越川芳明のカフェ・ノマド Cafe Nomad, Yoshiaki Koshikawa

世界と日本のボーダー文化

The Border Culture of the World and Japan

築地がハバナの広場になった日:トレスギター奏者、パンチョ・アマートのライブ

2008年07月31日 | 音楽、踊り、祭り
 今月の初めに、キューバのトレスギターの早弾きの名手、パンチョ・アマートとそのグループ(6名)が来日した。10日に築地のキューバン・カフェでもライブを行なったが、その日は、カフェにぎっしりと150名の観客が来場。かれらのはじけるような演奏に酔った。トレセロの末永さんも最前列でご覧になっていた。

 演奏の始まる前に、友人がキューバ大使館の臨時代理大使の奥さんのMさんを紹介してくれた。自分の本を一冊あげて、この夏にキューバに行くことを伝えた。その後、Mさんが旦那さんを連れてきて、紹介してくれた。やっぱり女性の連帯力はすごい。

 二週間後、キューバ大使館のベテラン通訳Yさんのご好意で、東麻布のキューバ大使館を訪問することができた。北京オリンピックの代表選手の直前合宿(日本での)のアテンドで忙しいなか、臨時代理大使は、キューバの作家や文化人や音楽家に会いたいというこちらの要望を本国に伝えてくれるという。ダメもとで、最近『わが夫、チェ・ゲバラ』(朝日新聞社)という回想記を出した、チェ・ゲバラの奥さんであるアレイダ・マルチさんの名前も入れておいた。

キューバン・カフェでのライブ終了後、発売されたばかりのCDを買って、パンチョさんにサインをもらった。情熱的な演奏をする割りには、クールな応対だったような気がする。でも、演奏後、誰かが「ハバナの広場にいるみたいな気がした」と、漏らしていたのが印象的だった。



 

ボリビア映画祭

2008年07月31日 | 映画
 チェ・ゲバラが1967年10月にCIAの策動によって処刑されたのは、ボリビアのイゲラ村というアンデス山脈の中だった。上野清士は、最新の著書『ラス・カサスへの道』(新泉社)のなかで、ゲバラがめざしたのはアンデス高地の先住民の解放だったが、先住民出身の下級兵士を主力とするボリビア政府軍に殺された歴史の皮肉について触れている(「チェ・ゲバラとラス・カサス」)。

 ゲバラは、おそらく地元の先住民と相互理解ができていなかったのだ。しかし、ボリビアでは、2006年に先住民の血をひくモラレス大統領の左翼政権が誕生。一転して、ゲバラの志を先住民の側から理解しようとする動きがあるようだ。最近のニュースでは、ボリビアでゲバラが書いていたゲリラ日記(オリジナル)をキューバに返還するという。

 今週、ボリビア映画祭がある。すべて、番町(四谷)のセルバンテス文化センターで行なわれる。以下に日程を記す。
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 久しぶりのウカマウ映画全作品上映会です。特別上映作品もあります(末尾参照)。ぜひお出かけください。民族問題の重要性、グローバリゼーションに対する抵抗などをめぐって、先駆的な問題提起を行なった作品群です。


8月1日(金)  17:00 革命+ウカマウ
         19:00 最後の庭の息子たち
  2日(土)  15:15 落盤+コンドルの血
         17:00 駐日ボリビア大使挨拶
            対話「ウカマウ映画をめぐって」
             児島峰(独協大学、ラテンアメリカ文化論)
             VS 太田昌国(シネマテーク・インディアス)
         19:00 鳥の歌
  3日(日)  13:15 人民の勇気
         15:00 パチャママの贈り物
         17:00 地下の民
  4日(月)  17:00 第一の敵
         19:00 ただひとつの拳のごとく
  5日(火)  17:00 ここから出ていけ!
         19:00 革命+ウカマウ
  6日(水)  17:00 ただひとつの拳のごとく
         19:00 落盤+コンドルの血
  7日(木)  17:00 地下の民
         19:20 人民の勇気
  8日(金)  17:00 鳥の歌
         19:00 第一の敵
  9日(土)  15:15 最後の庭の息子たち
         17:00 対話「映画の革命・革命の映画」
             平沢剛(明治学院大学、映画批評)
             VS 太田昌国
         19:00 ここから出ていけ!

  会場:セルバンテス文化センター【東京・千代田区六番町2-9 
      セルバンテスビル】市ヶ谷駅、四谷駅、麹町駅から5分。
      TEL 03-5210-1800 http://www.cervantes,jp/
  作品概要は、 http://www.jca.apc.org/gendai/ の「ウカマウ」参照。

  各回入替制、各回1,000円。「対話」は無料。
  DVCAM上映です。
  プログラムは変更の可能性があり得ます。
  
8月3日上映の『パチャママの贈り物』は、ニューヨーク在住の松下俊文監督作
品です。松下氏は、ウカマウの映画に刺激をうけ、ボリビアの塩湖ウユニを舞台
に、先住民の少年の、初恋の物語を通して、アイデンティティの大切さを訴える
作品を作り上げました。日本初公開作品です。

  配給:シネマテーク・インディアス
  主催:セルバンテス文化センター東京+駐日ボリビア大使館      





書評 コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』

2008年07月28日 | 小説
終末論的世界を旅する父子の物語
コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』(早川書房)
越川芳明

 マッカーシーはメルヴィルやポーなど、アメリカン・ゴシックの代名詞というべき<暗い想像力>を受け継ぐ作家として知られている。

 映画化された前作『血と暴力の国』(映画の邦題は『ノーカントリー』)の殺人鬼アントン・シュガー同様、本作でも、核戦争後とも思える地獄絵の中を旅する父子を襲う野蛮な人食集団が出てくる。

 主人公の父子は、そうした「悪者」と対峙する「善い者」として、自分たちを「火を運ぶ者」呼ぶ。そもそも古代に人類が手にした「火」がやがて核兵器をもたらし、この小説の舞台である「死の灰の世界」を生みだしたと考えれば、作者の意図するところは単純ではなく、むしろ両義的だ。

 「火」は人類に科学的な進歩をもたらす一方、科学文明そのもの死をもたらしかねないからだ。それでも、人類は生き延びるために「火」を手放すことはできない。
 
 父子は、人類も動物も草木もほとんど死に絶えた厳冬の終末論的風景(米国)の中を南へと旅する。ショッピングカートに缶詰や水やオイルなどを載せて。

 斬首された赤ん坊が串焼きされているような悪夢的な光景をたえず目の当たりにする少年が父親に向かってする根源的な問いは、「ぼくは人を食べたりしないのだろうか?」というものだ。果たして人間は希望のない世界で絶望に陥らずに生き続けることがでるのか。それは、作家がこの小説で自らに問うた問いであった。

 小説は、父子が野宿し、食料をあさる荒廃した土地やひと気のない見捨てられた家などを、地をはうような徹底的な写実主義で描写する。その一方で、メッセージ性の強い寓話によく見られるように、登場人物に名前はつけられていない。

 唯一、父子が途中で出会う乞食の老人だけが嘘の名前を告げるだけだ。また、父子が旅する土地にも名前がない。ボロボロになった地図で、父子は現在位置を確認するが、読者はその名を知らされない。
 
 かくして、写実主義的な細部描写と、より普遍的な寓話的操作とが混交した、ユニークなハイブリッド文体で、こうした暗い終末論世界がどの街にも、どの人にも訪れるものとして、圧倒的な説得力を持って迫ってくる。
(日本版『エスクァイア』2008年9月号)