田んぼの中に突っ込んだ手から泥がこぼれる。全部こぼれない内に自分の体に塗り付けると、ぬるりとした感触が腕や胸を這う。素っ裸のまま公道を歩かされる僕に、せめては体に泥を塗って、迫りつつある夜の闇に紛れこませようというY美の気遣いが幾分か含まれているのかもしれなかったが、Y美は、あくまでも僕が歩行中おちんちんを隠した罰として、泥塗りを厳命するのだった。
「もっと全身にくまなく塗るの」
語気鋭く叫ぶY美の声に怯えて、胸に押し当てた泥を肩や首の周辺にまで広げる。僕の動作が遅くてY美は苛立っているようだった。歩道から幸ちゃんと雪ちゃんが不思議そうな顔をして僕を見下ろした。田んぼの中にしゃがんで全裸の体に泥を塗りたくるその姿を見れば、何をしているのかと必ずや問いたくなると思う。自転車で通りかかった人が幸ちゃんに訊ね、幸ちゃんの返事にフンと鼻を鳴らした。傍らで幸ちゃんの返事を聞いたレイちゃんとエー子がくすくす笑って、僕を指さした。
いきなりY美がロープを横に引いた。おちんちんを引っ張られた僕はバランスを崩し、田んぼに両手を付いてしまった。泥の中で僕を腹這いにさせたY美は、その場で回転するように命じる。前だけでなく後ろも泥まみれにさせるのだった。
田んぼの苗の植わっていないところを腹這いになったり、仰向けになったりしながら、体中に泥をなすり付けていくと、何度か空き缶にぶつかった。歩道に面しているのが災いして、田んぼの中にはいろんなゴミが捨てられていた。
田んぼを荒らしている奴がいると聞いて駆け付けたという男性に幸ちゃんが説明し、苗を傷つけてはいない旨を納得してもらった。しかし、男性はまだ怒りが収まっていないようで、首から下はほぼ泥に塗れた素っ裸の僕を呼び寄せた。
田んぼから出て、地面に素足の泥の足跡を残しながら歩道へと盛り上がった土の斜面を登る。男は、僕に気をつけをさせ、ゆっくり体を回すように言った。そして、全身が泥に覆われていることを確認すると、真っ裸だから泥が衣服に見えるかと思ったがそうでもないし、特におちんちんやお尻はくきやかに分かるから、泥なんか付けたら逆に恥ずかしさが増すようだと、無責任な感想を述べた。続いて黒いビニール袋を僕に押し付けると、呆れる程の早口でまくしたてた。人の田んぼに無断で入るのは犯罪だからお前を警察に連行してもよいが、幸子さんとかいう子に聞いたところお前は罰として体に泥を塗らされているとのことだから、好き好んで人の田んぼに入ったのではないことが分かったので警察は勘弁してやってもよい、但し、見ての通りうちの田んぼは不心得者が通りすがりに空き缶などを平気で投げ捨てていくので、お前が人の田んぼに無断侵入したことに少しでも申し訳ないと思う気持ちが働くのならばゴミを拾いなさい、裸で泥まみれだからこれ以上汚れる心配もないだろう。
こんな内容のことを言われ、僕としてはどうしたものか迷ったのだが、Y美に判断を仰ぐと、この青年に従いなさいと目で合図するので、僕はビニール袋片手に再び田んぼに素足を入れた。
沢山の空き缶は、清涼飲料水のだけではなくビールのも混じっていた。また、煙草の吸殻も少なくなかった。光量のかなり絞られた田んぼの水面にたばこの吸殻が白く浮かび、空き缶が青白い腹を浮かべる。ビニール袋がゴミでいっぱいになる頃には、腰が痛くなっていた。
ぶっきらぼうに「ご苦労さん」と言って、男は僕からビニール袋を受け取った。僕がゴミ拾いをさせられている間、Y美との会話が弾んだらしく、男は上機嫌になっていた。おちんちんを根元で縛っているロープを揺すって、僕に「しっかりこのお姉さんの言うことをよく聞くんだぞ。この中学一年生」と、特に最後のところで大きな声を出して、僕の泥が付いた裸の肩を勢いよく叩くのだった。
真っ裸で公道を歩かされるのはこれが初めてではないし、もっと明るくて人通りの多い所を歩かされたこともあるが、それでも今のこの歩行には初めて経験するような羞恥の念を呼び起こされた。田んぼの男が指摘した通り、泥で全身を覆ったところで全裸の身が隠せるというものではなかった。Y美の言によると、初めから泥で夜目から裸体を紛らせる気などなかったらしい。田んぼに落ちて泥まみれになったから服を脱いで裸になった、という説明の方程式がおのずから成り立つところにその目的があった。
やんちゃな男の子を演じればよい、とY美が冷たい目で振り向いた。だから絶対におちんちんを手で隠したり、腰を屈めて恥ずかしがってはいけないと念を押す。恥ずかしくない振りをして普通に歩くのは今までに経験したことがなかった。何人もの人が通りすがりに僕にじろじろと無遠慮な視線を向けた。いかに無邪気な子どもを演じたところで、ロープでおちんちんを引っ張られるように歩かされているのだから、これがいじめの一種であることは明白なのだが、Y美も、Y美と肩を並べるレイちゃんも、そんなことは一向に頓着しないようだった。
交差点では歩道橋があるのにY美はわざと道路を横切った。信号待ちの車のヘッドライトに照らされて、おちんちんをロープで引かれた素っ裸の僕がY美の後ろをとぼとぼと歩く。運転席から首を出して、僕たちに声をかけるドライバーが何人か居たけど、Y美は全部無視してひたすら歩いた。全身泥にまみれた裸の男子がロープでおちんちんを引かれて歩いているのを見れば、その事情を探りたくなるのは人情だろう。幸ちゃんと雪ちゃんとは交差点を渡ったところで別れた。その先の一つ目の信号では、エー子が僕たちとは違う方向へ手を振りながら進んだ。
同行者がY美とレイちゃんの二人になったところで、レイちゃんが頻繁に僕にちょっかいを出すようになった。直接足で蹴ると泥で汚れるからと言い訳して棒切れを拾い、それで僕のお尻を叩いた。公園に差し掛かると、空き缶に水を入れてきて、歩く僕の頭に水をこぼした。前方に犬の糞発見、と大仰な身振りで指さして、僕をそこへ近づける。先ほど踏んだのとは反対の足でそれを踏むように言いつける。
とっととY美が進んでくれれば、僕もやり過ごすことができたのに、悪いことにY美は立ち止まって、じっと僕を見つめるのだった。こんもりと盛り上がったそれは、犬の糞にしては大きめのサイズで、まだひり出されて間もないような艶が街灯の淡い光に照らし出されていた。
踏むのをためらっていると、棒切れでお尻を叩かれた。まことにレイちゃんは容赦がない。三つ数えるうちに踏まないと、僕を糞の上に押し倒して、泥と一緒に体に塗り付けると脅かすのだった。レイちゃんが二つまで数えたところで観念した僕は糞の上に足を踏み出した。
面白半分で僕に犬の糞を踏ませたレイちゃんから裸足で犬の糞を踏んだ感触を問われ、「気持ち悪い柔らかさです」とだけ返答した僕は、一度目に踏んだ時にそうしたように、歩道に足裏の糞をなすり付けながら歩いた。真っ裸で外を歩かされる非常な辛さを構成する原因には、羞恥の他にも、裸足の裏にちくちく刺さる小石の類も含まれているのだが、このような経験をしたことのないレイちゃんには、到底想像が及ばないだろうと思った。経験を重ねたお陰で足の裏に多少尖った小石があっても慣れてきたが、思いもよらぬ物、例えば犬の糞を裸足で踏み付けた不快感は、いつまでも僕の中で引き摺る。そんな僕の辛い気持ちを察することなく、道すがら、次々といじめの材料を見つけるレイちゃんに、僕はひたすら許しを乞い続けるのだった。
クイズに答えられなかった罰として、レイちゃんから棒切れでお尻を連続十発叩かれることになった僕は、悲鳴が大きすぎるとの理由により、更に十発追加で叩かれることになった。Y美はその間も歩き続けるので、当然僕も立ち止まることができない。お尻を叩かれた痛みに足が止まると、すぐにおちんちんを引っ張られる。痛くても立ち止まることは許されない。僕は嗚咽しながら、もうぶたないように哀願したが、レイちゃんは許してほしければ土下座するように命じるのだった。
スーパーマーケットの明かりが見えてきた。買い物帰りの人とすれ違うたびにレイちゃんは棒切れでお尻を強く叩いた。思わず「土下座します」と答えたが、前を行くY美が立ち止まらない限り、それは難しかった。駆け足でY美のそばまで行き、急いで膝をついて頭を下げる。レイちゃんが納得しないうちにおちんちんが引っ張られ、歩かざるを得なくなる。そして、また急いでY美の元へ行く。
そんなことを繰り返したが、レイちゃんは限られた時間の中の素早い土下座を認めようとしなかった。と、スーパーマーケットの入口前にさしかかった所でY美が立ち止まった。
レイちゃんは僕へのいじめにY美が加担してくれたものだと思ったらしい。店を出入りする人からよく見える場所で僕に土下座させるのは愉快なことだとレイちゃんは考えたようで、恥ずかしがる僕の頬を平手打ちして、スーパーマーケットの看板の明かりが届くところで僕に土下座させた。看板の明かりだけでなく、出入りする車のヘッドライトも入り乱れるので、周囲は真昼のように明るかった。歩道で素っ裸のまま土下座する僕の惨めな姿は、何人に見られたか、考えただけでも恐ろしくなる。
「申し訳ございませんでした」
何度もこの言葉とともに頭を地面になすり付ける。レイちゃんはなかなか「良し」と言ってくれない。店から出てきた人は、女の人が多かったせいもあるが、大抵は見て見ぬ振りをして通り過ぎる。しげしげと眺めて、「おい、あまりいじめるな」と声を掛けてくれた中年のおじさんもいたし、サラリーマンの二人連れは「最近の子のいじめはすさまじいな」と、論評のようなものを加えながら通り過ぎた。
硬いアスファルトの上に揃えた膝が痛くなってきた。夜風が僕の剥き出しになっている全身の肌を嬲る。何度頭を下げてもレイちゃんは満足しないようだった。ずっと沈黙していたY美が僕の髪の毛を掴んで立たせた。そして、僕の耳元で「気をつけ。ずっとだよ」と囁いた。
両腕を体の側面にぴったりと付けて指先を伸ばす。背筋も伸ばす。店から出てきた人に今度はおちんちんが丸見えになる。Y美は何か違うことを考えていると思い、Y美の命令に従う振りをして、人が来たらそっと手で隠した。案の定、Y美はそんな僕の所作に気付かず、レイちゃんの前に行き、その顔をしげしげと眺めた。
「な、なんですか。私の顔に何か」
ただならぬ雰囲気のY美にレイちゃんが当惑していると、Y美がじっとレイちゃんを見下ろしたまま、言った。
「あんた、いい加減にしなよ」
「何か気に障るような真似したかしら」
思い巡らせてもレイちゃんには分からないようだった。
「調子に乗るな」
じっとレイちゃんを睨みつけたまま、Y美が恫喝した。大きな買い物袋を抱えた女の人が気をつけの姿勢を強制されている全裸の僕に驚きの声を上げた。Y美に気付かれないようにそっとおちんちんに手を当てる。横目で見ると、レイちゃんは泣きそうな顔になっていた。
棒切れを路傍に捨てたレイちゃんは、別人のように静かになった。もうY美の隣りは歩けず、僕の後ろをしずしずと付いてきていた。住宅街を過ぎると、人通りの少ない、さびしい道に出る。後ろで足音が途絶えたような気がして振り向くと、かなり距離を空けてレイちゃんが路肩から外れた草の上を俯いて歩いていた。
「何見てんだよ」
唇を尖らせて鋭い眼光を僕に向けた。
「別に。なんでもないです」
そう言って前を向いた瞬間、全速力でこちらに近づいてくる足音がアスファルトに響いた。
「なめるな」
怒りの形相のレイちゃんが僕に向かって突進した。高く上げた膝が僕の背中に入った。前のめりに倒れた僕の髪の毛を掴んでぐるぐる回して道路脇の草に倒すと、馬乗りになって、左右の頬を交互に殴り付ける。あまり突然だから何のことが分からずただ悲鳴を上げる僕に対して、レイちゃんはまたがったまま腰を上げ、どすんと体重を落とした。それが僕の鳩尾を押して、呼吸ができない苦しみにのたうち回る。立ち上がったレイちゃんが悶えて九の字に横たわる僕の背中や腹を蹴りまくる。お尻を蹴った足がおちんちんの袋を直撃し、頭が真っ白になる激痛に泣き声と呻き声が合体したような悲鳴を喉の奥から絞り出した。
レイちゃんの無表情が月の光に青白く浮かび、草地で悶える僕を見下ろしていた。何が原因で怒りが爆発したのか皆目分からなかったし、僕としてはこの理不尽な暴力の嵐から一刻も早く逃げ出したいだけなので、その理由を詮索する余裕もなかったけど、レイちゃんのずっと抑圧していた感情が暴発して、とてつもない怒りを呼び起こし、それが直接関係のない僕に向かっているのは確かだった。レイちゃんの手がおちんちんを丸ごと、袋もおちんちんそのものも一緒くたにして鷲掴みすると、もう片方の腕で肩の下に腕を通して、僕を持ち上げた。
胸の高さまで抱き上げられた僕は、がっしりと掴まれたおちんちんの痛みとこれからされることの恐怖に体を震えて、言葉が出ない。果たして、レイちゃんは僕を草地へ放り投げるのだった。草地とはいえ硬い地面であることに変わりはない。素っ裸の身が叩きつけられ、お尻と背中をしたたかに打った僕は、苦痛のあまり言葉にならない声を垂れ流した。小柄で軽い僕の体に投げがいを感じたのか、レイちゃんがロープを乱暴に引く。
すごい力がおちんちんの袋に加えられ、新たな激痛に声が出ない。ロープがおちんちんの袋に食い込み、引っ張られる。草地に裸の背中が引き摺られ、レイちゃんの足元に来ると、口から涎を流して喘ぐ僕の体を再び持ち上げる。鷲掴みされたおちんちんがレイちゃんの手の中で圧縮される。
草地に叩きつけられてはロープを引っ張られて、レイちゃんの足元まで引き摺って戻される。許しを乞うことすらできず、悲鳴を上げるのが精一杯で、その悲鳴すら途切れがちになる。それでも一際大きな悲鳴、というよりも泣き声を絞り出したのは、おちんちんを引っ張られた時だった。レイちゃんの指が皮ではなく、おちんちんそのものを掴んで、自分の胸元に引き寄せながらぐるぐる回す。
「こんなちっぽなものぶら下げて、みっともないんだよ」
怒りに声を震わせてレイちゃんが掴んだおちんちんに力を込める。おちんちんの肉が千切り取られそうな怖さと痛みに僕と言うよりも、僕の肉体そのものが上げているような声がどんよりと雲の浮かぶ夜空に向かって鈍く発せられた。
持ち上げて放り投げる。何度目だろう。少しずつ投げる距離が伸びているようにも感じられる。素っ裸の心もとない身が暴力の嵐に揉まれて、抵抗の気力をなくし、黙って時間が過ぎるのを待っている。と、放り投げられた体が転がって、用水路に落ちた。
生ぬるく、ねっとりとまつわりつくような水質が、蹴られ、地に叩きつけられて熱を帯びた裸身を心地よく包んだ。が、それは新たな責めの始まりだった。僕の体がすっぽり収まる程の用水路に跨ったレイちゃんが仁王立ちして僕を見下ろしてると思ったら、手が伸びてきて、僕の髪の毛を掴んだ。用水路にしゃがむレイちゃんのズボンから泥の付着した膝小僧が露出していた。細い足が、かすかに届く街灯の光がなくても、そのよく日に焼けた健康な色が分かるくらいの近さにあった。
「こいつ、人の足をじろじろ見てる余裕があるのか。すけべ」
憎々しげに吐いて、僕の頭を用水路の水の中に沈める。肉体の痛みに呼吸が荒くなっているので、とても長い時間息を止めていられるものではない。ごぼごぼと水の中で息を吐き切っても出してもらえず、水を飲んでしまった。と、ようやく水の外に顔を出してくれた。水を吸い込んだ鼻が痛い。ろくに呼吸する間もなく、すぐにまた沈められる。体が痙攣したようにあちこち動いて抵抗をする。
靴を脱ぎ、靴下も取ったレイちゃんが用水路に片足を差し入れ、水の中の僕のお尻を踏み付けた。用水路の底のぬるぬるしたコンクリートにおちんちんが押し付けられる。お尻を踏み付けたまま足を前後に揺するので、おちんちんが下腹部に埋まった状態で藻の感触がするコンクリートの底で扱かれることになったのだが、とても性的な快楽どころではなく、おちんちんの袋とともに押し潰される恐怖とその恐怖によって倍増する痛みに悶え苦しむばかりであった。
しかも爪先から頭の先まで、全身を用水路の水の中に沈められ、もうこれまでかと水の中で口を開きかけたところで、髪の毛を掴むレイちゃんの手が上がる。口と鼻から水を出すのが精一杯のわずかな時間が過ぎると、また水の中へ沈められる。
終わりのない拷問を受けながら、意識の深いところで、なんで僕はこんな目に遭わなくてはならないのか、と自問する声が聞こえる。さんざん蹴られたり、叩きつけられた全身の痺れる痛みに加えて、おちんちんの踏み付け、水責め、と幾つもの苦しみに同時に苛まれながら、その自問に答える僕自身の声を聞いたような気がした。落ち着いた、冷静そのものの調子だった。お前自身が全くの不運だから仕方がない、運は一人一人生まれた時から定まっている、とその声は言い、諦めることが大事、と続いた。更には、調子に乗るな、という声がしたけども、これはY美の声に似ていた。いや、それはれっきとした外界からの声で、髪の毛からレイちゃんの手が放れていた。
水面から顔を出すと、二人の女の人の影が至近距離で向かい合っていた。痛めつけられた体を庇うようにして用水路から這い上がり、草地にそのまま転がる。一つの影がダッシュし、すかさずもう一つの影が追う。先に走り出した影はなかなかに敏捷な動きを見せたが、それでも大きな影にすぐに追いつかれた。
草の上にぽたぽたと水滴を落としながらなんとか半身を起こすと、橋の上に二つの影が見えた。街灯のとぼしい光に照らされた背の高い影がもう一つの影を欄干に押し付けていた。欄干側の影が頭を下げ、向かいの影は動かなかった。頭を下げ、手ぶりで何かを説明する影は、やがて観念したのか、欄干を跨いだ。そのまましばらく下の川を見てから、意を決したように飛び降りた。川に落ちた音が響いて止んだ。その間、大きな影は少しも動かなかった。
橋から戻ってきたY美は、草地に体を横たえている僕の横に腰を下ろし、優しく体をさすってくれた。歩道のない狭い道路を車がヘッドライトを照らして立て続けに通り過ぎる。草地のY美と僕も光を浴びるが、一瞬であり、恐らくドライバーは気付かない。
けじめを取らせた、とY美が言った。レイちゃんは橋の上から川に飛び込んだが、穏やかな流れだし、運動神経の発達したレイちゃんは陸上だけでなく水泳も得意だから心配はないだろうとのことだった。やり過ぎは許さない、とY美が呟いて、僕の濡れた背中やお尻を撫で回した。
体の節々の激しい痛みに呻き声を漏らす僕をY美が憐れみの目で見つめた。どこからかレイちゃんが舞い戻ってきて、また僕に圧倒的な暴力を振るうような気がしてならない。その不安を口にすると、Y美は微笑して首を横に振った。
「心配ないよ。私がそばにいるから」
「でも、なんでY美さん、僕を」
胸が詰まって、うまく続けられない。涙声になってしまった。
「もっと早く助けてくれてもよかったのに」
なんとかそこまで言って、鼻を啜る。Y美は少し驚いたように僕を見つめていたが、すぐに笑い声を立てた。
「何ですぐに助けなかったかって? だってお前、それは罰だからよ」
罰の意味が分からずに問い返す僕のおでこをY美が人差し指で突いた。
「店の前で気をつけさせた時、隠したでしょ」
自分の顔が強張るのを感じた。言葉の出ない僕をY美はしらばっくれていると思ったらしい。
「おちんちん、隠したじゃん。ちゃんと知ってんだから」
努めて出したようなY美の陽気な声は、僕の緊張を解くのに十分な効果を発揮した。僕の肩を叩いて、「気づいていないとでも思ってたの」と、笑う。
まさかY美に見られているとは思わなかった。正直にそう告げると、Y美は、
「だって、レイが教えてくれたから」
と、事も無げに答えるのだった。
この日のY美は何かいつもと違った。不気味なくらい優しいが、ただ単に優しいだけではない。僕に対してお願いごとを秘した優しさだった。不気味と感じられるのは、まさにそのお願いごとが裏からちらちらと顔を覗かせるようなY美の猫撫で声にあった。しばらく、草地に横たわる僕の体の激しく痛む部位、背中とかお尻、おちんちんの袋をさすりながら、Y美はいろいろな話をしてくれた。
それはほとんど人の悪口だった。特に風紀委員を滅茶苦茶にけなし始めた。風紀委員は先生や特定の男子の前では上品なお嬢さんを気取っているが、とんでもない性悪女で信用できない。自分では可愛らしさを演出していると思っているあの丸眼鏡が飛ぶほど、殴ってみたい。Y美がそう言って、見えない相手に向かってパンチを繰り出した。
レイちゃんの激しい暴力癖については、彼女の不幸な家庭環境に原因があるとだけY美が伝えてくれた。それ以上、僕が何を質問しても「知らない」としか答えず、体の向きを変えて、運動靴と靴下を脱ぎ始めた。何をしようとするのか見当がつかない僕に向かって、裸足になったつま先を差し出す。
「ねえ、舐めてよ」
意外な言葉に呆然とする僕に対して、Y美がもう一度、言った。
「舐めて。お願いだから」
微笑を浮かべながらも、目は真剣だった。ねっとりした火が瞳の奥で燃えていた。
白い綺麗な肌を泥だらけの手で触れることは憚れるが、Y美自身の命令であり、背くことはできない。恭しく足を取ると、まずは親指を口に含んだ。Y美が小さな声を発した。続けて順番に指を僕の舌に絡ませてゆく。Y美は目を瞑り、大きな息をつく。
たっぷりと時間をかけて、二つの足の指を全て僕の唾液で光らせる。踝から脛、脹脛へと舌を這わせる。張りのある肉体は水分を含んで弾力に富んでいた。と、Y美が足の指におちんちんを挟んで動かし始めた。
故意に僕の性的欲望を高めることで更なる愛撫を求めているのだと思った僕は、丹念に脹脛、脛を吸い、舌を押し付ける。抑えに抑えた挙句に小さく細長い息が高音を伴ってY美の口から漏れた。Y美の手が僕の髪の毛を掴み、これ以上、腿の方へ移動しないように牽制していたが、性的な欲求を煽られた僕は、ついにスカートの奥の太腿へと手を伸ばした。甘酸っぱい匂いが草いきれに混じって、漂う。
寝室でおば様に教え込まれた通りに舐め、舌を這わせる。髪を掴むY美の手がわなわなと震えているのが分かった。スカートの奥に白いパンツがほのかに見えた。おちんちんがはち切れそうなほど大きくなっている。と、Y美の両足に頭を挟んで、不意に強く締め付けてきた。Y美のか細い声が少しだけ大きくなった。膝頭がこめかみを圧する。僕は痛みに呻き声を発した。
「そこまでだよ。調子に乗らないで」
足を引っこめたY美に胸を突かれ、尻もちをついた。素早く靴下を履き、靴に足を突っ込むと、手でお尻をはたきながらY美が立ち上がる。僕は黙って見上げた。
「黙ってると、お前は私の体を矢鱈と触りたがるね」
冷然と言い放つ。僕はY美の裸はおろか、下着姿すら見たことがない。一度だけ洗濯物のY美の下着に偶然触れたことがあったが酷く折檻されたので、それ以来、ひっそりと干されているY美の下着を見つけても目を背けてきた。マッサージをさせられるので背中を服の上から押したことがあるが、胸の膨らみには一度も手を伸ばしたことがない。ようするに、僕だけがいつも裸で、好きなように体を弄ばれているのだった。
「私はお前の体は、おちんちんの袋の皺からお尻の穴の襞までくまなく見て、いじるし、おしっこするところも、精液を出すところも、うんちするところも全部見ているけど、お前は私の体に許可なく触ったりできないの。当然でしょ。奴隷だもんね」
先ほどまでの優しさは消し飛んだようだった。いつものY美に戻って、おちんちんの根元に括り付けたロープを引っ張った。
「もっと全身にくまなく塗るの」
語気鋭く叫ぶY美の声に怯えて、胸に押し当てた泥を肩や首の周辺にまで広げる。僕の動作が遅くてY美は苛立っているようだった。歩道から幸ちゃんと雪ちゃんが不思議そうな顔をして僕を見下ろした。田んぼの中にしゃがんで全裸の体に泥を塗りたくるその姿を見れば、何をしているのかと必ずや問いたくなると思う。自転車で通りかかった人が幸ちゃんに訊ね、幸ちゃんの返事にフンと鼻を鳴らした。傍らで幸ちゃんの返事を聞いたレイちゃんとエー子がくすくす笑って、僕を指さした。
いきなりY美がロープを横に引いた。おちんちんを引っ張られた僕はバランスを崩し、田んぼに両手を付いてしまった。泥の中で僕を腹這いにさせたY美は、その場で回転するように命じる。前だけでなく後ろも泥まみれにさせるのだった。
田んぼの苗の植わっていないところを腹這いになったり、仰向けになったりしながら、体中に泥をなすり付けていくと、何度か空き缶にぶつかった。歩道に面しているのが災いして、田んぼの中にはいろんなゴミが捨てられていた。
田んぼを荒らしている奴がいると聞いて駆け付けたという男性に幸ちゃんが説明し、苗を傷つけてはいない旨を納得してもらった。しかし、男性はまだ怒りが収まっていないようで、首から下はほぼ泥に塗れた素っ裸の僕を呼び寄せた。
田んぼから出て、地面に素足の泥の足跡を残しながら歩道へと盛り上がった土の斜面を登る。男は、僕に気をつけをさせ、ゆっくり体を回すように言った。そして、全身が泥に覆われていることを確認すると、真っ裸だから泥が衣服に見えるかと思ったがそうでもないし、特におちんちんやお尻はくきやかに分かるから、泥なんか付けたら逆に恥ずかしさが増すようだと、無責任な感想を述べた。続いて黒いビニール袋を僕に押し付けると、呆れる程の早口でまくしたてた。人の田んぼに無断で入るのは犯罪だからお前を警察に連行してもよいが、幸子さんとかいう子に聞いたところお前は罰として体に泥を塗らされているとのことだから、好き好んで人の田んぼに入ったのではないことが分かったので警察は勘弁してやってもよい、但し、見ての通りうちの田んぼは不心得者が通りすがりに空き缶などを平気で投げ捨てていくので、お前が人の田んぼに無断侵入したことに少しでも申し訳ないと思う気持ちが働くのならばゴミを拾いなさい、裸で泥まみれだからこれ以上汚れる心配もないだろう。
こんな内容のことを言われ、僕としてはどうしたものか迷ったのだが、Y美に判断を仰ぐと、この青年に従いなさいと目で合図するので、僕はビニール袋片手に再び田んぼに素足を入れた。
沢山の空き缶は、清涼飲料水のだけではなくビールのも混じっていた。また、煙草の吸殻も少なくなかった。光量のかなり絞られた田んぼの水面にたばこの吸殻が白く浮かび、空き缶が青白い腹を浮かべる。ビニール袋がゴミでいっぱいになる頃には、腰が痛くなっていた。
ぶっきらぼうに「ご苦労さん」と言って、男は僕からビニール袋を受け取った。僕がゴミ拾いをさせられている間、Y美との会話が弾んだらしく、男は上機嫌になっていた。おちんちんを根元で縛っているロープを揺すって、僕に「しっかりこのお姉さんの言うことをよく聞くんだぞ。この中学一年生」と、特に最後のところで大きな声を出して、僕の泥が付いた裸の肩を勢いよく叩くのだった。
真っ裸で公道を歩かされるのはこれが初めてではないし、もっと明るくて人通りの多い所を歩かされたこともあるが、それでも今のこの歩行には初めて経験するような羞恥の念を呼び起こされた。田んぼの男が指摘した通り、泥で全身を覆ったところで全裸の身が隠せるというものではなかった。Y美の言によると、初めから泥で夜目から裸体を紛らせる気などなかったらしい。田んぼに落ちて泥まみれになったから服を脱いで裸になった、という説明の方程式がおのずから成り立つところにその目的があった。
やんちゃな男の子を演じればよい、とY美が冷たい目で振り向いた。だから絶対におちんちんを手で隠したり、腰を屈めて恥ずかしがってはいけないと念を押す。恥ずかしくない振りをして普通に歩くのは今までに経験したことがなかった。何人もの人が通りすがりに僕にじろじろと無遠慮な視線を向けた。いかに無邪気な子どもを演じたところで、ロープでおちんちんを引っ張られるように歩かされているのだから、これがいじめの一種であることは明白なのだが、Y美も、Y美と肩を並べるレイちゃんも、そんなことは一向に頓着しないようだった。
交差点では歩道橋があるのにY美はわざと道路を横切った。信号待ちの車のヘッドライトに照らされて、おちんちんをロープで引かれた素っ裸の僕がY美の後ろをとぼとぼと歩く。運転席から首を出して、僕たちに声をかけるドライバーが何人か居たけど、Y美は全部無視してひたすら歩いた。全身泥にまみれた裸の男子がロープでおちんちんを引かれて歩いているのを見れば、その事情を探りたくなるのは人情だろう。幸ちゃんと雪ちゃんとは交差点を渡ったところで別れた。その先の一つ目の信号では、エー子が僕たちとは違う方向へ手を振りながら進んだ。
同行者がY美とレイちゃんの二人になったところで、レイちゃんが頻繁に僕にちょっかいを出すようになった。直接足で蹴ると泥で汚れるからと言い訳して棒切れを拾い、それで僕のお尻を叩いた。公園に差し掛かると、空き缶に水を入れてきて、歩く僕の頭に水をこぼした。前方に犬の糞発見、と大仰な身振りで指さして、僕をそこへ近づける。先ほど踏んだのとは反対の足でそれを踏むように言いつける。
とっととY美が進んでくれれば、僕もやり過ごすことができたのに、悪いことにY美は立ち止まって、じっと僕を見つめるのだった。こんもりと盛り上がったそれは、犬の糞にしては大きめのサイズで、まだひり出されて間もないような艶が街灯の淡い光に照らし出されていた。
踏むのをためらっていると、棒切れでお尻を叩かれた。まことにレイちゃんは容赦がない。三つ数えるうちに踏まないと、僕を糞の上に押し倒して、泥と一緒に体に塗り付けると脅かすのだった。レイちゃんが二つまで数えたところで観念した僕は糞の上に足を踏み出した。
面白半分で僕に犬の糞を踏ませたレイちゃんから裸足で犬の糞を踏んだ感触を問われ、「気持ち悪い柔らかさです」とだけ返答した僕は、一度目に踏んだ時にそうしたように、歩道に足裏の糞をなすり付けながら歩いた。真っ裸で外を歩かされる非常な辛さを構成する原因には、羞恥の他にも、裸足の裏にちくちく刺さる小石の類も含まれているのだが、このような経験をしたことのないレイちゃんには、到底想像が及ばないだろうと思った。経験を重ねたお陰で足の裏に多少尖った小石があっても慣れてきたが、思いもよらぬ物、例えば犬の糞を裸足で踏み付けた不快感は、いつまでも僕の中で引き摺る。そんな僕の辛い気持ちを察することなく、道すがら、次々といじめの材料を見つけるレイちゃんに、僕はひたすら許しを乞い続けるのだった。
クイズに答えられなかった罰として、レイちゃんから棒切れでお尻を連続十発叩かれることになった僕は、悲鳴が大きすぎるとの理由により、更に十発追加で叩かれることになった。Y美はその間も歩き続けるので、当然僕も立ち止まることができない。お尻を叩かれた痛みに足が止まると、すぐにおちんちんを引っ張られる。痛くても立ち止まることは許されない。僕は嗚咽しながら、もうぶたないように哀願したが、レイちゃんは許してほしければ土下座するように命じるのだった。
スーパーマーケットの明かりが見えてきた。買い物帰りの人とすれ違うたびにレイちゃんは棒切れでお尻を強く叩いた。思わず「土下座します」と答えたが、前を行くY美が立ち止まらない限り、それは難しかった。駆け足でY美のそばまで行き、急いで膝をついて頭を下げる。レイちゃんが納得しないうちにおちんちんが引っ張られ、歩かざるを得なくなる。そして、また急いでY美の元へ行く。
そんなことを繰り返したが、レイちゃんは限られた時間の中の素早い土下座を認めようとしなかった。と、スーパーマーケットの入口前にさしかかった所でY美が立ち止まった。
レイちゃんは僕へのいじめにY美が加担してくれたものだと思ったらしい。店を出入りする人からよく見える場所で僕に土下座させるのは愉快なことだとレイちゃんは考えたようで、恥ずかしがる僕の頬を平手打ちして、スーパーマーケットの看板の明かりが届くところで僕に土下座させた。看板の明かりだけでなく、出入りする車のヘッドライトも入り乱れるので、周囲は真昼のように明るかった。歩道で素っ裸のまま土下座する僕の惨めな姿は、何人に見られたか、考えただけでも恐ろしくなる。
「申し訳ございませんでした」
何度もこの言葉とともに頭を地面になすり付ける。レイちゃんはなかなか「良し」と言ってくれない。店から出てきた人は、女の人が多かったせいもあるが、大抵は見て見ぬ振りをして通り過ぎる。しげしげと眺めて、「おい、あまりいじめるな」と声を掛けてくれた中年のおじさんもいたし、サラリーマンの二人連れは「最近の子のいじめはすさまじいな」と、論評のようなものを加えながら通り過ぎた。
硬いアスファルトの上に揃えた膝が痛くなってきた。夜風が僕の剥き出しになっている全身の肌を嬲る。何度頭を下げてもレイちゃんは満足しないようだった。ずっと沈黙していたY美が僕の髪の毛を掴んで立たせた。そして、僕の耳元で「気をつけ。ずっとだよ」と囁いた。
両腕を体の側面にぴったりと付けて指先を伸ばす。背筋も伸ばす。店から出てきた人に今度はおちんちんが丸見えになる。Y美は何か違うことを考えていると思い、Y美の命令に従う振りをして、人が来たらそっと手で隠した。案の定、Y美はそんな僕の所作に気付かず、レイちゃんの前に行き、その顔をしげしげと眺めた。
「な、なんですか。私の顔に何か」
ただならぬ雰囲気のY美にレイちゃんが当惑していると、Y美がじっとレイちゃんを見下ろしたまま、言った。
「あんた、いい加減にしなよ」
「何か気に障るような真似したかしら」
思い巡らせてもレイちゃんには分からないようだった。
「調子に乗るな」
じっとレイちゃんを睨みつけたまま、Y美が恫喝した。大きな買い物袋を抱えた女の人が気をつけの姿勢を強制されている全裸の僕に驚きの声を上げた。Y美に気付かれないようにそっとおちんちんに手を当てる。横目で見ると、レイちゃんは泣きそうな顔になっていた。
棒切れを路傍に捨てたレイちゃんは、別人のように静かになった。もうY美の隣りは歩けず、僕の後ろをしずしずと付いてきていた。住宅街を過ぎると、人通りの少ない、さびしい道に出る。後ろで足音が途絶えたような気がして振り向くと、かなり距離を空けてレイちゃんが路肩から外れた草の上を俯いて歩いていた。
「何見てんだよ」
唇を尖らせて鋭い眼光を僕に向けた。
「別に。なんでもないです」
そう言って前を向いた瞬間、全速力でこちらに近づいてくる足音がアスファルトに響いた。
「なめるな」
怒りの形相のレイちゃんが僕に向かって突進した。高く上げた膝が僕の背中に入った。前のめりに倒れた僕の髪の毛を掴んでぐるぐる回して道路脇の草に倒すと、馬乗りになって、左右の頬を交互に殴り付ける。あまり突然だから何のことが分からずただ悲鳴を上げる僕に対して、レイちゃんはまたがったまま腰を上げ、どすんと体重を落とした。それが僕の鳩尾を押して、呼吸ができない苦しみにのたうち回る。立ち上がったレイちゃんが悶えて九の字に横たわる僕の背中や腹を蹴りまくる。お尻を蹴った足がおちんちんの袋を直撃し、頭が真っ白になる激痛に泣き声と呻き声が合体したような悲鳴を喉の奥から絞り出した。
レイちゃんの無表情が月の光に青白く浮かび、草地で悶える僕を見下ろしていた。何が原因で怒りが爆発したのか皆目分からなかったし、僕としてはこの理不尽な暴力の嵐から一刻も早く逃げ出したいだけなので、その理由を詮索する余裕もなかったけど、レイちゃんのずっと抑圧していた感情が暴発して、とてつもない怒りを呼び起こし、それが直接関係のない僕に向かっているのは確かだった。レイちゃんの手がおちんちんを丸ごと、袋もおちんちんそのものも一緒くたにして鷲掴みすると、もう片方の腕で肩の下に腕を通して、僕を持ち上げた。
胸の高さまで抱き上げられた僕は、がっしりと掴まれたおちんちんの痛みとこれからされることの恐怖に体を震えて、言葉が出ない。果たして、レイちゃんは僕を草地へ放り投げるのだった。草地とはいえ硬い地面であることに変わりはない。素っ裸の身が叩きつけられ、お尻と背中をしたたかに打った僕は、苦痛のあまり言葉にならない声を垂れ流した。小柄で軽い僕の体に投げがいを感じたのか、レイちゃんがロープを乱暴に引く。
すごい力がおちんちんの袋に加えられ、新たな激痛に声が出ない。ロープがおちんちんの袋に食い込み、引っ張られる。草地に裸の背中が引き摺られ、レイちゃんの足元に来ると、口から涎を流して喘ぐ僕の体を再び持ち上げる。鷲掴みされたおちんちんがレイちゃんの手の中で圧縮される。
草地に叩きつけられてはロープを引っ張られて、レイちゃんの足元まで引き摺って戻される。許しを乞うことすらできず、悲鳴を上げるのが精一杯で、その悲鳴すら途切れがちになる。それでも一際大きな悲鳴、というよりも泣き声を絞り出したのは、おちんちんを引っ張られた時だった。レイちゃんの指が皮ではなく、おちんちんそのものを掴んで、自分の胸元に引き寄せながらぐるぐる回す。
「こんなちっぽなものぶら下げて、みっともないんだよ」
怒りに声を震わせてレイちゃんが掴んだおちんちんに力を込める。おちんちんの肉が千切り取られそうな怖さと痛みに僕と言うよりも、僕の肉体そのものが上げているような声がどんよりと雲の浮かぶ夜空に向かって鈍く発せられた。
持ち上げて放り投げる。何度目だろう。少しずつ投げる距離が伸びているようにも感じられる。素っ裸の心もとない身が暴力の嵐に揉まれて、抵抗の気力をなくし、黙って時間が過ぎるのを待っている。と、放り投げられた体が転がって、用水路に落ちた。
生ぬるく、ねっとりとまつわりつくような水質が、蹴られ、地に叩きつけられて熱を帯びた裸身を心地よく包んだ。が、それは新たな責めの始まりだった。僕の体がすっぽり収まる程の用水路に跨ったレイちゃんが仁王立ちして僕を見下ろしてると思ったら、手が伸びてきて、僕の髪の毛を掴んだ。用水路にしゃがむレイちゃんのズボンから泥の付着した膝小僧が露出していた。細い足が、かすかに届く街灯の光がなくても、そのよく日に焼けた健康な色が分かるくらいの近さにあった。
「こいつ、人の足をじろじろ見てる余裕があるのか。すけべ」
憎々しげに吐いて、僕の頭を用水路の水の中に沈める。肉体の痛みに呼吸が荒くなっているので、とても長い時間息を止めていられるものではない。ごぼごぼと水の中で息を吐き切っても出してもらえず、水を飲んでしまった。と、ようやく水の外に顔を出してくれた。水を吸い込んだ鼻が痛い。ろくに呼吸する間もなく、すぐにまた沈められる。体が痙攣したようにあちこち動いて抵抗をする。
靴を脱ぎ、靴下も取ったレイちゃんが用水路に片足を差し入れ、水の中の僕のお尻を踏み付けた。用水路の底のぬるぬるしたコンクリートにおちんちんが押し付けられる。お尻を踏み付けたまま足を前後に揺するので、おちんちんが下腹部に埋まった状態で藻の感触がするコンクリートの底で扱かれることになったのだが、とても性的な快楽どころではなく、おちんちんの袋とともに押し潰される恐怖とその恐怖によって倍増する痛みに悶え苦しむばかりであった。
しかも爪先から頭の先まで、全身を用水路の水の中に沈められ、もうこれまでかと水の中で口を開きかけたところで、髪の毛を掴むレイちゃんの手が上がる。口と鼻から水を出すのが精一杯のわずかな時間が過ぎると、また水の中へ沈められる。
終わりのない拷問を受けながら、意識の深いところで、なんで僕はこんな目に遭わなくてはならないのか、と自問する声が聞こえる。さんざん蹴られたり、叩きつけられた全身の痺れる痛みに加えて、おちんちんの踏み付け、水責め、と幾つもの苦しみに同時に苛まれながら、その自問に答える僕自身の声を聞いたような気がした。落ち着いた、冷静そのものの調子だった。お前自身が全くの不運だから仕方がない、運は一人一人生まれた時から定まっている、とその声は言い、諦めることが大事、と続いた。更には、調子に乗るな、という声がしたけども、これはY美の声に似ていた。いや、それはれっきとした外界からの声で、髪の毛からレイちゃんの手が放れていた。
水面から顔を出すと、二人の女の人の影が至近距離で向かい合っていた。痛めつけられた体を庇うようにして用水路から這い上がり、草地にそのまま転がる。一つの影がダッシュし、すかさずもう一つの影が追う。先に走り出した影はなかなかに敏捷な動きを見せたが、それでも大きな影にすぐに追いつかれた。
草の上にぽたぽたと水滴を落としながらなんとか半身を起こすと、橋の上に二つの影が見えた。街灯のとぼしい光に照らされた背の高い影がもう一つの影を欄干に押し付けていた。欄干側の影が頭を下げ、向かいの影は動かなかった。頭を下げ、手ぶりで何かを説明する影は、やがて観念したのか、欄干を跨いだ。そのまましばらく下の川を見てから、意を決したように飛び降りた。川に落ちた音が響いて止んだ。その間、大きな影は少しも動かなかった。
橋から戻ってきたY美は、草地に体を横たえている僕の横に腰を下ろし、優しく体をさすってくれた。歩道のない狭い道路を車がヘッドライトを照らして立て続けに通り過ぎる。草地のY美と僕も光を浴びるが、一瞬であり、恐らくドライバーは気付かない。
けじめを取らせた、とY美が言った。レイちゃんは橋の上から川に飛び込んだが、穏やかな流れだし、運動神経の発達したレイちゃんは陸上だけでなく水泳も得意だから心配はないだろうとのことだった。やり過ぎは許さない、とY美が呟いて、僕の濡れた背中やお尻を撫で回した。
体の節々の激しい痛みに呻き声を漏らす僕をY美が憐れみの目で見つめた。どこからかレイちゃんが舞い戻ってきて、また僕に圧倒的な暴力を振るうような気がしてならない。その不安を口にすると、Y美は微笑して首を横に振った。
「心配ないよ。私がそばにいるから」
「でも、なんでY美さん、僕を」
胸が詰まって、うまく続けられない。涙声になってしまった。
「もっと早く助けてくれてもよかったのに」
なんとかそこまで言って、鼻を啜る。Y美は少し驚いたように僕を見つめていたが、すぐに笑い声を立てた。
「何ですぐに助けなかったかって? だってお前、それは罰だからよ」
罰の意味が分からずに問い返す僕のおでこをY美が人差し指で突いた。
「店の前で気をつけさせた時、隠したでしょ」
自分の顔が強張るのを感じた。言葉の出ない僕をY美はしらばっくれていると思ったらしい。
「おちんちん、隠したじゃん。ちゃんと知ってんだから」
努めて出したようなY美の陽気な声は、僕の緊張を解くのに十分な効果を発揮した。僕の肩を叩いて、「気づいていないとでも思ってたの」と、笑う。
まさかY美に見られているとは思わなかった。正直にそう告げると、Y美は、
「だって、レイが教えてくれたから」
と、事も無げに答えるのだった。
この日のY美は何かいつもと違った。不気味なくらい優しいが、ただ単に優しいだけではない。僕に対してお願いごとを秘した優しさだった。不気味と感じられるのは、まさにそのお願いごとが裏からちらちらと顔を覗かせるようなY美の猫撫で声にあった。しばらく、草地に横たわる僕の体の激しく痛む部位、背中とかお尻、おちんちんの袋をさすりながら、Y美はいろいろな話をしてくれた。
それはほとんど人の悪口だった。特に風紀委員を滅茶苦茶にけなし始めた。風紀委員は先生や特定の男子の前では上品なお嬢さんを気取っているが、とんでもない性悪女で信用できない。自分では可愛らしさを演出していると思っているあの丸眼鏡が飛ぶほど、殴ってみたい。Y美がそう言って、見えない相手に向かってパンチを繰り出した。
レイちゃんの激しい暴力癖については、彼女の不幸な家庭環境に原因があるとだけY美が伝えてくれた。それ以上、僕が何を質問しても「知らない」としか答えず、体の向きを変えて、運動靴と靴下を脱ぎ始めた。何をしようとするのか見当がつかない僕に向かって、裸足になったつま先を差し出す。
「ねえ、舐めてよ」
意外な言葉に呆然とする僕に対して、Y美がもう一度、言った。
「舐めて。お願いだから」
微笑を浮かべながらも、目は真剣だった。ねっとりした火が瞳の奥で燃えていた。
白い綺麗な肌を泥だらけの手で触れることは憚れるが、Y美自身の命令であり、背くことはできない。恭しく足を取ると、まずは親指を口に含んだ。Y美が小さな声を発した。続けて順番に指を僕の舌に絡ませてゆく。Y美は目を瞑り、大きな息をつく。
たっぷりと時間をかけて、二つの足の指を全て僕の唾液で光らせる。踝から脛、脹脛へと舌を這わせる。張りのある肉体は水分を含んで弾力に富んでいた。と、Y美が足の指におちんちんを挟んで動かし始めた。
故意に僕の性的欲望を高めることで更なる愛撫を求めているのだと思った僕は、丹念に脹脛、脛を吸い、舌を押し付ける。抑えに抑えた挙句に小さく細長い息が高音を伴ってY美の口から漏れた。Y美の手が僕の髪の毛を掴み、これ以上、腿の方へ移動しないように牽制していたが、性的な欲求を煽られた僕は、ついにスカートの奥の太腿へと手を伸ばした。甘酸っぱい匂いが草いきれに混じって、漂う。
寝室でおば様に教え込まれた通りに舐め、舌を這わせる。髪を掴むY美の手がわなわなと震えているのが分かった。スカートの奥に白いパンツがほのかに見えた。おちんちんがはち切れそうなほど大きくなっている。と、Y美の両足に頭を挟んで、不意に強く締め付けてきた。Y美のか細い声が少しだけ大きくなった。膝頭がこめかみを圧する。僕は痛みに呻き声を発した。
「そこまでだよ。調子に乗らないで」
足を引っこめたY美に胸を突かれ、尻もちをついた。素早く靴下を履き、靴に足を突っ込むと、手でお尻をはたきながらY美が立ち上がる。僕は黙って見上げた。
「黙ってると、お前は私の体を矢鱈と触りたがるね」
冷然と言い放つ。僕はY美の裸はおろか、下着姿すら見たことがない。一度だけ洗濯物のY美の下着に偶然触れたことがあったが酷く折檻されたので、それ以来、ひっそりと干されているY美の下着を見つけても目を背けてきた。マッサージをさせられるので背中を服の上から押したことがあるが、胸の膨らみには一度も手を伸ばしたことがない。ようするに、僕だけがいつも裸で、好きなように体を弄ばれているのだった。
「私はお前の体は、おちんちんの袋の皺からお尻の穴の襞までくまなく見て、いじるし、おしっこするところも、精液を出すところも、うんちするところも全部見ているけど、お前は私の体に許可なく触ったりできないの。当然でしょ。奴隷だもんね」
先ほどまでの優しさは消し飛んだようだった。いつものY美に戻って、おちんちんの根元に括り付けたロープを引っ張った。
いつも楽しみにさせてもらってます。
のろい展開ですが、少しずつ進みます。
コメントくださった皆様には厚く御礼申し上げます。
どうぞ懲りずに今後ともよろしくお願いします。
また、僕宛に送るメッセージもよろしければご利用ください。
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