電脳くおりあ

Anyone can say anything about anything...by Tim Berners-Lee

『いつもいいことさがし』

2005-07-03 23:16:22 | 子ども・教育
 最近、私も含めて、私の周囲の人間たちが多少いらいらすることが多く、そんなときは大抵、誰かの言動のあら探しをしていたりする。そして、それを暴くことで多少ストレスの解消をしたりしている。しかし、本当は、いつも、どんなときでも、いいことさがしをしていたほうがいいに決まっている。まず、精神的に気持ちがいい。勿論、細谷亮太先生が書く『いつもいいことさがし』(暮らしの手帖社)は、とてもいい話ではあるが、悲しくて辛い話でもある。
 細谷亮太先生は、1948年生まれで、私と同じ団塊の世代に属する小児科医である。1972年に東北大学医学部を卒業後、聖路加国際病院小児科に勤務し、途中1978年から1980年までアメリカのテキサス大学M.D.アンダーソン病院癌研究所に勤務し、その後日本に戻り、聖路加国際病院に復職している。細谷先生の専門は、小児血液・腫瘍学、小児保健などであるが、この本にも何人もの小児がんの子どもたちが登場する。彼らの中に死んでしまった子どもたちもいれば、助かった子どもたちもいる。1970年頃までは、小児がん、特に小児白血病は、直らない病気の代表だったが、今では、8割以上の人たちが助かっている。そんな治療の進歩に陰には、細谷先生たちの努力があることがよくわかる。

 この本のサブタイトルに「小児科医が見た日本の子どもたちと大人たち」とあるが、日本の子どもたちと大人たちの心の様子が変わって来ていることが幾つか取り上げられている。細谷先生は、俳人でもあり、そのせいか文章は的確で、客観的である。

 「いくつまで先生のところにつれてきていいですか」
 外来でよく聞かれます。そんな時、私は「孵化始めたらもうだめ。内科へ行ってもらいます」
 と答えることにしています。老化は、小児科の医者の扱わない領域です。生まれたての赤ちゃんは、お母さんのおなかの中の環境と全く違った大気の中で、生活を始め、体は急激な変化をとげます。その後、乳児は幼児となり、そして小学校から中学校へと進学するうちに、徐々に思春期に入り、やがて成人していきます。結局、小児科から内科へと移行する時期というのは、その子の発達の程度によるといえるでしょう。アメリカの小児科学会は二十五歳ぐらいまでを思春期と考え、小児科の主部範囲としているようです。(『いつもいいことさがし』p8)

 私は、小児科というのは小学生までかと思っていたが、そうでもないらしい。まあ、でも、だいたいはせいぜい小学生ぐらいまでだと思う。勿論、細谷先生の患者さんたちは中学生もいる。その子の発達段階や、何時病気が発病したかにもよるようだ。というわけで、この本には、聖路加国際病院の小児科にやってきた子どもたちの話は、その父母の話が中心になる。とても悲しい話もあり、とても辛い話もある。

 これは、細谷先生が別の本で書いていたことだが、もう回復の可能性もなくなり、自宅でできるだけ楽しい最後の時を過ごしてもらうようにしていたとき、子どもが先生に「先生、どうしても痛くて我慢ができなくなったらどうしたらいいの」と言った。先生は「大丈夫だよ。そのときは、神様がもいいよといってくれるから」という答えたという話がある。私は、愕然とした。しかし、とても悲しくて、とても辛いことをよく理解している言葉だと思った。おそらく、それは、それ以外に言いようがないのだ。残された親にとっても、どうしようもできないことだと思う。

 「物語る」とは、生きること・死ぬことについて、腹におさまるように話をつくることだという。
 たとえば、わが子が障害を背負ってしまったとき、医師がいくら医学的に障害の原因を背つめしても、苦悩する親は腹におさまらないだろう。「なぜわが子に」という問いへの答えにならないからだ。「この子のおかげで弱い人々を見る眼が変わりました。この子は私の生き方を変えてくれた宝物です」と「物語る」ことができるようになったとき、はじめて腑に落ちるというわけだ。(柳田邦男著『読むことは生きること』新潮社の抜き書き・同上p86)

 おそらく、長い時間かけて、残された人々は自分の物語を紡ぐほかないのだろう。そういうことへの行き届いた配慮は、細谷先生らしい。細谷先生は、死んでいく子どもを前にして、その子のご両親と一緒に号泣してしまうという。おそらく、それ以外に方法がない。しかし、この本には、そうした悲しい話ばかりではなく、そんな絶望の中でも、「いつもいいことさがし」をしていれば、楽しいこともまたあるのがよくわかる。そのために、病院中で協力し合う姿がとてもすがすがしいものだと思った。
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