★ 日本政府に「特別支援教育」の中止を突きつけた国連勧告
「ともに学び、ともに生きる」教育の実現を (子どもに「教育への権利」を!大阪教育研究会)
国連「障がい者権利委員会」(欧州本部・ジュネーブ)は、今年8月、日本政府が2014年に批准した「障がい者の権利に関する条約(障がい者権利条約)」の履行状況に関する初めての審査を行った。9月9日、審査報告書(勧告)が採択され公開された。
勧告は、障がいのある子どもを「健常な子ども」と分離して行われている現状の特別支援教育(分離教育)を中止してインクルーシブな教育を実現するための行動計画を策定すること、精神科への強制入院を可能にしている法令の廃止すること等を求めた。今年4月27日に文科省が出した通知(特別支援学級に在籍する児童生徒が通常の学級で学ぶ時間を週の半分以下にとする等)の撤回も求めた。
私たちは、子どもを障がいの有無や「能力」によって「分ける」ことを前提とした教育ではなく、すべての子どもが「ともに学び、ともに生きる」ための取り組みや教育実践を支持する。また一方で、通常学級において障がいのある子どもへの差別がむしろ助長されかねない公教育の競争的で劣悪な環境の根本的な変更を政府に迫っていくことも最重要の課題である。本稿は、その立場から、教育に関する国連勧告の実現に向けた課題について共に考える第一歩としてまとめたものである。
★ 「障がい者権利条約」と日本審査の経過
「障がい者権利条約」は、“Nothing About Us Without Us”(私たちのことを、私たち抜きに決めないで)のスローガンのもと、2006年12月の国連総会で採択された。日本からも障がい者や関係団体の延べ200名が国連本部に駆けつけた。2008年に条約が正式発効し、日本は、「障がい者基本法」改正(2011年)、「障がい者総合支援法」(2012年)、「障がい者差別解消法」「改正障がい者雇用促進法」(2013年)を経て、2014年1月に141番目の批准国となった。(現在185の国・地域)
今回の「日本審査」は、批准から2年以内に義務付けられた政府報告に基づくものだ。日本政府による報告提出は2016年6月。政府報告に対する障がい者団体や日弁連等が「パラレルレポート(政府報告の質すべき点を提言)」を提出し、2019年にブリーフィング(説明)が行われた。同年、委員会は日本政府に対する事前質問書を送付した。障がい者団体らは、さらに「パラレルレポート(日本の現状報告と意見)」を積み重ねた。
コロナ感染拡大で審査が1年遅れとなったが、今年5月に日本政府が事前質問事項への回答を提出し、8月の「建設的対話」(当事者からの聴き取り)が行われた。日本から、障がい者や家族、支援者ら100人以上が大挙してジュネーブに渡った。条約の批准から8年という歳月を経た取り組みが、今年9月の対日勧告の採択につながったのである。
※ 平野裕二「国連・障害者権利委員会による日本への勧告抄訳(子ども/教育関連)2022 年9月10日」
★ 家族・支援者らの闘いと勧告内容
ジュネーブでの障害者権利委員へのロビー活動は、「障害児を普通学校へ・全国連絡会」、「公教育計画学会」、「インクルーシブ教育情報室」、「TOYONAKAWAKATSUDO」の4団体により、以下の内容について、委員と直接対話する形で行われた。
文科省の「インクルーシブ教育システム」の定義が条約の規定と異なる。
障がいのある子どもの普通学校・普通学級への就学拒否の実態。
合理的配慮の保障が自治体により格差。
保護者の付き添い強制。
普通学校が過度に競争的な環境。
定員内不合格等高校教育の権利が保障されていない。
早期発見・早期支援が分離教育のために使われている。
教員の養成や研修が「医学モデル」であり「人権モデル」ではない。
4月27日文科省通知(下記)をはじめ特別支援学校・特別支援学級への在籍者数増加等により分離教育制度が強化されている等。
インクルーシブ教育情報室の一木玲子室長(東洋大学)は、建設的対話の結果として出された対日勧告の内容を以下9点にまとめた。
①「インクルージョン」「インクルーシブ」の定義を正しく理解をすること、
②現在の日本の特別支援教育(特別支援学級を含む)は「隔離特別教育」であること、
③特別支援教育を中止し、すべての学校段階がインクルーシブ教育に移行するための、具体的な達成目標、期間、予算をともなった、国家行動計画を採択すること、
④障害のある子が普通学級に就学することを拒否できない法制度を整備すること、
⑤過半数時間を特別支援学級で学習することを規定した 2022 年 4 月 27 日通知を撤回すること、
⑥すべての障害児に対し合理的配慮を保障すること、
⑦教職員のインクルーシブ教育に関する研修の確保と障害の人権モデルに関する意識啓発、
⑧通常学級における代替的・拡張的なコミュニケーション・情報伝達の態様および手段の使用を保障すること、
⑨高等教育における障害学生にとっての障壁(大学入試および学習プロセスを含む)に対処する国レベルの包括的政策の策定。
★ 分離教育強制の文科省通知
文科省は、権利委員会による対日審査前の4月27日、突然、「特別支援学級及び通級による指導の適切な運用について(通知)」を全国の教育委員会に発した。
「特別支援学級に在籍している児童生徒が、大半の時間を通常の学級で学んでいる場合には、学びの場の変更を検討するべき」と断じ、支援学級ではなく通常の学級への在籍替えを検討させ、「通級による指導」も積極的に活用すべきだと指示するものだ。
同通知は支援学級に在籍する児童・生徒について、「障害特性に応じた学習時間の確保」のため「週の授業時間数の半分以上を目安に」という基準を明示して、普通学級の子どもと分離された教室で授業を受けさせることを各教育委員会に要求している。
大阪では、解放教育・人権教育の取り組みの中で、障がいによって児童生徒を分離せず、障がいのある子どもも通常学級で学ぶ「原学級保障」という教育実践が取り組まれてきた。
支援学級に在籍しながら普通学級にも二重在籍(ダブルカウント)し、ほとんどの時間を普通学級で過ごし、支援学級担任も普通学級に「入り込み」支援を行う等の取り組みである。豊中市や枚方市、大阪市等を先進例として、大阪の多くの自治体で取り組みが進められてきた。
文科省通知は、この大阪の教育実践を否定し、事実上の方針転換を迫るものである。文科省は、ここ10数年の間にも、大阪の「ダブルカウント」を攻撃し、「原学級保障」継続のためには35人、40人を超えるクラス編成をせざるを得ない状況を押しつけてきた。現在、枚方市のみが市単費で「ダブルカウント」を維持し続けている。
文科省通知を受けて、大阪市・堺市を含む府内の各教育委員会は、5月以降、各学校や保護者に対して、支援学級在籍か普通学級在籍かの選択確認の文書提出を迫ったり、支援学級在籍の場合には普通学級で共に学ぶ時間が半分以下になること、そのために学習内容や形態の変更を「やむをえない」ものとして受け入れるよう認めさせる動きを起こしている。
このような行政の動きに対し、10月31日、大阪府枚方市と東大阪市で支援学級に在籍し多くの時間を通常学級で学んでいる親子5組13人が、文科省通知を受けて「学びの場」の「選択」が迫られ、「障がいがある児童生徒を『分離』あるいは『隔離』しようとすることは差別であり、人権侵害だ」と大阪府弁護士会に人権救済の申立てを行った。
★ 文科省に突きつけられるべき課題
障がい者権利条約は、第24条(教育)に関する「一般的意見第4号」で「インクルーシブ教育とは何か」を以下のように規定している。
「インクルーシブ教育とは、障害の有無を問わずあらゆる可能性のある児童生徒が同じ教室で一緒に・・・学びながら、個別のニーズを満たすことができる教育制度を構築することが含まれる。・・・・教育制度は個人のニーズに合わせられるべきであり、個人を教育制度に合わせることではない。障がいのある生徒が教育を受ける権利を完全に否定されたり(排除)、別の学校や教室で学ぶことを強いられたり(分離)、必要な援助なしに通常学級へ入れられること(統合)は、インクルーシブ教育ではない。」
しかし、障がい者権利委員会による勧告が公表された後も、永岡文科大臣は「多様な学びの場で行う特別支援教育を中止することは考えていない」と述べ、4・27通知についても撤回しない考えを表明した。これは、
70年代まで「就学免除」によって障がいのある子どもを教育そのものから排除した歴史、
79年「養護学校義務化」による教育保障の中でも「自立のための訓練」を前提とした「分離教育」システムを構築した歴史、
07年の特別支援教育の制度化と権利条約批准で通常学級でも支援教育を実施することが求められたにも関わらず、既存の学校のあり方を見直さず、必要な工夫もなされず、一人ひとりに合わせた支援など叶いようのない40人以上学級が放置され、劣悪な教員の労働環境は放置された。
障がいのある子どもや保護者がむしろ通常学級において差別が助長されかねない状況を回避するために、「別の場」を「選ばざるをえない」現状を放置し続けていることこそが問題なのである。
関西学院大学の濱元伸彦さんは、「日本の既存の教育実践の中で、国連の提起するインクルーシブ教育のあり方に最も近いのが、大阪における原学級保障の取り組みで蓄積されてきた実践」であり、最終的には「子ども全員が一つの学級に所属し、それぞれが必要に応じて支援を受けられる体制へと進むことが国のゴール」ではないかと呼びかけている。
『子どもに「教育への権利」を!大阪教育研究会のブログ』(2022年12月17日)
http://eduosk.cocolog-nifty.com/blog/2022/12/post-adc5fe.html
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます