《子どもと教科書全国ネット21ニュース》
★ 世界と日本を見透すために
柴田 健(しばたたけし・地理教育研究会理事)
〈中学校新教科書〉の検定内容が明らかになって以来、各地で学習会が行われている。おしなべて対象科目が歴史・公民的分野に限定されており、育鵬社、令和書籍などの歴史教科書に関心が偏重している。
地理的分野の出版点数は、東京書籍、帝国書院、教育出版、日本文教出版の4点である。
地図については、明治以降の学校教育で、経緯線が直線である「メルカトル図法」が主に使われてきた。赤道から極地方に向けて、経線が直線のために極地方が肥大化して描かれ、両極が表現されない。
だから、日本の東にサンフランシスコがあり、西に地中海があると多くの方は認識している。実は、東は南米アルゼンチンであり、西はアフリカ南部のナミビアである。
外国旅行経験者でも時差が理解できない大学生が少なくない。富士山研究で知られる故田代博さんはこれを「メルカトル脳」と呼んだ。
領土問題については国策が直接反映されている。
北方領土・竹島はロシア・韓国が「不法に占拠している」とし、尖閣諸島については、日本固有の領土であり2012年に国有化したが、1970年代から中国が領有権を主張していると書かせている。いずれも歴史的事実を踏まえず、日本政府の主張のみを記載しているため、教材としては成立していない。
かつて「アイヌ民族・沖縄」は、地理教材としては軽く扱われていた。手元の教育出版の1977年(昭和52年)検定本ではアイヌ民族の記述は存在を示すだけの3行である。日本書籍の1997年(平成8年)検定本では、A5版2頁で「広い基地/沖縄の農業/リゾート開発」が記載されている。
今回の日文版ではコラムで、
【沖縄は第二次世界大戦末期には激戦地となり、多くの犠牲者を出しました。そのなかには、たくさんの民間人も含まれていました。終戦後、1972年までアメリカ軍の軍政下におかれていました。日本とアメリカの取り決めにより、現在でも、沖縄県内にはたくさんのアメリカ軍基地があり基地の面積は、日本全体の約7割を占めています。基地の存在による安全保障上の利点や沖縄県への経済効果がある一方で、基地のある地域では、日常的な軍用機の騒音、墜落事故、基地の整備にともなう環境破壊などが、人々の生活の負担になっています。】
と記載されており、担当教員が内容を膨らませることが可能である。
アイヌ民族について、帝国版では
【2007年に国連総会で「先住民族の権利に関する国際連合宣言」が採択されたのち、2019年には、日本の国会でアイヌの人々を「先住民族」と明記するアイヌ施策推進法が成立しました。この法律には、アイヌ民族の誇りが尊重される地域社会づくりに対する、国からの財政的な支援も盛り込まれています。】
とあるが、先住民としての意義を展開する工夫が必要であろう。日文版では白老の「ウポポイ」についての記載もある。
世界の諸地域のアフリカでは歴史に踏み込んだ記載が見られる。教出版では
【ヨーロッパの国々がギニア湾岸のアフリカに進出したのは、海岸のつく地名として残る象牙や金、胡椒といった貴重な産品を求めたからでした。/奴隷貿易は19世紀まで続き、約1200万人もの奴隷がアメリカに渡ったとされています。/各国は旧植民地ごとに独立したため、国境と民族分布が一致しなかったり、植民地時代の政治・社会制度がそのまま引き継がれたりするなど、多くの問題を抱えたまま国づくりを進めなければなりませんでした。】
と歴史教科書並に記載している。
資源・エネルギー問題では、原子力発電の問題点の記載が減少している。一方、帝国版は
【大きな割合を占める火力発電は、地球温暖化の原因となる二酸化炭素など温室効果ガスを多く排出します。そのため、近年は環境にやさしく、資源の輸入に頼らない水力、風力、太陽光、地熱、バイオマスなどの再生可能エネルギーを利用した発電の拡大が目指されています。】
とし、原発に誘導したい文科省の思惑とは異なる記述になっている。国家意思に縛られた「領土問題」と異なり、例示したこれらの項目は担当教員の力量が試される記述になっている。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 157号』(2024年8月25日)
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