つれづれに 

老いてゆく日々、興味ある出来事に私見を添えた、オールドレディーの雑記帳です。

「私の遺体 提供します」・・・

2015-06-05 | どう思いますか

 5月12日(火)放送のNHKクローズアップ現代『私の遺体 提供します ~増える献体 それぞれの選択~』を見た。解剖への抵抗感などから少なかった登録希望者がいま増え続けている。背景の一つが、人口減少が進むなかで深刻になっている墓の問題だ。大学の中には、献体した人の遺骨を納める納骨堂を用意しているところもある。このため墓の管理で家族に迷惑をかけたくないという人たちが献体を選ぶケースも出ている。医学への貢献という目的だけでない献体の増加に、関係者のとまどいも広がっている。 
 献体とは、医学・歯学の大学における解剖学の教育・研究に役立たせるため、自分の遺体を無条件・無報酬で提供することである。また、献体の最大の意義は、みずからの遺体を提供することによって医学教育に参加し、学識・人格ともに優れた医師・歯科医師を養成するための礎となり、医療を通じて次の世代の人達のために役立とうとすることにある。
 献体希望者が増え続けているというのは喜ばしいことである。だが、それが墓の管理で家族に迷惑をかけたくないからというのでは、無償の善意である篤志献体の意義をはき違えているように思える。大学にある納骨堂はあくまでも遺骨の引き取り手のない無縁仏のためのもので、今流行の「墓じまい」のために利用されるのは、いささか不愉快である。

 岡山県内には「ともしび会(岡山大1967年創設)」と「くすのき会(川崎医科大1974年創設)」の二つの篤志団体がある。設立当初は献体が不足していたが、1983年に「医学および歯学教育のための献体に関する法律」が成立したこともあり、次第に増加しているという。
 私が「ともしび会(岡山大)」に献体登録をしたのは1990年、25年前のことだ。昔は、献体する人といえば刑務所内で死亡して遺骨の引き取り手がない受刑者か、または行旅死亡人(本人の氏名または本籍地・住所などが判明せず、かつ遺体の引き取り手が存在しない死者を指す)がほとんどだったようで、まだまだ世間的に認知されていなかったようだ。
 献体を決めた理由のひとつに身内の病気がある。46年も前のことだが、姉の一人娘が5歳のとき先天性心疾患で大手術。その6年後、亡弟の長男が3歳になるかならないかの頃、指定難病の小児慢性腎臓病で2年に及ぶ長期入院。そして私も40代の終わりからぜんそくを発症。医療体制の有難さを実感し、医学の発展のために少しでも役立てればと思ったのである。
 25年前は申込者が少なかったので、すぐに手続き完了、岡山医大学長から感謝状が贈られてきた。だが、10年くらい前に知人に頼まれて登録申込みを代行してあげたことがあるが、申込者が多くて手続きをしても登録が完了したのは2年ほど後だったという。「ともしび会」の現在の新規会員番号は5418、ちなみに私の会員番号は2678、25年間で倍以上になっている。
 年1回発行の会報『ともしび』には、毎年、解剖実習を終えた学生、解剖実習を見学した学生たちの感想文が掲載されている。死者への黙祷から始まり、すべてが終わって納棺の日を迎えるまでが詳しく書かれているもの。また、解剖実習の内容を克明に記録している学生もいて、死者への尊厳をもって、いかに真剣に取り組んでいるかがうかがい知れる。そして、学生たちは医学の道を志す決意を新たにし、献体を決断した人や遺族への感謝の気持ちを述べている。献体の意義はここにある、私はそう思っている。  

 私の母も、亡くなる数年前に自分でさっさと「くすのき会(川崎医科大)」へ献体登録をしていた。その際、親族の承諾印が必要で、長男はさすがに親ともなれば快くとは行かないようで、母の強い希望でしぶしぶ押印したらしい。母は生前から通夜・葬儀は不要と言っていたが、11年前に亡くなった時、通夜だけはという姉の言葉に従って通夜をすませ、翌朝、医科大の迎えの車で送り出した。そして約半年後、遺骨が帰ってきたので檀那寺へ納骨した。私も通夜・葬儀は不要、遺骨は3年前に生前予約をした永代供養墓に納骨してくれるように姪に頼んである。が、肝心なのは、死後何日かたって発見というのではなく、献体に使えるような死に方でなければならない。さて、どうなるやら…。
 

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2 コメント

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生きるも死ぬも (sirousagigamanoho)
2015-06-05 16:03:04
生き様の潔さは死にざまに。
オールドレディさまの最期の「美」はきっと報われると思いますよ。
心の片隅に引っかかる、残った側の対応をご自分で凡て取り仕切って「さようなら」なんて、お見事の一言です。
お互い散り際だけは、綺麗にと願ておきましょう。
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Unknown (オールドレディー)
2015-06-06 10:36:27
★sirousagigamanohoさま
いかに生きるかより、いかに死ぬかの方が難しいようですね。また、生きる勇気よりも死ぬ勇気の方が難しいともいいます。
今のような世知辛い世の中、人の世話にはならないと強がっていてもそれは無理、ならば、散り際だけは綺麗にと願うのみです。
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