指示して、吊り革を見上げるのだった。僕はすぐに命令に従うことができなかった。おちんちんがいよいよ丸出しになってしまう。このバスの中で立っている乗客は僕一人であり、しかも僕一人だけが素っ裸という状態である。羞恥のあまり体が強張ってうまく動かない。
「早くしなさいよ」
Y美が叱咤すると、まるで見計らったかのように急ブレーキがかかり、僕の左手が座席の取っ手から離れた。
「危ないよ、裸のぼくちゃん」
くすくす笑いをした中年の太った女の人たちが、彼女たちの足元近くまでよろめいてしまった僕へ身を乗り出すようにして、声を掛けてきた。
「おちんちん隠してる場合じゃないでしょ。しっかり掴まらなくちゃ」
そんな余計なことまでも付け足す。
「ほら、言うことを聞かないから、よその人にまで叱られるんだよ」
Y美が呆れたような目をして言った。僕は観念して左手は取っ手に残したまま、右手の指を吊り革に引っ掛けた。僕の身長では、腕をまっすぐ伸ばさないと吊り革に届かない。こうして脇の下と同時におちんちんまでもが露わになってしまった。
「どっちもツルツルね」
どこからともなく女の人の声が聞こえ、忍び笑いが車中に響いた。雨に濡れた体が一瞬にして乾くほどに身の内が熱くなった。後方の席にお尻を向けるとともに、体をY美の方へぴったり寄せて、おちんちんを見づらくしたところ、Y美がさり気無い風を装って、窓際に置いた傘を外側へ移動させ、僕の股間に挟むようにした。
「おちんちん、隠してあげるからね」
羞恥に項垂れる僕の顔を覗き込み、Y美が心配するような、困ったような顔をして見せる。傘を束ねている留め具を外して、骨と骨の間の布地の縁におちんちんの根元を乗せた。それからゆっくりと傘を持ち上げては下ろす。傘の布地がおちんちんの袋からおちんちんまでを順に擦り出す。こんなことで絶対に感じない、気持ち良くならない、と強く自分に言い聞かせるのだけど、Y美は窓の外に顔を向けたまま、時折ちらりちらりとおちんちんへ目をやり、執拗に傘を動かしておちんちんを擦り続けた。
「やめて。お願い。やめてください」
小声で訴えるものの、Y美は聞こえない振りをする。交差点に差し掛かったバスが直進ではなく左折した時は、さすがにY美も「あれ?」という顔をした。どうやらショッピングセンター経由のバスに乗ってしまったらしい。これでは乗車時間がほぼ倍になるばかりか、乗り降りする乗客の数も多くなる。停留所に停まり、小さな子供を連れた母親とイヤホンをした長髪の若い男の人が乗り込んできた。「あのお兄ちゃん、裸」と物珍しそうに男の子が僕を指すと母親はすぐに制して、僕から離れた前方の席に子供を座らせ、自分はそのすぐ後ろの席を取った。若い男の人は冷たい目で僕を一瞥すると、興味なさそうにY美の前の座席に腰を下ろした。
その間もY美は傘の布地でおちんちんを摩することをやめなかった。感じまいとする僕の歯を食いしばった努力もむなしく、おちんちんが少しずつ硬くなってしまう。これ以上、おちんちんをされるがままにしておくと射精寸前まで追い込まれるような気がして、座席の取っ手を掴んでいた左手を放し、おちんちんを傘の愛撫攻撃から守ろうとした時、バスが急発進をして、僕の体が後方へ引っ張られた。指先だけで吊り革を掴まっていた右手にぐっと負荷がかかる。くすくす笑っていた中年の太った女の人たちから「おや」「まあ」と嘆息する声が聞こえた。女の人たちは、Y美の傘から離れて丸出しになってしまったおちんちんが先程とは異なる形状であることを目敏く見抜いてしまったようだった。
バスを待っている時に一緒だった高齢で上品な装いの婦人が後方の二人掛けの席にいて、Y美から聞いた作り話を周囲の乗客たちに教えていた。夫である男の人が「とんでもねえ野郎なんだ、あいつは」と、合いの手を入れる。
「ちょっとぼく、こっちにいらっしゃい」
半分硬化してしまったおちんちんを手で隠そうとする僕に婦人が声を掛けた。Y美が行ってくるように顎をしゃくった。僕は自分の意に反して大きくなりかかっているおちんちんを手で覆いながら、婦人のいる後方の座席に向かって歩き出した。婦人はなぜおちんちんが大きくなりつつあるのか、単刀直入に質問し、僕が口ごもっていると、一番先頭の二人掛けの席から一部始終を見ていた中年の太った女の人たちが「傘よ、傘」と代りに答えた。「まあ、傘なのね」婦人が呆れたという風に溜息を吐いた。
「あなたの同級生の女の子は、あなたがおちんちんを晒して恥ずかしいだろうと思ってわざわざ傘で隠してくれたんでしょうに、それなのにあなたは、その傘がおちんちんに当たって気持ち良くなってしまったのね。なんという愚かな生き物なの、男の人って」
「やだよ。男の人一般で括らないで欲しいな」
婦人の一方的な決めつけに夫である男の人が難色を示した。
「女の入浴を覗く変態野郎だからこそ傘が当たったくらいで勃起するんだよ。こんな野郎と一緒にされたら、同じ男として大迷惑だよ」
他の男の人たちも、うんうんと頷いている。熟年の上品な感じの婦人は、「それもそうね」と夫である男の人の抗議を受け入れると、再び僕の方を向き直り、
「傘が擦れて、ついつい気持ち良くなってしまうなんて、あなた、感じやすいのね」
と冷やかし、僕のおちんちんを隠している手を払うと、
「せっかくだから皆さんに見せてあげたら」
と言って、僕の体の向きを変えた。向かいの席の年配の夫婦が僕の一糸まとわぬ体を眺め回して、「災難だな、この子も」「もうこれに懲りて覗きはしないでしょうね」と、話し合っている。突然、婦人の後ろの席にいる銀縁眼鏡の女の人が細長い竹竿を使っておちんちんをぷるんと、軽く二三度揺らした。すると、それが合図になったかのように、周囲の二人掛けの席からいろんな手が伸びてきて、おちんちんを揺すった。中にはセロリでツンツンとおちんちんを突く人もいた。
払っても払っても手が伸びて来て、おちんちんだけでなくお尻も撫で回す。「やめてください、もうやめて」と小さく叫んだ僕が泣きそうになっていると、さすがにもう遠慮してくれたけれど、二本の細長い竹竿だけはなかなかおちんちんから離れなかった。銀縁眼鏡の女の人が操作して、おちんちんを上下で挟み、震動させる。嫌悪感で一杯だったけれど、いつのまに快楽の波が押し寄せてくる。こんな面白半分にいじられて感じる筈がないと強く自分に言い聞かせる。それでもおちんちんは、僕の意志に反してどんどん硬く、大きくなる。
バスのドアが開き、部活を終えたらしい女子高生たちが続々と乗り込んできた。女子高生たちは、二人掛けの座席が並ぶ後方の通路に素っ裸の僕が立っているのを認めて、足を止めた。それから互いに顔を見つめ合い、申し合わせたように後方の座席に向かった。女子高生たちが僕の横を通る時、彼女たちのスカートの生地や鞄や楽器のケースが僕の裸の背中やお尻に当たった。必死に隠したものの、すっかり勃起してしまったおちんちんに気づいた女子高生が何人かいて、短い悲鳴と失笑が聞こえた。回りの乗客たちがすぐに女子高生たちに、なぜここに素っ裸の男の子がいるのか、例のY美の作り話を聞かせた。それを聞くと女子高生たちは安心したようで、キャッキャッと黄色い声を上げた。
これ以上おちんちんを嬲られたくないので、すっかり硬くなってしまったおちんちんを庇うようにしてY美の横に戻る。と、バスが次の停留所に止まった。ここには大きなショッピングセンターがある。窓の外は雨が上がっていて、雲の切れ間から青空が見えた。
後方の二人掛けの座席にいた人たちが立ち上がった。熟年の婦人とその夫である男の人もここで降りるようだった。バスの扉が開き、降りようとする人たちが一斉に動き出した。僕の後ろを通過する時、何人かの手が僕のお尻を撫でた。袋から細長い竹竿を覗かせている銀縁眼鏡の女の人には、ぴしゃりとお尻を叩かれた。胸板の厚い男の人が僕の手首を握り、「降りようか」と囁き、僕を力づくでバスの外へ出そうとした。一番後ろの席にいて、じっと僕のことを見つめていた、三十くらいの年齢の男の人だった。
「やめて。やめてください」
とにかくY美にも気づいてもらいたくて大きな声を出したけれど、その熊のような体格の男の人は易々と僕の両手首を握ったまま、後ろからずんずんと僕を前へ押し出してゆく。とうとう運転手さんの横をすり抜け、ステップの上に立たされた。思わず悲鳴を上げてしまう。このバス停から乗車する人がざっと二十人位、バスに対して垂直に列を成して、ステップの上に立つ素っ裸の僕を見ていた。背後に立つ大きな男の人に手を押さえられているので、おちんちんもすっかり丸出しだった。
「いやだ、やめて。お願いですから」
腰を捻らせたり足をばたつかせたりして抵抗する僕を、背後の男の人は面白がって上下に揺すった。ここまで連行されている内におちんちんは元の大きさどころか、恐怖にすっかり縮こまっていつも以上に小さくなってしまった。「降りようか」男の人が独り言のように呟き、僕の体を持ち上げては着地させ、一段ずつステップを下りる。
とうとうバスの外に出されてしまった。柄の悪そうな高校生たちが恐い目をして僕を睨んでいる。と、男の人が僕の手首を放し、「苛めてごめんね」とぽつりと呟くと、たちまちバスロータリーの人混みに消えた。自由になった僕は、バスに乗ろうと待っている人たちを尻目に素早くステップを駆け上がる。心配して様子を見ていたY美が泣きべそをかいている僕を先程と同じ位置まで連れて行き、自分の横に僕を立たせた。
「もういやだ。一番後ろの席で隠れていたい」
「我慢しなよ。お前は座らない約束でしょうが」
Y美にしても、バスがショッピングセンター経由とは乗車中に気づいたことだから、こういう事態になるとは想像もしていなかったと思うけれど、それでも自身の面目を保つかのように冷淡に言い放つ。後方の席には、途中で乗り込んできた女子高生たちがいた。これから乗り込んでくる高校生たちはすごく乱暴そうな雰囲気なので、今の女子高生たちの間に紛れて隠れている方が、たとえ彼女たちにじろじろと至近距離で裸を見られたとしても、安全なような気がした。
乗客が乗り込んできた。ほとんどが社会に対して反抗的な態度を示す高校生たちだった。ブレザーの制服をだらしなく着て、靴の踵を踏んで、かったるそうに歩く。ある者は赤く染めた髪の毛を逆立てていた。またある者は眉毛が無かった。
緊張と羞恥がない交ぜになって、全身が朱に染まったような気がする。ワイシャツのボタンを外して赤いシャツを露わにした男子高校生が僕の後ろを通過する時、ぴしゃり、と僕のお尻を叩き、「裸でバスに乗る奴、初めて見た」と言って振り返り、殊更に驚いたような顔をして僕の裸身を眺め回した。みんながどっと笑った。素っ裸でバスに乗る僕が目に入った時、柄の悪い高校生たちは最初、明らかに戸惑っていた。いじめの餌食とするには僕はあまりにも弱すぎる。だからといって助けて彼ら自身の善意を露わにするのも気が引ける。赤シャツの男子高校生によるからかいは、こういう場合の振る舞い方を彼の仲間たちに暗に教えるような効果があった。その立派な見本に倣って、後に続く高校生たちは皆、僕のお尻や肩、乳首に触れては、二言三言、全裸の僕をネタにした冗談を述べた。眉毛のない男子高校生が奥の座席にいる先客の女子高生たちに向かって、「おうい、お前ら、これなんて言うの?」と素っ頓狂な声で質問をし、僕のおちんちんを摘まんで上下に振りながら、彼女たちの前までむずがる僕を無理矢理押して行く。
女子高生たちは大喜びだった。
「知らない」
「何それ? 初めて見た」
この男子高校生と女子高生たちは旧知の間柄なのかもしれない。男子高校生の怖い外見にも関わらず、女子高生たちは物怖じもせずに、いかにもこれから男子高校生のやることに期待しているような、明るい声で答えた。