どうしようもないわたしが歩いている 山頭火
山頭火は明治十五年、山口県防府に生を受け、昭和十五年、愛媛県松山市の一草庵で句
座の夜に病没した。漂泊の俳人などと形容される山頭火の人気のある句は、〈分け入つて
も分け入つても青い山〉〈うしろすがたのしぐれてゆくか〉〈鉄鉢の中へも霰〉などであ
ろうか。また〈あるけばかつこういそげばかつこう〉などもよく知られた句である。
掲句は昭和五年の句で、同時期に〈しぐるるや死なないでいる〉があり、山頭火は漂泊
の俳人などと単純に形容できない、苦難な人生を送っている。山頭火は常に死を考え、業
を紛らすために酒を求めた。業とは父の遊蕩とそれが原因となる母の自殺だった。やがて
大地主であった種田家は没落し、再起をめざした種田酒業の事業も失敗した。もう一家離
散しかなく、山頭火は再び歌を求め、酒を求めて旅にでた。
そんな自堕落な山頭火であったが、幸いにも面倒をみてくれる句友は少なくなかった。
しかし他人に甘えている己が悔しい、情けない。酒が唯一の慰めだ。けれどまた他人に迷
惑をかける。またまた後悔と自責の念。それの繰り返しだ。歩きながら山頭火は考える。
人間はなぜ過ちを繰り返すのか。自問自答があてどなく続く。そんなことは、どうしよう
もない山頭火本人が一番よく知っている。だから仏門に入り、行乞をしているでないか。
〈焼き捨てて日記の灰のこれだけか〉過去の自分を抹消したい。そんなこと出来るはず
がない。また自殺を試みているが、死ねなかった。要は本気で死ぬ気などなかったのだ。
やはりなんとか生きてゆくしかないと己に言い聞かせ、新たな旅(行乞)に出る。し
かしそんなことが続く山頭火でない。金が手に入れば酒に奢れ、遊蕩と女に走る。はた
またどうしようもない人間だと自責の念が強まる。それが山頭火の性といえば性だった。
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