◆ 大学入試改革、やっと見えてきた方向性
<ハーバー・ビジネス・オンライン 文/清史弘>
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◆ 3月末に今後の大学入試の方向性が決まる
今年の1月に実施された共通テストでは、以前は数学と国語に記述式の問題の出題が予定され、英語については、民間試験を導入する予定でした。しかし、2019年の11月から12月にかけてこれらは中止になり、それを受けて萩生田光一文科大臣が「もう一度まっさらな段階から大学入試を検討する」こととし、大学入試のあり方に関する検討会議を昨年の1月から開催しています。
この会議では今年度中、すなわち令和3年3月末までに一定の結論を出す予定ですが、その結論が、文科省が今年の夏に予定されている「令和6年度に実施される新学習指導要領下での最初の入試の実施予告」の提言となるため、大変重要な位置を占めます。
さて、3月4日に第22回の会議が開かれましたが、今回からこれまでの意見をまとめていくことなっています。今回の討議は次のようになっていました。
◆ 総論的事項 (大学入学者選抜のあり方と改善の方向性)
この討議のために、座長代理の川嶋委員が、これまでに出た案をまとめ、この総論的事項は次の4つに分類されました。
◆ 委員の立場の違いが鮮明になってきた
昨年の後半あたりから、それぞれの委員の考え方の違いが鮮明化してきました。
その要因の一つとしては、委員の立場の違いによるもので具体的には、国公立大学と私立大学の置かれている状況が大きく異なることがあげられます。
これまでも、大学入試に関する利益相反について大学外部の業者を利用しないようにと提言しようとしても、私立大学の中にはすでに利用している事実もあるので、大学全体の足並みをそろえるのは難しいのです。
また、入試日程が一度ですむ国公立大学と何度も実施する私立大学では、「入試はすべて自前の問題を作り、記述式も含めるべき」と言ったところで意見の一致は見ません。
このような状況ですので、すべての大学を含めた合意事項は必然と少なくなります。もちろん、無理に国公立大学と私立大学がすべてにわたって歩調を合わせる必要はありませんが、せっかく強く提言できるよい機会において、合意事項が減るのは少しもったいなくは思います。
この会議の委員の一人である芝井敬司委員(一般社団法人日本私立大学連盟常務理事)は、全国の私立大学の代表として参加され発言しています。
この私立大学ですが、平成31年度の資料によると、全国の大学入学者610602名のうち、485506名が私立大学の入学者で、私立大学の入学者は全大学の入学者の79.5%(約5人のうち4人)を占めています。これだけ多くの学生を集める私立大学は入学者の選抜方法も多種多様であり、それを背負っての芝井委員の発言は、「全国一律」の決定事項に「待った」をかける傾向があります。
さて、立場の違いの件では、英語の試験に対する考え方があげられます。現在、この会議の委員の考えはおおよそ次の3つのいずれかに当てはまります。
一方、3.を推している人もいて、それが確実なのは吉田晋委員(日本私立中学高等学校連合会会長)です。
1.と3.を推す委員たちは「絶対に折れない」ような意思の固さが見うけられ、この会議としての合意事項としてまとまるのかが不透明です。
これまでの会議で、英語の民間試験の利用は厳しいことと、数学と国語の記述式問題の出題については共通テストでは出題せず、個別学力試験で出題すべきとすることが大勢ですが、どこまで一致して意見が出せるかは今後を注視していく必要があります。
◆ 今年度の共通テストを振り返って
今年度の共通テストについては、コロナ禍にも関わらず問題なく実施されたことに対してはこの会議では概ねよい方に評価されました。
また、問題の質についてもよく作られているという意見が出ていました。
まず、渡部良典委員(上智大学言語科学研究科教授)が共通テストの英語の問題について専門的な立場から意見を述べました。その後で、共通テストに関する必要な情報の事前公開が適切であったかについて指摘しました。
共通テストについては、会議の終盤に、小林弘祐委員(日本私立大学協会常務理事)も次のような疑問を投げかけています。
また、頓挫した改革案がどのような点で問題であったかということも最終報告に記載すべきと主張しています。
◆ 学力の3要素を試験で問うことへの疑問-方向転換の可能性-
この会議の最後の方で、両角亜希子委員(東京大学大学院教育学研究科准教授)が、学力の3要素について指摘されたことは重要です。
これまでの会議で「この3要素を(試験の中で)すべて測りきることは現実的ではない」といった議論がありました。
両角委員は、これをもう一歩深め、これらの3要素は大学に入ってくる学生すべてに対し、試験の中ですべて測りきらなくてもよいのではないか。何でもすべて測り切ればよいものではない、その当たり前がこれまで当たり前ではなかったのでそれ(3要素にこだわりすぎること)を報告書の中にいれるべきという指摘でした。
試験で、無理にこの3要素を意識した問題を作るとそれは問題として不自然になることはよくあります。
新学習指導要領および新学習指導要領解説では、この学力の3要素を強く意識したものですが、試験では今後変わっていく可能性が出てきました。
(注) 「学力の3要素」とは次のようなものです。
※ 清史弘 せいふみひろ●Twitter ID:@f_sei。
数学教育研究所代表取締役・認定NPO法人数理の翼顧問・予備校講師・作曲家。小学校、中学校、高校、大学、塾、予備校で教壇に立った経験をもつ数学教育の研究者。著書は30冊以上に及ぶ受験参考書と数学小説「数学の幸せ物語(前編・後編)」(現代数学社) 、数学雑誌「数学の翼」(数学教育研究所) 等。
『ハーバー・ビジネス・オンライン』(2021.03.15)
https://hbol.jp/240901?cx_clicks_art_mdl=1_title
<ハーバー・ビジネス・オンライン 文/清史弘>
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◆ 3月末に今後の大学入試の方向性が決まる
今年の1月に実施された共通テストでは、以前は数学と国語に記述式の問題の出題が予定され、英語については、民間試験を導入する予定でした。しかし、2019年の11月から12月にかけてこれらは中止になり、それを受けて萩生田光一文科大臣が「もう一度まっさらな段階から大学入試を検討する」こととし、大学入試のあり方に関する検討会議を昨年の1月から開催しています。
この会議では今年度中、すなわち令和3年3月末までに一定の結論を出す予定ですが、その結論が、文科省が今年の夏に予定されている「令和6年度に実施される新学習指導要領下での最初の入試の実施予告」の提言となるため、大変重要な位置を占めます。
さて、3月4日に第22回の会議が開かれましたが、今回からこれまでの意見をまとめていくことなっています。今回の討議は次のようになっていました。
◆ 総論的事項 (大学入学者選抜のあり方と改善の方向性)
この討議のために、座長代理の川嶋委員が、これまでに出た案をまとめ、この総論的事項は次の4つに分類されました。
(1) 大学入学者選抜に求められる原則この討議のたたき台になった案は文科省のホームページにあります。これは、少し多いので、ここでは大切な部分を抜き出して、今後の方向性を探ります。
(2) これまでの教訓を踏まえた入学者選抜の改善にかかる意思決定のあり方
(3) コロナ禍での入学者選抜をめぐる状況変化
(4) 大学入学者選抜の改善の検討に当たっての留意点(種々の役割分担を踏まえた検討)
◆ 委員の立場の違いが鮮明になってきた
昨年の後半あたりから、それぞれの委員の考え方の違いが鮮明化してきました。
その要因の一つとしては、委員の立場の違いによるもので具体的には、国公立大学と私立大学の置かれている状況が大きく異なることがあげられます。
これまでも、大学入試に関する利益相反について大学外部の業者を利用しないようにと提言しようとしても、私立大学の中にはすでに利用している事実もあるので、大学全体の足並みをそろえるのは難しいのです。
また、入試日程が一度ですむ国公立大学と何度も実施する私立大学では、「入試はすべて自前の問題を作り、記述式も含めるべき」と言ったところで意見の一致は見ません。
このような状況ですので、すべての大学を含めた合意事項は必然と少なくなります。もちろん、無理に国公立大学と私立大学がすべてにわたって歩調を合わせる必要はありませんが、せっかく強く提言できるよい機会において、合意事項が減るのは少しもったいなくは思います。
この会議の委員の一人である芝井敬司委員(一般社団法人日本私立大学連盟常務理事)は、全国の私立大学の代表として参加され発言しています。
この私立大学ですが、平成31年度の資料によると、全国の大学入学者610602名のうち、485506名が私立大学の入学者で、私立大学の入学者は全大学の入学者の79.5%(約5人のうち4人)を占めています。これだけ多くの学生を集める私立大学は入学者の選抜方法も多種多様であり、それを背負っての芝井委員の発言は、「全国一律」の決定事項に「待った」をかける傾向があります。
さて、立場の違いの件では、英語の試験に対する考え方があげられます。現在、この会議の委員の考えはおおよそ次の3つのいずれかに当てはまります。
1. 英語の試験を全員に義務化するのはおかしい。この中で、1.を推しているのは芝井委員ただ一人です。私立大学は、様々な大学があり、必ずしも英語を必要としない学生もいるので、一律に英語の試験を全員に課すのは反対の立場です。会議では、芝井委員が「抵抗している」というよりは、「孤軍奮闘」しているという方が表現としては正しいでしょう。
2. 英語の4技能は大切である。これを民間試験を利用せず、その一部だけでも共通テストと個別学力試験で測るべきである。
3. 英語の4技能は大切である。民間試験を利用して、4技能すべてを測るべきである。
一方、3.を推している人もいて、それが確実なのは吉田晋委員(日本私立中学高等学校連合会会長)です。
1.と3.を推す委員たちは「絶対に折れない」ような意思の固さが見うけられ、この会議としての合意事項としてまとまるのかが不透明です。
これまでの会議で、英語の民間試験の利用は厳しいことと、数学と国語の記述式問題の出題については共通テストでは出題せず、個別学力試験で出題すべきとすることが大勢ですが、どこまで一致して意見が出せるかは今後を注視していく必要があります。
◆ 今年度の共通テストを振り返って
今年度の共通テストについては、コロナ禍にも関わらず問題なく実施されたことに対してはこの会議では概ねよい方に評価されました。
また、問題の質についてもよく作られているという意見が出ていました。
まず、渡部良典委員(上智大学言語科学研究科教授)が共通テストの英語の問題について専門的な立場から意見を述べました。その後で、共通テストに関する必要な情報の事前公開が適切であったかについて指摘しました。
共通テストについては、会議の終盤に、小林弘祐委員(日本私立大学協会常務理事)も次のような疑問を投げかけています。
「テスト理論の専門家とか言語理論の専門家の意見も重要である一方、予備校の共通テストに対する評価が厳しいのが気になる。会話文が多く、多くの雑音の中から重要なものを拾い上げる能力を問うだけなのではないかとの指摘も気になるので、予備校の先生の感触も知りたい。」発言の順序は逆になりますが、今後作成される最終報告に向けて末冨芳委員(日本大学文理学部教授)からは、ご自身の提出資料の中で、
「第一回共通テストに対する一定の評価の状況(とりわけ4技能評価の扱いが問題となる英語、記述式が見送られた後の国語、数学)を踏まえて結論を出すことが極めて重要」とあり、第1回の共通テストを振り返らずに令和6年の共通テストの設計はあり得ないと強調されていましたので、今後、第1回共通テストの評価をオープンに議論することを期待します。
また、頓挫した改革案がどのような点で問題であったかということも最終報告に記載すべきと主張しています。
◆ 学力の3要素を試験で問うことへの疑問-方向転換の可能性-
この会議の最後の方で、両角亜希子委員(東京大学大学院教育学研究科准教授)が、学力の3要素について指摘されたことは重要です。
これまでの会議で「この3要素を(試験の中で)すべて測りきることは現実的ではない」といった議論がありました。
両角委員は、これをもう一歩深め、これらの3要素は大学に入ってくる学生すべてに対し、試験の中ですべて測りきらなくてもよいのではないか。何でもすべて測り切ればよいものではない、その当たり前がこれまで当たり前ではなかったのでそれ(3要素にこだわりすぎること)を報告書の中にいれるべきという指摘でした。
試験で、無理にこの3要素を意識した問題を作るとそれは問題として不自然になることはよくあります。
新学習指導要領および新学習指導要領解説では、この学力の3要素を強く意識したものですが、試験では今後変わっていく可能性が出てきました。
(注) 「学力の3要素」とは次のようなものです。
(1) 基礎的・基本的な知識・技能
(2) 知識・技能を活用して,自ら課題を発見し,その解決に向けて探究し,成果等を表現するために必要な思考力・判断力・表現力等の能力
(3) 主体性を持ち,多様な人々と協働しつつ学習する態度
※ 清史弘 せいふみひろ●Twitter ID:@f_sei。
数学教育研究所代表取締役・認定NPO法人数理の翼顧問・予備校講師・作曲家。小学校、中学校、高校、大学、塾、予備校で教壇に立った経験をもつ数学教育の研究者。著書は30冊以上に及ぶ受験参考書と数学小説「数学の幸せ物語(前編・後編)」(現代数学社) 、数学雑誌「数学の翼」(数学教育研究所) 等。
『ハーバー・ビジネス・オンライン』(2021.03.15)
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