さぁ、いよいよMCUフェーズ4の本格スタートだ。新ヒーロー、シャン・チーが初登場する本作は全米でレイバーデイ興収記録を塗り替える大ヒットをマーク。コロナショック以後、アジア系に対するヘイトクライムが蔓延る中、アジア系俳優たちがフロントラインを張る本作の意義は言うまでもないだろう。今や世界的ポップカルチャーへと成長したMCUには、新たなロールモデルを創出する社会性も求められている。
そんな本作には多様な文化を包括するMCUの真骨頂がある。主人公シャン・チーの父にして本作のヴィランである名優トニー・レオンを通じて、アメリカ映画にまさかの香港電影が合流。バス内でのファイトや竹製の足場を使ったアクションにはジャッキー・チェン映画を思わせるユーモアがある。格闘ゲームの影響も色濃いガジェット"テン・リングス”の動かし方や、アクションシーンのおおらかさは何と2004年のチャウ・シンチー監督作『カンフーハッスル』から影響を受けているという(シャン・チーの部屋にはポスターが貼ってある!)。あのおバカ映画がまさか20年弱の時を経て天下を取るとは…。
そしてトニー・レオン自身も『HERO』や『グランド・マスター』など、傑作武侠映画に出演してきたフィルモグラフィの持ち主だ。その殺陣は時に組み合う者との言葉となり、黙した時の目線、気配はこの偉大な役者の真髄である。出世作『ショート・ターム』で人物の心情をきめ細やかにすくい上げたデスティン・ダニエル・クレットン監督はまるで追い立てられるようにプロットをなぞるばかりだが、トニー・レオンは登場する全ての場面で映画のグレードを上げており、クレットンも彼の演技を損なうことなくアメリカの観客へ紹介して恥をかかせていない。マーベル映画恒例の食卓シーンでは彼の向かいに飛ぶ鳥落とす勢いのオークワフィナが座り、世代の異なるアジア系スターの邂逅は映画ファンにとって多幸である。
『ブラックパンサー』の達成、迫力には比べるべくもなく、主演シム・リウも華には乏しい。ミシェル・ヨーとトニー・レオンが一瞬、相まみえる場面には座席から立ち上がりかけたが、ヨーにはもう少し見せ場があっても良かっただろう。しかし一連のクレットン作品に共通する"毒親の呪縛”というテーマはトニー・レオンの力を借りて強力な磁場を作り、アートハウス系作家を招いて"最もパーソナルなことが最もクリエイティブ”とするMCUヒットの方程式ますます確かなものになりつつある。シャン・チーの次回登場が楽しみだ。
『シャン・チー テン・リングスの伝説』21・米
監督 デスティン・ダニエル・クレットン
出演 シム・リウ、オークワフィナ、メンガー・チャン、ファラ・チャン、ミシェル・ヨー、ベン・キングズレー、ベネディクト・ウォン、トニー・レオン
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