電脳くおりあ

Anyone can say anything about anything...by Tim Berners-Lee

「突然の死」と「覚悟の死」

2004-11-21 22:46:50 | 日記・エッセイ・コラム
 「突然の死」というのは、いわば突然に死がやってきて、心の準備もなく、本人も死んでいく自覚がないまま死を迎える場合をさす。これに対して「覚悟の死」というのは、自殺も含めて、本人が死んでいくことを知っている死をさす。人が癌だと宣告され、死んでいく場合も「覚悟の死」と言える。この場合、その死を「受け入れている」ということがポイントだと思う。「受け入れていない」のであれば、おそらくどんな死も「突然の死」と言うことになる。中学校の同窓会の旅行中に、同行した友人が心筋梗塞でなくなったというのは、典型的な「突然の死」だと思う。
 「突然の死」というのは、いわば突然に死がやってきて、心の準備もなく本人も死んでいく自覚がないまま死を迎える場合をさす。これに対して「覚悟の死」というのは、自殺も含めて、本人が死んでいくことを知っている死をさす。人が癌だと宣告され、死んでいく場合も「覚悟の死」と言える。この場合、その死を「受け入れている」ということがポイントだと思う。「受け入れていない」のであれば、おそらくどんな死も「突然の死」と言うことになる。中学校の同窓会の旅行中に、友人が心筋梗塞でなくなったというのは、典型的な「突然の死」だ。

 不思議なことだが、「覚悟の死」の場合は、本人だけでなく周りの私たちも死を受け入れているものだ。だから、そんなに早く死んでしまうのはとても無念だと思うが、心のどこかで、本人も了解しているのだ思うのか、その死を受け入れやすい。そして、素直に冥福を祈ることになる。しかし、突然に目の前で、訳もなく発作を起こし死んでいくのを見たとき、その死はとても受け入れられないことになる。況や、一緒に行動をしていれば、その行動にたとえ彼が賛同し、彼が喜んでいたとしても、自分たちに責任があるように思えてくる。

 私の友人の場合は、夫婦も含めて仲のよい中学の同級生が三重県の「相差(おうさつ)」というところに一泊二日で旅行したときに、その「突然死」があった。彼は、私にそのときの様子と気持ちを「『相差』という名の町を知っていますか?」という文章にしたためて、添付ファイルにしてメールで送ってきた。「相差」というのは、三重県の鳥羽から車で25分くらいの漁港の町だ。観光案内には、海の怒りを静める観音様や神社などがあり、「願いが叶う御利益コース」というのがあると言う。

 1日目は楽しい宴会をし、部屋に戻って懐かしい昔話に時を忘れたようだ。悲劇は次の日の朝食の時に起きた。夫婦で来た友人の夫のほうが、朝食に出てこない。その友人は、前に脳梗塞をやったそうで、そのせいかもしれないと近くの診療所の医者に連絡する。医者は検査が必要だということで、診療所に運べと言う。そこへ運ぶ途中に、心筋梗塞の発作が起こり、診療所についていろいろ処置したが、そこで呼んだ救急車が来る前に亡くなったようだ。

 友人は、友の口にくわえさせた酸素を送るパイプを支えながら、心臓マッサージをする医師を見たり、点滴を準備する看護士のおぼつかない様子を見たりしていたようだ。おそらく、半分呆然としていたらしい。その間、30分くらいの出来事だったらしい。救急車が車での時間がとてももどかしく感じたという。しかし、結局は、それは間に合わなかったという。彼は、「こんな旅行を企画しなければ」とか「もっと設備の整った病院に運ぶことができたら」とか、いろいろ後悔をしている。

 私は彼の文章を読んで、その友人の夫人の様子がどこにも書かれていないことに気がついた。ただ一行、「医師の指示で夫人は夫から離されて、私達男3人が孤軍奮闘する若き医師の救命措置の手助けをすることになる」と書かれているだけだ。おそらく、友人の「突然死」を前にして、彼はとてもその友人の夫人など見ている余裕が無かったのではないだろうか。まして、死んでからの夫人の様子などとても見ていられないということかも知れない。それにしても、夫人のことが書かれていないのがいぶかしかった。

 後日彼は、友人の葬儀に出席し、成人した3人の遺児や、昨年誕生したばかりの孫娘の姿を見たりしているのだから、夫人の様子は知っていたはずだと思う。私は、彼の文章を何度か読み返して見て、彼はおそらく意識的に書かなかったのだと思った。たぶんは、夫人は取り乱していたと思われるし、夫人をなんと言って慰めていいかわからなかったに違いない。あるいは、友人の死だけを呆然と眺めていて、そのときに夫人がどんな気持ちでどこにどうしていたかなど考えもしなかったかも知れない。そして、その結果、彼は、書くことをしなかったのだと思う。

 「突然の死」というのは、突然にやってくる天災のようなものだ。そのときは、ただただ、突然の災難にあたふたするだけであり、その後、時間がたつにつれた事態の大きさに驚くことになる。そして、精神的に重荷になって来るに違いない。そういう意味では、新潟中越地震で被災し死んでいった人たちと同じ事態なのかも知れない。私は、友人の手紙にまともな返事など書けなかった。前にも紹介したが、次の良寛の手紙を、私は何度も読み返してみた。私にも、半分くらいはわかるような気がしてきた。

地しんは信に大変に候
野僧草庵は何事もなく
親るい中死人もなくめで度存じ候

うちつけにしなばしなずてながらえて
かかるうきめを見るがわびしさ

しかし災難に逢う時節には災難に逢うが
よく候 死ぬ時節には死ぬがよく候
是はこれ災難をのがるる妙法にて候

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