和風建築にアールヌーボー調を取り入れた「仙壽閣」は湯田中渋温泉郷の中でも
最奥部(志賀高原への玄関口)の上林温泉にある老舗和風ホテル。
豊富な湯量は大浴場の壁面から滝のように流れ落ち、川のように洗い場をかけ流す。
山懐にいだかれた森の中の露天風呂では、巨岩から源泉がしぶきを上げている。
早めのチェックインで、この贅沢な湧きたての源泉を独占する至福にあずかるのだ。
今宵は飯山の酒 "水尾"、辛口に仕上げた純米酒 "一味" はきっと和食に合う。
先付の皿は、杏子、ズッキーニ、ニガ瓜、玉蜀黍らが賑やかし、
ジャガ芋と河豚にモロヘイヤと山椒をのせた小鉢が美味しい。冷えた純米酒が進む。
素麺には夕顔と鱧、それにジュレをかけ、花穂紫蘇を散らして上品に味わう。
お造りには信州サーモンも仲間にはいって彩りを添える。
箸休めのくるみ餅、大根おろしに七味を振って、意外にも旨いアテになる。
"縁㐂" を醸す玉村本店はこの温泉郷、沓野温泉の小さな蔵、まさに地酒と云える。
日本酒度+8、キレ味が冴える純米酒は、信州牛すき焼きを抓みながら愉しんだ。
翌朝も澄んだ夏空がひろがり、北信濃の山々の濃緑が爽やかに染みる。
戦前から文人墨客が訪れた宿らしく、ロビーや談話室、館内には書画が飾られている。
もう少しゆっくりしたかった、いや、何日か滞在して静かな佇まいに浸るスタイルが、
このホテル本来の愉しみ方かも知れない。お世話になりました。また伺います。
トゥナイト / 鈴木雅之 1980