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映画評 アクタン・アリム・クバト監督『馬を放つ』

2018年03月12日 | 映画

大衆文化の古層を語り継ぐ
アクタン・アリム・クバト監督『馬を放つ』
越川芳明

 まっ暗な夜更けに一人の男が夜警を出し抜き、厩舎にしのび寄り馬を外に逃す。少し変わった「馬泥棒」である。というのも、高額な競走馬に狙いをつけながら、闇市で売り払うわけではないからだ。草原でさんざん乗りまわした後に、馬を解き放ってしまう。

 男は、普段、大工仕事で糊口を凌いでいるが、かつては村の集会場で映写技師をしていたらしい。部屋の壁には、昔、自分が映したことがある映画のポスターが飾ってある。『赤いりんご』という、キルギスの代表的な監督の作品だ。

 男は、いつもこのフィルムを専用缶に入れて持ち歩いている。「馬泥棒」の一件で捕まった後、村の議会で、罰としてイスラム教の聖地への巡礼を命ぜられる。村の集会場でイスラムの伝道師たちと一緒に祈祷をするときに、こっそり隣の映写室に入り込み、『赤いりんご』を会場に映しだす。奇しくも、草原を馬が疾走する場面だ。そんな「不敬な」行為のために、村からの追放の憂き目に遭う。

 「共同体」にとって異分子でしかないこのような男、皆から「ケンタウロス」とあだ名で呼ばれているこの主人公は、どうしてそんなことをするのか。

 舞台となっているのは、中央アジアの山岳・草原地帯キルギス。キルギス人は、本来馬を駆って移動生活する遊牧民だ。紀元前三世紀頃には、「堅昆(ルビ:けんこん)」と呼ばれ、モンゴルに端を発し北極海に達する南モンゴルのイェニセイ川上流にいて、匈奴の支配下に置かれていたという。遊牧民ゆえに様々な隣国列強によって支配、服属させられてきた。一九三〇年代にはソ連によって定住化政策が推し進められ、農業に従事するようになった。

 この映画に出てくる田舎の村でも、高速道路が整備されていて、馬ならぬ自動車が目に止まらぬスピードで走っている。裕福な家の子供たちは、携帯ゲーム機で遊ぶ。かつて遊牧民の家だった天幕を使っているのは、隣村のシャーマン(占い師)ぐらいだ。伝統文化の変容が激しいことが見てとれる。
 男の家では、息子が手まわし簡易映写機で映画を壁に映しだし、男が手を使った影絵で息子と遊ぶ。また、男は妻に促されて、息子にキルギスの英雄の話を聞かせやったりする。

 キルギスの英雄譚といえば、津島佑子(『黄金の夢の歌』)も魅せられた『マナス』である。文字に書かれたテクストではなく、語り部が民衆に語りきかせた文学作品。指導者マナスが誕生して成長を遂げ、遊牧民をまとめて国を建て、外敵の侵略に抵抗するヒロイックな行為が描かれている。『マナス』の「翻訳者」はこう述べる。

 「牧畜民はそのような生活の中で祝日や誕生日をことのほか重んじた。その日のために遠方をものともせず一箇所に大勢の人が集まって酒宴に興じた。そうした折にはよく語り部が招かれて腕前を披露したものであった。酒宴は何日も続くので、長大な語り物、とくに英雄叙事詩が人々の歓迎を受けたのである」(若松寛訳『マナス−−少年篇』東洋文庫、2001)

 だが、男が息子に話して聞かせる物語に、英雄マナスは出てこない。人民を苦しめる指導者を諭すのは「馬」だ。「おい、メレズ・ハーン、人々を苦しめるな、自然を破壊するのをやめろ」と、馬が人間の言葉をしゃべる。その馬はキルギスの「馬の守護神」カムバルアタの化身だという。
 動物が人間に警告を発してくれるような「物語」を信じていた頃の人間は、想像力豊かで賢かった。だが、今では遊牧民をはじめ、人類全般がそうした霊性を信じる心を失いつつある。

 「馬泥棒」として捕まった男は、その理由を涙ながらに告白する。「ある晩、夢を見た。白馬に姿を変えた馬の守護神カムバルアタが言った。“はるか昔、私たちはお前たち人間を友と信じ、この地に生きてきた。ところが、お前たちは自分を神だと思い込み、自然を壊し、富と権力を手に入れるため・・・・・”」

 男は、夢によって世界の出来事を予言するシャーマン的な能力に長けていて、馬に神の霊性を感じとることができる。

 「馬は人間の翼である」とは、この映画の冒頭に出てくるキャッチフレーズだが、馬は人間の心を解放してくれるだけでなく、生活を助けてくれる伴侶でもある。もう一人の「馬泥棒」サディルのように、馬をただの道具として手荒く扱う者や、畜産業の商品としか思わない者に対する警句なのだ。

 ところで、村のそばには大きな川が流れていて、大きな吊り橋がかかっている。川は共同体の境界線を意味し、吊り橋は共同体とは違う世界観を持つ異世界への出入り口である。男は三度この橋を渡る。そのすべてのシーンで示唆されるのは、十七世紀ごろにキルギス人の中に入ってきて人民の精神的なバックボーンとなったイスラム教ではなく、それ以前の、キルギスの大衆文化の古層にある自然信仰(ルビ:シャーマニズム)への男の傾倒である。
 さて、口承文芸『マナス』の語り部は、キルギス語で「マナスチ」と呼ばれるらしい。語り部によって、その時代特有のアレンジが加わり、尾ひれがつく。「マナスチは叙事詩の伝承者であり、またその語り手でもあるばかりではなく、作者でもあった。マナスチ一人ひとりに『マナス』があると言われるのはこのためである」(若松寛訳『マナス−−青年篇』東洋文庫、2003)

 この映画は遊牧民の伝統的な「良心」を掘り起こすもう一つの『マナス』にほかならず、監督はそれを映像によって語り聞かせる、もう一人のすぐれた「マナスチ」なのだ。
(『すばる』2018年4月号、364-365頁)