思い出したくないことなど

成人向き。二十歳未満の閲覧禁止。家庭の事情でクラスメイトの女子の家に居候することになった僕の性的いじめ体験。

【愛と冒険のマジックショー】1 本番前のどきどきトラブル

2024-12-03 22:40:01 | 11.愛と冒険のマジックショー
 原っぱを歩いている。もうずっと前から素っ裸だった。
 何か着る物はないか、辺りを見回しながらも、せっせと歩き続ける。
 一本の丸太を伝って川を渡り始める。と、丸太が回転を始めた。僕は曲芸師さながらに足を動かし、平衡を保つ。そんなにうまくできるはずがない。ついに丸太から落下する。
 丸太はなぜか三階建てのビルの屋上と同じ高さにあった。ぐんぐん川へ頭から向かってゆく。川の水は驚くほど透明で、色とりどりの小石がたくさん見えた。
 バシャーン。

 ある年の八月十五日、夏祭り当日。
 僕は冷たい水を浴びせられて、一気に目を覚ました。スクール水着をまとったメライちゃんがバケツを提げて立っていた。
「やっと起きたか」
 そう呟いたのは鷺丸君だった。ステージ衣装である黒のタキシードをビシッと決めて、メライちゃんの後ろを足早に通り過ぎた。
 僕は茣蓙の上で意識を失っていたようだった。あいかわらず素っ裸のままだった。けだるさの残る体に力を込めて上半身を起こし、おちんちんを股間に隠す。全身びしょ濡れで、頭髪から水滴が肩や背中にポタポタと落ちてくる。
 体調はすっかり元にもどっていた。冷たい水をかぶったにもかかわらず、格別の寒さは感じなかった。すぐにでもぴょんぴょん跳ねたり走ったりできそうなくらい、体が軽い。
「ほんとによく寝てたよね。わたしがメライちゃんに水かけてって言わなかったら、いつまでも冬眠してたよね」
 鷺丸君のお姉さんが壁にもたれていた背を放して、僕に近づいてきた。
「冬眠?」思わず聞き返して、鷺丸君のお姉さんの顔を見た。僕と目の高さが合うように膝を軽く曲げている。
「うん、冬眠。お目覚めの気分はどう? ナオス君」
「こ、ここはどこですか? どうして僕はここに?」
 なんだかたまらなく不安になって、じっとしていられなくなった。
 鷺丸君のお姉さんとメライちゃんは顔を見合わせて、プッと吹き出した。

 薄暗い、広めの物置のような場所だった。ドア付きの衝立で仕切られて、衝立の高さを三倍にしてもなお届かないほど高いところを天井が広がっていた。
 ここにいるのは鷺丸君、鷺丸君のお姉さん、メライちゃん、そして僕の四人。
「のんきだね、ナオス君。Y美さんのお母さんとナオス君のお母さんが苦労してここまでナオス君を運んでくれたんだよ。いくらなんでも寝過ぎでしょ」
「ほんと?」
 びっくりして思わずメライちゃんに聞き返す。意外だった。おば様と僕の母がふたりして僕をここまで運んだとは。
 記憶は床にばらまかれたカードをかき集めてシャッフルしたみたいにばらばらだった。しばらく思い出せるかぎりの場面の並べ替え作業に没頭する。

 そうだった。僕はとんでもない災難に遭って、母に助けを求めたのだった。
 初めて訪れた母の職場は古いアパートだった。アパートの裏側にコンクリートで固められた広い敷地があって、ざっと長さ十メートルはある物干し竿が縦に八本も並び、そこに拳ひとつ分にも満たない間隔を置いて灰色の作業着がびっしりと干されていた。
 そのあいまを縫うように動く白い肌がちらちら見えた。母だった。洗濯した作業着を取り込んでいるところだった。
 母は全裸だった。勤務中は全裸が基本。このルールを僕はかねてからY美から聞かされていた。「お前の母親さあ、かわいそうだよね」縁側でY美が足の爪を切りながら言った。「裸で仕事させられてるんだって。いつも裸で。まるでお前みたいじゃん」素っ裸で草むしりさせられている僕の横顔にY美の視線を強く感じた。どんな反応をするか楽しみにしているようだった。僕は無関心をよそおった。
 だから、全裸で働く母を実際に目の当たりにしても、それほど驚かなかった。嘘であってほしいという願いが砕かれただけだ。
「ナオちゃん」僕に気づくなり母は悲鳴に近い声を出した。
 僕が母と同じく全裸で、しかも体じゅう痣だらけでひどく弱り切っているのを見て、仰天したようだった。しかしすぐに冷静になって取るべき行動を起こした。つまり、仕事をほっぽり出して、車の手配をし、出かける準備をしたのである。
 ひどい暴行を受けてぼろ雑巾のようだった僕の体は、たちまち回復した。
 きわめて短時間で治癒し、元通りになった。
 どうして母にそんなことができたのか。

 ある会社の、若い男性しか入居できない独身寮に住み込みで勤務する母には、もうひとつの顔があった。
 ごく限られた人しか知らないけれども、遺伝子工学のスペシャリストでもあったのだ。かつては帝国バイオのエース研究者として、その分野で世界的に知られた存在だった。
 母が開発した世界を一変させる技術、ヒトマロの開発は、帝国バイオの幹部たちの心胆を寒からしめた。ヒトマロによって、新種の人類であるクリエイテッドをキャベツのように量産できるようになるのだ。しかも驚くほどの低コストで。これが世に出たら、これまでの社会体制は必ず転覆する。既得権益層の恐怖する世界が到来する。
 これまでのテクノ技術の進化は、巨大な資本を牛耳る一部の者が先導し、その利潤を独占してきた。しかしヒトマロはその性質上、独占ができない。使用にあたって特別な社会的インフラを必要としないからだ。一度社会に出たら、企業の最高経営責任者も一般の従業員も素浪人も、ヒトマロに関しては、使用規模が異なるだけで、基本的に同じ条件で使用できるようになる。
 これはつまり、社会から階層が瓦解し、消失することを意味する。歴史上のどんな産業革命よりも迅速に社会が変質する。かつて人類の闘争の歴史において繰り返し語られてきた理想、完璧に平等な社会がついに実現する。ただし人類全員、奴隷として平等になるという意味だが。人工知能のもとで人はすべからく平等になるべし、というわけだ。
 帝国バイオは結局、ヒトマロのお蔵入りを決断した。帝国バイオという巨大企業の崩壊につながりかねないものをおいそれと世に出すわけにはいかない。
 ほどなくして母は陰謀に巻き込まれた。母の研究成果、世界的な科学誌に掲載された多数の論文は闇に葬られ、別の者による剽窃だらけの論文がなぜか母の執筆とされた。全然母の関与しない研究成果が母の名前で騙られ、そのデタラメぶりを世界中の権威にこぞって指摘され、嘲笑混じりに報道された。母への誹謗中傷は連日メディアを賑わせた。
 帝国バイオは母を解雇した。解雇されてからも、悪意は執拗に母につきまとった。巧妙に張り巡らされた罠に嵌まって莫大な借金を負わされた。懲戒免職ゆえに退職金は出なかった。失業手当の申請、生活保護の申請は不可解な理由によりことごとく却下され、家を抵当に入れてもなお借金の三分の一も返済できなかった。ついでに言うと、母は行政の窓口でおこなう事務手続きが甚だ苦手だった。申請を却下されると、ぽかんとして何も言わず、いつもあっさりすごすごと引き下がった。
 苦境に陥った母に援助の申し出をしたのがY美の母、おば様だった。地元の財界人であるおば様は、ある懇ろな議員から「頼まれて、仕方なく」借金の肩代わりをしたと、ベッドで奉仕を終えた僕のおちんちんを足の指で玩びながら、漏らしたことがある。
 母はおば様の紹介により、男性専用の独身寮で住み込みの世話人、寮母として働くことになった。母とふたりで暮らしていた僕は、おば様の家に預けられた。
 おば様の家には、僕と同じ中学一年生、同じクラスの女子、Y美がいた。ある日、僕は洋服を脱ぐように命じられた。何か粗相をしてY美かおば様のどちらか、あるいは両方の怒りを買ってしまったのだと思う。夕食前だった。台所からカレーの匂いが漂ってきた。僕はふたりの見ている前でシャツとズボンを脱いだ。「靴下もよ」とおば様が言った。僕はリビングで白いブリーフのパンツ一枚になり、正座させられた。
 服を取り上げられる生活が始まったのは、この頃からだ。

 帝国バイオを離れた今も、母には自由に使える研究所がある。それは帝国バイオとは関係のない、ある世界的な機関から提供されたものだ。
 母は、ほかに比較する人が見当たらないくらいの努力家だった。研究に没頭すると研究以外は頭からすっぽり抜け落ちてしまうので、周りからはしばしば変人扱いされ、傲慢とも受け取られかねない振る舞いをしてしまうこともあったけれど、本当はすごく謙虚な人柄だった。そして、相当の集中を要する努力を平然と、何日にもわたって続けられるほどには才能があった。しかし、どれほどの才能に恵まれたとしても、独力で新型クリエイテッドやヒトマロを開発するのは不可能だ。
 ヒトマロの開発には、じつはある機関の全面的な援助があった。その機関は国境を越えて暗躍しているようだ。謎の機関で、僕も詳しくは知らない。母の話によると、地球外の知的生命体による多種多様なテクノロジーを、国境も年齢も分野も異なるさまざまなスペシャリストに少しずつ提供しているらしい。
 機関に選ばれたスペシャリストは、提供された物資、助言などの援助によって新規のテクノロジー開発に成功すると、その後に必ずといっていいほど災難に見舞われ、社会的に抹殺される憂き目に遭うという。そう僕に教えてくれた母は、自分にも遠からず魔手が迫るのを覚悟していたと思う。
 その謎めいた機関は一国の政府をも動かした。機関の働きかけによって、政府はメディアをして、母にニセモノ嘘つき色仕掛け似非研究者のレッテルを貼らせた。身に覚えのない情事が捏造され、映像化された。森林浴中、あるいは人気のない海浜や無人と思われた河川敷で盗撮された母のヌード写真は、マスメディアによって大々的に報じられた。
 もう二度と研究者として世間に出られなくなったものの、なぜか母は継続して機関の所有する秘密の研究所を利用できた。謎の組織は母をお払い箱にしたわけではなかったのだ。最新の、というか地球外の知的生命体から提供されたという設備の整った、地球上で唯一無二の研究所とのことで、いったいどのような理由でそのようなすばらしい施設を母は自由に好きなだけ利用できたのかは、不明である。
 母は仕事の合間に、ちょくちょく研究所に出入りした。聞いた話では、深夜から翌朝にかけて研究所にこもっていたことも何度かあったそうだ。
 とにかく、僕はその研究所で処置を受けたのだった。当然だけど、処置を受ける前に麻酔を打たれ、意識を失った。
 僕が覚えているのはそこまでだ。だからどんな処置が施されたのかは知るよしもない。

 ここは、夏祭りのステージで使用する舞台道具を置く倉庫の中だった。
 本番を控えて鷺丸君は、セカセカしていた。足元のバケツを蹴っ飛ばしてしまい、派手に金属音を響かせた。「なんだってこんなとこにバケツがあるんだよ、もうッ」
「ごめん、そこに置いたの、わたし」しれっとしてメライちゃんが言った。「でも、足元ちゃんと見て歩こうね。いろんな道具があるし、躓くと危ないよ」
「そうだよ、あんた、もう少し落ち着きなさいよ」
 鷺丸君のお姉さんも、鷺丸君の落ち着きのなさをたしなめた。

 先ほどから僕はメライちゃんの股間が気になって仕方なかった。細くてどこか弱々しい体の隆起、ラインを如実に語るスクール水着姿のメライちゃんの、その股間の部分が軽く膨らんでいる。まるでおちんちんがあるみたいに。
 見てはいけないものと思って、最初は慌てて目を逸らしたけど、勇気を出して理由を聞いてみることにした。
「うん、これね。やっぱりどうしてもね・・・・・・」
 メライちゃんはたちまち顔を赤らめ、口ごもってしまった。よほど恥ずかしいようだ。
「ナオス君、メライちゃんの水着に膨らみがある理由なんて、すぐにわかるでしょうに、わざわざメライちゃんの口から聞こうとするなんて、なにげに意地悪だよね」
 コツン、と鷺丸君のお姉さんにおでこを小突かれた。
 もちろん、なんとなく理由は想像できた。でも、それで正しいか確認したかった。
 鷺丸君の説明で僕は自分の想像したとおりだと知った。
 女子用のスクール水着を着ているとはいえ、メライちゃんは男の子を演じるわけだから、水着の股間部分がぺったんこだと具合が悪い。鷺丸君はそのことに本番当日になって気づいた。「迂闊だったよ」と鷺丸君は頭の後ろに手をやった。美術科専攻のお姉さんが急きょ粘土細工で疑似おちんちんを造型し、スクール水着の裏側に接着剤で取り付けたのだった。
 気を失っていた僕のおちんちんから型を取ったという。僕はそっと自分のおちんちんを触ってみた。おちんちんの裏側、根元付近に粘土の滓が残っていた。
「あら、きれいに拭き取ったつもりだったんだけど、ごめんね」
 鷺丸君のお姉さんが悪びれずに詫びた。僕としては勝手におちんちんを型抜きされたのだから、その屈辱を気にしないと言えば嘘になる。でもそれについては鷺丸君もお姉さんも何も感じてないようだった。ことマジックショーに関する事柄であるかぎり、僕の体を僕に無断で自由にいじくり回せる権利が自分たちにあると思っているらしい。Y美にそう吹き込まれたのかもしれない。
 鷺丸君はメライちゃんと僕を横に並べて立たせた。「ふたりとも気をつけ」と鷺丸君のお姉さんに命じられ、仕方なくおちんちんを隠している手を外す。メライちゃんの股間には、もし僕が女子用のスクール水着を着たらこんな感じになるだろうと思われるような、膨らみがあった。
 メライちゃんの水着に浮き出た疑似おちんちんと僕のおちんちんを鷺丸君と鷺丸君のお姉さんが至近距離で見比べた。
「形も大きさもぴったりでしょ。いかにも水着のしたにおちんちんがあるみたいね」
 お姉さんの自画自賛を僕は虚ろな気持ちで聞いた。
 股間に浮き出た疑似おちんちんを、最初の登場時には、手で覆うなり腰を捻るなりして、観衆の目がいかないようにする。しかし二度目の登場以降は、しっかり観衆に見せなくてはならなかった。回転扉を抜けた僕が一瞬にして女子用の水着をまとったということを強く印象づけるためだ。
 メライちゃんは疑似おちんちんによる股間の膨らみをしきりに恥ずかしがった。ましてやそれを観客に見せるなんてとんでもない、と駄々っ子のように首を横に振った。
「おいおい、ナオスなんて本物のチンチン丸出しにするんだぞ。おまえがそんなに恥ずかしがらなくてもいいだろ。頼むよ、しっかり膨らみを見せて、観客を笑わせてくれよ」
 困ったような顔をして鷺丸君が説得しても、
「だってわたし、女の子なんだよ。いつもはだかんぼのナオス君とは違うもん」
 メライちゃんはもじもじと足を揺すりながら、ほんのり顔を赤く染めて抗議した。 
 
 マジックショーのステージは十九時三十分に始まる。
 当初の予定では十八時開始だった。それを一時間遅れの十九時開始に変更してもらったのは、Y美と僕がこの日の午後に起きたトラブル、あるやっかいなトラブルに巻き込まれたせいだった。
 そのトラブルによって肉体をさんざん痛めつけられた僕は、Y美に「このままではマジックショーの舞台に間に合わないから、開始時間をせめて一時間ほど遅らせてもらえないかしら。おば様に相談して」と気力を振り絞って頼んだ。僕を置いて急いで帰宅したY美はおば様に僕の願いを伝えた。おば様は夏祭り実行委員会の責任者に電話し、あっさりプログラムの順番変更が認められた。さらに僕たちの前のバンドがアンコールに応えて即興演奏を三十分も続けた。こうして十九時開始の予定が十九時三十分開始になった。
 今の時刻は十八時十五分を過ぎたところだ。本番までまだ一時間以上ある。
 
 衝立の向こうで、おじさんどうしのきびきびと挨拶を交わす声が聞こえた。何やら社会的地位の高い人が数人のお供とともに倉庫に入ってきたようだった。「ええ、ここですね、ステージの舞台道具を演目ごとに保管する場所でして、控え室にもなっておりまして」と、お供のひとりが説明している。
 仕切り板に組み込まれた小さなドアがノックされた。「どうぞ」の返事を待たずに入ってきたのは黒ずくめのスーツを着た男の人だった。仕切りの中にいる僕たちを物でも確認するみたいにざっと見回すと、ステージショーの出演者は誰かとぞんざいな口調で訊ねた。目つきの鋭い男の人だった。鷺丸君が自分だと答えると、会長がちょっと中を見たがっている、と言い、鷺丸君も鷺丸君のお姉さんもまだ承諾していないのに、もう首をドアへ向けて、「さ、どうぞ、会長」と声をかけた。
 灰色のスーツを着た七十代くらいの赤ら顔の男の人が「や、これは失礼しますよ」と言って足を踏み入れてきた。白いリボン付きの胸章に夏祭り実行委員会の委員長として名前が筆耕されている。三人のお供が続いた。三人とも熟年の女性だった。
 委員長が鷺丸君に名刺を出した。鷺丸君の手にも小さな四角いカードがあった。なんと、鷺丸君は中学一年にして自分の名刺を持っているのだった。さすがエンターティナー、マジシャンとして売り出しに熱心な人はちがう。
 名刺交換をした委員長は、お供から老眼鏡を受け取って、鷺丸君の名刺を読み始めた。何やら細かい文字がいっぱい書かれてあるらしい。
「ほう、総合エンターティナー、マジシャン、特技ダンスですか。その若さで大したものだ。将来が楽しみじゃのう」
「将来じゃなくて、今晩のマジックを楽しみにしててくださいよ」
 ぶっきらぼうに答える鷺丸君。その物怖じしない態度はマジシャンとして堂に入ったものだった。もしかすると、最初に入ってきた男の人のいささか礼を失した態度に腹を立てているのかもしれない。それでも委員長は高齢者の余裕か、まったく意に介さないようだった。
「こりゃ参った。一本取られた」と、鷹揚に笑う。
 柔和な委員長の表情がすぐに引き締まった。メライちゃんの後ろで小さくうずくまっている僕に目を止めたのだった。
「おんやまあ、変わった舞台衣装の子がいるではないか。裸なのか、パンツくらいは穿いとるのかの?」
 委員長の問いかけに鋭い目つきの男の人が反応した。すばやく僕のところに来て、じろじろと眺める。
「いえ、パンツも穿いていません。真っ裸です」
「こちらに連れてきなさい」
 鋭い目つきの男の人は僕の腕を取って立たせると、素っ裸の僕を委員長の前まで力ずくで引っ張っていった。お供の熟年女性たちが「あらやだ、ほんとに真っ裸」と驚き、その理由を訊ねた。「マジックショーの中身に関することなので・・・・・・」と、鷺丸君のお姉さんがやんわりと回答を拒んだ。
 委員長は僕に名刺を差し出そうとして、不意に引っ込めた。
「癖でつい名刺交換のつもりになってしまったけど、はだかんぼうのきみには事前に聞いておかなきゃならんな。きみは名刺もっとるのかの?」
 いえ、と僕が答えるよりも早く、「持ってるわけないでしょ。丸裸なのに」とお供の女性たちが笑った。
「そうだったね」と委員長もプッと吹き出して、言った。「名刺持ってない奴とはおれ、名刺交換しないし」そして、出しかけた名刺を仕舞うと、僕の前でシッシッと犬を払うように片手を振った。
 この人たちが仕切りの中に入ってきてから、僕はずっと両手で前を隠していた。だから一度もおちんちんを見られていない。だけど、委員長やお供の人たちの僕にたいする扱いは、おちんちんを見られ、笑われる以上に僕を傷つけた。
 鷺丸君がもらった名刺によると、あの赤ら顔の委員長は、門松徳三郎という名前であった。名刺に「夏祭り実行委員会委員長」の肩書きは記載されていなかった。この土地の商工連合会の会長であった。
 
「Y美ちゃん、だいじょうぶだったかしら」と鷺丸君のお姉さんに問われて、僕はもう一度記憶をたどってみたけれど、「無事とは思うけど」としか答えられなかった。
「そう、心配。ずいぶんとやられちゃったみたいだからねえ」
 言葉だけで本当は大して心配してない、いやむしろ喜ぶ気持ちさえうかがえる口調でお姉さんが言った。
 ここにいるはずのY美がいない。それは僕自身のおこないによって発生したトラブルに、Y美もまたかかわってしまったからだった。
 Y美がケンカに負けたのはこれが初めてではない。以前にも同じ相手にボコボコにされ、服を全部脱がされ、土下座させられた。そのニュースは、短時間のうちに地元の中学生、小学生、高校生たちに広まった。しかも相手は男子ではなく女子。学年こそ一つ上であるもののY美よりも体格的に劣る、小柄な相手だったというから、その噂を聞いた者はなおさら驚いた。どれくらい小柄だったのか。人によっては「ナオス君よりも背の低い」と形容したらしい。
 それはあながち誇張ではなかった。その同じ女子に僕も責め苦を受けていた。お尻を腫れ上がるほど叩かれたり、おちんちんの袋を責められたりした。だから、どんな体格だったかもしっかり覚えている。確かに僕よりも小柄だった。
「なんか隣町の東町中学に総合格闘技のすごい使い手がいるんだってね。その人を相手に戦ったっていうんだから、さすがのY美さんも勝てるわけないでしょ。前回も相当ひどい目に遭ったっていうのにね」
 メライちゃんが言った。ペロッと舌を出すような軽い口ぶり。メライちゃんも心の底では「自業自得、いい気味だね」と思っているのだろう。
「へえ、そんなことがあったとはな、おれは初めて聞いたよ」
「うといんだね、鷺丸君は」メライちゃんが親しげな微笑を鷺丸君に向けた。「Y美ちゃんが先月ケンカで負けて神社でお洋服を全部脱がされた話は有名だよ。東町の中学の子たちにS子さんが捕まって、助けにいったY美さんが逆にやられちゃったって」
「へえ、今日だけじゃなくて、その前にもケンカに負けてたのか」
「そうだよ。みんなの前で素っ裸にされたって」と、ウキウキした調子を隠さないメライちゃん。
「ふうん。まあ、俺としてはメライのよりはY美の裸のほうを見たかったな」
「何よ、もう」
 軽口を叩いた鷺丸君の右足をメライちゃんは思いっきり踏みつけた。
「いてて。やめろよ、冗談だよ」鷺丸君は足を引いて、エナメルのピカピカに磨かれた靴の上にあるメライちゃんの白い裸足を払った。「で、Y美、今日もその同じ相手にやられたってのか?」
「そうみたい。何せ相手は総合格闘技の道場で鍛えてる人だからね、いくらY美さんが大きくて力あっても歯が立たないみたいね」 
「あのY美がどうしても勝てないって、すごい奴がいるもんだなあ。もしかして女の格好をした男だったりして」
「鷺丸君、何言ってんの? 相手は女子だって」
「Y美ちゃん、あれだけ夏祭りのマジックショーを楽しみにしていたのに、よりにもよって祭り当日にケンカして負けて、ステージに立ち会えなくなるなんて、残念ねえ、ああ、残念、残念」
 鷺丸君のお姉さんが歌うように言った。お姉さんもメライちゃん同様、内心の喜びが抑えきれないらしい。
「ちっとも残念そうに聞こえないです」と、にこにこ笑いながら茶化すメライちゃん。
 ほとんど一方的に、コテンパンにやられたY美の顔はところどころ腫れて、頬なぞはソフトボールほどの大きさになり、まぶたも塞がってまともに目をあけられない状態だった。また、あばら骨が数本折れて、首周りを痛め、肩の関節を脱臼し、当分は家で安静に過ごすしかないらしい。
 おば様はY美を病院に連れて行くため、明日の仕事の予定をすべてキャンセルした。僕をここに運んできた時、鷺丸君のお姉さんとメライちゃんにそう話したそうだ。
「Y美ちゃんのお母さんの話で一番びっくりしたのは、家にたどりついたY美ちゃんが全裸に茣蓙を巻き付けただけの格好だったってことよね。お洋服を全部とりあげられちゃったみたいなの。ナオス君じゃあるまいし、そんな格好で、よく白昼堂々と歩いたよね」
 鷺丸君のお姉さんが感心する。
「いや、ナオス君の場合は、もっとひどいよ。茣蓙すらなくて、今みたいに完全に裸で、チンチンとかお尻とか全部丸出しで、みんなに笑われながら歩いてるよね。ナオス君にも茣蓙みたいな、何か隠す物が与えられたら、よかったんだけどね」
 メライちゃんは言い、嘲りの視線で僕を見下ろした。素っ裸で座り込んでいる僕は、バケツの水をかけられた時以上の冷たさを感じて、裸身をブルッと震わせた。
「それにしてもナオス君、日焼けの跡がすっかり消えて、お肌真っ白だよ。昨日までは小麦色の肌だったのに、どうして?」
 メライちゃんが真剣な眼差しで僕に問う。
「そうだよな、おれも不思議に思ってたんだよ」と鷺丸君。
「なんでそんな青白い肌になっちゃったの?」
 鷺丸君のお姉さんが僕の背中やお尻を撫でながら、同じ質問を重ねてきた。僕もまた三人が見つめる自身の肌に視線を落としてみた。確かに白い。腕も足も脇腹も、ずっと太陽の光を浴びていなかったかのような肌色だ。何日も続いた全裸での野外生活の影響でむらなく日に焼けていたのに、それが嘘のように消えている。
「緊急の治療を受けて、薬を注入したからだと思う。その副作用で肌の色が変わったんじゃんないかな」
 苦しまぎれに適当に答える。周囲は沈黙した。真偽を判定しているかのような沈黙。しかし僕にはほかに答えようがない。
「そっか。よく分からないけど、とにかくきれいな肌になってよかったよ。怪我の功名ってやつだな。その肌色なら、ベビーパウダーを塗らなくても、メライと区別つかないよ」
 鷺丸君が僕の裸の背中を撫でて親指を立てた。
 
 ステージの出演者は、舞台裏に設営された控え室で待機する。ここは倉庫だ。本番前の一定の時間だけ、ステージで使用する道具、セットの最終確認のために、倉庫に入ることが許されている。
「そろそろ時間ですよ、よろしいですか」係員がドアの隙間から声をかけてきた。
「はあい、控え室に戻りまーす」
 元気よく返事をしたのは鷺丸君だった。
 倉庫を退出するのは鷺丸君、鷺丸君のお姉さん、メライちゃんの三人で、素っ裸の僕だけここに残らなければならなかった。おば様と母は、ぐっすり眠った僕を麻袋に入れて、この倉庫に運び入れた。だから、マジックショーの関係者以外、誰も僕がこの倉庫にいることを知らない。
 立ち上がると、目まいがして、よろめいた。
「いいか、ナオス」退出の直前、鷺丸君が僕に念を押してきた。思わずおちんちんを両手で隠した。「倉庫はちょくちょく人の出入りがあるからよ。くれぐれも人に見られないように注意しろよ。お前、全裸なんだぞ。ただでさえ人目に立つ格好なんだからな、そこらへん忘れないようにしてくれよ」
「うん、気をつけるよ」そんなこと、いちいち言われなくても分かってる、と突っぱねたいところだけど、おとなしく頷く。
「それとだな、この縦型のボックスだけど」と言って、鷺丸君は回転ドア付きの縦型のボックスを指さした。「知ってると思うけど、本番十分前になったら、舞台裏に運ばれる手筈になっている。それまでは絶対に中に入ってろよ。倉庫内をうろうろしててボックスに入り損なったら、マジック自体がおじゃんになっちまうからな」
「うん、気をつける」
「余裕をもって三十分前になったらボックスに入ってろ。いいな、三十分前だぞ」鷺丸君は倉庫入り口の方向に見える時計を指して言った。
 三十分前? それはいくらなんでも早すぎるのでは・・・・・・。僕は口ごもってしまった。狭くて暗い箱の中で三十分以上も立って待つのは、さすがにしんどい。
「わかってんの? ねえ、ちゃんと聞いてる?」
 鷺丸君がなぜか女性のような品を作って、僕の両肩を持って揺さぶった。
「やめなさいよ。三十分も前から入らなくてもいいでしょ。ボックスが運び出される時に入ってればいいだけの話なんだからさあ」
 鷺丸君のお姉さんがかばってくれた。
「入り損なったら、どうするの? こいつ、裸だから、裸でうろうろして、誰かに見つかりそうになって隠れて、戻れなくなることだって考えられるし」
「考えすぎだって。それより自分のことに集中しなさい」と弟思いのお姉さんらしく、ごもっともなアドバイスをした。
「でもな、なんか心配なんだよね」と鷺丸君はなおもぼやきながら、出口に向かった。やっと行った、と思ったら仕切り板からまた顔を出した。
「我慢して箱の中で待ってろ。人に見られるなよ。箱に入ったらトイレもだめだぞ。ちゃんと済ませておけ。何があっても絶対に出るな。火事になっても出るなよ。消防士に見られたら、おしまいだからな」
 真顔で僕に言い含める鷺丸君だった。

 倉庫内の仕切られた空間はがらんとして、素っ裸の僕だけが残った。
 だだっ広い倉庫は、衝立で細かく仕切られて、演目ごとに使用する道具、舞台装置がそれぞれ出番を待っていた。
 マジックショーで使用する道具は、この回転ドア付きの縦型のボックスだけだった。同じ仕切りの中に別の演目の大道具、装置などもごてごてと並んでいる。
 倉庫内は、仕切り板で見えないものの、いつも誰かしら人がいた。本番前の確認だけでない。終わると、この倉庫に役目を果たした道具や装置が戻される。そのため、出入りする人の足音や話し声が絶えなかった。
 とにかく僕が気をつけなければならないのは、人に見られないこと、これに尽きた。臆病な野生動物のように、本番まで息を殺して過ごす。
 もし僕が普通に服を着ていれば、人に見つかったところでさして問題にはならないだろう。せいぜい関係者が舞台装置を確認していると思われるだけで済むところだけど、あいにく僕は一糸まとわぬ裸なので、どうしても目立ってしまう。見た者に強い印象を残してしまう。
 裸の僕が倉庫の中にいたとなると、このあとマジックを見た者は鼻白むだろう。「なんだよ、水着がいきなり消えたわけではない、ボックスから出てきたのは別人だ、倉庫の中で素っ裸の男の子がいるのを見たからな」となって、簡単に種明かしされてしまう。
 僕と同じ中学一年ながら、プロのマジシャン、エンターティナーとして地元では知られた存在である鷺丸君は、今回のテレビ中継されるステージにこれからのキャリアを賭けていた。何せ自分の名前が地方全体に行き渡るかもしれない最高の機会なのだ。失敗は断じて許されない。マジックが簡単に種明かしされてしまってはお話にならない。だから鷺丸君が倉庫に残る僕に「くれぐれも人に見られないようにしてくれ」としつこく念押しした気持ちも、まあ分からないでもないのだった。

 衝立の板のあいだからそっと首を出す。倉庫の入り口上部の時計は、十八時三十五分を指していた。
 ボックスの狭くて暗い空間に身を入れたら、そのあとはずっと立ちっぱなしでいるしかない。僕は少し考え、ボックスが舞台に運ばれるぎりぎりの時間まで物陰に隠れて待つことにした。
 話し声と足音がどんどん近づいてきて、僕が息を潜めるこの仕切りの中に入ってきた。見つかったらまずい。急いでボックスの裏側に隠れる。二人の若い男の人たちが舞台道具の点検を始めた。僕はコンクリートのひんやりする床に腹這いになると、音を立てないようにして、衝立の隙間から別の仕切りの間へ裸身を滑らせた。
 衝立は下の部分に隙間があって、腹這いになれば簡単に次の仕切りへ移動できた。困ったのは、仕切り内にはたいてい人がいたことだった。誰もいないと思って立ち上がったら、不意に話し声がして慌てて隠れたこともあった。
「え、今、なんか人が見えなかった?」女の人が緊張した声で言った。
「人? そうだね、どうだろう・・・・・・」答える男の人の声もどこか不安げだった。
「子供で、なんか裸だったような」
「裸? 目の錯覚と思うけど、確か、このタンスの辺りだよね」
 男の人が近づいてくるので、慌てて別の仕切りへ腹這いになって進む。こうなると多少窮屈でしんどい思いをしても、縦型のボックスの中でスタンバイしているほうが人に見つかる心配はなかったかな、とも思われてくる。

 なんとか気づかれずに逃げ込んだ次の仕切りは、妙に広々としていた。しかも整然と物が並んで、物のひとつひとつに床にチョークで番号が振られてあった。これまでのようなガラクタ置き場とは大違い。人の気配がないのを幸いに、僕は立ち上がってそこに置かれた物をじっくりと見た。
 掛け布団を引っ掛けた物干し竿。左右にぎっしりとブラシの付いた板のある、小型の洗車機のようなもの。小型プロペラの代わりに海藻を垂らした扇風機、真っ白な屏風、上蓋のところに吸い込み口と蛇口が向かい合わせに付いた円筒形の物体など、並んでいるのは奇妙な物ばかりだった。
 なんのために使う道具だろう。真っ白な屏風をじっくり眺めながら考えていると、不意に「きみ、そこで何してる?」と、声をかけられた。
 しまった、見つかってしまった。衝立の向こうから真っ白なワイシャツと紺のズボンをまとった三十歳くらいの女性が出てきた。ここの展示品を管理するスタッフのようだった。
「ご、ごめんなさい。ちょっと事情があって」僕はおちんちんを両手で隠しながら、素っ裸の身をもじもじさせて答えた。
「あなた、なんで裸なの?」女性スタッフは僕をまじまじと見つめながら言った。
「すみません。これも、ちょっと事情があって・・・・・・」
「もしかして、今晩のステージショーの出演者?」
 はい、と返すと、スタッフは納得したように目を輝かせた。
「そっか。ステージに素っ裸の男の子が出るって、まことしやかに囁かれてたんだけど、あなたのことだったのね」
 そんな噂が流れていたとは知らなかった。僕は首をすくめて頷き、「お願いだから倉庫の中で僕を見たことは誰にも言わないでください」と頼み込んだ。
 おちんちんを右手で隠し、左腕を使って乳首を覆う素っ裸の僕を、頭のてっぺんから足先まで、女性スタッフはじっと見つめた。なぜか足先で目が長く止まった。足の指が全部で十本あるか確認しているのだろうか。
「いいわよ、もちろん。あなただって人に見られたら困ると思ってここまで逃げてきたんでしょうからね」と、笑顔で快諾してくれた。
 ありがたい、話の分かる人でよかった。
「でも、あなたもこの仕切りの中で見たものは、人に言ったらだめよ」
「もちろんです。絶対に言いません」
 僕は胸を張って誓った。
 この仕切り内にあるのは、発明コンテストに出品された発明品だった。
 発明コンテストは夏祭りステージのトリを飾る演目だった。毎年恒例の行事で、今でこそ日用品として馴染みのある電動爪垢除去器はその昔、このコンテストで知られ、商品化されたものだという。最優秀発明賞に選ばれると、副賞として一泊二日の温泉旅行券がもらえる。今年も十を超える発明品が集まったようだ。
 女性スタッフは、絶対に口外しませんと宣言した僕に気を良くして、コンテストにエントリーした作品について、いろいろと説明してくれた。
 僕は円筒形の物体について、質問した。
「これはね、食塩水自動生成機だよ。この上にある吸い込み口に水を入れると、蛇口から濃度一パーセントの食塩水が出てくる。この側面の引き出しから塩を入れるの」
「おもしろい機械ですね。でも何に使うんですか?」
「は? 目的なんか、どうでもいいじゃない。そんなこと考えてたら、おもしろい発明品は生まれないわよ。つまんない質問しないの」
「すみません」
 なんで叱られたのか、よく分からないまま、僕は首をすくめた。
「これは自動で体を洗うマシーン、自動洗体機なのよ」
 スタッフが左右にブラシが隙間なく付いた板のある機械に触れて、言った。
「試してみる? せっかくあなた、裸なんだし」
「いや、僕はいいですよ」
 おちんちんを手で隠したまま、後ずさるものの、スタッフは諦めなかった。
「遠慮しないで。すっごくおもしろいんだから」
 僕の手首をぎゅっと掴んで、洗体機の台に乗せる。
「いえ、ほんとにいいです、やめときます」
「何よ、もう」女性スタッフはいきなり気色ばんだ。「言うとおりにしないと、この仕切り内にあなたが侵入したって通報するよ」
 そ、そんな・・・・・・。関係のない仕切りへの侵入は厳禁で、これを破った場合、出場の権利を失うこともあるという。
「で、でも・・・・・・」いやな予感しかしないので、僕はどうしてもこの自動洗体機から降りたかった。と、いきなり手首を握られた。股間に固定していた手を動かされる。
「言うこと、聞く?」生暖かい息が露わになったおちんちんに当たった。「言うこと聞かないと、このちっちゃなおちんちんがもっと縮んで消えちゃうくらい、痛い思いをすることになるよ」
 ハググッ・・・・・・。おちんちんの袋を鷲掴みされた。痛い。握力できりきりと締めつけられる。さらに手前に引っ張られた。僕が台から降りて二三歩よろめくように歩きながら、悲鳴を上げ、「や、やめて、痛い」と力なく訴えた。「言うこと、聞きますから」
 やっとおちんちんの袋から手が離れた。すかさず僕は痛めつけられたおちんちんの袋を自分の手で覆った。もう諦めて女性スタッフに従うしかなかった。「じゃ、台に乗りなさい」と命じられて、おとなしく台の上に素足を乗せる。
「リラックス、リラックス。せっかくこの場にすっぽんぽんでいるんだから、これを体験しないなんて手はないのよ」
 女性スタッフはすっかりご機嫌になって、スタートボタンを押した。
 対して僕は、「もう、どうにでもなれ」という気持ちだった。

 ウィーン、ガタガタガタ。旧式機械のような音を立てて左右の板が動き出し、その板にびっしりと貝殻のように付いたブラシが回転や上下運動を始めた。僕が乗っている台が動いているのかと錯覚しそうだけど、動いているのはブラシの付いた板のほうだ。ゆっくりと僕に近づいてくる。くるくる回転したり上下運動したりするブラシで、台上の僕の体をごしごし洗う仕組みなのだろう。
 ふと不安になった。あの激しく動くブラシで素肌をごしごしやられたら、相当痛いのではないだろうか。
 と、そんなことを思っているうちに板が迫ってきた。まもなく板に挟まれる。
 ヒィイ、いや、やめて・・・・・・。全身の強張った筋肉にブラシが触れる。と、すぐに全身の力が抜けた。あれ、心地いい。ブラシは見た目から想像したのとは全然違った。ちっとも硬くなくて柔らかくて、肌に優しかった。信じられないほどの優しい愛撫。
 ブラシの中心から水と洗剤が出て、体になすり付けて泡立てる。さらに細い、植物の茎のようなブラシが伸びてきて、僕の裸身に絡みついてきた。こちらもゴムのような感触でぷるぷる振動しながら胸やお尻、おちんちんに刺激を与えてくる。ウウッ。本当に体を洗っているのか、疑わしい動きだった。
 アウッ、いい、や、やめて、ヒッ、ヒィィ・・・・・・。左右の板は間隔を詰めて、激しく動き続ける柔らかいブラシが一糸まとわぬ体に密着する。いくつもの茎のように伸びたブラシが体じゅうのあらゆる部位を這い回っている。
 く、くすぐったい。
 両の脇の下をふんわりしたゴムのようなブラシで執拗にこすられる。くすぐったいような、気持ちのいいような変な感覚だった。さらに脇腹、背中、耳元にも細長いブラシを当てられ、こすられている。さらに太股、脹ら脛にも。
 ブラシは知能のある生き物のようだった。おちんちんを揉みながら、おちんちんの形状の変化に応じてこすり方を変えていく。袋だけでなく、お尻の穴にも伸びた。思わず、ヒィイ、と声を上げる。強い、強い性的刺激。ここまで激しい性的快感を味わわされるとは思わなかった。アウウ・・・・・・。喘ぎ、ここから出ようと思った。
 左右の板に裸身を圧迫されているので、大きくは動けないけれども、台の上で少しずつ足を動かす。この執拗なブラシ地獄から抜け出すには、こうするしかなかった。と、いつのまにか前方に柵のような棒が出ていた。これでは出られない。前が無理なら後退するしかない。急いで後ろへ首を回すと、なんと後方にも同じ横棒が出ていた。
 やだ、閉じ込められた。気づいた時には、茎のようなブラシがお尻の穴を探り当て、揉みしだいていた。
 やめて、と天井を仰いで叫んだ。上を向いたのは、左右の板の間隔がかなり狭まって、顎から首筋をブラシで押されたからだ。この板の狭間に閉じ込められ、ほとんど身動きできない僕の体に、百を優に超える柔らかいブラシが歯車のように回って、乳首や首筋、耳の裏側をこすり、足の指のあいだにまでブラシを通し、太股や足の付け根を撫で回している。
 もちろん、お尻やおちんちんには、とっくに激しい電流のようなものが流れていた。潤滑油の働きをするシャンプーがブラシとおちんちんの間でキュッキュッと淫靡な音を立ててやまない。
「どう、気分は? しっかり洗えてるかしら」
 女性スタッフがのんきな声で訊ねる。
 ヒィイ。思わず声を上げてしまった。茎のように長いブラシがお尻の中に入ってきた。奥まで入ってはすぐに出て、また伸びてくる。お尻の中の腸内を洗っているのだろうか。そんなところは別に洗わなくてもいいのに、と歯がみしながら思って、左右のブラシに押しつけられた裸身をよじるのだけれど、茎ブラシは立派な知的生命体だった。少なくとも激しい性的快感に麻痺した僕の脳よりまともに働くのは間違いない。僕の裸身が熱を帯び、心拍が上昇するにつれて、お尻の穴を出入りする往復運動を加速させる。
「どうしたの? 返事をなさい」
「と、とめて。もうこれ、やだ、とめて」
 声を絞り出すようにして叫ぶ。お尻の穴とおちんちんを同時にブラシで責められ、僕の頭は真っ白状態だった。
「あらやだ、とまらないわ」
「とめて、今すぐッ」
「変ね。ボタン、押してるんだけど、止まらないの。故障かしら」
 故障かしら、ではない。激しい快感の波に揉まれて、僕は喘ぎ続けた。
 全身の肌に快感のさざ波が生まれて、ぶつかり合う。お尻の穴とおちんちんは、どちらも同じ快感の水に浸って、もしかすると、これらはひとつの器官にまとまったのかもしれなかった。おちんちんの刺激にはおちんちんだけでなくお尻の穴もヒクッと痙攣し、お尻の穴に茎ブラシが入ってきてはおちんちんもまた、複数の刺激を敏感に選別して、ピクッと反応するのだった。
 目はしっかり開いているのに、白い靄しか見えない。確かに網膜に映っているはずなのに、不思議なくらい認知できない。異様な性的快感に呑まれて、僕ではなく、世界のほうが崩れてしまったのかもしれない。ブラシの板に挟まれたまま、動けるわずかな範囲で腰をくねらせ、身をよじろうとする。しかしそのたびに乳首や首筋、耳元をいくつものブラシで徹底的に責められ、力が入らなくなる。
 おちんちんの袋からじわじわとせり上がってきた精液は、内側から圧をかけてくる。これは立っていられないくらい快感に打ちのめされているのに、内股に力を込めておちんちんの出口をきゅっとすぼめる。全身がかくかくと震える。
 もう無理、このままいってしまう。許可なく射精するのは絶対禁止という教えが僕の体には刷り込まれている。だから許可が出そうもない状況では最初から感じまいとする意志を総動員して対処するのだけれど、生理的な現象には太刀打ちできるものではない。
「と、とめて。早く、おねがいだから」
 絶叫した途端、ブラシの動きが止まった。
 体の内側、首まで上がっていた快感の水位が下がって、とりあえず緊急事態は脱したようだった。ホッと息をつく。ただおちんちんとお尻の穴に強烈な異物感があった。茎ブラシはまだお尻に挿入されたままだった。おちんちんは複数のブラシに挟まれていて、何かくすぐったいような感じだ。しかもブラシのたくさん付いた板に左右を挟まれて、ろくに身動きできない。乳首にも大きめのブラシが密着している。
 とりあえずお尻の中の茎ブラシを抜きたかった。ゆっくり腰を引いて、まもなく抜けようというところだった。
 なんと、いきなり機械がふたたび動き出した。アウウ、アウ・・・・・・。出かかっていた茎ブラシがふたたびお尻の中に深く挿入していく。
 体のあちこちをブラシで嬲られる。もはや洗うというよりは、単に揉み、刺激するためだけとしか思えない、淫靡な回転を続ける。おちんちんを包んでいたブラシも同じだった。袋から根元、おちんちんそのものまで、柔らかく、時に鋭く、撫でるように回転し、僕の快感指数の変動に応じて回転数を調整するかのように感じられる。
 太股の内側、脹ら脛、背中、首、脇腹をぐいぐいと大小のブラシが高速回転しながら密着してきて、僕の全身の肌の感度をいやがうえにも高めていく。
 元の大きさに戻りつつあったおちんちんは、またもや硬くなって、早くも亀頭から溢れるべとべとした液体でヌルヌルになっているようで、これがブラシの潤滑油の働きもするようだ。アウウッ、気持ちいい。喘ぐと、別のブラシが触覚のように伸びてきて、口の中にも入ってくる。アガッアガッ。ろくに声を出せない。
「ごめんね。この機械、どうやったら止まるのかしらね」
 女性スタッフがいろんなボタンを押しながら、ぼやいている。
 アウウウ・・・・・・。僕は喘ぐばかりで、とても返事できない。
「ねえ、どうやったら止まるの?」
 知らない、そんなの。とにかくとめて、早くとめて。激しい快感の靄に包まれた僕の願いはそれだけだった。しかしブラシを口に突っ込まれているので、その願いすら女性スタッフに届けることができない。と、ブラシがやっと口から出た。
「とめて、お願い、だめ、だめだからッ」
 絶叫する。もう限界だった。内股に渾身の力を込めても射精はもう一秒も我慢できない、そう思った瞬間、機械が止まった。茎ブラシがお尻から抜けた。
 お尻の穴を抜けた茎ブラシは再び入ろうとはしなかった。密着したブラシ付きの板が離れ、前方に動いていった。
 気づくと、僕は台の上で内股のまま、カチカチに硬くなったおちんちんを丸出しにして、射精をこらえて立っていた。
「やだ、あなた、何やってんのよ」
 女性スタッフが苦笑して、僕の隆起したおちんちんをピンと指ではじいた。
 あ、いや・・・・・・。ぐっとおちんちんに力を込めたまま腰をくねらせる。それでも亀頭を濡らしていた精液は垂れてしまった。勢いよく発射するのはなんとか我慢できたけど、泉のように湧いた精液のぬるぬるした液体が糸を曳いて、だらりと台に垂れるのは防げなかった。
「何やってんのよ、あんた」女性スタッフが怒鳴った。「コンテストの出品物を汚すなんて、どういうつもり?」僕を横目で睨みながら、雑巾で台の上に垂れた精液を拭き取る。
 ご、ごめんなさい、と反射的に謝った。悪いと思ったから謝るというのではなく、体に叩き込まれた習性によってそうするのだった。
「あなたねえ、これはそういうマシーンじゃないのよ。体を洗うものなの。おちんちん洗われて感じるなんて、よっぽど変態なんじゃないの。そんないやらしいことに使って、どういうつもりなのよ」
 スタッフに説教されて、たまらなく恥ずかしくなった。いかに弁解してもおちんちんが大きく膨らんで射精寸前なのは、ごまかしようがない。急いで両手でおちんちんを隠そうとしたら、手のひらに濡れた亀頭が当たって、少しも覆えなかった。
「いつまで勃起してるの。早く元に戻しなさい」
 スタッフの伸ばした人差し指がおちんちんの下に入った。おちんちんの裏側を指先でくすぐられる。ああ、だめ・・・・・・。つい喘いでしまう。そんなことをしたら、勃起を収めるよりはむしろ快感を増大させるだけなのに。
 僕の恨みがましい目に気づいて、女性スタッフは自分の過ちに気づいたようだった。おちんちんの裏側から指を引くと、僕の手を取って衝立の後ろに連れていった。
 そこには水を張った販売用の大きなクーラーボックスがあって、ざっと二十本以上のビール缶がたくさんの氷片とともに浮いていた。
「さ、この中に入って」
 女性スタッフは後ろから素っ裸の僕を持ち上げて、北極海かと思われるほど氷の浮いたクーラーボックスに向かった。
「か、堪忍して。冷たいの、やだ」
「我慢しなさい。おちんちんを手っ取り早く元通りにするには、こうするしかないのよ」
 ヒィイ。氷水の中に落とされた。つ、冷たい。氷水の中に半身浸かったまま、ぶるぶる震えていると、後ろ髪を掴まれ、頭を水の中に入れられた。
「ブラシで洗われて感じてる変態さん、勃起したものを女性の前に晒して恥ずかしがりながらも本心では喜んでる変態さんは、頭を冷やす必要があるでしょ」
 氷水に漬けられて、全身がぶるぶる震える。
 亀頭が皮の中に隠れたのを確認して、女性スタッフは僕をクーラーボックスから出した。全身ずぶ濡れのまま、素早く手でおちんちんを覆う。
「それだけ小さく縮こまったら、もうわざわざ隠さなくてもいいくらいじゃないの」
 女性スタッフにからかわれた。
 
 自分の仕切りに戻ろうとした僕は、出品物のひとつに足をぶつかけてしまった。
 そこにあったのは屏風だった。何か鉄のような物にぶつかった感じだったので、予想外だった。真っ白な、やたらと大きな屏風である。横幅が五メートル近くもあった。
「気をつけなさい」女性スタッフに叱られる。
 ごめんなさい、と頭を下げると、すぐに僕は自分のぶつかった感触に納得した。屏風は鉄製の台に挟まれてあった。少しだけ出っ張っていて、十センチほどの高さだから、足元に目を向けていないと、それはぶつけてしまうだろうと思った。しかも屏風と同じ色だから、気づきにくい。
 それにしても不思議な台だった。四角い箱の形をして、上の表面に細かい穴が無数にあった。スピーカーみたいだった。
「なんですか、これは」
 つい興味をそそられて、聞いてしまった。で、すぐに後悔した。また自動洗体マシーンのようなやっかいな物だったら、どうしよう。
「これはねえ、変な発明品なのよ」
 女性スタッフは腕を組んで、じっと考え込むような顔をした。それから資料を手に取ってパラパラめくった。手を止め、そこに書かれてあることを読み始める。ふうん、と女性スタッフが唸った。
「どんな発明品なんですか?」
 焦らされたせいで、最初は小さな興味だったものがどんどん大きくなった。どんな発明品なのか、是が非でも知りたくなった。女性スタッフが資料から顔を上げた。
「知りたい?」にやりと笑う。
 またもや、いやな予感。なんだか怖くなってきたけど、後には引けなかった。覚悟を決めて、はい、と答える。女性スタッフは、おちんちんを手で覆って立つ素っ裸の僕を上から下まで眺めてから、もう一度、白い歯を露わにして微笑んだ。
「この屏風にね、1.4ml以上の水がかかると、強力な電磁波が出て、周辺の電子機器の作動をストップさせるんだって」
「へえ、何の目的で作ったんですか?」
「わかんない。でも、この考えは原発事故防止のために応用できるみたいだよ。ネットワークにつながってないから、乗っ取られる心配もないし」
「いざとなったら役に立つかもしれませんね」
「そうだね。関係者の話では、これが今年の発明大賞の最有力候補なんだって」
 そう言って女性スタッフは浮かない顔をした。
 なんでこれが・・・・・・。女性スタッフと僕は顔を見合わせた。彼女もまた僕と同じ疑問を抱いているようだった。
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5 コメント

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Unknown (Gio)
2024-12-04 01:56:10
拝読いたしました。
新キャラによりY美が重症を負ったり、地球外の存在と衝撃的な展開が続きますね。
遂に母親と職場で全裸対面してしまうところが描写されて良かったです。陰謀渦巻く中で変わらず裸で翻弄されるナオスくんがどうなるか、続きを楽しみにしています。
返信する
Unknown (Unknown)
2024-12-04 09:55:17
正直Y美には一度痛い目に会って欲しかったからスッキリしたわ
どうせなら主人公の目の前でシバかれて欲しかったけど
返信する
Y美がしばかれるシーンについて (naosu)
2024-12-05 00:13:20
ありがとうございます。
Y美のしばかれるシーンですが、実はこの物語の前半にあります。
今回の物語は18時からちょっと過ぎから始まっていますが、午前中に別のエピソードがありまして、ここではナオス君が『天女が舞い降りた夜』と同じく探偵ぶりを発揮、行方不明の美術品を探し出します。
このお話はkindleで販売予定ですね(笑)
準備ができたらお知らせします。
お話の中で、なんとY美が喧嘩に負け、ぼこられるというシーンが出てきますので、よろしかったらぜひ。
一足早い宣伝でした。
返信する
Unknown (M.B.O)
2024-12-07 23:35:57
Y美が最終回近傍で罰を受ける予感はしていたのですが…
やはり自業自得とはこういうことをいうのですね。
返信する
Unknown (naosu)
2024-12-13 00:13:58
M.B.O さま
そうですね。本人もすごく反省してるかもしれません。知らんけど。
返信する

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