寝具用のマットが一つあるだけの部屋で、全裸のまま目が覚めた。これが僕の部屋だった。カーテンもないので、朝の光でたちまち明るくなる。周りを囲む壁が朝日を受けて白く輝いている。
昨夜は、Y美におちんちんの袋を徹底的に責められた。直接お尻に触った訳ではないのに、Y美の怒りは尋常ではなかった。僕が必至にマッサージだからと抗弁しても聞く耳を持たないY美は、不用意にお尻を触ることが女子の心をどれだけ傷つけるか教えるという理由で、おちんちんの袋を掴んで持ち上げ、左右に揺すった。
更に、その状態のまま、僕を引きずり回した。Y美とは身長差が25センチ近くあるので、軽く持ち上げられただけで僕は爪先立ちになる。爪先立ちの苦しい姿勢で、家じゅうを歩かされた。袋の中の睾丸を揉まれて、僕はその度に悲鳴を上げて、Y美に許しを乞う。しかし、Y美は切れ長の目で冷たく見返すばかりだった。
ようやく解放されて、寝具用のマットに疲れた裸体を沈めた時も、おちんちんの袋がキーンキーンと痛んだ。横になって体を九の字に曲げて、おちんちんの袋を手で包みながら眠った。目覚めると、マットの頭を置いたところが湿っていた。夢の中で泣いたが、現実でも涙を流していたらしい。
その日、僕は学校を休むことになっていた。昨夜遅く、Y美におちんちんの袋を引っ張られていた時、おば様は何か緊迫した様子で仕事の指示を電話で伝えていた。トラブルがあったらしい。仕事のことでこんなに苛立っているおば様を見るのは、初めてだった。叩きつけるように受話器を置くと、僕がおちんちんの袋を持ち上げられて、呻き声を上げているのに気づき、Y美に注意をした。すっと近づいて僕のお尻をぴしゃりと叩いたおば様は、ある考えが思い浮かび、一気に明るい表情を取り戻した。
「そうだわ。あなたに頼めばよかったのよ。ねえ、悪いけど、明日は学校休んでちょうだい。私の仕事を手伝って」
「仕事? ねえ、なにそれ」
反応は僕よりもY美のほうが速かった。Y美は僕から離れて、小さい子どものようにおば様にまとわりつく。
「N町公民館で整体マッサージの講習があるんだけど、モデルさんが突然来れなくなったのよ。チャコは、体が柔らかいから、できるでしょ」
「え、体柔らかいの? なんでお母さん、そんなこと知ってんの?」
怪訝な目でY美が尋ねる。僕が昼間、来客のおじさんに丸椅子の上で足を思いっきり広げさせられたこと、女の客人におちんちんをいじられたことを、Y美はもちろん知らないし、おば様にしてみれば、Y美には知らせたくないことだった。
「いつも裸を見ているから、しなやかな体の細かい動きは、よく分かっているつもりよ」
切れ者の貫録を見せてY美の質問をかわしたおば様は、一呼吸置いてから続けた。
「もちろんバイト料は出るけど、それはあなたの生活費として私が預かる。居候の身なんだから、少しは働かないと駄目よ。明日は学校は休みなさい。Y美、学校に行ったら先生に伝えて、チャコは体調不良により欠席ですってね」
昨夜の出来事を思い返した僕は、いつものように起きて、洗顔し、庭のトイレ小屋で用を済まし、食卓に向かった。いつも裸だから着替える時間がない分、Y美よりも早く支度が整う。それで、おば様と一緒に朝食の準備をすることになる。普段ならばパンツ一枚だけ身に着けているのだが、今日は夕べからY美がパンツを出してくれないせいで素っ裸のまま、食卓に食器を運んだり、オレンジジュースを用意したりする。
白いブラウスに紺のベスト、紺のスカート、白のハイソックスをまとったY美が食卓に着いた。制服の清潔な匂いが朝の空気の中に放たれた。おば様も薄緑のジャケットに黒のタイトスカート姿で、いつでも出勤できる状態だった。僕は、Y美とおば様に囲まれて、一糸まとわぬ裸体をすくめながらトーストを齧る。
二人は僕が素っ裸のままでいることを全く気にしないどころか、当たり前のように受け止めている。もうそれがこの家の習慣なのだった。たまたま今日はパンツを穿いていないというだけの違いでしかない。僕自身、いい加減に裸でいることに慣れなければいけないのに、二人の女の人が特にきちんとした服装でいると、いやでも自分が裸であることを意識させられ、落ち着かなくなるのだった。
朝の慌ただしい時間を駆け抜けるように、Y美が玄関に向かった。いつもだったら、僕は台所の勝手口から出て、物置の前でY美から盥に入った衣類一式を受け取る。登校前の数分で初めて服を着ることになるのだが、この日は学校を休むため、全裸のまま、玄関までY美を見送った。
その後、おば様の指示でシャワーを浴びた。念入りに体を洗うようにとのことだった。浴室から出ると、おば様が玄関前に車を付けていた。おば様に促されて勝手口から庭に出ると、勝手口の鍵が閉まった。玄関から出てきたおば様が玄関を施錠して、僕の方に小走りで来た。
物置の鍵をあけて、盥を取り出す。そこには待望の服が入っていた。おば様は僕に盥を渡すと、「急いでね」と言った。洗濯したてのパンツ、下着を身に着け、ワイシャツに袖を通す。白い靴下、ズボンを穿き、白い運動靴に足を突っ込んだ。これで、誰に見られても恥ずかしくない格好になった。普通に中学校の制服をまとっただけで、失っていた自分への信頼が取り戻せたような気がした。そして、僕は、この何日もやったことがない小走りで枯れたアジサイの前を通り、車に乗り込んだ。
N町公民館は、車で5分とかからない場所にあった。田んぼの真ん中に大きく聳える要塞のような外観で、周囲のひなびた風景とバランスが取れていなかった。
この公民館は昨年末に落成したばかりで、おば様は、計画の段階から深く関わっていたという。ハンドルを握りながら、この公民館が完成するまでの苦労をいろいろと聞かせてくれるおば様は、いつもとは違う大人の女性の風格を漂わせていた。
今回僕が担当することになった整体マッサージのモデルのことで、特に不安はなかった。昨夜、おば様から仕事を仰せつかった後に、仕事の内容について、Y美がいない隙にこっそり質問し、僕がこの仕事で裸になることはないと確認した。おば様は笑って、受講者募集のチラシを見せてくれた。そこの写真に写っているモデルの人は、オレンジ色に統一されたタンクトップとショートパンツを着ていた。
「大丈夫よ。裸になって恥ずかしい思いをすることはないから。このチラシにもあるように、ちゃんとユニフォームがあるから心配しないで。帰るのは夜になるから、普段よりもずっと長く服を着ていられるのよ」
おば様は、笑いながら僕の不安を一蹴した。
広い駐車場に車を入れると、おば様はわざわざ建物から一番遠い、目の前に田んぼがある隅っこの駐車スペースに車を停めた。関係者だから、利用者に迷惑のかからないようなところに慎ましく駐車するのがよいのだ、とおば様が説明した。
青空に浮かんだ太陽が容赦なくアスファルトに照り付けて、湯気すら立ちそうな勢いだった。おば様は日傘をさして、せっせと歩いて行く。遠くの靄がかかった山脈と目の前の威容を誇る公民館を見比べていた僕は、慌てて走って、おば様に追いついた。
自動ドアで公民館の中に入ると、その壮麗さに驚いた。入口の天井が吹き抜けになっていて、大きなシャンデリアが垂れ下がっていた。地元の有名な画家の作品という山に夕日が沈む風景画が、入口から足を踏み入れた者にのしかかるように迫った。
靴を脱いでスリッパに履き替えた。床や壁、天井、壁に付けられた手すりまでもがピカピカに輝いている。壁にはめ込まれた空調調節のパネルを用務員のおじさんがピッピッと押していたけど、何かすごい機器を扱う専門家に見えた。このおじさんの今の行為によって、この公民館全体の温度が涼しく保たれているのかと思うと、感動的ですらあった。館内のあらゆるものが珍しく、いろいろと見回していると、受付で挨拶を済ませたおば様が僕に合図を送った。
おば様と僕は、受付から廊下をまっすぐ進んだ。この日は、入口にあったホワイトボードによると、育児教室や絵本読み聞かせの会などが予定されている。館内は、お母さん方や未就学の子どもたちで賑わっていた。廊下を一番奥まで進むと、おば様が左側の部屋のドアをノックした。
部屋の中には、白衣を着た小柄な女の人と、黒いカーディガンを着た若い女の人がいた。白衣の人がチラシの写真で見た先生だった。有名な先生に師事したベテランで、お互いに自己紹介を済ますと、先生は「あなたのおば様とは、高校時代の同窓生なのよ」と言って笑った。それから、僕の体を上から下まで見た。
その眼光が鋭く、一瞬僕は自分が裸なのではないかと疑って、きちんと制服を着ていることを目で確認しなければならないほどだった。どきまぎしている僕に微笑して、
「今日は一日、長いですけど、よろしくね」
と、言った。
整体マッサージの講習は、10時に始まり4時に終わる予定だった。始まるまであと30分ある。その間に先生がモデルとしての心得をざっと僕に説明してくれた。言われた通りに体を開き、ツボを押してもらえばよいとのことだった。「難しく考えることはないよ、全然」と、先生が笑った。おば様が「この子は体がとても柔らかいのよ」と言うと、「それはすばらしい」と、両腕を組んで、頷く。
「じゃ、そろそろユニフォームに着替えて」
先生が椅子から立ち上がって、背伸びすると、黒いカーディガンの女の人が急にそわそわして、段ボールの中をかき回し始めた。
「どうしたのよ、一体」
必死に段ボールをあさっている女の人の後ろから、先生が首を伸ばす。女の人は「ない、ない」と呟きながら、別の段ボールに手を伸ばして、かき回し始めた。先生が女の人の肩を叩くと、突然女の人が振り向いて、
「ごめんなさい。ユニフォームがないんです」
と、絶叫に似た声で叫び、頭を何度も下げた。手に握り締めたハンカチでそっと目を拭う。女の人の顔面は蒼白だった。
「ないって、どういうことよ。きちんと説明しなさい。このヌケ子!」
テーブルを叩いて立ちあがったのはおば様だった。どうやら、この人はおば様の部下らしい。あまり仕事で有能視されていないらしいのは、その呼び方でも分かった。ヌケ子と呼ばれた女の人は、鼻を啜りながら、事情を説明した。キャンセルになったモデル予定の人からユニフォームを返してもらうのを忘れたらしい。
「じゃあ、あんた、今すぐそのモデル予定だった人のところへ行って、ユニフォームを受け取って来なさい」
「無理です。だってその人、昨日から海外旅行に行ってしまったんです」
溜息をついて、おば様は考え込んでしまった。立ったまま壁によりかかり、両腕を組んで、じっと床を睨みつけている。その横で、ヌケ子さんは放り出した段ボールの中身をあたふたと片付けていた。
「いいわ。ユニフォームを忘れたんなら、仕方ないじゃないの。いつまで考えたって出てこないしね。ユニフォームがなくても、整体マッサージはできるわよ」
そっとおば様の肩に手を置いた先生は、重くなった雰囲気を少しでも和らげようとするかのように、のんきな声で言った。
「申し訳ないわ。せっかくあなたに講習してもらえるというのに、準備の段階でこんな粗相をしでかしてしまって」
すまなそうにおば様が頭を下げる。おば様が頭を下げているところを見るのは初めてで、僕はドキドキしてしまった。ユニフォームを忘れるというのは、学校に体育着を忘れるというのとは意味が違うらしい。ヌケ子さんは相変わらずの涙目でチラチラとおば様の顔色をうかがっている。
「心配しないで。ユニフォームがなくてもできるから」
どんな名案があるのか、期待するような視線が先生に集まった。先生は、僕の方に向くと、はにかみながら言った。
「悪いけど、服を脱いでもらえるかしら」
「え、脱ぐんですか?」
あまりのことに、絶句すると、先生が続けた。
「そうなの。だって仕方ないでしょ。ユニフォームがないんだから。その制服のままではモデルはできない。裸になってもらう」
服を脱ぐ約束なんて、ない。おば様に救いを求めると、おば様は、にこにこしながら僕に近づき、肩を叩いた。
「仕方ないわね。私たちの過失なんだから、先生に従うしかないわ。いやかもしれないけど、ここは我慢して服を脱ぎなさい」
「いやです。服を脱ぐなんて」
拳を握り、肩を怒らせた僕は、勇を鼓して、理不尽な命令にとことん抵抗する心構えを見せることにした。唯々諾々とおば様の命令に従ってきた僕の初めての反抗に、おば様はしばらく目を丸くしていたが、埒が明かないと判断すると、そっと僕のそばに寄って、耳元で、他の人には聞こえないように囁いた。
「いい加減にしなよ。あんた、どこまで私に恥をかかせるつもり?」
ぞっとするほど冷たい目で睨む。僕はこれ以上の抵抗は、全く得策ではないことをすぐに悟った。下手をすると、殺されるかもしれない。
「脱ぐのはシャツだけでいいんですか?」
がっくりと項垂れた僕は、観念してボタンに手を掛けながら、先生に訊ねた。
「シャツだけじゃない、ズボンも。靴下もね。パンツ一枚になってください」
ハキハキした口調は、先生がもう講習のモードになっていることを示していた。今日一日、昼間だけは裸でいなくて済むと喜んでいたのに、結局は、こうしてみんなの見ている前で脱ぐことになってしまった。
「早く脱いでね。もうすぐ時間だから」
壁の時計が15分前を指しているのを見た先生が、顎をしゃくって僕を急かした。僕は今朝になってようやく着用を許されたワイシャツ、靴下、ズボン、シャツを脱いで、先生の言う通り、パンツ一枚になった。廊下から小さい子どもの騒ぐ声とそれを叱る母親の声が聞こえた。ヌケ子さんが紅潮した顔で、じっと僕のことを見ている。
「ごめんなさいね。私のせいで裸にさせられてしまって。ほんとにごめんなさいね」
濡れたハンカチで何度も涙を拭いながらヌケ子さんが謝る。その横で、先生が僕のパンツを指して、笑った。
「やだわ、その白いブリーフパンツ、サイズが一回り小さいんじゃないの? 妙にピチピチしてるじゃないの」
「そうなのよ。私が買ったんだけど、サイズを間違えちゃったみたいなの。でも、もったいないから、そのまま穿かせてるのよ」
「やあね、可哀想に。でも、パンツ一枚の裸のほうがユニフォームよりもツボの位置が分かりやすいから、いいかもね」
ドアを開けて、先生が出て行こうとするので、僕はびっくりして引き留めた。
「あのう、バスローブかなんか、ありますか?」
「バスローブ? 何に使うのよ」
不思議そうな顔して先生が問い返す。僕は、恥ずかしい思いを堪えながら、
「教室に行くまで、何か羽織るものがあれば・・・」と、言った。
「羽織るもの? いらないでしょ。誰もなんとも思わないわよ、あなたみたいな子どもが裸で歩いていたって。男の子なんだから、いちいち恥ずかしがらないこと」
あっさりと僕の頼みを却下すると、先生は一度あけかけて閉めたドアをもう一度あけた。廊下で騒ぐ幼児の声が大きくなった。おば様が僕のお尻を軽く叩いて、ためらっている僕を廊下に押し出すと、
「じゃあ夕方頃迎えに行くから、それまでしっかりお仕事してちょうだいね」
と言って、ドアを閉めた。僕の後ろからヌケ子さんが付いてきた。
「可哀想に、私のせいで、裸で歩かされるなんて。恥ずかしいわよね。ごめんなさいね、ほんとにごめんなさい。廊下にはこんなにたくさんの人がいるのにね」
廊下で騒いでいた小さい子どもたちが、パンツ一枚で廊下を歩かされる僕の姿を見て、一斉に静かになった。ぽかんとした表情で僕を見ている。
「ねえ、あのお兄ちゃん、なんで裸なの?」
「そ、そういうお仕事なんじゃない」
子どもの質問に母親らしき人が慌てて答えていた。
「あのお兄ちゃん、スリッパも履いてないよ」
「そうね、裸だね」
戸惑いながら、母親が答える。大人はもちろん、未就学の子どもですら、子ども用の小さいスリッパを履いているのに、僕は素足のまま、冷たいリノリウムの床を歩いているのだった。パンツ一枚の心細い身には、廊下はとてつもなく長く感じられる。そのうちに、子どもたちの間でクスクス笑いが起こった。あからさまに僕を指さして、子どもたちが笑っている。
「やーい、裸、裸」
悪戯盛りの未就学児童たちが走ってきて、パンツの上からお尻を叩いた。僕は相手が幼児だからと手加減して手で払ったものの、それだけで引き下がる相手ではなかった。何度も身をひるがえして、襲い掛かってくる。
やっかいな子どもたちを手で払いながら、ようやく受付まで来ると、先生は受付に寄って、来客者名簿に目を通していた。今日の受講生の出欠を確認しているらしい。この公民館に入ってきた時には涼しいと思った温度設定だが、パンツ一枚の裸でいると、かなり肌寒い。先生の後ろでぶるぶる震えている僕を、受付のおじさんやその奥で事務をしている女の人たちがチラリと見て、軽い驚きの表情を浮かべた。
「そーれ、裸だ、裸だ」
一旦は引き下がったかに見えた子どもたちが再びとんぼ返りしてきたと思ったら、後ろから不意をついて、二人の子どもが僕のパンツのゴムに手を掛け、一気に引きずり下ろした。更にもう一人の大柄な未就学児童に激しくタックルされた僕は、冷たい床に裸のお尻を着けてしまい、その隙に足首からパンツを抜き取られてしまった。
「やーい、はだかんぼ、はだかんぼ」
奪った白いパンツをひらひら振りながら走り去ってゆく子どもに向かって、「待って、それは駄目、返して」と言いながら、おちんちんを手で隠し、前屈みになって追い掛ける。絵本読み聞かせ教室のために、廊下の待合椅子には小さい子どもやその母親が詰めて座っていたが、目の前を真っ裸に剥かれた僕が走って横切ると、廊下は、俄然どよめき、そのあまりの騒がしさに、ドアから顔を覗かせる人までいるほどだった。
「返して、お願いだから、それは返して」
どっと群がる母親と未就学児童の好奇心に満ちた視線を痛いほど浴びて、一糸まとわぬ裸の僕は、両手で必至におちんちんを隠し、腰を引いて、例のパンツを奪った子どもに懇願した。
子どもはパンツを指に巻き付けながら、じっと僕のことを見ていたが、周囲の人たちの注視に気づき、自分の仕出かしたささいないたずらが思わぬ事態に展開していることに驚いて、母親の陰に隠れようとした。
「たーくん、パンツを返してあげなさい」
未就学の子どもにパンツを脱がされた僕を憐れむような目で見てから、母親が男の子の方を向いて、諭した。
「やだよ。だってこれ、ぼくのだもん」
「嘘でしょ。そのパンツはお兄ちゃんのでしょ。早く返してあげなさい」
反抗期らしい子どもの言動にうんざりしたように、母親が大きく息をついた。
「だってぼくが取ったんだもん。だから、ぼくのだ」
頑なに言い張る男の子に対して、母親は別の角度から説得を試みた。
「ねえねえ、たーくん、見て見て、このお兄ちゃん、丸裸だよ。お風呂に入るときみたいに丸裸。恥ずかしいよね」
「恥ずかしいかな?」
廊下の壁に沿って母親の後ろに隠れようとしながら、男の子が空とぼける。母親は男の子の腕を掴んで、僕の前に突き出すと、男の子の顔を手で僕の方に向けた。
「恥ずかしいよ。だってよく見てごらん。周りの人、みんなお洋服着てるのに、このお兄ちゃんだけ、何にも着てないんだよ。おちんちん見られちゃうから手で隠してるけど、お尻なんか丸出しで、後ろにいるミツちゃんとかにも、お尻見られてるんだよ。ねえ、たーくんだったらどうなの? こんな場所で一人だけ裸んぼで、みんなにおちんちんやお尻を見られたら、恥ずかしくない?」
「恥ずかしい」
ようやく得られた一言に満足そうに頷いて、母親が繰り返す。
「恥ずかしいよね」
「うん、恥ずかしい」
「たーくんがこんなところで裸にされたら、どうする?」
「絶対やだ」
「やだよね。絶対やだよね。恥ずかしいもんね。だったら、このお兄ちゃんも同じでしょ。すっごい恥ずかしい思いをしてるの。ね? 恥ずかしいよね?」
突然僕に振った母親の口元は、にやけていた。いちいち答えたくなかったけど、答えないと、パンツを返してもらえそうもない。おちんちんにしっかり手を当てた中腰の姿勢のまま、体をわなわな震わせて、
「は、恥ずかしいです」
と、答えた。
「ね、恥ずかしいって。だからさあ、たーくん、パンツ返してあげなよ。このお兄ちゃんも、いつまでもみんなの見ている前で裸んぼのままでいるのは、可哀想だよ」
「分かった。お兄ちゃんがおちんちんを見せてくれたら返す」
母親に説得された男の子は、何か条件をつけてから言いつけに従うことで自分の育ちかけている自我を守ろうとしているようだった。母親もその心理傾向は心得ていて、特に問題がない限りは、その条件を飲んでいるらしい。母親は僕に向かって、子どもの時とは打って変わった冷たい目をして、言った。
「聞いたでしょ。この子があんたのおちんちん見たいって。見せてあげなよ」
「やだ。恥ずかしいです」
「パンツ返してもらいたいんでしょ」
母親が低い声で僕を脅かすと、男の子は調子にのって、指に巻きつけたパンツをぐるぐる回しながら、騒いだ。
「やーいやーい、返して欲しかったら、おちんちん見せろ」
「ねえねえ、たーくんは、なんでお兄ちゃんのおちんちんが見たいの?」
興奮を鎮めようとするかのように、母親が男の子の頬に頬を寄せて、訊ねる。男の子は、母親に甘える時特有のねちっこい口調で、
「だってさあ、爺ちゃんが言ってたもん。男の子は大きくなると、おちんちんに毛が生えて、皮がむけるって」と、理由を話した。
「やだ。お爺ちゃんたら、そんなこと言ったの?」
呆れたというように母親が手を振った。
「だから、お兄ちゃんのおちんちん、見たいの。毛が生えて、皮が剥けてるかどうか」
「そうか、たーくんは自分の目で確かめたいんだね。分かった」
と、母親が男の子の頭を撫でると、挑むような視線を僕に向けた。
「もう諦めて、おちんちん見せてあげなよ。ついでに私も見るけど、気にしなくていいのよ。どうせ小さいだろうしね」
軽く笑って母親どうし目配せしている。廊下に群がる子連れの母親たちがぞろぞろと僕との距離を詰めてきた。愚図愚図していると、ギャラリーが増える一方だ。どうせ見られるのなら、最小限の人に絞りたい。僕は、男の子とその母親の前で、震える手を恐る恐るおちんちんから移動させた。その途端、男の子のギャッという笑い声が響いた。
「わー、ちっちゃいよ。ぼくのおちんちんみたいだね。ねえママ?」
「ほんとだね。こんなお兄ちゃんになっても、まだ皮かぶってんだね」
母親が手で口を覆いながらクスクス笑った。近くにいた母親たちが子どもの手を引きながら、どっと僕の前に流れ込んできた。そして、口々に「キャッ」「やだ」などと嬌声を上げている。男の子が「ちっちゃい、ちっちゃいよ」と連呼しながら、指に巻きつけたパンツを天井に向かって投げた。
パンツは、教室の入口のドアに突き出ている「1-A」と書かれた表札に引っ掛かった。僕は片手でおちんちんを覆い、もう片方の腕を伸ばして、表札に掛かったパンツを取ろうとしたが、表札の上部に釘のようなものが出ていて、抜けない。
恥ずかしがって行動を起こさないのは、事態を最悪にするだけだと確信した僕は、母親たちにお尻を叩かれたり、おちんちんを見られたりするのにじっと耐えながら、両腕を上げて、表札からパンツを抜き取ることに専念した。
それにしても、なかなか取れない。一人の子どもが僕のおちんちんを指にはさんで、ぶるぶる回したり震わせたりして、周りの母親や子どもたちを大いに笑わせている。
昨夜は、Y美におちんちんの袋を徹底的に責められた。直接お尻に触った訳ではないのに、Y美の怒りは尋常ではなかった。僕が必至にマッサージだからと抗弁しても聞く耳を持たないY美は、不用意にお尻を触ることが女子の心をどれだけ傷つけるか教えるという理由で、おちんちんの袋を掴んで持ち上げ、左右に揺すった。
更に、その状態のまま、僕を引きずり回した。Y美とは身長差が25センチ近くあるので、軽く持ち上げられただけで僕は爪先立ちになる。爪先立ちの苦しい姿勢で、家じゅうを歩かされた。袋の中の睾丸を揉まれて、僕はその度に悲鳴を上げて、Y美に許しを乞う。しかし、Y美は切れ長の目で冷たく見返すばかりだった。
ようやく解放されて、寝具用のマットに疲れた裸体を沈めた時も、おちんちんの袋がキーンキーンと痛んだ。横になって体を九の字に曲げて、おちんちんの袋を手で包みながら眠った。目覚めると、マットの頭を置いたところが湿っていた。夢の中で泣いたが、現実でも涙を流していたらしい。
その日、僕は学校を休むことになっていた。昨夜遅く、Y美におちんちんの袋を引っ張られていた時、おば様は何か緊迫した様子で仕事の指示を電話で伝えていた。トラブルがあったらしい。仕事のことでこんなに苛立っているおば様を見るのは、初めてだった。叩きつけるように受話器を置くと、僕がおちんちんの袋を持ち上げられて、呻き声を上げているのに気づき、Y美に注意をした。すっと近づいて僕のお尻をぴしゃりと叩いたおば様は、ある考えが思い浮かび、一気に明るい表情を取り戻した。
「そうだわ。あなたに頼めばよかったのよ。ねえ、悪いけど、明日は学校休んでちょうだい。私の仕事を手伝って」
「仕事? ねえ、なにそれ」
反応は僕よりもY美のほうが速かった。Y美は僕から離れて、小さい子どものようにおば様にまとわりつく。
「N町公民館で整体マッサージの講習があるんだけど、モデルさんが突然来れなくなったのよ。チャコは、体が柔らかいから、できるでしょ」
「え、体柔らかいの? なんでお母さん、そんなこと知ってんの?」
怪訝な目でY美が尋ねる。僕が昼間、来客のおじさんに丸椅子の上で足を思いっきり広げさせられたこと、女の客人におちんちんをいじられたことを、Y美はもちろん知らないし、おば様にしてみれば、Y美には知らせたくないことだった。
「いつも裸を見ているから、しなやかな体の細かい動きは、よく分かっているつもりよ」
切れ者の貫録を見せてY美の質問をかわしたおば様は、一呼吸置いてから続けた。
「もちろんバイト料は出るけど、それはあなたの生活費として私が預かる。居候の身なんだから、少しは働かないと駄目よ。明日は学校は休みなさい。Y美、学校に行ったら先生に伝えて、チャコは体調不良により欠席ですってね」
昨夜の出来事を思い返した僕は、いつものように起きて、洗顔し、庭のトイレ小屋で用を済まし、食卓に向かった。いつも裸だから着替える時間がない分、Y美よりも早く支度が整う。それで、おば様と一緒に朝食の準備をすることになる。普段ならばパンツ一枚だけ身に着けているのだが、今日は夕べからY美がパンツを出してくれないせいで素っ裸のまま、食卓に食器を運んだり、オレンジジュースを用意したりする。
白いブラウスに紺のベスト、紺のスカート、白のハイソックスをまとったY美が食卓に着いた。制服の清潔な匂いが朝の空気の中に放たれた。おば様も薄緑のジャケットに黒のタイトスカート姿で、いつでも出勤できる状態だった。僕は、Y美とおば様に囲まれて、一糸まとわぬ裸体をすくめながらトーストを齧る。
二人は僕が素っ裸のままでいることを全く気にしないどころか、当たり前のように受け止めている。もうそれがこの家の習慣なのだった。たまたま今日はパンツを穿いていないというだけの違いでしかない。僕自身、いい加減に裸でいることに慣れなければいけないのに、二人の女の人が特にきちんとした服装でいると、いやでも自分が裸であることを意識させられ、落ち着かなくなるのだった。
朝の慌ただしい時間を駆け抜けるように、Y美が玄関に向かった。いつもだったら、僕は台所の勝手口から出て、物置の前でY美から盥に入った衣類一式を受け取る。登校前の数分で初めて服を着ることになるのだが、この日は学校を休むため、全裸のまま、玄関までY美を見送った。
その後、おば様の指示でシャワーを浴びた。念入りに体を洗うようにとのことだった。浴室から出ると、おば様が玄関前に車を付けていた。おば様に促されて勝手口から庭に出ると、勝手口の鍵が閉まった。玄関から出てきたおば様が玄関を施錠して、僕の方に小走りで来た。
物置の鍵をあけて、盥を取り出す。そこには待望の服が入っていた。おば様は僕に盥を渡すと、「急いでね」と言った。洗濯したてのパンツ、下着を身に着け、ワイシャツに袖を通す。白い靴下、ズボンを穿き、白い運動靴に足を突っ込んだ。これで、誰に見られても恥ずかしくない格好になった。普通に中学校の制服をまとっただけで、失っていた自分への信頼が取り戻せたような気がした。そして、僕は、この何日もやったことがない小走りで枯れたアジサイの前を通り、車に乗り込んだ。
N町公民館は、車で5分とかからない場所にあった。田んぼの真ん中に大きく聳える要塞のような外観で、周囲のひなびた風景とバランスが取れていなかった。
この公民館は昨年末に落成したばかりで、おば様は、計画の段階から深く関わっていたという。ハンドルを握りながら、この公民館が完成するまでの苦労をいろいろと聞かせてくれるおば様は、いつもとは違う大人の女性の風格を漂わせていた。
今回僕が担当することになった整体マッサージのモデルのことで、特に不安はなかった。昨夜、おば様から仕事を仰せつかった後に、仕事の内容について、Y美がいない隙にこっそり質問し、僕がこの仕事で裸になることはないと確認した。おば様は笑って、受講者募集のチラシを見せてくれた。そこの写真に写っているモデルの人は、オレンジ色に統一されたタンクトップとショートパンツを着ていた。
「大丈夫よ。裸になって恥ずかしい思いをすることはないから。このチラシにもあるように、ちゃんとユニフォームがあるから心配しないで。帰るのは夜になるから、普段よりもずっと長く服を着ていられるのよ」
おば様は、笑いながら僕の不安を一蹴した。
広い駐車場に車を入れると、おば様はわざわざ建物から一番遠い、目の前に田んぼがある隅っこの駐車スペースに車を停めた。関係者だから、利用者に迷惑のかからないようなところに慎ましく駐車するのがよいのだ、とおば様が説明した。
青空に浮かんだ太陽が容赦なくアスファルトに照り付けて、湯気すら立ちそうな勢いだった。おば様は日傘をさして、せっせと歩いて行く。遠くの靄がかかった山脈と目の前の威容を誇る公民館を見比べていた僕は、慌てて走って、おば様に追いついた。
自動ドアで公民館の中に入ると、その壮麗さに驚いた。入口の天井が吹き抜けになっていて、大きなシャンデリアが垂れ下がっていた。地元の有名な画家の作品という山に夕日が沈む風景画が、入口から足を踏み入れた者にのしかかるように迫った。
靴を脱いでスリッパに履き替えた。床や壁、天井、壁に付けられた手すりまでもがピカピカに輝いている。壁にはめ込まれた空調調節のパネルを用務員のおじさんがピッピッと押していたけど、何かすごい機器を扱う専門家に見えた。このおじさんの今の行為によって、この公民館全体の温度が涼しく保たれているのかと思うと、感動的ですらあった。館内のあらゆるものが珍しく、いろいろと見回していると、受付で挨拶を済ませたおば様が僕に合図を送った。
おば様と僕は、受付から廊下をまっすぐ進んだ。この日は、入口にあったホワイトボードによると、育児教室や絵本読み聞かせの会などが予定されている。館内は、お母さん方や未就学の子どもたちで賑わっていた。廊下を一番奥まで進むと、おば様が左側の部屋のドアをノックした。
部屋の中には、白衣を着た小柄な女の人と、黒いカーディガンを着た若い女の人がいた。白衣の人がチラシの写真で見た先生だった。有名な先生に師事したベテランで、お互いに自己紹介を済ますと、先生は「あなたのおば様とは、高校時代の同窓生なのよ」と言って笑った。それから、僕の体を上から下まで見た。
その眼光が鋭く、一瞬僕は自分が裸なのではないかと疑って、きちんと制服を着ていることを目で確認しなければならないほどだった。どきまぎしている僕に微笑して、
「今日は一日、長いですけど、よろしくね」
と、言った。
整体マッサージの講習は、10時に始まり4時に終わる予定だった。始まるまであと30分ある。その間に先生がモデルとしての心得をざっと僕に説明してくれた。言われた通りに体を開き、ツボを押してもらえばよいとのことだった。「難しく考えることはないよ、全然」と、先生が笑った。おば様が「この子は体がとても柔らかいのよ」と言うと、「それはすばらしい」と、両腕を組んで、頷く。
「じゃ、そろそろユニフォームに着替えて」
先生が椅子から立ち上がって、背伸びすると、黒いカーディガンの女の人が急にそわそわして、段ボールの中をかき回し始めた。
「どうしたのよ、一体」
必死に段ボールをあさっている女の人の後ろから、先生が首を伸ばす。女の人は「ない、ない」と呟きながら、別の段ボールに手を伸ばして、かき回し始めた。先生が女の人の肩を叩くと、突然女の人が振り向いて、
「ごめんなさい。ユニフォームがないんです」
と、絶叫に似た声で叫び、頭を何度も下げた。手に握り締めたハンカチでそっと目を拭う。女の人の顔面は蒼白だった。
「ないって、どういうことよ。きちんと説明しなさい。このヌケ子!」
テーブルを叩いて立ちあがったのはおば様だった。どうやら、この人はおば様の部下らしい。あまり仕事で有能視されていないらしいのは、その呼び方でも分かった。ヌケ子と呼ばれた女の人は、鼻を啜りながら、事情を説明した。キャンセルになったモデル予定の人からユニフォームを返してもらうのを忘れたらしい。
「じゃあ、あんた、今すぐそのモデル予定だった人のところへ行って、ユニフォームを受け取って来なさい」
「無理です。だってその人、昨日から海外旅行に行ってしまったんです」
溜息をついて、おば様は考え込んでしまった。立ったまま壁によりかかり、両腕を組んで、じっと床を睨みつけている。その横で、ヌケ子さんは放り出した段ボールの中身をあたふたと片付けていた。
「いいわ。ユニフォームを忘れたんなら、仕方ないじゃないの。いつまで考えたって出てこないしね。ユニフォームがなくても、整体マッサージはできるわよ」
そっとおば様の肩に手を置いた先生は、重くなった雰囲気を少しでも和らげようとするかのように、のんきな声で言った。
「申し訳ないわ。せっかくあなたに講習してもらえるというのに、準備の段階でこんな粗相をしでかしてしまって」
すまなそうにおば様が頭を下げる。おば様が頭を下げているところを見るのは初めてで、僕はドキドキしてしまった。ユニフォームを忘れるというのは、学校に体育着を忘れるというのとは意味が違うらしい。ヌケ子さんは相変わらずの涙目でチラチラとおば様の顔色をうかがっている。
「心配しないで。ユニフォームがなくてもできるから」
どんな名案があるのか、期待するような視線が先生に集まった。先生は、僕の方に向くと、はにかみながら言った。
「悪いけど、服を脱いでもらえるかしら」
「え、脱ぐんですか?」
あまりのことに、絶句すると、先生が続けた。
「そうなの。だって仕方ないでしょ。ユニフォームがないんだから。その制服のままではモデルはできない。裸になってもらう」
服を脱ぐ約束なんて、ない。おば様に救いを求めると、おば様は、にこにこしながら僕に近づき、肩を叩いた。
「仕方ないわね。私たちの過失なんだから、先生に従うしかないわ。いやかもしれないけど、ここは我慢して服を脱ぎなさい」
「いやです。服を脱ぐなんて」
拳を握り、肩を怒らせた僕は、勇を鼓して、理不尽な命令にとことん抵抗する心構えを見せることにした。唯々諾々とおば様の命令に従ってきた僕の初めての反抗に、おば様はしばらく目を丸くしていたが、埒が明かないと判断すると、そっと僕のそばに寄って、耳元で、他の人には聞こえないように囁いた。
「いい加減にしなよ。あんた、どこまで私に恥をかかせるつもり?」
ぞっとするほど冷たい目で睨む。僕はこれ以上の抵抗は、全く得策ではないことをすぐに悟った。下手をすると、殺されるかもしれない。
「脱ぐのはシャツだけでいいんですか?」
がっくりと項垂れた僕は、観念してボタンに手を掛けながら、先生に訊ねた。
「シャツだけじゃない、ズボンも。靴下もね。パンツ一枚になってください」
ハキハキした口調は、先生がもう講習のモードになっていることを示していた。今日一日、昼間だけは裸でいなくて済むと喜んでいたのに、結局は、こうしてみんなの見ている前で脱ぐことになってしまった。
「早く脱いでね。もうすぐ時間だから」
壁の時計が15分前を指しているのを見た先生が、顎をしゃくって僕を急かした。僕は今朝になってようやく着用を許されたワイシャツ、靴下、ズボン、シャツを脱いで、先生の言う通り、パンツ一枚になった。廊下から小さい子どもの騒ぐ声とそれを叱る母親の声が聞こえた。ヌケ子さんが紅潮した顔で、じっと僕のことを見ている。
「ごめんなさいね。私のせいで裸にさせられてしまって。ほんとにごめんなさいね」
濡れたハンカチで何度も涙を拭いながらヌケ子さんが謝る。その横で、先生が僕のパンツを指して、笑った。
「やだわ、その白いブリーフパンツ、サイズが一回り小さいんじゃないの? 妙にピチピチしてるじゃないの」
「そうなのよ。私が買ったんだけど、サイズを間違えちゃったみたいなの。でも、もったいないから、そのまま穿かせてるのよ」
「やあね、可哀想に。でも、パンツ一枚の裸のほうがユニフォームよりもツボの位置が分かりやすいから、いいかもね」
ドアを開けて、先生が出て行こうとするので、僕はびっくりして引き留めた。
「あのう、バスローブかなんか、ありますか?」
「バスローブ? 何に使うのよ」
不思議そうな顔して先生が問い返す。僕は、恥ずかしい思いを堪えながら、
「教室に行くまで、何か羽織るものがあれば・・・」と、言った。
「羽織るもの? いらないでしょ。誰もなんとも思わないわよ、あなたみたいな子どもが裸で歩いていたって。男の子なんだから、いちいち恥ずかしがらないこと」
あっさりと僕の頼みを却下すると、先生は一度あけかけて閉めたドアをもう一度あけた。廊下で騒ぐ幼児の声が大きくなった。おば様が僕のお尻を軽く叩いて、ためらっている僕を廊下に押し出すと、
「じゃあ夕方頃迎えに行くから、それまでしっかりお仕事してちょうだいね」
と言って、ドアを閉めた。僕の後ろからヌケ子さんが付いてきた。
「可哀想に、私のせいで、裸で歩かされるなんて。恥ずかしいわよね。ごめんなさいね、ほんとにごめんなさい。廊下にはこんなにたくさんの人がいるのにね」
廊下で騒いでいた小さい子どもたちが、パンツ一枚で廊下を歩かされる僕の姿を見て、一斉に静かになった。ぽかんとした表情で僕を見ている。
「ねえ、あのお兄ちゃん、なんで裸なの?」
「そ、そういうお仕事なんじゃない」
子どもの質問に母親らしき人が慌てて答えていた。
「あのお兄ちゃん、スリッパも履いてないよ」
「そうね、裸だね」
戸惑いながら、母親が答える。大人はもちろん、未就学の子どもですら、子ども用の小さいスリッパを履いているのに、僕は素足のまま、冷たいリノリウムの床を歩いているのだった。パンツ一枚の心細い身には、廊下はとてつもなく長く感じられる。そのうちに、子どもたちの間でクスクス笑いが起こった。あからさまに僕を指さして、子どもたちが笑っている。
「やーい、裸、裸」
悪戯盛りの未就学児童たちが走ってきて、パンツの上からお尻を叩いた。僕は相手が幼児だからと手加減して手で払ったものの、それだけで引き下がる相手ではなかった。何度も身をひるがえして、襲い掛かってくる。
やっかいな子どもたちを手で払いながら、ようやく受付まで来ると、先生は受付に寄って、来客者名簿に目を通していた。今日の受講生の出欠を確認しているらしい。この公民館に入ってきた時には涼しいと思った温度設定だが、パンツ一枚の裸でいると、かなり肌寒い。先生の後ろでぶるぶる震えている僕を、受付のおじさんやその奥で事務をしている女の人たちがチラリと見て、軽い驚きの表情を浮かべた。
「そーれ、裸だ、裸だ」
一旦は引き下がったかに見えた子どもたちが再びとんぼ返りしてきたと思ったら、後ろから不意をついて、二人の子どもが僕のパンツのゴムに手を掛け、一気に引きずり下ろした。更にもう一人の大柄な未就学児童に激しくタックルされた僕は、冷たい床に裸のお尻を着けてしまい、その隙に足首からパンツを抜き取られてしまった。
「やーい、はだかんぼ、はだかんぼ」
奪った白いパンツをひらひら振りながら走り去ってゆく子どもに向かって、「待って、それは駄目、返して」と言いながら、おちんちんを手で隠し、前屈みになって追い掛ける。絵本読み聞かせ教室のために、廊下の待合椅子には小さい子どもやその母親が詰めて座っていたが、目の前を真っ裸に剥かれた僕が走って横切ると、廊下は、俄然どよめき、そのあまりの騒がしさに、ドアから顔を覗かせる人までいるほどだった。
「返して、お願いだから、それは返して」
どっと群がる母親と未就学児童の好奇心に満ちた視線を痛いほど浴びて、一糸まとわぬ裸の僕は、両手で必至におちんちんを隠し、腰を引いて、例のパンツを奪った子どもに懇願した。
子どもはパンツを指に巻き付けながら、じっと僕のことを見ていたが、周囲の人たちの注視に気づき、自分の仕出かしたささいないたずらが思わぬ事態に展開していることに驚いて、母親の陰に隠れようとした。
「たーくん、パンツを返してあげなさい」
未就学の子どもにパンツを脱がされた僕を憐れむような目で見てから、母親が男の子の方を向いて、諭した。
「やだよ。だってこれ、ぼくのだもん」
「嘘でしょ。そのパンツはお兄ちゃんのでしょ。早く返してあげなさい」
反抗期らしい子どもの言動にうんざりしたように、母親が大きく息をついた。
「だってぼくが取ったんだもん。だから、ぼくのだ」
頑なに言い張る男の子に対して、母親は別の角度から説得を試みた。
「ねえねえ、たーくん、見て見て、このお兄ちゃん、丸裸だよ。お風呂に入るときみたいに丸裸。恥ずかしいよね」
「恥ずかしいかな?」
廊下の壁に沿って母親の後ろに隠れようとしながら、男の子が空とぼける。母親は男の子の腕を掴んで、僕の前に突き出すと、男の子の顔を手で僕の方に向けた。
「恥ずかしいよ。だってよく見てごらん。周りの人、みんなお洋服着てるのに、このお兄ちゃんだけ、何にも着てないんだよ。おちんちん見られちゃうから手で隠してるけど、お尻なんか丸出しで、後ろにいるミツちゃんとかにも、お尻見られてるんだよ。ねえ、たーくんだったらどうなの? こんな場所で一人だけ裸んぼで、みんなにおちんちんやお尻を見られたら、恥ずかしくない?」
「恥ずかしい」
ようやく得られた一言に満足そうに頷いて、母親が繰り返す。
「恥ずかしいよね」
「うん、恥ずかしい」
「たーくんがこんなところで裸にされたら、どうする?」
「絶対やだ」
「やだよね。絶対やだよね。恥ずかしいもんね。だったら、このお兄ちゃんも同じでしょ。すっごい恥ずかしい思いをしてるの。ね? 恥ずかしいよね?」
突然僕に振った母親の口元は、にやけていた。いちいち答えたくなかったけど、答えないと、パンツを返してもらえそうもない。おちんちんにしっかり手を当てた中腰の姿勢のまま、体をわなわな震わせて、
「は、恥ずかしいです」
と、答えた。
「ね、恥ずかしいって。だからさあ、たーくん、パンツ返してあげなよ。このお兄ちゃんも、いつまでもみんなの見ている前で裸んぼのままでいるのは、可哀想だよ」
「分かった。お兄ちゃんがおちんちんを見せてくれたら返す」
母親に説得された男の子は、何か条件をつけてから言いつけに従うことで自分の育ちかけている自我を守ろうとしているようだった。母親もその心理傾向は心得ていて、特に問題がない限りは、その条件を飲んでいるらしい。母親は僕に向かって、子どもの時とは打って変わった冷たい目をして、言った。
「聞いたでしょ。この子があんたのおちんちん見たいって。見せてあげなよ」
「やだ。恥ずかしいです」
「パンツ返してもらいたいんでしょ」
母親が低い声で僕を脅かすと、男の子は調子にのって、指に巻きつけたパンツをぐるぐる回しながら、騒いだ。
「やーいやーい、返して欲しかったら、おちんちん見せろ」
「ねえねえ、たーくんは、なんでお兄ちゃんのおちんちんが見たいの?」
興奮を鎮めようとするかのように、母親が男の子の頬に頬を寄せて、訊ねる。男の子は、母親に甘える時特有のねちっこい口調で、
「だってさあ、爺ちゃんが言ってたもん。男の子は大きくなると、おちんちんに毛が生えて、皮がむけるって」と、理由を話した。
「やだ。お爺ちゃんたら、そんなこと言ったの?」
呆れたというように母親が手を振った。
「だから、お兄ちゃんのおちんちん、見たいの。毛が生えて、皮が剥けてるかどうか」
「そうか、たーくんは自分の目で確かめたいんだね。分かった」
と、母親が男の子の頭を撫でると、挑むような視線を僕に向けた。
「もう諦めて、おちんちん見せてあげなよ。ついでに私も見るけど、気にしなくていいのよ。どうせ小さいだろうしね」
軽く笑って母親どうし目配せしている。廊下に群がる子連れの母親たちがぞろぞろと僕との距離を詰めてきた。愚図愚図していると、ギャラリーが増える一方だ。どうせ見られるのなら、最小限の人に絞りたい。僕は、男の子とその母親の前で、震える手を恐る恐るおちんちんから移動させた。その途端、男の子のギャッという笑い声が響いた。
「わー、ちっちゃいよ。ぼくのおちんちんみたいだね。ねえママ?」
「ほんとだね。こんなお兄ちゃんになっても、まだ皮かぶってんだね」
母親が手で口を覆いながらクスクス笑った。近くにいた母親たちが子どもの手を引きながら、どっと僕の前に流れ込んできた。そして、口々に「キャッ」「やだ」などと嬌声を上げている。男の子が「ちっちゃい、ちっちゃいよ」と連呼しながら、指に巻きつけたパンツを天井に向かって投げた。
パンツは、教室の入口のドアに突き出ている「1-A」と書かれた表札に引っ掛かった。僕は片手でおちんちんを覆い、もう片方の腕を伸ばして、表札に掛かったパンツを取ろうとしたが、表札の上部に釘のようなものが出ていて、抜けない。
恥ずかしがって行動を起こさないのは、事態を最悪にするだけだと確信した僕は、母親たちにお尻を叩かれたり、おちんちんを見られたりするのにじっと耐えながら、両腕を上げて、表札からパンツを抜き取ることに専念した。
それにしても、なかなか取れない。一人の子どもが僕のおちんちんを指にはさんで、ぶるぶる回したり震わせたりして、周りの母親や子どもたちを大いに笑わせている。
年下の男の子に、笑われる屈辱が良かったです。
これからも続きを楽しみにしてます。
恥ずかしい体験に、終わりはありません。
これからもよろしくお願いします。
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