《子どもと教科書全国ネット21ニュース》
★ 「教育機関における学問の自由と表現の自由」を検討
吉田典裕(よしだのりひろ・子どもと教科書全国ネット21常任運営委員/出版労連)
★ はじめに
2024年6月18日から7月12日にかけて、国連人権理事会第56会期がジュネーブで開催されました。この会期に、ファリダ・シャヒード(Farida Shaheed、女性、パキスタン出身)学問の自由・教育への権利についての特別報告者の報告(以下「特別報告」)が提出されました。本稿執筆時点で公表されているのは「先行未編集版」(Advance unedited version.文書番号A/HRC/56/58)で、まだ確定版ではありませんが、趣旨が変わることはないと思われます。
「特別報告」の内容は多岐にわたり、その内容を正確に紹介することは筆者の能力を超えます。しかし教員の自由や教科書検定および採択に言及した部分は、私たちの運動にとってたいへん有意義な内容を含んでいるので、本稿で紹介します。
★ 人権理事会とは
人権理事会は、2006年にそれまで経済社会理事会に設置されていた人権委員会を改組して発足した、総会直属の機関で、年3回会合が開かれます。理事国は47の理事国で構成され、日本は2020年から2022年まで理事国でした。
国連加盟国政府は自国の人権状況について「普遍的・定期的報告」(Universal Periodic Report)を提出し、理事会によって必要な人権状況の改善を勧告されます。
理事会に任命された特別報告者は、特定のテーマについて特別報告を作成し、提出します。2016年に「表現の自由」特別報告者デヴィッド・ケイ氏が教科書検定を含む日本のメディアのありかたを厳しく批判したことを覚えている読者もいらっしゃると思います。
★ 特別報告者への寄稿の呼びかけに応える
特別報告をまとめるに先立って、特別報告者は「教育機関における学問の自由と表現の自由について検討を行います」として、10の問いを立てた「寄稿の呼びかけ」を発表しました。
これに応えて、出版労連教科書対策部や「日の丸・君が代」問題にとりくんでいる市民団体などがレポートを提出しました。以下に筆者が属する出版労連のレポートを紹介します。
「呼びかけ」は「一般的枠組み」「教育機関の自治」「〔教育機関の〕財源」「〔教育機関に対する〕監視」「教育および書籍へのアクセスにおける表現の自由」の5つの項目のもとに10の質問が設けられています。
そのうち5つ目の項目には問9と問10が置かれ、
問9では「あらゆるレベルの教員および教授は自らの教育において学問の自由を享受しているか。『中立』を保つ、あるいは特定の視点をすすめる(例えば宗教的な、また政治的な事項について)といった、押しつけられる〔課される〕制約はあるか」、
問10では「異なるレベルの教育における教員および教授が学校のマニュアルおよびその他の書籍・教材を選択できる程度、およびこの点におけるいかなるものであれ制約の理由について説明してほしい」と、という趣旨の内容が述べられています。
まさに日本の教科書検定や採択にかかわる質問です。そこで、この2問についてレポートを送りました。
★ 出版労連の報告内容
問9では、
①日本の初等・中等教育の内容は学習指導要領による「法的拘束」を受けていること、
②学習指導要領の内容は特に社会科において政治的に中立でないこと、そのうえ教員は文科省による検定に合格した教科書を使用する義務が法定されているなど、教員は学問の自由・表現の自由を享受できていないこと、
③教育機関における学問の自由は学習指導要領と検定教科書の使用義務による二重の制約を受けていること、
④教科書検定の仕組み自体が中立ではないことを「従軍慰安婦」の例で紹介し、教員は必ずしも政治的に中立ではない「政府の統一的な見解」を教えることになり、学問の自由・表現の自由を享受できていないこと、
⑤歴史教科書の問題は2022年の自由権委員会の日本政府に対する総括所見でも述べられていること、
を報告しました。
問10では(問9からのパラグラフの通し番号で)
⑥義務教育教科書では、教員は自分で教科書を選ぶことができないこと、
⑦国立・私立の学校では学校ごとに採択が行われていること、
⑧学習参考書などについては教員が使用を決定することができるが、その場合でも事前に校長や教育委員会の承認が必要な場合があり、その選択には制約を受けていること、
を紹介しました。
★ 教科書検定・採択のあリ方に言及
特別報告は、今年4月に人権理事会のウェブサイトにアップされました。そこで指摘された数々の改善すべき問題点には、「日本」と名指しはないものの、日本の教育や教科書にぴったり当てはまるような内容が含まれていました。まだ日本語訳はありませんが、興味のある方はアクセスしてみてください。
紙幅の都合上、詳細な検索ルートは省きますが、キーワードは本稿冒頭に示したA/HRC/56/58です。特別報告は英語版Wordファイル(A4判)で全21ページ、84パラグラフから成り、パラグラフ36には、出版労連の寄稿内容に対応するような次の記述があります(筆者訳)。やや長くなりますが引用します(〔 〕は筆者の補足)。
特別報告は、「学問の自由」は普遍的なものであって、専門の研究者や研究機関に限定されるものではなく、およそ「教育」に関わるものすべてが享受すべき権利だと述べています(パラグラフ6)。
すべての人権は普遍的である。学問の自由は一つの人権であり、教育関係者や大学のような伝統的な機関に限定される職業上の自由ではない。それは研究・教育の内部でも公式の〔formal〕教育システムの外部でも、高等教育だけでなく、教育および科学研究が行われるところではどこでも、享受されるべきである。初等レベル〔小学校など〕の教員も教育する権利および教室で彼らが学問的な企ての標準や規準に適切と考える方法で関わる権利を享受すべきである。
パラグラフ36では教科書の編集・認定・採択について述べています。
特別報告者は、歴史の執筆と教育に関する文化的権利の分野における特別報告者としての勧告を繰り返すが、これは他の学問分野にも準用することができる。特に、(a) 〔学習指導要領のような〕公的基準は、教材の内容を規定することなく教育の目標と成果を決定するべきである。(b) 教科書の執筆に関するガイドラインは、著者が多様な立場を包含するざまぎまな解釈を提供できるように作成ざれるべきである。(c) さまざまな出版社による幅広い教科書が認定され、教師はこれらから選択することを許されるべきであり、また教師は〔教育担当〕省の事前の承認なしに補足資料を導入できること。
さらにパラグラフ84(f) では次のように述べています。
(ⅲ)「教員または教員組合の参加を得て、ざまざまな出版社による幅広い教科書を認定し、教師がこれらから選択できるようにすること」。
(ⅳ)「承認および認定の手続き、および特定のイデオロギー的および政治的要件ではなく、専門知識に基づく教科書選択の基準を明確にすること。」
教科書の認定(検定)にも採択にも教員や教員組合の参加を確保し、また教員参加と専門知識に基づ避を確保することなどを勧告しています。
学習指導要領のような「公的基準」のあり方、教科書の作成・認定(日本に当てはめれば検定)・採択のすべてのプロセスに教員が参加できるようにすべきことは、日本の教科書のあり方に対する批判となっていると解釈できます(もちろん「認定」制度より「自由発行」のほうがよいのは当然ですが、これは特定の宗教についての教育が国定教科書を通じて行われているような国があることなどを考慮したものと考えられます)。
★ おわりに 問われる日本政府の姿勢
国連の人権を担当する諸機関が市民社会の意見を重視していることを今回も実感した次第で、出版労連としては、特別報告の内容を歓迎します。
問題は日本政府が今後どう対応するかです。
近年は国連人権諸機関からの勧告に対し、「法的拘束力がない」などと背を向ける姿勢が顕著に見えます(馬橋憲男「日本にとって人権条約とは何なのか?」、月刊『地平』2024年10月号所収参照)。
実際、2022年の自由権規約第7回日本政府報告審査への自由権委員会の総括所見では「繰り返し勧告する」という言葉が目立ちました。毎回の勧告を実行しようとしないからこういうことになるわけで、私たちは運動と世論を広げ、このような政府の姿勢を変えさせることが求められていると言えます。
まずはこの特別報告の日本語訳(仮訳)を速やかに公表するよう要求すべきでしょう。そして私たちの運動にも、国連人権機関からの勧告を反映させる必要があるでしょう。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 158号』(2024年10月25日)
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