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東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

★ 大阪の「教育非常事態」宣言から16年、大誤算のなぜ

2025年01月07日 | 「日の丸・君が代」強制反対

『新自由主義と教育改革 大阪から問う』(岩波新書) 高田一宏 著

 ★ 学力は上がらずむしろ不登校・暴力・いじめが増加 (ダイヤモンド・オンライン)

高田一宏:大阪大学大学院人間科学研究科教授・博士(人間科学)

 橋下徹大阪府知事(当時)は2008年、「教育非常事態」宣言を発令。大阪の小中学生の学力低下問題を解決すべく、橋下は新自由主義的な教育改革を大胆に推し進め、学校を競わせ、生徒たちを競わせた。だが、学力は伸び悩むまま、高校の不登校者数が全国1位になり、暴力といじめは増加。なぜこうなってしまったのか、新自由主義的な教育改革の問題点を問う。※本稿は、高田一宏『新自由主義と教育改革 大阪から問う』(岩波新書)の一部を抜粋・編集したものです。

 ★ 全国平均を上回るという 学力向上の目標は達成できず

 大阪の教育改革の基本方向を打ち出したのは、橋下徹知事(当時)による「教育非常事態」宣言(2008年)である。その翌年には改革を進めるための具体的な計画「大阪の教育力向上プラン」(2009年)が策定された。このプランは「大阪府教育振興基本計画」(2013年)、「第二次大阪府教育振興基本計画」(2023年3月)へと引き継がれて、今に至っている。

 この間、改革の最優先課題として挙げられてきたのは学力水準の向上である。「第二次振興計画」の中で、大阪府教育庁は「府内公立小中学校の学力・学習状況は算数・数学でほぼ全国水準にまで改善している」と総括している。

 「教育力向上プラン」は、学力水準の向上について、小・中学生の全教科・区分で「全国平均を上まわる」という数値目標を掲げていた。改革開始後数年間は大阪の学力水準は全国平均に迫ろうとしていたが、最近の約10年間、全国平均との差はほとんど変化していない。

 図6-1のように、第一次振興計画初年度の2013(平成25)年度から最終年度の2022(令和4)年度にかけて、算数の対全国平均比(全国平均を1とした時の大阪の正答率)は0.990から0.991になった。
 数学の対全国平均比は0.955から0.986になった。
 一方、国語では、小学生の対全国平均比は0.973から0.976、中学生は0.948から0.974になった。

 小数第3位までの数字を挙げて学力が上がったとか下がったということにさほどの意味はない。
 対全国平均比の学力水準はまさに十年一日のごとく、ほとんど変化していないのだから。結局、「全国平均を上まわる」という改革開始時の目標は達成できないままである。

 教員の努力不足か、現場の努力を打ち消すような社会的・経済的な要因があるのか。そもそもの数値目標が机上の空論だったのか。伸び悩みの本当の理由は問い直されることのないまま、第二次振興計画の事業計画は「全国の値以上の達成・維持」という成果指標を掲げ続けている。

 ★ 経済力や教育力などの家庭に起因する学力格差

 改革の中では重視されてこなかったが、学力水準の向上とならんで重要な教育課題がある。それは家庭背景(経済力や教育力)に起因する学力格差の是正である。

 今から約10年前に私たちのグループが大阪府内(大阪市は除く)で実施した学力調査によると、1989年から2001年にかけて続いていた学力水準の低下と学力格差の拡大は、2013年には歯止めがかかっていた
 学力の平均的水準は「弱いV字回復」、つまり下げ止まりあるいは持ち直しの傾向にあった。
 学校単位で結果を詳しく分析してみると、学力格差を小さくしている学校の数は、1989年から2001年にかけて大きく減少したが、2013年には増加に転じていた。これらの結果から、低学力層の学力が下支えされたことで、高学力層との格差が小さくなり、平均的な水準も上がったことがうかがえた。

 下支え・格差是正をもたらしたのは、おそらく、大きな「改革」などではなく学校現場の地道な努力とそれを後押しする教育行政の力である。
 大阪では維新の会が主導する教育改革が始まる前から、家庭背景に起因する学力格差を縮小させる努力が続いてきた。新自由主義的な教育改革の中にあっても、格差是正への配慮をうかがわせる施策もあった。それらの取り組みが実を結んだのではないかと私たちは考えた。

 ★ 改革によって進む地域間格差の固定化

 もっとも、経済的困窮度が特に高い地域の学校では全体的な学力不振が目立ち、過去20数年間で状況はほとんど改善していなかった。学校や教育行政の努力には明らかに限界がある
 しかし、それらの学校では、子どものたちの生活と学習をトータルに支える努力が子どもたちの生活の質を向上させたり進路に対する前向きな姿勢を引き出したりしていた。
 このこと自体は大きな教育成果なのだが、学力向上を重視する風潮の中でなかなか正当に評価されることはない。

 では、今、学力の格差はどうなっているのだろうか。
 家庭背景に関わる格差は検証の参考になる調査がみつけられなかったが、地域間格差については中学生のチャレンジテスト(編集部注/大阪府教育委員会が実施している府内の中学生向けの統一学力テスト)の結果が参考になる。

 チャレンジテストの市町村別結果は毎年公開されている。2022年度の中学3年生の結果(国語・数学・英語の合計点)をみると、トップは北摂地域と呼ばれる北部が独占し、トップ10までのうち7つは北摂の自治体である。
 一方、成績下位10位までの内訳は、河内が5、泉州が4、北摂が1である。地域間格差の構図は改革が始まった十数年前から変化していない。
 むしろ固定化が進んでいるのではないか。

 学力が高い子どもがたくさん住んでいる地域では、自ずと地域全体の学力水準も高くなる。そこから「○○市は教育水準が高い」といったうわさが生まれ、そのうわさが教育熱心な人々を引き寄せ、その積み重ねでうわさは事実になっていく。
 この悪循環に歯止めをかけるためには教育的に不利な立場にある子どもの多い地域に対する手厚い支援が必要である。

 ★ 高校の不登校者の比率で大阪は全国第1位に

 次に生徒指導上の課題をみよう。ここでは、文科省の「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」(旧「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸課題に関する調査」)から数字を拾ってみたい。
 不登校や中退そのものは「問題行動」とはいえない。だが、不登校や中退によって教育を受ける機会が閉ざされたり進路選択が難しくなったりする可能性は高い。教育からの排除は労働市場からの排除へとつながる。現在の学習権と将来の生存権の保障に関わるという意味で、不登校や中退は放置できない教育課題である。

 表6-1に示すのは一連の教育改革が始まった頃(2007年度)と直近(2022年度)の不登校と高校中退の状況である。

 2007年度の大阪府の不登校者数は、小学校1596人、中学校7547人、高校5881人だった。その数は、2022年度までにそれぞれ7153人、1万3651人、6452人に増加した。
 小学校と中学校を合わせた1000人あたりの不登校者数は、12.3人から32.4人に増加した。
 全国では12.0人から31.7人への増加である。
 高校では1000人あたりの不登校者数は26.8人から31.8人へと増え、全国第1位になった。
 全国では15.6人から20.4人への増加である。
 このように、結局のところ、かねての課題は積み残されたままである。

 ★ 不登校者向けの「特別」な学校が増えることで失われるもの

 高校中退はどうか。2007年度から2022年度にかけて、大阪の高校中退率は3.4パーセントから1.6パーセントへと減少した。
 全国では2.1パーセントから1.4パーセントへの減少である。
 一頃よりは落ちついたものの、高校中退率は依然として高い水準である。
 人数は東京都の5047人に次ぐ3425人で全国2位、中退率では全国6位である。
 こちらもまた、課題は積み残されたままである。

 大阪市では、不登校の生徒向けのカリキュラムをもつ不登校特例校の中学が2024年4月に開校した。
 特例校は「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律(教育機会確保法)」の制定(2016年)を機に、全国で設置が進みつつある。
 また、先にも述べたように大阪府は、定員割れが続いていた府立高校2校を2024年度に「多様な教育実践校(ステップスクール)」に指定した。
 これは義務教育段階までに「学校生活での困りやつまずきを経験した」生徒を対象とする高校である。

 これらの学校で学び直す機会を得る子どももいることだろう。
 だが、私は「特別」な学校を増やすことに諸手を挙げて賛成できない。「特別」な学校が増えることによって、「普通」の学校が不登校者や中退者を生み出す原因や背景が問われなくなり、「普通」の学校が変わる契機が失われてしまうからである

 不登校に対応する学校が増えることは、一見すると望ましいことのようにみえる。
 だが、「普通」の学校に馴染めない子どもを「特別」の学校に振り分けていけば、「普通」の学校の中の多様性は失われる。許容される「普通」の幅は狭くなり、子どもたちの学校生活は窮屈になっていく。
 学校に馴染める「普通」の子と馴染めない「特別」な子の振り分けを進めるのではなく、「普通」の学校のあり方を根本から問い直す必要がある

 ★ 依然として増えている学校での暴力といじめ

 不登校や中退とならぶ生徒指導上の課題に暴力行為やいじめがある。大阪では今般の教育改革が始まる前から、これらの課題の解消に取り組んできた。

 文科省の調査では、

「自校の児童生徒が、故意に有形力(目に見える物理的な力)を加える行為」を暴力行為と呼び、

「児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児童生徒と一定の人間関係のある他の児童生徒が行う心理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの」をいじめと呼んでいる。

 前者(暴力行為)は人や物に対する物理的な攻撃を指し、後者(いじめ)は人に対する攻撃で、その手段には言葉や態度によるものも含まれる。

 表6-2に示すのは2007年度2022年度の暴力行為といじめの状況である。

 2007年度の大阪府の暴力行為件数は、小・中・高等学校を合わせて6975件だった。その数は2022年度には9764件に増えた。児童生徒1000人あたりでみると7.2から11.3への増加である。
 この間、全国の1000人あたり件数は3.1から7.5に増加した。大阪と全国との差は小さくなったが、それは大阪の件数が減ったからではなくて全国の件数が増えたからである。


 ★ 統計では見えにくいいじめの実態

 次にいじめについてみてみよう。
 2007年度から2022年度にかけて、大阪のいじめの認知件数は、小・中・高等学校と特別支援学校を合わせて3682件から6万5500件に増えた。1000人あたりの件数は3.8から75.2へと増えた。
 一方、全国では7.1から53.3への増加である。大阪の伸び率が全国を大きく上まわっていることがわかる。

 ここでひと言つけ加えておかねばならない。それは統計に表れた件数が少ないからといって問題が解決しているとは言えないということである。
 不登校や中退には欠席日数や退学手続きという客観的な基準がある。だが、いじめや暴力客観的な判断基準を求めることは難しい。特にいじめは態度や言葉による「みえにくい」ものを含み、その実態はつかみにくい。
 いじめと生徒間の暴力との線引きもはっきりとはできない。また、そもそも統計に表れる暴力行為やいじめの件数は「発生」ではなく「認知」の件数である。
 暴力行為やいじめが社会問題になると、それらの件数は一時的に跳ね上がり、しばらくすると件数が減るということが繰り返されてきた。逆に、学校がこれらの問題に真剣に取り組むようになれば認知件数は増える。

 このように、暴力行為やいじめの実態把握は難しいのだが、これらの教育課題が解決をみていないことだけは確かである。

『ダイヤモンド・オンライン』(2025.1.1)
https://diamond.jp/articles/-/356299

 

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