「酷いよね。ナオス君。いつもパンツいっちょうで家の手伝いとかさせられているんだ」
ほんとは素っ裸に剥かれていることの方が多いのだが、黙って頷いた。
「でも、いいなあY美さん。なんとなく、羨ましくもあるんだよね」
視線を僕の体から窓の外の豪雨、空一面の黒い雲へ逸らしたN川さんが、独り言のように呟く。その真意を測りかねていると、廊下からヌケ子さんの声が聞こえた。
荷物を運ぶから手伝いに来て、と甲高い声で叫んでいる。教室を出ようとする僕の後ろでN川さんが「あれ、なんだろう」と、言った。振り返ると、N川さんの指が教壇用の机に置かれた水差しをさしていた。
「あんなところに忘れ物かしら」
それは、講習中、尿意の限界に達した僕が皆の前でおしっこさせられた水差しだった。中の薄黄色い液体は、僕のおしっこに他ならない。先生がすぐに捨てるようにヌケ子さんにお願いしたにもかかわらず、後回しにしたヌケ子さんは、とうとう忘れて、教室に放置してしまった。N川さんは不思議そうに教壇用の机に近づき、水差しを手にした。
「臭い。なんか、すごく変な臭いがするよ、この水差し。中に入ってるのは何かしら」
水差しを持ち上げて窓の光に透かして見ているN川さんに、「呼ばれているから、行くよ」と声を掛ける。
「分かった。先に行ってて」
水差しを透かし見たまま、N川さんが生返事した。中身が気になって仕方がないようである。僕は彼女の好奇心がこれ以上発展しないことを祈りつつ、教室を出た。
3階の階段のところで待ち構えていたヌケ子さんは、僕の姿を認めると駆け寄ってきて、「手伝ってね、早く」と言って、僕の手首を掴んだ。すごい勢いで階段をおりる。入口付近には、先生や事務のおじさん、N川さんのお母さんが待っていた。
入口の、靴を脱いでスリッパに履き替えるところでは弁当の空き箱を詰めた段ボールが置かれていた。これを駐車場に停めた車まで運んで欲しいとのことだった。強い雨が降っている中、雨具が小さな折り畳み傘しかないと言う。
「こんな小さな傘じゃ駄目。お洋服が濡れてしまうわ」
びしょ濡れの折り畳み傘を揺すって、忌々しそうに床に投げ捨てたヌケ子さんのブラウスは、濡れて肌に密着していた。ヌケ子さんの体のラインがくきやかになり、大きく膨らんだ胸からはブラジャーが透けて見えた。
「何見てるの? えっちな子ね」
怒気をはらんだヌケ子さんに睨まれ、僕は慌てて視線を足元の段ボールに落とした。土砂降りの雨の音が夢から覚めたように、不意に大きく聞こえてきた。いつまにか慣れて聞こえなくなっていた音が何かの拍子に新鮮な響きを伴って鼓膜を襲ってくる。この雨の中、大人の人たちは明らかに考えるのが面倒くさくなっているようだった。先生や事務のおじさん、N川さんのお母さんまでぼけっと突っ立ったまま、言葉少なに雨を見て、アスファルトやコンクリートを連打する雨の硬い音に耳を傾けている。
「ねえ早く運んでよ。ほんとは私がやればいいんだけど、こんな小さな折り畳み傘しかなくて、ちょっと外に出ただけで、ほら、こんなにびしょ濡れになっちゃった」
ペロッと舌を出してヌケ子さんが照れ笑いする。それから再びヌケ子さんの胸の辺りへ視線を這わせた僕を「えっちね」とたしなめ、裸の背中を手のひらで叩いた。
「こういう時は、ナオス君に頼みたくなるのよ。私たちみたいに服を着ていると服が濡れるから、裸の男の子ならその点、平気でしょ? ついでにパンツも脱ぐといいわね」
するりと伸びたヌケ子さんの手が僕のパンツのゴムを引っ張った。僕は、パンツを押さえつつ、ヌケ子から逃れようと後じさりした。
「やめて、放してください。いやです」
「何言ってんのよ。今のあなたにはパンツしか身に着ける物がないのよ。それが濡れたら困るでしょうに」
この強い雨の中、真っ裸になって荷物を運ばせようとするヌケ子さんは、僕のパンツのゴムが弛緩するのも構わず、ぐいぐい引っ張る。その隣りで、N川さんがポカンとした顔をしていた。ヌケ子さんにしてみれば、散々おちんちんを見られたのだから今更恥ずかしがるなんておかしいと思っているのかもしれない。でも、今はN川さんがいる。クラスメイトのN川さんの前で素っ裸に剥かれ、おちんちんを震わせながら段ボールを運ぶ姿を見られるなんて、想像もしたくなかった。
「やだ。絶対いや」
強い気持ちで叫んだ僕の頬を涙が伝った。見かねた先生がヌケ子さんの肩を叩いた。
「まあ、いいじゃない。パンツを穿いたまま運びたいのなら、そうさせてあげても。可哀想に、泣いてるよ」
堪えていた涙が次々とこぼれる。N川さんが「酷いね」と呟いた。僕は、引っ張られて少し緩んだパンツのゴムがまだ役割を果たし得ることを確かめると、床に置かれた段ボールの一つを両手で持ち上げた。
「パンツびしょ濡れになっても知らないからね。とっとと運んでよ」
吐き捨てるように言って、プイと顔を横に向けたヌケ子さんに背を向けた僕は、大きく深呼吸を一つして、自動ドアの前に立った。自動ドアが開くと同時に、雨の音が一段と激しく聞こえてくる。
足の裏に濡れたコンクリートの感触が生々しく伝わる。ヌケ子さんは、僕の靴までおば様に渡してしまったのだった。裸足のまま小走りで雨の中を進んだ。パンツ一枚の僕の体を雨が叩く。まるで滝壺にいるような気分だった。
事務局の車は一番不便な場所へというおば様の定めたルールに従って、ヌケ子さんもまた公民館の入口から最も遠い、広い駐車場を入ってすぐの一番端に停めていた。駐車場には全部合わせても5台くらいしか停まっていないのだから、もう少し融通をきかせてもよいのにと思ったが、ヌケ子さんにはできない相談かもしれない。
巨大な水溜りと化した駐車場を斜めに横切り、雨にけむった視界に不安を覚えながらも、早く用事を済ませたくて、必死に足を動かす。アスファルトに段差があって、突然足元が芝生になったかと思うと、すくにアスファルトの硬い路面に戻った。くるぶしを浸す程の水深で、豪雨の叩きつける中にバシャバシャと水を蹴る音がかすかに混じる。
やっとの思いで目的の車までたどり着いた。弁当の空き箱を入れた段ボールの中から自動車の鍵を取り出し、鍵穴に差し込み、トランクをあける。たちまち雨がどっと押し寄せて、愚図愚図しているとトランクの中まで水浸しになる。地面に置いた段ボールを急いで詰め込み、勢いよくトランクを閉めると、すぐにUターンした。まだ運ばなければならない荷物が残っているのだった。
公民館の入口では、設置された据え置きの灰皿の前で、先生が煙草を吸っていた。白衣を脱いださっぱりした身なりで、黒いミニスカートを腰に巻いた先生は、パンツ一枚の僕が走って戻るのを見て微笑した。細長く突き出た庇の下で呼吸を整えた僕は、頭や背中、胸などから雨を滴らせながら、玄関まで歩く。ヌケ子さんと事務のおじさん、N川さんが下駄箱で僕が来るのをぼんやりと待ち構えていた。
「休んでる暇はないからね」
そう言って、ヌケ子さんが苛立たしそうに足を踏み鳴らした。すのこ板の先の一段上がったところから、下足禁止の白い床が広がっている。その床の突端に段ボールが2個、新たに積まれていた。弁当の空き箱の他に、積み込む荷物がいつまにか増えている。
もし当初の予定通り、運ぶ荷物が段ボール2つまでだったら、激しい雨の中の往復運動とは言え、パンツがたっぷり雨水を吸い込むまで濡れることはなかったと思う。問題は4つ目の、最後の段ボールを運んでいる時に起こった。
車までたどり着いた僕は、まずトランクをあけるため一旦段ボールを地面に置こうとした。と、バランスを崩して段ボールの中身をぶちまけてしまった。箱の中身は赤や黄色、緑の、小さな子どもが片手で握って投げられるサイズのレクリエーション用ゴムボールだった。慌てて拾い集めたが、水にぷかぷか浮いたゴムボールは雨に叩かれるまま、四方八方に流れていき、一つも無くすことなく元の箱に収めるのは容易ではなかった。
集めたゴムボールを胸にかき抱くようにして車に向かうと、ヘッドライトに照らされた。車が一台、入ってきたのだった。僕の横に来て停まると、助手席側の窓が下降して、中から女の人が顔を出した。ハンドルを握っている男の人も僕を興味深そうに見ている。
「こんな雨の中、裸で何してんの?」
目をうんと細めて女の人が訊ねた。目を細めるのがこの人の癖なのかは分からないけど、僕はパンツ一枚だけを身に着けた裸の格好で、びしょ濡れになりながらボールを集めている自分の姿に思い至って、恥ずかしさを覚えた。狼狽しながらも、荷物運びの手伝いの途中なのだと告げると、女の人は、
「そうか。なまじ服を着ていると濡れるから、裸にされたんだね」
と言って、軽く笑った。続いて男の人が、
「それだったらパンツも脱いだ方がいいよ」
と、からかう。女の人が「いやだ」と言って、男の人に細い華奢な肩をぶつけた。
「ま、とにかく風邪ひかないようにね」
そう言って、男の人が車を動かした途端、僕は前輪のすぐ前に緑のゴムボールが浮いていることに気づき、停車するように車体を叩いて呼びかけた。が、時すでに遅かった。ゴムボールは前輪に挟まったかと思うと、いきなりポンと弾き飛ばされ、15mほど先の向こうへ放物線を描いて消えてしまった。
駐車場のフェンスの外側に広がる湖のような広がりの中に、ゴムボールが浮いているのが見える。数限りない雨粒が凄まじい勢いで落下し、鏡面のような水面の上に大小の無数の円を上塗りしている。残りは、あの遠く離れた場所で浮いている緑のゴムボールだけだった。あのボールだけ無視して知らん振りを決めようという考えが一瞬過ぎったけど、後で見つかったら、おば様から酷いお仕置きを受けるのは間違いがない。背中に雨粒の集合化した水圧を受けながら駐車場のフェンスを越えると、恐る恐る水面に向かって足を前に出した。
豪雨のおかげで池のようにも見えるこの一帯は、確か田んぼだったような気がする。足を踏み入れてみると、意外に深く、一気に脛まで沈む。底は泥だった。沼に足を取られながら進むと、ぐんぐん深さを増し、太股まで水に浸かった。ゴムボールまで腕を伸ばせばあと少しの地点だった。次の一歩を踏み出した時、いきなり底がなくなっていた。ズボッと音がして、僕の体がまるごと一瞬、水の中に沈んだ。
予想外のことだった。なんとか水面に顔を出して体勢を整えると、ゴムボールはさらに離れた場所で浮いていた。慌てて水を掻いた拍子に遠くへ押しやってしまったらしい。ここは田んぼなどてはなく、初めから池だったのかもしれない。葦の群がり茂る中を平泳ぎして進む。冷たい泥水にお腹や胸がきゅっと締め付けられる感じがした。池は、依然として全く僕の足が届かない深さを湛えていた。
なんとかゴムボールを掴んだ僕は、そのまま来た方向へ身を返した。今更ながらボールを弾き飛ばした車のアベックが恨めしかった。故意ではないにしても興味本位で彼らが来なければこんな難儀はしなかったのにと思うと、悔しくて涙がこぼれてくる。周囲に人がいないのをよいことに、僕はしゃくりあげながら陸地に向かった。
足の届くのは分かっていたけども、泥に足を取られるのが面倒なので、なるべく平泳ぎで進んだが、ついにお腹が底を擦るほど浅くなったので、歩くことにした。と、いきなり踏み出した足がずぶずぶと太腿まで泥の中に沈んだ。もう片方の足は更に深く、柔らかい泥は足の裏に押されて、どこまでも下へ沈んでゆく。ついには足の付け根まで泥が迫っていた。
甚大な恐怖を覚えたのは、じっとしていると僕の体がどんどん沈むことに気づいた時だった。泥から足を抜き取ろうとして動くと、沈む速度が加速した。
雨がいっそう激しくなった。頭から盥の水を掛けられ続けているのと変わらず、口を開かないと呼吸するのも苦しいほどだった。
いつしかパンツまでも完全に泥の下に沈み、水面上にお臍が見え隠れしていた。
このままではいずれ泥の中に僕という人間そのものが沈んでしまう。生理的な反応のように恐怖がどっと押し寄せてきた。肌を痛いほど打つ雨が僕を泥中へ沈めるのに後押ししているようだった。体を前に倒して泥に恐る恐る手を着く。もし手を着いたのが底なしの沼だったら、僕はこのままの体勢で泥に埋没するだろう。緑色のゴムボールだけを後に残し、この世から忽然と姿を消すのだ。屈辱と羞恥にまみれた人生だけど、こんな風に死ぬのはいやだった。死にたくはない、とにかく生きたいという強い欲望が僕を突き動かした。
手を着いた先は、幸いそれほど沈まなかった。僕は二の腕を泥に押し当て、匍匐前進するように陸へ向った。豪雨が僕の首や背中に小石さながらの硬さをもって当たる。前髪から雨水がカーテンのように滴り落ちる。
ぬるぬるとした感触の中、足が少し引き上がった。ねっちりとまつわり付いた泥から渾身の力を振り絞って、足を引き出す。泥の中で腹這いになって少しずつ前進する。ぬるぬると泥が足を流れてゆく感触があった。と同時にパンツが脱げる感触もあった。泥と一緒にパンツがずり落ちて、足の指までもなんとか泥の中から出すことができた時には、パンツは足首から抜けて、完全に僕の体を離れていた。
底なし沼から抜け出せた安堵もそこそこに、すぐに僕はパンツを取り戻すべく、安全だった沼地に腹這いになって、泥の中へ手を突っ込んだ。ヌケ子さんに引っ張られてゴムが緩くなっていたのだ。今のような真っ裸の状態でみんなの前に戻ることは、できない。
すぐにパンツを泥沼から引き出すことができたものの、急いでパンツを穿こうとしたのが間違いだった。腹這いの状態から立ち上がり、腰を曲げてパンツに足を通そうとした時によろめいてしまい、再び底なしの沼に足を入れてしまった。慌てた僕はバランスを崩し、もう片方の足も、ずぶずぶと容赦なく沈む沼地に踏み込んでしまったことに気づいた。
今度こそ助からないかもしれないという悲惨な考えが脳裡をかすめたが、その考え自体は逆に僕に冷静さを取り戻してくれたような気がする。僕は、まず手にした泥まみれのパンツを駐車場のフェンスに向かって力いっぱい投げた。5mにも満たない距離だったおかげで豪雨にも負けず、パンツは見事にフェンスに掛かってくれた。
その間にも僕の体はずんずんと泥の中へ下降し、今や泥はお臍近くにまで迫っていた。先ほどよりも早いペースで沈んでいる。素っ裸なので、おちんちんやお尻の穴にまで泥が押し寄せてくるのが直接感じられる。
水中から出ている上半身を折るようにして腕を伸ばす。葦まであと少しで手が届く。もう一度、泥に押し当てた二の腕に体重をのせ、腕の力で前方へ体を移動させ、もう片方の腕を伸ばし切る。伸ばした手がなんとか葦を掴むことができた。
葦を握って、ぐいと自分の体を葦の方へ引き寄せる。両手で葦を掴めるところまで体を引き上げた僕は、腹這いのまま激しい雨に打たれていた。図らずも全裸になってしまった体じゅうには、べったりと泥が付着していて、容易に流れ落ちない。ようやく膝を立て、立ちあがった僕は、手元にゴムボールがないことに気づいた。
底なし沼に捕らわれている間に、ゴムボールは僕の手を離れて流されてしまったのだった。池の向こう岸近くに浮きつ沈みつしているのが、煙れる雨の中から見えた。一旦こちらの陸に上がろうか迷ったが、深い沼に足を取られながら進む肉体的な負担の大きさは、恐らく向きを変えて平泳ぎで向こう岸に行くよりも大きいだろう。
回れ右をした僕は再び腹這いになって、底なしの沼にはまらないよう体重を分散させながら注意深く進み、ある水深にまで到達すると、今度は平泳ぎですいすいと豪雨の中、向かいの岸を目指して進んだ。
向いの岸も近くになると水が浅くなり、代りに沼が深くなる。幸い周囲には葦がたくさん茂っていたので沈む恐怖はなかったものの、沼の柔らかさは格別で、腹這いで進む僕の背中やお尻までもが完全に泥の中に沈み、まさに泥の中を這うようにして、ようやく緑色のゴムボールを掴み、岸にたどり着いたのだった。
やっとのことで陸に上がった僕は、池に沿ってしばらく歩き、車道に出た。ここから公民館までの50mほどの距離は、この車道沿いを歩くしかない。一糸まとわぬ裸なので、ほんとは人目につかないように池に沿って行きたいのだが、車道に面した池の周囲は、雑草が高く生い茂っていて、とても歩けそうにない。
幸い、この豪雨の中、通行する車はあまりないだろうし、豪雨が僕の姿を見えにくくするのは確かだから、思い切って車道沿いを歩くことにした。おちんちんをゴムボールで隠し、腰を屈めながら小走りに進むと、前方からヘッドライトを点灯させた車が徐行しながら近づいてきた。
急いで池の方へ斜面を下り、丈高い多年草の中へ、泥だらけの恥ずかしい裸体を潜ませた。半分以上水に浸かったタイヤが水しぶきを上げながら、歩くような速度で通過する。車が充分に通り過ぎたのを認めてから車道へ這い上がった僕は、今度は後ろからヘッドライトに照らされた。
背後から迫った車は、先ほどのとは違い、豪雨にもかかわらず結構な速度を出していたようで、後ろからしっかりヘッドライトの光を浴びせられた僕は、そこに身を隠すような丈高い草が生えていないことから、どのように素っ裸の身を隠すか考えることができなかった。
車はクラクションを鳴らして、池の斜面に沿って身を屈めている僕の横で停車した。助手席の窓があいて、中から顔を出したのは、先ほどの目の細い女の人だった。
「あらやだ。さっきの荷物運びのぼくちゃんじゃないの。白いお尻が女の子に見えたから助けてあげようと思ったのに、なんだ男の子か。今度は真っ裸になっちゃって、一体何してんの?」
ぐっと眉根を寄せて、僕を咎めるような目で睨みつける。その向こうでは運転席の男の人が、呆れた顔をして見ていた。
「なんだよ。俺がパンツ脱げって言ったから脱いだのかよ?」
ゴムボールと手でおちんちんをしっかり隠しながら、僕は首を横に振った。
「じゃ、なんで素っ裸なのよ。パンツはどうしたの?」
そんなこと、この人たちには関係がない。僕が黙っていると、女の人はますます怒った口調になった。
「だいたい、ここは公道でしょ。公道を丸裸で歩いていいと思ってるの? 私の質問に答えないなら、あなたを警察に連れていくわよ」
それだけは勘弁してもらいたかったので、仕方なく僕は理由を説明した。元はと言えばこの人たちの車がゴムボールを弾き飛ばしたのが原因であり、底なしの沼から必死の思いで這い上がったらパンツが脱げてしまったことを伝えると、女の人も男の人も腹を抱えて笑い出した。
「そうなんだ。それは、とっても悪いことをしたわね、私たちも。でもね、それはそれとして、公道を全裸で歩くのはいけないことなのよ」
激しい雨に打たれながら、おちんちんを手とゴムボールで隠した素っ裸のまま、車道沿いに立ち尽くして、意地の悪い質問を受ける。僕は、女の人の探るような目つきから逃れたい一心で、こくりと頷いた。
「だから、私たちは今からあなたを警察へ連行します。雨の中、真っ裸で歩くのが大好きな変態くんは、警察でみっちりお説教された方がいいからね。真っ裸のままお説教ね」
「おいおい、あまり苛めるなよ。可哀想じゃん」
男の人が女の人の肩に手を置いた。その手の上に女の人が優しく手を重ねる。
「苛めてるんじゃないのよ。この男の子に世の中の厳しさを教えてあげようと思ってね。でも、警察がいやなら、許して上げてもいいよ」
微笑を浮かべて、女の人が雨と泥に汚れた僕の体をじろじろと眺める。
「その代わり」
と、言って女の人は口をつぐみ、男の人へ首を曲げた。男の人は困ったように首をすくめた。女の人は、再び僕に顔を向けて、視線を乳首から目へ移した。
「おちんちんを見せて」
あまり突然のことで、頭が真っ白になる。黙っていると、
「おちんちんを見せなさいって言ってるの、早くしないと警察行きよ」
じっと僕の目を見つめたまま、女の人が真顔で言った。知らない人におちんちんを見られたり、いじられたりするのは初めてではないが、こんな風に改まって命令されると羞恥も倍増する。なんとかして見られずに済む方法はないか、頭をフル回転させるものの妙案が浮かぶ可能性は絶望的に低い。そんなことは経験上、いやというほど分かっていた。
「このお姉ちゃん、ほんとに君を警察に連れていくよ。そうしたら、君は小学校中で噂になるよ」
「小学生じゃないんです。中学生」
それだけ言うのが僕の精一杯の抵抗だった。隠していた手を動かし、体の後ろに回した。
「ちっちゃいな。よく見えない。もっと腰を前へ出しなさいよ」
有無を言わさぬ迫力だった。僕は命じられるまま、腰を前に突き出した。強い雨がおちんちんに当たり、おちんちんを揺らす。
女の人はしばらく黙っておちんちんに視線を向けていたが、突然、
「ねえ、ほんとに中学生なの?」
と、訊ねた。
小声で「そうです」と答えると、女の人は、「信じられない」と呆れたように呟いた。そして、車のドアを半分だけあけ、雨に濡れるのも厭わず、僕を呼び寄せる。
手を後ろに組んだまま一歩二歩、助手席の半分ひらいたドアに近づく。女の人の長くて白い脚がダッシュボードの下に見えた。と、女の人の細長い指が僕のおちんちんに伸びてきた。
「中学生なら、もっと大きくなるはずなのよ」
手のひらでおちんちんの袋を包み込むと、二本の指でおちんちんの根元の辺りを挟み、いきなり左右に激しく揺すった。
「あ、やめて、ください」
「毛も生えてないお子様サイズなんだから、中学生だったら大きくして見なよ」
女の人の指はおちんちんの裏側をさすったり、根元から揺さぶったり、おちんちんの袋をぎゅっと握ったり、様々な動きをしながら、僕を快感の頂へ追い詰めていく。
「やだ、おちんちんの先端がこんなに濡れてきたよ」
濡れてきた亀頭を撫でながら指で液体を拭き取った女の人は、親指と人差し指でその液がねばねばしているのを運転席にいる男の人にも見せて、「ほら」と言った。
「それにしても早いよね」
「うん、早い」
男の人はそう言うと、助手席の方へ身を乗り出した。そこでは、完全に勃起させられたおちんちんが降る雨にも負けず、びくんびくんと脈打って首をもたげている。
「こんなに大きくさせちゃって、最後まで面倒みなくていいのかよ」
「やだよ。私は中学生並みにこの子のおちんちんを大きくさせるのが目的で、射精させたら意味ないじゃん」
あまりにも気持ちのよい指使いに我を忘れて呼吸を荒くしていた僕は、更なる刺激を求めて、助手席に体を寄せていた。しかし、女の人は、僕の胸に手を当てて押し返した。
「近寄らないで。もう終わり」
それから、僕の後ろに回した手から緑色のゴムボールを取り上げ、
「そんなに気持ちよかったのなら、お礼としてこれをもらっておくね。バイバイ」
ドアを閉め、窓越しにゴムボールを揉んで見せた。僕はそのボールだけは返してもらおうとして「お願いです。それだけは」と叫んだが、女の人は無視して男の人に出発を促した。窓ガラスを叩いたがそれもむなしく、車は発進するのだった。
執念で拾い上げたゴムボールもあっさりと奪い取られ、無一物、丸裸のまま、路上に残されてしまった。豪雨は相変わらずだった。勃起させられたおちんちんは、しばらく治まりそうになかった。
ほんとは素っ裸に剥かれていることの方が多いのだが、黙って頷いた。
「でも、いいなあY美さん。なんとなく、羨ましくもあるんだよね」
視線を僕の体から窓の外の豪雨、空一面の黒い雲へ逸らしたN川さんが、独り言のように呟く。その真意を測りかねていると、廊下からヌケ子さんの声が聞こえた。
荷物を運ぶから手伝いに来て、と甲高い声で叫んでいる。教室を出ようとする僕の後ろでN川さんが「あれ、なんだろう」と、言った。振り返ると、N川さんの指が教壇用の机に置かれた水差しをさしていた。
「あんなところに忘れ物かしら」
それは、講習中、尿意の限界に達した僕が皆の前でおしっこさせられた水差しだった。中の薄黄色い液体は、僕のおしっこに他ならない。先生がすぐに捨てるようにヌケ子さんにお願いしたにもかかわらず、後回しにしたヌケ子さんは、とうとう忘れて、教室に放置してしまった。N川さんは不思議そうに教壇用の机に近づき、水差しを手にした。
「臭い。なんか、すごく変な臭いがするよ、この水差し。中に入ってるのは何かしら」
水差しを持ち上げて窓の光に透かして見ているN川さんに、「呼ばれているから、行くよ」と声を掛ける。
「分かった。先に行ってて」
水差しを透かし見たまま、N川さんが生返事した。中身が気になって仕方がないようである。僕は彼女の好奇心がこれ以上発展しないことを祈りつつ、教室を出た。
3階の階段のところで待ち構えていたヌケ子さんは、僕の姿を認めると駆け寄ってきて、「手伝ってね、早く」と言って、僕の手首を掴んだ。すごい勢いで階段をおりる。入口付近には、先生や事務のおじさん、N川さんのお母さんが待っていた。
入口の、靴を脱いでスリッパに履き替えるところでは弁当の空き箱を詰めた段ボールが置かれていた。これを駐車場に停めた車まで運んで欲しいとのことだった。強い雨が降っている中、雨具が小さな折り畳み傘しかないと言う。
「こんな小さな傘じゃ駄目。お洋服が濡れてしまうわ」
びしょ濡れの折り畳み傘を揺すって、忌々しそうに床に投げ捨てたヌケ子さんのブラウスは、濡れて肌に密着していた。ヌケ子さんの体のラインがくきやかになり、大きく膨らんだ胸からはブラジャーが透けて見えた。
「何見てるの? えっちな子ね」
怒気をはらんだヌケ子さんに睨まれ、僕は慌てて視線を足元の段ボールに落とした。土砂降りの雨の音が夢から覚めたように、不意に大きく聞こえてきた。いつまにか慣れて聞こえなくなっていた音が何かの拍子に新鮮な響きを伴って鼓膜を襲ってくる。この雨の中、大人の人たちは明らかに考えるのが面倒くさくなっているようだった。先生や事務のおじさん、N川さんのお母さんまでぼけっと突っ立ったまま、言葉少なに雨を見て、アスファルトやコンクリートを連打する雨の硬い音に耳を傾けている。
「ねえ早く運んでよ。ほんとは私がやればいいんだけど、こんな小さな折り畳み傘しかなくて、ちょっと外に出ただけで、ほら、こんなにびしょ濡れになっちゃった」
ペロッと舌を出してヌケ子さんが照れ笑いする。それから再びヌケ子さんの胸の辺りへ視線を這わせた僕を「えっちね」とたしなめ、裸の背中を手のひらで叩いた。
「こういう時は、ナオス君に頼みたくなるのよ。私たちみたいに服を着ていると服が濡れるから、裸の男の子ならその点、平気でしょ? ついでにパンツも脱ぐといいわね」
するりと伸びたヌケ子さんの手が僕のパンツのゴムを引っ張った。僕は、パンツを押さえつつ、ヌケ子から逃れようと後じさりした。
「やめて、放してください。いやです」
「何言ってんのよ。今のあなたにはパンツしか身に着ける物がないのよ。それが濡れたら困るでしょうに」
この強い雨の中、真っ裸になって荷物を運ばせようとするヌケ子さんは、僕のパンツのゴムが弛緩するのも構わず、ぐいぐい引っ張る。その隣りで、N川さんがポカンとした顔をしていた。ヌケ子さんにしてみれば、散々おちんちんを見られたのだから今更恥ずかしがるなんておかしいと思っているのかもしれない。でも、今はN川さんがいる。クラスメイトのN川さんの前で素っ裸に剥かれ、おちんちんを震わせながら段ボールを運ぶ姿を見られるなんて、想像もしたくなかった。
「やだ。絶対いや」
強い気持ちで叫んだ僕の頬を涙が伝った。見かねた先生がヌケ子さんの肩を叩いた。
「まあ、いいじゃない。パンツを穿いたまま運びたいのなら、そうさせてあげても。可哀想に、泣いてるよ」
堪えていた涙が次々とこぼれる。N川さんが「酷いね」と呟いた。僕は、引っ張られて少し緩んだパンツのゴムがまだ役割を果たし得ることを確かめると、床に置かれた段ボールの一つを両手で持ち上げた。
「パンツびしょ濡れになっても知らないからね。とっとと運んでよ」
吐き捨てるように言って、プイと顔を横に向けたヌケ子さんに背を向けた僕は、大きく深呼吸を一つして、自動ドアの前に立った。自動ドアが開くと同時に、雨の音が一段と激しく聞こえてくる。
足の裏に濡れたコンクリートの感触が生々しく伝わる。ヌケ子さんは、僕の靴までおば様に渡してしまったのだった。裸足のまま小走りで雨の中を進んだ。パンツ一枚の僕の体を雨が叩く。まるで滝壺にいるような気分だった。
事務局の車は一番不便な場所へというおば様の定めたルールに従って、ヌケ子さんもまた公民館の入口から最も遠い、広い駐車場を入ってすぐの一番端に停めていた。駐車場には全部合わせても5台くらいしか停まっていないのだから、もう少し融通をきかせてもよいのにと思ったが、ヌケ子さんにはできない相談かもしれない。
巨大な水溜りと化した駐車場を斜めに横切り、雨にけむった視界に不安を覚えながらも、早く用事を済ませたくて、必死に足を動かす。アスファルトに段差があって、突然足元が芝生になったかと思うと、すくにアスファルトの硬い路面に戻った。くるぶしを浸す程の水深で、豪雨の叩きつける中にバシャバシャと水を蹴る音がかすかに混じる。
やっとの思いで目的の車までたどり着いた。弁当の空き箱を入れた段ボールの中から自動車の鍵を取り出し、鍵穴に差し込み、トランクをあける。たちまち雨がどっと押し寄せて、愚図愚図しているとトランクの中まで水浸しになる。地面に置いた段ボールを急いで詰め込み、勢いよくトランクを閉めると、すぐにUターンした。まだ運ばなければならない荷物が残っているのだった。
公民館の入口では、設置された据え置きの灰皿の前で、先生が煙草を吸っていた。白衣を脱いださっぱりした身なりで、黒いミニスカートを腰に巻いた先生は、パンツ一枚の僕が走って戻るのを見て微笑した。細長く突き出た庇の下で呼吸を整えた僕は、頭や背中、胸などから雨を滴らせながら、玄関まで歩く。ヌケ子さんと事務のおじさん、N川さんが下駄箱で僕が来るのをぼんやりと待ち構えていた。
「休んでる暇はないからね」
そう言って、ヌケ子さんが苛立たしそうに足を踏み鳴らした。すのこ板の先の一段上がったところから、下足禁止の白い床が広がっている。その床の突端に段ボールが2個、新たに積まれていた。弁当の空き箱の他に、積み込む荷物がいつまにか増えている。
もし当初の予定通り、運ぶ荷物が段ボール2つまでだったら、激しい雨の中の往復運動とは言え、パンツがたっぷり雨水を吸い込むまで濡れることはなかったと思う。問題は4つ目の、最後の段ボールを運んでいる時に起こった。
車までたどり着いた僕は、まずトランクをあけるため一旦段ボールを地面に置こうとした。と、バランスを崩して段ボールの中身をぶちまけてしまった。箱の中身は赤や黄色、緑の、小さな子どもが片手で握って投げられるサイズのレクリエーション用ゴムボールだった。慌てて拾い集めたが、水にぷかぷか浮いたゴムボールは雨に叩かれるまま、四方八方に流れていき、一つも無くすことなく元の箱に収めるのは容易ではなかった。
集めたゴムボールを胸にかき抱くようにして車に向かうと、ヘッドライトに照らされた。車が一台、入ってきたのだった。僕の横に来て停まると、助手席側の窓が下降して、中から女の人が顔を出した。ハンドルを握っている男の人も僕を興味深そうに見ている。
「こんな雨の中、裸で何してんの?」
目をうんと細めて女の人が訊ねた。目を細めるのがこの人の癖なのかは分からないけど、僕はパンツ一枚だけを身に着けた裸の格好で、びしょ濡れになりながらボールを集めている自分の姿に思い至って、恥ずかしさを覚えた。狼狽しながらも、荷物運びの手伝いの途中なのだと告げると、女の人は、
「そうか。なまじ服を着ていると濡れるから、裸にされたんだね」
と言って、軽く笑った。続いて男の人が、
「それだったらパンツも脱いだ方がいいよ」
と、からかう。女の人が「いやだ」と言って、男の人に細い華奢な肩をぶつけた。
「ま、とにかく風邪ひかないようにね」
そう言って、男の人が車を動かした途端、僕は前輪のすぐ前に緑のゴムボールが浮いていることに気づき、停車するように車体を叩いて呼びかけた。が、時すでに遅かった。ゴムボールは前輪に挟まったかと思うと、いきなりポンと弾き飛ばされ、15mほど先の向こうへ放物線を描いて消えてしまった。
駐車場のフェンスの外側に広がる湖のような広がりの中に、ゴムボールが浮いているのが見える。数限りない雨粒が凄まじい勢いで落下し、鏡面のような水面の上に大小の無数の円を上塗りしている。残りは、あの遠く離れた場所で浮いている緑のゴムボールだけだった。あのボールだけ無視して知らん振りを決めようという考えが一瞬過ぎったけど、後で見つかったら、おば様から酷いお仕置きを受けるのは間違いがない。背中に雨粒の集合化した水圧を受けながら駐車場のフェンスを越えると、恐る恐る水面に向かって足を前に出した。
豪雨のおかげで池のようにも見えるこの一帯は、確か田んぼだったような気がする。足を踏み入れてみると、意外に深く、一気に脛まで沈む。底は泥だった。沼に足を取られながら進むと、ぐんぐん深さを増し、太股まで水に浸かった。ゴムボールまで腕を伸ばせばあと少しの地点だった。次の一歩を踏み出した時、いきなり底がなくなっていた。ズボッと音がして、僕の体がまるごと一瞬、水の中に沈んだ。
予想外のことだった。なんとか水面に顔を出して体勢を整えると、ゴムボールはさらに離れた場所で浮いていた。慌てて水を掻いた拍子に遠くへ押しやってしまったらしい。ここは田んぼなどてはなく、初めから池だったのかもしれない。葦の群がり茂る中を平泳ぎして進む。冷たい泥水にお腹や胸がきゅっと締め付けられる感じがした。池は、依然として全く僕の足が届かない深さを湛えていた。
なんとかゴムボールを掴んだ僕は、そのまま来た方向へ身を返した。今更ながらボールを弾き飛ばした車のアベックが恨めしかった。故意ではないにしても興味本位で彼らが来なければこんな難儀はしなかったのにと思うと、悔しくて涙がこぼれてくる。周囲に人がいないのをよいことに、僕はしゃくりあげながら陸地に向かった。
足の届くのは分かっていたけども、泥に足を取られるのが面倒なので、なるべく平泳ぎで進んだが、ついにお腹が底を擦るほど浅くなったので、歩くことにした。と、いきなり踏み出した足がずぶずぶと太腿まで泥の中に沈んだ。もう片方の足は更に深く、柔らかい泥は足の裏に押されて、どこまでも下へ沈んでゆく。ついには足の付け根まで泥が迫っていた。
甚大な恐怖を覚えたのは、じっとしていると僕の体がどんどん沈むことに気づいた時だった。泥から足を抜き取ろうとして動くと、沈む速度が加速した。
雨がいっそう激しくなった。頭から盥の水を掛けられ続けているのと変わらず、口を開かないと呼吸するのも苦しいほどだった。
いつしかパンツまでも完全に泥の下に沈み、水面上にお臍が見え隠れしていた。
このままではいずれ泥の中に僕という人間そのものが沈んでしまう。生理的な反応のように恐怖がどっと押し寄せてきた。肌を痛いほど打つ雨が僕を泥中へ沈めるのに後押ししているようだった。体を前に倒して泥に恐る恐る手を着く。もし手を着いたのが底なしの沼だったら、僕はこのままの体勢で泥に埋没するだろう。緑色のゴムボールだけを後に残し、この世から忽然と姿を消すのだ。屈辱と羞恥にまみれた人生だけど、こんな風に死ぬのはいやだった。死にたくはない、とにかく生きたいという強い欲望が僕を突き動かした。
手を着いた先は、幸いそれほど沈まなかった。僕は二の腕を泥に押し当て、匍匐前進するように陸へ向った。豪雨が僕の首や背中に小石さながらの硬さをもって当たる。前髪から雨水がカーテンのように滴り落ちる。
ぬるぬるとした感触の中、足が少し引き上がった。ねっちりとまつわり付いた泥から渾身の力を振り絞って、足を引き出す。泥の中で腹這いになって少しずつ前進する。ぬるぬると泥が足を流れてゆく感触があった。と同時にパンツが脱げる感触もあった。泥と一緒にパンツがずり落ちて、足の指までもなんとか泥の中から出すことができた時には、パンツは足首から抜けて、完全に僕の体を離れていた。
底なし沼から抜け出せた安堵もそこそこに、すぐに僕はパンツを取り戻すべく、安全だった沼地に腹這いになって、泥の中へ手を突っ込んだ。ヌケ子さんに引っ張られてゴムが緩くなっていたのだ。今のような真っ裸の状態でみんなの前に戻ることは、できない。
すぐにパンツを泥沼から引き出すことができたものの、急いでパンツを穿こうとしたのが間違いだった。腹這いの状態から立ち上がり、腰を曲げてパンツに足を通そうとした時によろめいてしまい、再び底なしの沼に足を入れてしまった。慌てた僕はバランスを崩し、もう片方の足も、ずぶずぶと容赦なく沈む沼地に踏み込んでしまったことに気づいた。
今度こそ助からないかもしれないという悲惨な考えが脳裡をかすめたが、その考え自体は逆に僕に冷静さを取り戻してくれたような気がする。僕は、まず手にした泥まみれのパンツを駐車場のフェンスに向かって力いっぱい投げた。5mにも満たない距離だったおかげで豪雨にも負けず、パンツは見事にフェンスに掛かってくれた。
その間にも僕の体はずんずんと泥の中へ下降し、今や泥はお臍近くにまで迫っていた。先ほどよりも早いペースで沈んでいる。素っ裸なので、おちんちんやお尻の穴にまで泥が押し寄せてくるのが直接感じられる。
水中から出ている上半身を折るようにして腕を伸ばす。葦まであと少しで手が届く。もう一度、泥に押し当てた二の腕に体重をのせ、腕の力で前方へ体を移動させ、もう片方の腕を伸ばし切る。伸ばした手がなんとか葦を掴むことができた。
葦を握って、ぐいと自分の体を葦の方へ引き寄せる。両手で葦を掴めるところまで体を引き上げた僕は、腹這いのまま激しい雨に打たれていた。図らずも全裸になってしまった体じゅうには、べったりと泥が付着していて、容易に流れ落ちない。ようやく膝を立て、立ちあがった僕は、手元にゴムボールがないことに気づいた。
底なし沼に捕らわれている間に、ゴムボールは僕の手を離れて流されてしまったのだった。池の向こう岸近くに浮きつ沈みつしているのが、煙れる雨の中から見えた。一旦こちらの陸に上がろうか迷ったが、深い沼に足を取られながら進む肉体的な負担の大きさは、恐らく向きを変えて平泳ぎで向こう岸に行くよりも大きいだろう。
回れ右をした僕は再び腹這いになって、底なしの沼にはまらないよう体重を分散させながら注意深く進み、ある水深にまで到達すると、今度は平泳ぎですいすいと豪雨の中、向かいの岸を目指して進んだ。
向いの岸も近くになると水が浅くなり、代りに沼が深くなる。幸い周囲には葦がたくさん茂っていたので沈む恐怖はなかったものの、沼の柔らかさは格別で、腹這いで進む僕の背中やお尻までもが完全に泥の中に沈み、まさに泥の中を這うようにして、ようやく緑色のゴムボールを掴み、岸にたどり着いたのだった。
やっとのことで陸に上がった僕は、池に沿ってしばらく歩き、車道に出た。ここから公民館までの50mほどの距離は、この車道沿いを歩くしかない。一糸まとわぬ裸なので、ほんとは人目につかないように池に沿って行きたいのだが、車道に面した池の周囲は、雑草が高く生い茂っていて、とても歩けそうにない。
幸い、この豪雨の中、通行する車はあまりないだろうし、豪雨が僕の姿を見えにくくするのは確かだから、思い切って車道沿いを歩くことにした。おちんちんをゴムボールで隠し、腰を屈めながら小走りに進むと、前方からヘッドライトを点灯させた車が徐行しながら近づいてきた。
急いで池の方へ斜面を下り、丈高い多年草の中へ、泥だらけの恥ずかしい裸体を潜ませた。半分以上水に浸かったタイヤが水しぶきを上げながら、歩くような速度で通過する。車が充分に通り過ぎたのを認めてから車道へ這い上がった僕は、今度は後ろからヘッドライトに照らされた。
背後から迫った車は、先ほどのとは違い、豪雨にもかかわらず結構な速度を出していたようで、後ろからしっかりヘッドライトの光を浴びせられた僕は、そこに身を隠すような丈高い草が生えていないことから、どのように素っ裸の身を隠すか考えることができなかった。
車はクラクションを鳴らして、池の斜面に沿って身を屈めている僕の横で停車した。助手席の窓があいて、中から顔を出したのは、先ほどの目の細い女の人だった。
「あらやだ。さっきの荷物運びのぼくちゃんじゃないの。白いお尻が女の子に見えたから助けてあげようと思ったのに、なんだ男の子か。今度は真っ裸になっちゃって、一体何してんの?」
ぐっと眉根を寄せて、僕を咎めるような目で睨みつける。その向こうでは運転席の男の人が、呆れた顔をして見ていた。
「なんだよ。俺がパンツ脱げって言ったから脱いだのかよ?」
ゴムボールと手でおちんちんをしっかり隠しながら、僕は首を横に振った。
「じゃ、なんで素っ裸なのよ。パンツはどうしたの?」
そんなこと、この人たちには関係がない。僕が黙っていると、女の人はますます怒った口調になった。
「だいたい、ここは公道でしょ。公道を丸裸で歩いていいと思ってるの? 私の質問に答えないなら、あなたを警察に連れていくわよ」
それだけは勘弁してもらいたかったので、仕方なく僕は理由を説明した。元はと言えばこの人たちの車がゴムボールを弾き飛ばしたのが原因であり、底なしの沼から必死の思いで這い上がったらパンツが脱げてしまったことを伝えると、女の人も男の人も腹を抱えて笑い出した。
「そうなんだ。それは、とっても悪いことをしたわね、私たちも。でもね、それはそれとして、公道を全裸で歩くのはいけないことなのよ」
激しい雨に打たれながら、おちんちんを手とゴムボールで隠した素っ裸のまま、車道沿いに立ち尽くして、意地の悪い質問を受ける。僕は、女の人の探るような目つきから逃れたい一心で、こくりと頷いた。
「だから、私たちは今からあなたを警察へ連行します。雨の中、真っ裸で歩くのが大好きな変態くんは、警察でみっちりお説教された方がいいからね。真っ裸のままお説教ね」
「おいおい、あまり苛めるなよ。可哀想じゃん」
男の人が女の人の肩に手を置いた。その手の上に女の人が優しく手を重ねる。
「苛めてるんじゃないのよ。この男の子に世の中の厳しさを教えてあげようと思ってね。でも、警察がいやなら、許して上げてもいいよ」
微笑を浮かべて、女の人が雨と泥に汚れた僕の体をじろじろと眺める。
「その代わり」
と、言って女の人は口をつぐみ、男の人へ首を曲げた。男の人は困ったように首をすくめた。女の人は、再び僕に顔を向けて、視線を乳首から目へ移した。
「おちんちんを見せて」
あまり突然のことで、頭が真っ白になる。黙っていると、
「おちんちんを見せなさいって言ってるの、早くしないと警察行きよ」
じっと僕の目を見つめたまま、女の人が真顔で言った。知らない人におちんちんを見られたり、いじられたりするのは初めてではないが、こんな風に改まって命令されると羞恥も倍増する。なんとかして見られずに済む方法はないか、頭をフル回転させるものの妙案が浮かぶ可能性は絶望的に低い。そんなことは経験上、いやというほど分かっていた。
「このお姉ちゃん、ほんとに君を警察に連れていくよ。そうしたら、君は小学校中で噂になるよ」
「小学生じゃないんです。中学生」
それだけ言うのが僕の精一杯の抵抗だった。隠していた手を動かし、体の後ろに回した。
「ちっちゃいな。よく見えない。もっと腰を前へ出しなさいよ」
有無を言わさぬ迫力だった。僕は命じられるまま、腰を前に突き出した。強い雨がおちんちんに当たり、おちんちんを揺らす。
女の人はしばらく黙っておちんちんに視線を向けていたが、突然、
「ねえ、ほんとに中学生なの?」
と、訊ねた。
小声で「そうです」と答えると、女の人は、「信じられない」と呆れたように呟いた。そして、車のドアを半分だけあけ、雨に濡れるのも厭わず、僕を呼び寄せる。
手を後ろに組んだまま一歩二歩、助手席の半分ひらいたドアに近づく。女の人の長くて白い脚がダッシュボードの下に見えた。と、女の人の細長い指が僕のおちんちんに伸びてきた。
「中学生なら、もっと大きくなるはずなのよ」
手のひらでおちんちんの袋を包み込むと、二本の指でおちんちんの根元の辺りを挟み、いきなり左右に激しく揺すった。
「あ、やめて、ください」
「毛も生えてないお子様サイズなんだから、中学生だったら大きくして見なよ」
女の人の指はおちんちんの裏側をさすったり、根元から揺さぶったり、おちんちんの袋をぎゅっと握ったり、様々な動きをしながら、僕を快感の頂へ追い詰めていく。
「やだ、おちんちんの先端がこんなに濡れてきたよ」
濡れてきた亀頭を撫でながら指で液体を拭き取った女の人は、親指と人差し指でその液がねばねばしているのを運転席にいる男の人にも見せて、「ほら」と言った。
「それにしても早いよね」
「うん、早い」
男の人はそう言うと、助手席の方へ身を乗り出した。そこでは、完全に勃起させられたおちんちんが降る雨にも負けず、びくんびくんと脈打って首をもたげている。
「こんなに大きくさせちゃって、最後まで面倒みなくていいのかよ」
「やだよ。私は中学生並みにこの子のおちんちんを大きくさせるのが目的で、射精させたら意味ないじゃん」
あまりにも気持ちのよい指使いに我を忘れて呼吸を荒くしていた僕は、更なる刺激を求めて、助手席に体を寄せていた。しかし、女の人は、僕の胸に手を当てて押し返した。
「近寄らないで。もう終わり」
それから、僕の後ろに回した手から緑色のゴムボールを取り上げ、
「そんなに気持ちよかったのなら、お礼としてこれをもらっておくね。バイバイ」
ドアを閉め、窓越しにゴムボールを揉んで見せた。僕はそのボールだけは返してもらおうとして「お願いです。それだけは」と叫んだが、女の人は無視して男の人に出発を促した。窓ガラスを叩いたがそれもむなしく、車は発進するのだった。
執念で拾い上げたゴムボールもあっさりと奪い取られ、無一物、丸裸のまま、路上に残されてしまった。豪雨は相変わらずだった。勃起させられたおちんちんは、しばらく治まりそうになかった。
素晴らしい展開ですね(わくわくムラムラ)
これからも末永く続けて下さい。
ゴムボール紛失がこれからどう影響していくのか…
ドキドキです。
これからも頑張ってください!
あたたかいお言葉に感激しております。
皆様のコメントに一つずつお返事できず申し訳ありません。
このたび思い切ってレイアウトを変更することにしました。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
お話もこれからも長くつむいでいきます。
お付き合いいただければ幸いです。
隠れ家的な、隠花植物のようなブログを目指しています。
最近この拙いブログもいろいろな場所でご紹介いただく幸運に恵まれました。
大変嬉しく思っております。
ご紹介くださった方には、心より御礼申し上げます。
おかげ様をもちまして少しアクセス件数が増えてまいりました。
「僕」や「Y美」や「おば様」のような方にこのブログをお読みいただいている光栄に浴しているかと思うと、体が震えてきます。
ありがとうございます。