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細見綾子の秀句鑑賞〈女身仏に春剥落のつづきをり〉(二)   高橋透水

2014年04月20日 | 俳句・短歌・評論・俳句誌・俳句の歴史

 女身仏に春剥落のつづきをり      綾子


 春の雪」と題した綾子の文があるので紹介します。

  「昭和四十五年春に秋篠寺へ行った。
  過去何回も見ているのに、この日に見た技藝天は実にすばらしかった。遠くいつからか剥落しつづけ、 現在も今、目の前にも剥落しつづけていることの生ま生ましさ、もろさ、生きた流転の時間、それらはす べて新鮮そのものだった。新しい風物の前を自分の新しい時間が通り過ぎる。
   女身仏に春剥落のつづきをり
 は、その時の句である。」

 続いて、「秋篠寺」には次のような句がある。
   秋篠へ夕畦焼の火に追はれ
   畦焼の香を伎藝天の膝下まで
   畦焼の火色天女の裳に残る
   雪止んで日ざしを給ふ技藝天
  以上(「武蔵野歳時記」東京新聞出版局)より。

 さてこの『伎芸天』のあとがきに、「時間」について綾子は述べている。
  「私は今一番何が関心事であるかと問われればそれは時間だと答えるであろう。何が尊いかと言われればまた時間だと答えるであろう」
ここに、綾子の時間に対する思いが伝わってくる。若き日、綾子が当時まだ恋人だった沢木欣一に、
「人間のどんな生き方がいいのか分かりませんが、結局美しく浪費させたら」と語ったという。箕面の紅葉を愛でていた時だった。
 人生を美しく浪費する。綾子は自分を取り巻く環境のなかで、実感した本心だったのだろう。

 こうした綾子の時間概念の形成に、綾子の師である松瀬青々の句から影響がみられる。このことを指摘した杉橋陽一の文はあとで紹介します。

 ★まず、青々の句を何句かみてみましょう。
  風呂吹にとろりと味噌の流れけり
  かの岡に稚き時の棗かな
  年玉やかちかち山の本一つ
  石段にのる事二尺春の潮
  鞦韆にこぼれて見ゆる胸乳かな

 清々の句と綾子の句を関連づけて、杉橋陽一は、
  凍の千年を仏瞬目の間かも   青々
  凍千年大戸の赤けの剥落し   青々
があるが、綾子には法隆寺での師清々の追悼句として
  千年の一と時生きて吾余寒    綾子
があり、「千年」という措辞に表現の共通性を感じると論じている。

 最後に、少し長いですが杉本の文章を引用します。
「(前略)しかしこの千年という数字が――「千年の一と時吾余寒」に戻ると――彼女において採られているのは、いい慣らわされたキリのいいものになっているためだけでない。「えにし」を作った青青の句を参照すれば直ちに理由はわかる。しかもいま挙げた青々の句のうち、前者、「凍の千年を仏瞬目の間かも」と、彼女の、たぶん自分自身でも気に入っているらしいこの作品を比べてみると、照応関係すら現われ出てくるのである。青々の千年には超越的なところがあり、鳥瞰している。千年が一瞬になっている。それにたいし綾子の方は、千年の中の一瞬を生きる自分への痛切な思いがあり、「余寒」という言葉が非常にきいている。小さな束の間の命がよく表現されていよう。強調のニュアンスに多少の違いはあっても、むしろ照応関係にこそ注目すべきだろう。さらにいえば、青々の後者の句からは、彼女の名作のひとつ、
  女身仏に春剥落のつづきをり
に関わるだろう。落剝を続けながら消え去るのではない。剥落のなかで生を新たにするのである。
(中 略)
 綾子の春と青々の冬、それが大きく見える相違になっているが、彼女のがわの一抹のナルシシズムがいわば性的差異になっている。(略)崩れ剥落するなかでほかならぬ新しい生を獲得するというのは青々とも共鳴するところではあるが、これが綾子にあってはことばにたいする彼女の態度と連動しているということが大切である。」
 杉橋陽一著(「剥落する青空  細見綾子論」白鳳社)より


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杉橋陽一の紹介(略 歴)
昭和20年、東京・田無生。
東京大学独文科卒。
専門はドイツ文学と表象文化論。
著書に『一角獣の変容(リルケ論)』(朝日出版社)、他多数。

 東京藝術大学のドイツ語講師時代に、同大学で教鞭をとっていた沢木欣一の知遇を得、沢木の句会に参加。俳誌『風』を読んでいるうち、細見綾子の俳句に興味と関心を抱くようになる。

松瀬青々について
松瀬青々は明治2年大阪生まれ。俳句は正岡子規に学んだ。明治32年、それまで勤務していた第一銀行を辞めて、明治33年5月まで『ホトトギス』の編集に従った。また大阪朝日新聞社に入り、「朝日俳壇」の選に終生当たった。明治34年『宝船』を創刊し、のち『倦鳥』と改題し、その経営に当たった。昭和12年没。

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