◆ 「無実の罪人」59年 (東京新聞【本音のコラム】)
鎌田 慧(かまたさとし・ルポライター)
ある朝、寝込みを襲われ両手錠で連行された。
逮捕状に記載されていた容疑は「窃盗、暴行、恐喝未遂」。
戦後の混乱期。畑の大根くらいは無断で囓(かじ)ったことはあった。
埼玉県狭山市で、帰中途中の女子高校生が行方不明になり、四日たって遺体で発見された。
近くに住んでいた石川一雄さん(二十四歳)が逮捕されたが、釈放。玄関まで歩かせ署内で再逮捕。
この衝撃と絶望感は想像してあまりある。
そのショックから立ち直れず取調官に籠絡され誘導されるままに虚偽の自供。
一審死刑判決。それでようやく騙(だま)されたことに気付かされた。
被害者の通学用自転車が自宅の自転車置き場に返されていた。「脅迫状」が玄関の引き戸に差し込まれていたなど、顔見知りの犯行の疑いが強い。
残念ながら当時の石川さんは非識字者だった。
「金二十万円女の人がもッてさのヤの門のところにいろ」など、文章で人を脅すなど考えられない。
字を書くのは怖い。しかし脅迫状は書き慣れた横書き。促音を使いこなす長文。一行ずつ詩のように行が終わっている。
逮捕から五十九年。三十一年七カ月も獄中にいた。
いまだ殺人者のままだ。
「こんなに長くかかるとは思わなかった。六十年目には解決すると確信している」(石川さん,八十三歳)。
二十四日午後一時。日比谷野外音楽堂で狭山事件集会。
『東京新聞』(2022年5月17日【本音のコラム】)
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