パワー・トゥ・ザ・ピープル!!アーカイブ

東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

性教育の必要性と現場の創意工夫を認めた七生の「こころとからだの学習」裁判

2021年02月18日 | こども危機
  《子どもと教科書全国ネット21ニュースから》
 ◆ 家永教科書裁判杉本判決と七生養護学校事件
窪田之喜(くぼたゆきよし 元七生養護学校事件代理人弁護士)

 ◆ 「こころとからだの学習」が始まった経緯と実践

 問題にされた東京都立七生養護学校(現在の七生支援学校)は、日野市の南部、関東の三大不動尊の1つである高幡不動尊の近くにあります。小学部、中学部、高等部の3つからなる児童・生徒数が160人、教員100名あまりの学校でした。
 1997年、高等部の男子と中学部の女子による性的な問題行動が発覚しました。さらに、小学生から高校生までの子どもたちに性的な問題が広がっていることもわかってきました。
 「つねに自信がなく、自分を肯定的にみられない、他者を信頼する力が弱い、過度の攻撃性、大人に対する極端な甘えと希薄な関係、人との心地よい関係のとり方がわからない不安」、2年かけた討論の結果、こうした子どもの姿とその背景にあるものが見えてきたとき、教員たちは次の教育目標を掲げました。
 「七生養護学校は、日本国憲法と教育基本法の精神に基づき、かけがえのない生命を持つすべての児童・生徒の人間としての尊厳を守ります。信頼感や共感に基づく自己肯定感を育み、社会の一員として自分らしく生きる力を育てることを目標として、次のような教育目標を設定します。」
 「なかまとともに からだをつくる こころをひらく たのしくまなぶ」
 この基本目標の下で、七生の「こころとからだの学習」が創られていきました。
 そうした発想から、「からだうた」、「赤ちゃん誕生の子宮体験袋」、「妊娠中の教員の話を聞く」、「二次性徴による体の変化や気持ちの変動を大人に向かう自分として理解する学習」、「デートごっこ・結婚式ごっこ」など多様な学習方法が創造されていきました。
 組織的には、性教育検討委員会が小学部・中学部・高等部につくられ、保健室(2人の養護教諭)がセンター的役割を果たし、保護者・福祉園・地域との連携が図られました。
 こころとからだの学習は、校長を含む教員集団と父母も協力した実践として進みだし、全都の校長会・教頭会でも夏季特別研修の講師として報告するなど高く評価されるようになりました。
 ◆ 事態の急変と裁判闘争

 ところが、T都議は、「最近の性教育は、口に出す、文字に書くことがはばかられる内容になっている」として七生養護学校の教材として親しまれてきた「からだうた」を取り上げて都議会で攻撃し、石原知事は「異常な信念をもって異常な指導をする先生」と述べ、教育長は「不適切な教材」「廃棄させる」と答弁しました。
 また、T都議、日野市区選出のK都議ら3人の都議らが「視察」と称して教育委員会職員や産経新聞記者とともに七生養護学校を突然訪問し、保健室で対応した養護教諭らに侮蔑的な言葉を浴びせながら性教育教材である外国製の性器付人形を出させ、その着衣を脱がせて性器をむき出しにして撮影しました。
 翌日の産経新聞はその人形の写真とともに「まるでアダルトショップ」などと報道しました。
 教育委員会職員は、都議らの乱暴な行為を止めなかっただけでなく、都議らの指示に従って教材を搬出しました。
 その後、都教委は、大量の資料を押収し、全教員に「からだうた」を歌ったか、人形を使ったかを問い質し調書を作成しました。
 2003年8月、定例教育委員会に「都立盲・ろう・養護学校経営調査委員会報告書」が提出され、「盲・ろう・養護学校の約半数の28校で性教育や学級編成等で不適正な実態があった」と結論づけ、9月には、2002年まで七生養護学校長であった金崎満氏を懲戒処分(停職1か月)と分限処分(教諭に降格)にし、その他教職員116名を厳重注意処分にしました。
 これに対して、2005年5月、教職員27名(内2名が保護者)(さらに後に4名の原告が加わって31名)の原告が、3人の都議と東京都、東京都教育委員会、そして産経新聞社を被告として、教育の自由が侵害されたことなどを理由に、各原告に99万円の慰謝料の支払い、被告と東京都に対して教材の返還、被告産経新聞に対して謝罪広告の掲載を求めて訴えを提起しました。
 東京地裁判決は、教材の返還請求、産経新聞への請求を棄却しましたが、以下の点で、重要な勝訴になりました。
 被告東京都と被告都議3人に、養護教諭2人に対して慰謝料を各人に金5万円の支払を命じ、被告東京都に、(10人の)原告らに対し各々に金20万円の支払を命じました。
 また、東京高裁判決は一審判決と同じく、保健室の都議らの行為の違法、それを制止しなかった都教育委員会の保護義務違反を認め、さらに厳重注意処分の違法判断を維持しました。
 ◆ 最高裁学テ判決を引用して「教育の自由」に言及

 東京高裁判決をもう少し検討してみましょう。
 判決は「子どもの教育が、教員と子どもとの間の直接の人格的接触を通じ、子どもの個性に応じて弾力的に行われなければならず、そこに教員の自由な創意と工夫が要請される」と指摘した最高裁学テ判決を引用して、限定的ながら教員の教育の自由を肯定しました。
 学習指導要領について「法規としての性質を有する」「教育委員会も教員もこれに従う義務がある」としつつも、それは最小限度の基準であり、「大綱的基準の枠内で具体的にどのような教育を行うかという細目までは定めておらず、定められた内容・方法を超える教育をすることは、明確に禁じられていない限り許容される」としました。
 さらに、学習指導要領に記載がある場合も、「理念や方向性のみが示されていると見られる部分、抽象的ないし多義的で様々な異なる解釈や多様な実践がいずれも成り立ちうるような部分、指導の例を挙げるにとどまる部分等は、法規たりえないか、具体的にどのような内容又は方法の教育とするかについて、その大枠を逸脱しない限り、教育を実践する広い裁量に委ねられ」と述べて、現場の自主性を尊重する態度を示しました。
 ◆ 性教育と学習指導要領の関係

 判決は、性教育教員に広い裁量を認めている分野であると指摘しつつ、教育委員会等は「より遅い時期に、より限定された情報を、より抽象的に教えるのが『発達段階に応じた』の意味であると考えているようである」が、「知的障害を有する児童・生徒は、肉体的には健常な児童・生徒と変わらないのに、理解力、判断力、想像力、表現力、適応力等が十分備わっていないがゆえに、また、性の被害者あるいは加害者になりやすいことから、むしろ、より早期に、より平易に、より具体的(視覚的)に、より明瞭に、より端的に、より誇張して、繰り返し教えるということなどが『発達段階に応じた』教育であるという考え方も、十分に成り立ちうる」と提起し、さらに、「健常な児童・生徒に対する性教育も、従来に比べてより早期に、より具体的に指導することが要請されていると考えることも可能である」と、性教育の必要性とその実施の方向性について論じています。
 これは、七生養護の教育実践を肯定的に評価しつつ、性教育全般への提言ともなっています。
 ◆ こころとからだの学習裁判と「杉本判決」

 七生事件の2つの判決は、直接、家永訴訟・杉本判決に触れてはいません。しかし、原告や原告弁護団、意見書を寄せてくれた研究者の皆さんは、家永訴訟・杉本判決が突き出した「子どもの学習権」を当然の前提としていました。
 裁判所は、地裁・高裁を通じて、教員に一定範囲の教育の自由があることを認め、学習指導要領についても明確な禁止がない限り学習指導要領を超えた内容を取り扱うことも可能である等、教員に一定の裁量を認めました。
 杉本判決の示した子どもの学習権とこれにこたえる教師の教育権限は、七生養護学校事件の法原理として原告に力を与えてくれました。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 135号』(2020.12)


コメント    この記事についてブログを書く
« 95歳の北村小夜さんに、多... | トップ | “核のごみ”問題を扱ったドキ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

こども危機」カテゴリの最新記事