大森インプラントクリニック松元教貢歯科医院腫れ痛みなく早く、骨不足でも骨ができて直ぐに歯が入る幸せのブログ

松元教貢歯科医院は骨が不足で骨造りしても腫れ痛みのとても少なく早く治せる方法をしてる即時荷重インプラントパイオニアです。

インプラントは抜歯即時で出来るのが一番良い、と思います。

2017年02月01日 | 日々のインプラント臨床の話

先週、イタリアの先生が来日公演で、大阪と東京で講演を土日でされました。


私は良く言っていることですが、流れている血は大阪人なので土曜日の大阪の講演会に行って来ました。


しかも、かなり朝早くに着いて、その足でスパワールドで一風呂浴びる、と言うことをして、お蔭で講演会に少々遅刻する、と言う失態をやらかして参加して来ました。

日本人の先生の導入部の話30分には間に合いませんでしたが、イタリアの先生方のお話にはちゃんと間に合って聞いて来ました。


そこで、インプラントの話も勿論出たのですが、意外にまだまだ抜歯即時植立が普及していないんだ、と言う感じの話も聴き、そうかもっともっとチャンと普及活動頑張らないといけないなー、と感じたりしました。


で、今日自分自身が抜歯されて治った後の顎堤にインプラント植立する、抜歯待時植立と言う昔からの従来通りの方法での手術をすることになって、やはり出来るんなら抜歯即時の方が全然良いなー、と凄く考えさせられました。


その理由なのですが、抜歯して顎堤が治ったのを待ってからだと、顎堤が痩せてしまってかえって難しい、と強く感じたからです。


抜歯即時の良い所は、何よりも顎堤のボリュームが温存されている状態で痩せていないこと、それを出来るだけ維持出来ること、にあると思います。


抜歯して暫く待ってしまうと、顎堤が残念ながらかなり痩せてしまいます。


そうなると、必然的に骨も不足するし歯茎も足りない、と言う状況に成ってしまいます。


抜歯即時なら、そのままの顎堤をインプラント植立と同時に歯根があったスペースに骨材を充填することで、かなりの顎堤維持効果があるんです。


今日させていただいた手術でも、顎の骨も歯茎も少なくなってしまっていましたので、非常に繊細にピンポイントで狙い澄ましてインプラントを植立し、顎堤再建と歯茎の幅を増やすことを同時にさせていただきました。


上顎の一番奥の歯でしたので、とてもやり難い部位だし、患者さんも大変だったと思います。


で、手術していて、ああこの患者さん同時にして差し上げる方法の方がずっと楽だったろうな、と反省させられると言うか、考え込まされる感じを抱いてしまったんです。


抜歯と同時ならここまで難しい手術しないで済んだだろうな、と医療人として患者さんへの情報提供、説明と同意を如何に得られるかどうか、が凄く重要だな、と考えさせられました。


昔のやり方だと、まず痛い歯を抜く、でどうするのかを考える、と言う感じだったと思われるのですが、それだと結局患者さんを辛い手術、苦しい手術にお追い込んでしまう、とです。


確かに、何でもかんでも抜歯即時出来る訳ではなく、待たねばならないこともあるでしょう。


しかし、個人的には抜歯即時で行ける症例の方が、かなりの多数だと思うんです。


なのに、実態ではまだそこまで普及してないらしい・・・



私は個人的責任で発信致しますが、かなりの症例を抜歯即時植立で解決することが出来る、と明言します。


1回の手術で全部終われますし、治癒期間も短縮出来ます。

それが抜歯即時の最大の長所です。


勿論、手術時間がその分伸びるとか、手術自体難しい、レベルが高い、と言う短所もあります。


でも、顎堤が温存出来る、と言う長所は、患者さんが思う以上に大切なものだ、と私は知って欲しいんです。


それは、顎堤がしっかりしてて、綺麗な整った形の方がインプラントも歯も長持ちする、と言うことなんです。


痩せてしまった顎堤を骨造成GBRしたり、歯茎移植したりして再建する方法も盛んですが、そうなる前に打つ手がある、そこまでの辛い手術重ねないでも顎堤は温存出来る、と分かって欲しいです。



色々と越えなければならないハードルは沢山ありますが、抜歯即時で済ませられるのがスタンダードなインプラント治療になるまで、普及活動を益々頑張らないといけない、と凄く改めて考えさせられました。


患者さんの為、業界全体を良くする為、微力かも知れませんが、私は頑張ります。


インプラント界の巨星 リンコー亡くなる

2017年02月01日 | 患者さんの知らないンプラント業界の話

インプラント業界の始祖の1人、アメリカのリンコー先生が亡くなられた。


私も、多少ブレードインプラント手掛けてるので、巨星遂に落ちたか、と感慨深い。


現代のインプラント治療は、歯周病治療の基礎の上に完全に成り立つモノであり、かつての業界を知る身として、リンコーが亡くなられるタイミングとして、非常に考えさせられるものがある。


歯根型インプラントは、骨、歯茎が整えられた条件下で、補綴物をメインテナンス出来るようにするなら、かなりの成果が期待出来る、と分かって来た。



昔々は、インプラントと歯周病は、ある意味反目しあう診療科であった。


歯周病科は、歯残すのが下手な奴がインプラントするんだ、と馬鹿にして見る風潮が少なからずあった。


インプラント手掛ける者は、インプラントには歯茎の条件を重視しなくても良い、と言う考えもあって、歯周病を軽視する風潮があった。


今の時代しか知らない方々には、信じ難いことかもしれないが、本当にあったことだ。


それが時間の経過と供に、融合が図られ、歯周病科がインプラントを治療のオプションに取り入れ、インプラント医は歯茎、骨のコントロールがやはり重要、と学ぶことになって今に到っている。


そう言う時代が確定的になる中、一つの時代の象徴が天に昇って行ったのは、何か凄く感じさせられるモノがある・・・



余談ではあるが、義歯治療家とインプラント医も昔は凄く仲が悪かった。


義歯治療家はインプラント何て要らない、と広言したし、インプラント医は義歯では解決出来ないことがある、と主張し合って融合出来ないかと思われた。


しかし、それも今は昔の話に成り、融合の時代になっている・・・


義歯治療家とインプラント医、インプラント医と歯周病再生治療家、両方の顔をずっと昔から常に持って来た私は、何処に行ってもコウモリのように見られ、時に忌み嫌われたりしたものだ・・・


それも、今は思い出話し、になって語れる時代になった。



御年56歳、アラカンになるDRの経歴としては、かなり異色なんだろうな・・・


義歯治療家としては、30前で免許皆伝いただけたので、何処に行っても最年少、でした。


ブレード手掛けたことがあるDRの中では、多分最年少?


歯根型インプラント手掛け、同時骨造成GBR手掛けて来たDRの中では最も古いDR?の中で最年少?


で、インプラントと同時の歯周再生治療手掛けるのを始めたのも、最も古いDRの一人・・・


まあ色んなことに首突っ込んで、何処でも彼奴なんだ?でした。


で、行き付いた先が、即時荷重インプラント治療を、1本欠損から全部欠損まで、主に部分的に3~4本ない方にさせていただく、と言うことを専門的に手掛ける専門医?のようです。


振り返って見て、どんな時にも変人的な分野に突き進んでしまう阿呆、ですね・・・


リンコー先生は、直接に講演拝聴する機会とかも失礼ですが避けてしまって来た悪者、の私が追悼の意を表するのも何なんですが、一つの時代が終わったんだなー、と強く感じさせられました。


今後のインプラント業界が健全な発展をすることを、天から見守っていて欲しい、と思います。


合掌


1月31日(火)のつぶやき

2017年02月01日 | Weblog