《子どもと教科書全国ネット21ニュースから》
◆ 新中学校学習指導要領解説(社会)を読む
◆ 新中学校学習指導要領(社会)はどう変わった?
教育基本法改訂後、2008年初の学習指導要領改訂で、社会科の目標はどう変わったのだろうか。
現行(2008年告示)一
広い視野に立って、社会に対する関心を高め、諸資料に基づいて多面的・多角的に考察し、我が国の国土と歴史に対する理解と愛情を深め、公民としての基礎的教養を培い、国際社会に生きる平和で民主的な国家・社会の形成者として必要な公民的資質の基礎を養う。
改訂(2017年告示)一
社会的な見方・考え方を働かせ、課題を追究したり解決したりする活動を通して、広い視野に立ち、グローバル化する国際社会に主体的に生きる平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な公民としての資質・能力の基礎を次のとおり育成することを目指す。
改訂は、「グローバル化する国際社会に主体的に生きる」「公民としての必要な資質・能力」を、3つの柱【(1)(2)(3)】で説明している。
(1)では「調査や諸資料から様々な情報を効果的に調べまとめる技能を身に付ける」
(2)では、「多面的・多角的に考察」「課題の解決に向けて選択・判断したりする力、思考・判断したことを説明したり、それらを基に議論したりする力を養う」
(3)では、「社会的事象について、我が国の国土や歴史に対する愛情、国民主権を担う公民として、自国を愛し、その平和と繁栄を図ることや、他国や他国の文化を尊重することの大切さについての自覚などを深める」
(1)は「知識及び技能」、(2)は「思考力、判断力、表現力等」、(3)は「学びに向かう力、人間性等」としている。
(1)から(3)までの目標を有機的に関連付けることで目標が達成される構造になっているとしている。
(学習)内容は、
「ア.次のような知識及び技能を身に付けること」と
「イ.次のような思考力、判断力、表現力等を身に付けること」
の2つに分け、記載されている。
◆ 中学校学習指導要領解説(社会)から
中学校学習指導要領解説(社会)(以下『解説』)では、今回の改訂を、「学ぶ本質的な意義を各教科等の特質に応じた『見方・考え方』として整理した」と述べ、中学社会歴史的分野では、「『社会的事象の歴史的見方・考え方』として整理した」という。
「社会的事象の見方・考え方」は「社会的事象を、時期、推移などに着目して捉え、類似や差異などを明確にし、事象同士を因果関係で関連付ける」「社会的事象の歴史的な見方・考え方を働かせ、課題を追究したり解決したりする活動を通して」は、「主体的・対話的で深い学びを実現する」ために、課題を追究・解決したりする活動を展開する「学習を設計することが不可欠」としている。
「社会的事象の歴史的な見方・考え方を働かせ」については、「歴史的分野の学習の特質」を示し、「複数の立場や意見を踏まえて選択・判断することであり、生徒が「問題を主体的に解決しようとする態度」にも作用するとしている。
新学習指導要領の内容を、「知識及び技能」、「思考力、判断力、表現力等」「学びに向かう力、人間性等」に沿って、説明している。『解説』の詳細な記述を読むと、多様な教科書を作成するのは大変だなと思った。
◆ 学習指導要領と教科書
学習指導要領によって教科書は変わってきた。現行の学習指導要領下の教科書記述を、日清・日露戦争で具体的に見てみたい。
日清・日露戦争の学習は、「近代の日本と世界」項目の中で、「自由民権運動、大日本帝国憲法の制定、日清・日露戦争、条約改正などを通して、立憲制の国家が成立して議会政治が始まるとともに、我が国の国際的地位が向上したことを理解させる」とある。
東京書籍『新しい社会歴史』(2015年3月検定、2017年2月発行)の日清・日露戦争は、「第5章『開国と近代日本の歩み』第3節『日清・日露戦争と近代産業』2日清戦争 3日露戦争」の構成となっている。
①日清戦争
▽課題一日清戦争はどのようにしておこり、どのような結果をもたらしたのでしょうか。
▽小項目一日清戦争・三国干渉と加速する中国侵略・日清戦争後の日本
▼資料一①魚つりの絵(ビゴーの風刺画)②日清戦争の地図③日清戦争時の戦力比較④下関講和会議⑤パイを切り分ける列強⑥列強の中国分割⑦八田與一(台湾にダムを建設)⑧賠償金の使い道
▽確認一日清戦争によって外国との関係がどのように変わったのか、日本と清のそれぞれの立場から説明しましょう。
②日露戦争
▽課題一日露戦争はどのようにして起こり、国内外にどのような影響を与えたのでしょうか。
▽小項目一義和団事件・日露戦争・日露戦争後の日本
▼資料一①東アジアの情勢(ビゴーの風刺画)②日露の対立をめぐる列強の関係③与謝野晶子④君死にたまふことなかれ⑤日露戦争の戦場図⑥松山収容所の捕虜の様子⑦日清戦争と日露戦争(死者・戦費)⑧戦争での国民の負担。
▽日露戦争で日本が勝利したことで、清や韓国にどのような影響があったか説明しましょう。
教科書は「国際的地位の向上」を、『日露戦争後の日本』で「日露戦争での勝利によって、日本は列強としての国際的な地位を固めました。国民の中には、帝国主義国の一員になったという大国主義が生まれ、アジア諸国に対する優越感が強まりました。
一方、日露戦争での日本の勝利は、インドやベトナムなど、欧米列強の植民地であったさまざまな民族に刺激をあたえ、民族運動は活発化しました。しかし、日本は新たな帝国主義国としてアジアの民族に接することになりました」。
現行の教科書は、戦争前の国際関係、戦争の経過と講和条約、戦争が国の内外に与えた影響を記述している。
しかし、戦争の始まりは、「反乱のため、朝鮮政府が清に出兵を求めたことに対抗して、日本も朝鮮に出兵したため、日本と清の軍隊が衝突し、8月、日清戦争に発展しました」「政府はロシアとの交渉をあきらめて、1904年2月、開戦にふみ切り、日露戦争が始まりました」と、どちらが先に攻撃したかは不明確である。
日清・日露の戦場地図から交戦国ではない場所が戦場になったことはわかるが、理由もなく戦争に巻き込まれた他国の人々の過酷な状況への視点はないといえる。
◆ 教科書記述はどうなる?
『解説』によって作成される教科書記述はどうなるのだろうか。
『解説』は、日清・日露戦争の学習は、大項目「近現代の日本と世界」の部分で、目的は「19世紀ごろから20世紀末ごろまでの我が国の歴史を扱い、18世紀ごろからの世界の動きとの関わりの中で、理解できるようにする」ことである。
我が国の近現代の特色を、「欧米諸国のアジア進出など複雑な国際情勢の中で開国し、急速な近代化を進めて近代国家の仕組みを整え、その後常にアジア諸国や欧米諸国と密接な関りを持ってきた」としている。
日清・日露戦争学習が含まれるのは、項目としては「議会政治の始まりと国際社会との関わり」であり、この事項のねらいは、「立憲制の国家が成立して議会政治が始まるとともに、我が国の国際的な地位が向上したことを、次のような学習を基に理解出来るようにする」ことであり、日清・日露戦争については、「この頃の大陸との関係を踏まえて取り扱」(内容の取り扱い)い、戦争に至るまでの我が国の動き、戦争のあらましと国内外の反応、韓国の植民地化などを扱うようにする」としている。
◆ 教師の歴史を見る目が問われている
新学習指導要領と『解説』に基づいて作成される教科書が、どうなるかはわからない。
東京書籍歴史教科書の日清・日露戦争の内容を、2012年2月発行と2017年2月発行を比べてみた。
日清戦争の部分では、台湾でダムを建設した「八田與一」が掲載され、日露戦争の部分では、イラスト「増税に泣く国民」がなくなり、「歴史にアクセスー日露戦争と『マツヤマ』(明治時代の戦争捕虜の扱いが国際法にのっとった人道的なものでとの内容)」となっていた。
改訂教育基本法(教育の目標)第二条五の「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」の影響を色濃く感じる。
しかし、教科書記述がどうあっても、目の前の子どもの視点に立った授業を創造するのは教員である。今まで以上に、教員の歴史を見る目が間われる時代になったといえる。
(さくらいちえみ)
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 116号』(2017年10月)
◆ 新中学校学習指導要領解説(社会)を読む
桜井千恵美(歴史教育者協議会事務局長)
◆ 新中学校学習指導要領(社会)はどう変わった?
教育基本法改訂後、2008年初の学習指導要領改訂で、社会科の目標はどう変わったのだろうか。
現行(2008年告示)一
広い視野に立って、社会に対する関心を高め、諸資料に基づいて多面的・多角的に考察し、我が国の国土と歴史に対する理解と愛情を深め、公民としての基礎的教養を培い、国際社会に生きる平和で民主的な国家・社会の形成者として必要な公民的資質の基礎を養う。
改訂(2017年告示)一
社会的な見方・考え方を働かせ、課題を追究したり解決したりする活動を通して、広い視野に立ち、グローバル化する国際社会に主体的に生きる平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な公民としての資質・能力の基礎を次のとおり育成することを目指す。
改訂は、「グローバル化する国際社会に主体的に生きる」「公民としての必要な資質・能力」を、3つの柱【(1)(2)(3)】で説明している。
(1)では「調査や諸資料から様々な情報を効果的に調べまとめる技能を身に付ける」
(2)では、「多面的・多角的に考察」「課題の解決に向けて選択・判断したりする力、思考・判断したことを説明したり、それらを基に議論したりする力を養う」
(3)では、「社会的事象について、我が国の国土や歴史に対する愛情、国民主権を担う公民として、自国を愛し、その平和と繁栄を図ることや、他国や他国の文化を尊重することの大切さについての自覚などを深める」
(1)は「知識及び技能」、(2)は「思考力、判断力、表現力等」、(3)は「学びに向かう力、人間性等」としている。
(1)から(3)までの目標を有機的に関連付けることで目標が達成される構造になっているとしている。
(学習)内容は、
「ア.次のような知識及び技能を身に付けること」と
「イ.次のような思考力、判断力、表現力等を身に付けること」
の2つに分け、記載されている。
◆ 中学校学習指導要領解説(社会)から
中学校学習指導要領解説(社会)(以下『解説』)では、今回の改訂を、「学ぶ本質的な意義を各教科等の特質に応じた『見方・考え方』として整理した」と述べ、中学社会歴史的分野では、「『社会的事象の歴史的見方・考え方』として整理した」という。
「社会的事象の見方・考え方」は「社会的事象を、時期、推移などに着目して捉え、類似や差異などを明確にし、事象同士を因果関係で関連付ける」「社会的事象の歴史的な見方・考え方を働かせ、課題を追究したり解決したりする活動を通して」は、「主体的・対話的で深い学びを実現する」ために、課題を追究・解決したりする活動を展開する「学習を設計することが不可欠」としている。
「社会的事象の歴史的な見方・考え方を働かせ」については、「歴史的分野の学習の特質」を示し、「複数の立場や意見を踏まえて選択・判断することであり、生徒が「問題を主体的に解決しようとする態度」にも作用するとしている。
新学習指導要領の内容を、「知識及び技能」、「思考力、判断力、表現力等」「学びに向かう力、人間性等」に沿って、説明している。『解説』の詳細な記述を読むと、多様な教科書を作成するのは大変だなと思った。
◆ 学習指導要領と教科書
学習指導要領によって教科書は変わってきた。現行の学習指導要領下の教科書記述を、日清・日露戦争で具体的に見てみたい。
日清・日露戦争の学習は、「近代の日本と世界」項目の中で、「自由民権運動、大日本帝国憲法の制定、日清・日露戦争、条約改正などを通して、立憲制の国家が成立して議会政治が始まるとともに、我が国の国際的地位が向上したことを理解させる」とある。
東京書籍『新しい社会歴史』(2015年3月検定、2017年2月発行)の日清・日露戦争は、「第5章『開国と近代日本の歩み』第3節『日清・日露戦争と近代産業』2日清戦争 3日露戦争」の構成となっている。
①日清戦争
▽課題一日清戦争はどのようにしておこり、どのような結果をもたらしたのでしょうか。
▽小項目一日清戦争・三国干渉と加速する中国侵略・日清戦争後の日本
▼資料一①魚つりの絵(ビゴーの風刺画)②日清戦争の地図③日清戦争時の戦力比較④下関講和会議⑤パイを切り分ける列強⑥列強の中国分割⑦八田與一(台湾にダムを建設)⑧賠償金の使い道
▽確認一日清戦争によって外国との関係がどのように変わったのか、日本と清のそれぞれの立場から説明しましょう。
②日露戦争
▽課題一日露戦争はどのようにして起こり、国内外にどのような影響を与えたのでしょうか。
▽小項目一義和団事件・日露戦争・日露戦争後の日本
▼資料一①東アジアの情勢(ビゴーの風刺画)②日露の対立をめぐる列強の関係③与謝野晶子④君死にたまふことなかれ⑤日露戦争の戦場図⑥松山収容所の捕虜の様子⑦日清戦争と日露戦争(死者・戦費)⑧戦争での国民の負担。
▽日露戦争で日本が勝利したことで、清や韓国にどのような影響があったか説明しましょう。
教科書は「国際的地位の向上」を、『日露戦争後の日本』で「日露戦争での勝利によって、日本は列強としての国際的な地位を固めました。国民の中には、帝国主義国の一員になったという大国主義が生まれ、アジア諸国に対する優越感が強まりました。
一方、日露戦争での日本の勝利は、インドやベトナムなど、欧米列強の植民地であったさまざまな民族に刺激をあたえ、民族運動は活発化しました。しかし、日本は新たな帝国主義国としてアジアの民族に接することになりました」。
現行の教科書は、戦争前の国際関係、戦争の経過と講和条約、戦争が国の内外に与えた影響を記述している。
しかし、戦争の始まりは、「反乱のため、朝鮮政府が清に出兵を求めたことに対抗して、日本も朝鮮に出兵したため、日本と清の軍隊が衝突し、8月、日清戦争に発展しました」「政府はロシアとの交渉をあきらめて、1904年2月、開戦にふみ切り、日露戦争が始まりました」と、どちらが先に攻撃したかは不明確である。
日清・日露の戦場地図から交戦国ではない場所が戦場になったことはわかるが、理由もなく戦争に巻き込まれた他国の人々の過酷な状況への視点はないといえる。
◆ 教科書記述はどうなる?
『解説』によって作成される教科書記述はどうなるのだろうか。
『解説』は、日清・日露戦争の学習は、大項目「近現代の日本と世界」の部分で、目的は「19世紀ごろから20世紀末ごろまでの我が国の歴史を扱い、18世紀ごろからの世界の動きとの関わりの中で、理解できるようにする」ことである。
我が国の近現代の特色を、「欧米諸国のアジア進出など複雑な国際情勢の中で開国し、急速な近代化を進めて近代国家の仕組みを整え、その後常にアジア諸国や欧米諸国と密接な関りを持ってきた」としている。
日清・日露戦争学習が含まれるのは、項目としては「議会政治の始まりと国際社会との関わり」であり、この事項のねらいは、「立憲制の国家が成立して議会政治が始まるとともに、我が国の国際的な地位が向上したことを、次のような学習を基に理解出来るようにする」ことであり、日清・日露戦争については、「この頃の大陸との関係を踏まえて取り扱」(内容の取り扱い)い、戦争に至るまでの我が国の動き、戦争のあらましと国内外の反応、韓国の植民地化などを扱うようにする」としている。
◆ 教師の歴史を見る目が問われている
新学習指導要領と『解説』に基づいて作成される教科書が、どうなるかはわからない。
東京書籍歴史教科書の日清・日露戦争の内容を、2012年2月発行と2017年2月発行を比べてみた。
日清戦争の部分では、台湾でダムを建設した「八田與一」が掲載され、日露戦争の部分では、イラスト「増税に泣く国民」がなくなり、「歴史にアクセスー日露戦争と『マツヤマ』(明治時代の戦争捕虜の扱いが国際法にのっとった人道的なものでとの内容)」となっていた。
改訂教育基本法(教育の目標)第二条五の「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」の影響を色濃く感じる。
しかし、教科書記述がどうあっても、目の前の子どもの視点に立った授業を創造するのは教員である。今まで以上に、教員の歴史を見る目が間われる時代になったといえる。
(さくらいちえみ)
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 116号』(2017年10月)
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