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『夜鳥』

2009年01月12日 | 読書日記ーフランス
モーリス・ルヴェル 田中早苗訳(創元推理文庫)


《内容》
仏蘭西のポオと呼ばれ、ヴィリエ・ド・リラダン、モーパッサンの系譜に連なる作風で仏英の読書人を魅了した、短篇の名手モーリス・ルヴェル。恐怖と残酷、謎や意外性に満ち、ペーソスと人情味を湛えるルヴェルの作品は、日本においても〈新青年〉という表舞台を得て時の探偵文壇を熱狂させ、揺籃期にあった国内の創作活動に多大な影響を与えたといわれる。

《収録作品》
或る精神異常者/麻酔剤/幻想/犬舎/孤独/誰?/
闇と寂寞/生さぬ児/碧眼/麦畑/乞食/青蠅/
フェリシテ/ふみたば/暗中の接吻/ペルゴレーズ街の殺人事件/
老嬢と猫/小さきもの/情状酌量/集金掛/父/
十時五十分の急行/ピストルの蠱惑/二人の母親/
蕩児ミロン/自責/誤診/見開いた眼/無駄骨/
空家/ラ・ベル・フィユ号の奇妙な航海/

《この一文》
“彼は今、或る妙な思いに浸っているのだ。その妙な思いというのはこうだ――おれがあんなに度々あんなに熱心に憬れた夢が、今実現された。おれはついに申し分のない幸福な心持を味わったのだ。不断狂人になるほど希っていたように、実際の金持になったり、美味いものをたらふく食ったり、美人から恋(おも)われたりするよりも、今のこの歓びの方がどんなに尊いか知れない。
   ――「幻想」より          ”




図書館でふと目に付いたので、借りてみました。すると最初の「或る精神異常者」をつい最近読んだばかりであったということに気が付きました。あっ、あの人だったのか。これは河出の『フランス怪談集』に収録されていました。意外な、恐ろしい結末の短篇です。

ごく短い物語はどれも非常に面白いのですが、よくもまあこんなにも残酷で救いのない、気の滅入るようなものばかり書けるなと感心します。滅入ってくるので私はいったん読むのをやめてしまったら、ここへ戻ってくるためには結構なエネルギーを費やさねばなるまいという予感がしたので、どうにか一息に読んでしまいました。少々やりきれない気持ちになりました。

ただ、残酷で悲哀に満ちた物語ばかりではあるものの、そこには何かすっきりとした、鮮やかな、手際の良さというべきものが感じられるのもたしかです。どんでん返しが多いのですが、いずれもとてもスマートに、効率的に、たとえオチが透けて見える展開であったとしても、結末は胸に刺さるような強い印象を残します。そのあたりが凄かった。面白い。

特に印象的だったのは、「幻想」という作品。ある冬の寒い日に、ひとりの乞食が「たった一時間でいいから、金持ちになりてえなア」などと考えていると、犬を連れた盲人の乞食に出くわす。最初の乞食は、盲人の乞食が可哀相になり、目の見えない彼に対して「親切な金持ち」のふりをするのだが――というお話。
泣きそうになりました。最初の乞食は、なけなしの所持金で盲人の乞食にごちそうしてやるのですが、そのことで負けず劣らず貧しい自分の境遇を忘れてしまうほどに無上の幸福を感じるのです。このあたりが実に感動的。
しかし、この物語の凄いのは、ここで終わらないこと。悲しい結末が待っています。絶句しました。何とも言えない気分です。だが、凄い切れ味だ。これがこの人のうまいところらしいです。

もうひとつは、「ふみたば」。これはなかなか洒落た短篇でした。登場する男女がともに、すごく意地が悪い。その意地の悪さ加減が洒落ています。なんとなくフランスらしくて良いです。それほど残酷でない(ような気がする)ところが、私を少し落ち着かせました。ニヤリとするような感じ。

ほかにも、さまざまな道楽に飽きた男が熱心に自転車曲芸の見せ物に通うようになった理由とは――、ずっと可愛がってきた息子が実は自分の子じゃないのではと疑うに至った男のとった行動とは――、斬首刑になった恋人の墓に供える花を買うために女が身を売った相手の男の正体は――、話題の殺人事件で犯人の残した特徴的な手形を警察の嘱託医である私が列車で乗り合わせたほかの乗客に見せると――。ああ、次はどんな不幸な結末になるのやら、とハラハラします。

振り返ってみると、どの作品もやはりとても魅力的です。スピード感、迫力があります。残酷のなかにも、ある種の美しさを、暗い歓びのようなものを描き出しています。一気に読んでしまうよりも、ひとつずつ、じっくりと読むのが良かったような気がしてきました。そして妙な話ですが、読み返しているときのほうが最初に読んだときよりも面白い。
……なんでだろ。借りて読めば十分と思っていましたが、やはり自分でも持っていたほうが良いようにも思えてきました。


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