【リポート】記者日記 - 共同通信 47NEWS
◆ なぜ塚本幼稚園を選んだのか
2月、小学校用地として大阪府豊中市の国有地を格安に取得したことが発覚した学校法人「森友学園」(大阪市淀川区)。7月末、大阪地検特捜部は国の補助金をだまし取った詐欺容疑で籠池泰典前理事長(64)と妻諄子氏(60)を逮捕した。疑惑の核心はごみの撤去費用として8億円余りが値引きされ、土地評価額の14%に当たる1億3400万円で売却された経緯だ。政治家の関与や官僚の忖度(そんたく)が裏付けられるか、今後の捜査の行方に注目が集まっている。
一方で学園は、運営する塚本幼稚園の園児に戦前の教育勅語を暗唱させるなど特異な教育で知られ、外国の報道機関は「極右幼稚園」と呼び、右傾化する日本の社会現象のひとつと捉えていた。
取材先からいつも聞かれ困ったのは、「なぜ保護者はあの幼稚園を選んだのか」という質問だ。
▽“信者”はわずか
園児や元園児10人の保護者への取材で伺えたのは、学園の戦前回帰的な教育方針に心酔して入園させた保護者は、実際にはごくわずか、ということだった。「百数十人いる園児のうち、学園の“信者”は数人ほどしかいない」(元保護者)という。
学園が小学校の認可申請を取り下げた3月10日夜。幼稚園で籠池氏の記者会見が終わり、記者が出てきた通用口に、肩を寄せ合って悔し泣きする熱心な保護者の女性や園児の姿があったことは印象的だった。
だが取材を進めるうち、学園のワンマンな運営方針に不満を覚え、反発している保護者が大多数と分かった。
民放の情報番組で連日流された秋の大運動会での選手宣誓の映像。「日本を悪者として扱っている中国、韓国が心改め、歴史でウソを教えないようお願いします。安倍首相、頑張れ。安保法制、国会通過よかったです!」のフレーズはお茶の間に衝撃を与えた。
だが、現場でその様子を目撃していた保護者の記憶は薄い。「(籠池の)おっさんがまた何か言わせているな、という感じでまともに聞かなかった」。毎日のように差別的、扇動的な言説に触れ、感覚がまひしていたのかもしれない。
▽裕福な家庭
保護者がわが子をこの幼稚園に入れた動機は興味深い。実際は「なんとなく」選択した人が多かった。
「しつけが厳しく、礼儀が身につくのが魅力。国を愛する子に育ってくれたらいいな、と」。
「私は思想的に中立だけど、海軍慰霊祭とか伊勢神宮の参拝とか、あまりできない経験ができるところが魅力だった」
塚本幼稚園は2歳児から子どもを預かり、論語など古典の素読や将棋、ラグビーなど他園にはない取り組みや実践を売りにした。早期教育をうたい、猫やライオンをあしらった通園バスも子供の気を引き、地元よりは遠方から来る園児が多い印象だ。
他園の園長は「(塚本幼稚園の入園者は)裕福で、教育への意識が高い家庭の子が多い」とみていた。
ある保護者の女性は小学校受験に強いとの触れ込みで息子を入園させた。だが2015年に学園が自前で小学校をつくる動きを本格化させてから「他校の受験をしようとすると嫌がらせされた」とあきれた表情だ。途中で別の幼稚園に移らざるを得なかった。
▽義勇奉公
教育勅語は1890年に発布。明治天皇の名で国民道徳の根源や教育の基本理念を明示した最高規範だった。国民は「臣民」とされ、父母への孝行、夫婦の和、「万が一危急の事態が起こったら勇気を奮い、一身をささげて天皇、国家のために尽くせ」とした義勇奉公など12の徳目を記した。1930年代、戦時体制になると神聖化され、軍国主義と結びついた。
こうした歴史的経緯がある教育勅語を園児に暗唱させることに抵抗感を持つ保護者は少なく、「ま、いいか」という程度の認識の人が多かった。
ある元園児の父親は入園当初、教育勅語の存在も知らず、その後、勉強した。「『お国のために天皇のためにわが身をささげる』という部分にリアリティーがない。子どもはなおさら(意味が)分からない。ただ愛国心について言っていると受け取れば、理解できなくはない」
ただこの男性は今、「暗記のトレーニングぐらいに軽く思っていたが、実は(戦前の価値観を)刷り込まれていたと思うと怖い」と振り返る。
一方、在園中の男児の父親は「(12の徳目など)書いてある内容は悪くない。昔の寺子屋がやっていた素読と一緒。園児は意味も分からず唱えているだけで、特に思想教育と感じなかった」。
国有地の問題を国会で追及してきた共産党の宮本岳志衆院議員は「教育勅語は本来、校長がうやうやしく読み上げるのを、生徒らが頭を垂れて聞くスタイルだった。園児に朗唱させるのはそもそも違う」と指摘する。
▽うやむや
教育勅語は戦後の1948年、衆参両院で失効を決議。教育の現場から完全に排除されてきた。だが2006年7月に共同通信が、塚本幼稚園が園児に教育勅語を暗唱させている事実を報じ、物議をかもした。
文部科学省は当時の取材に「教育勅語を教えるのは適当ではない」と回答した。だが所管する大阪府私学課が指導していなかったことが今回、学園の問題を追及してきた市民団体と府との交渉で分かった。
私学課は「文科省から『私学には建学の精神があるので、憲法や教育基本法に違反しなければ、教育勅語を使うことは否定できない』と回答があった」と釈明する。府側は〈見て見ぬふり〉を決め込み、そうした行政の不作為を横目に、学園は教育勅語による教育を堂々と掲げるようになった。
だが市民団体は「教育勅語は天皇と臣民の関係でつくられている。国民主権の憲法と全く相いれず、全て否定されるべきだ。公教育の中でつまみ食い的にやるのも駄目だ」「もし教育勅語に触れるとしても、負の歴史を教える教材、歴史資料として以外の使い道はありえない」と主張する。
警戒するのは来年度から教科化する道徳の授業で活用されることだ。
学園はことし4月に開校予定だった新設小学校で、教育勅語を全教科の要と位置づけるような教育を推し進めようとしていた。
計画が頓挫してからは方針転換し、塚本幼稚園でも今後は暗唱させないことを決めた。結局、大阪府はまたも指導する機会を失った格好で、教育勅語の扱いをめぐる問題は、再びうやむやのまま棚上げされようとしている。
この小学校は一時、校名を「安倍晋三記念小学校」とすることが検討された経緯もあり、一部の保守系議員らから熱烈に支持されていた。また義務教育で教育勅語を扱う問題性について社会的に議論が深まることなく開校を迎えようとしていた。
こうした実情をわれわれは深刻に受け止めるべきだろう。先の戦争の教訓は、忘却の彼方(かなた)にありはしないかと―。(共同通信=大阪社会部・真下周)
『共同通信 47NEWS』(2017年8月22日)
https://this.kiji.is/272621505125646343?c=39546741839462401
◆ なぜ塚本幼稚園を選んだのか
2月、小学校用地として大阪府豊中市の国有地を格安に取得したことが発覚した学校法人「森友学園」(大阪市淀川区)。7月末、大阪地検特捜部は国の補助金をだまし取った詐欺容疑で籠池泰典前理事長(64)と妻諄子氏(60)を逮捕した。疑惑の核心はごみの撤去費用として8億円余りが値引きされ、土地評価額の14%に当たる1億3400万円で売却された経緯だ。政治家の関与や官僚の忖度(そんたく)が裏付けられるか、今後の捜査の行方に注目が集まっている。
一方で学園は、運営する塚本幼稚園の園児に戦前の教育勅語を暗唱させるなど特異な教育で知られ、外国の報道機関は「極右幼稚園」と呼び、右傾化する日本の社会現象のひとつと捉えていた。
取材先からいつも聞かれ困ったのは、「なぜ保護者はあの幼稚園を選んだのか」という質問だ。
▽“信者”はわずか
園児や元園児10人の保護者への取材で伺えたのは、学園の戦前回帰的な教育方針に心酔して入園させた保護者は、実際にはごくわずか、ということだった。「百数十人いる園児のうち、学園の“信者”は数人ほどしかいない」(元保護者)という。
学園が小学校の認可申請を取り下げた3月10日夜。幼稚園で籠池氏の記者会見が終わり、記者が出てきた通用口に、肩を寄せ合って悔し泣きする熱心な保護者の女性や園児の姿があったことは印象的だった。
だが取材を進めるうち、学園のワンマンな運営方針に不満を覚え、反発している保護者が大多数と分かった。
民放の情報番組で連日流された秋の大運動会での選手宣誓の映像。「日本を悪者として扱っている中国、韓国が心改め、歴史でウソを教えないようお願いします。安倍首相、頑張れ。安保法制、国会通過よかったです!」のフレーズはお茶の間に衝撃を与えた。
だが、現場でその様子を目撃していた保護者の記憶は薄い。「(籠池の)おっさんがまた何か言わせているな、という感じでまともに聞かなかった」。毎日のように差別的、扇動的な言説に触れ、感覚がまひしていたのかもしれない。
▽裕福な家庭
保護者がわが子をこの幼稚園に入れた動機は興味深い。実際は「なんとなく」選択した人が多かった。
「しつけが厳しく、礼儀が身につくのが魅力。国を愛する子に育ってくれたらいいな、と」。
「私は思想的に中立だけど、海軍慰霊祭とか伊勢神宮の参拝とか、あまりできない経験ができるところが魅力だった」
塚本幼稚園は2歳児から子どもを預かり、論語など古典の素読や将棋、ラグビーなど他園にはない取り組みや実践を売りにした。早期教育をうたい、猫やライオンをあしらった通園バスも子供の気を引き、地元よりは遠方から来る園児が多い印象だ。
他園の園長は「(塚本幼稚園の入園者は)裕福で、教育への意識が高い家庭の子が多い」とみていた。
ある保護者の女性は小学校受験に強いとの触れ込みで息子を入園させた。だが2015年に学園が自前で小学校をつくる動きを本格化させてから「他校の受験をしようとすると嫌がらせされた」とあきれた表情だ。途中で別の幼稚園に移らざるを得なかった。
▽義勇奉公
教育勅語は1890年に発布。明治天皇の名で国民道徳の根源や教育の基本理念を明示した最高規範だった。国民は「臣民」とされ、父母への孝行、夫婦の和、「万が一危急の事態が起こったら勇気を奮い、一身をささげて天皇、国家のために尽くせ」とした義勇奉公など12の徳目を記した。1930年代、戦時体制になると神聖化され、軍国主義と結びついた。
こうした歴史的経緯がある教育勅語を園児に暗唱させることに抵抗感を持つ保護者は少なく、「ま、いいか」という程度の認識の人が多かった。
ある元園児の父親は入園当初、教育勅語の存在も知らず、その後、勉強した。「『お国のために天皇のためにわが身をささげる』という部分にリアリティーがない。子どもはなおさら(意味が)分からない。ただ愛国心について言っていると受け取れば、理解できなくはない」
ただこの男性は今、「暗記のトレーニングぐらいに軽く思っていたが、実は(戦前の価値観を)刷り込まれていたと思うと怖い」と振り返る。
一方、在園中の男児の父親は「(12の徳目など)書いてある内容は悪くない。昔の寺子屋がやっていた素読と一緒。園児は意味も分からず唱えているだけで、特に思想教育と感じなかった」。
国有地の問題を国会で追及してきた共産党の宮本岳志衆院議員は「教育勅語は本来、校長がうやうやしく読み上げるのを、生徒らが頭を垂れて聞くスタイルだった。園児に朗唱させるのはそもそも違う」と指摘する。
▽うやむや
教育勅語は戦後の1948年、衆参両院で失効を決議。教育の現場から完全に排除されてきた。だが2006年7月に共同通信が、塚本幼稚園が園児に教育勅語を暗唱させている事実を報じ、物議をかもした。
文部科学省は当時の取材に「教育勅語を教えるのは適当ではない」と回答した。だが所管する大阪府私学課が指導していなかったことが今回、学園の問題を追及してきた市民団体と府との交渉で分かった。
私学課は「文科省から『私学には建学の精神があるので、憲法や教育基本法に違反しなければ、教育勅語を使うことは否定できない』と回答があった」と釈明する。府側は〈見て見ぬふり〉を決め込み、そうした行政の不作為を横目に、学園は教育勅語による教育を堂々と掲げるようになった。
だが市民団体は「教育勅語は天皇と臣民の関係でつくられている。国民主権の憲法と全く相いれず、全て否定されるべきだ。公教育の中でつまみ食い的にやるのも駄目だ」「もし教育勅語に触れるとしても、負の歴史を教える教材、歴史資料として以外の使い道はありえない」と主張する。
警戒するのは来年度から教科化する道徳の授業で活用されることだ。
学園はことし4月に開校予定だった新設小学校で、教育勅語を全教科の要と位置づけるような教育を推し進めようとしていた。
計画が頓挫してからは方針転換し、塚本幼稚園でも今後は暗唱させないことを決めた。結局、大阪府はまたも指導する機会を失った格好で、教育勅語の扱いをめぐる問題は、再びうやむやのまま棚上げされようとしている。
この小学校は一時、校名を「安倍晋三記念小学校」とすることが検討された経緯もあり、一部の保守系議員らから熱烈に支持されていた。また義務教育で教育勅語を扱う問題性について社会的に議論が深まることなく開校を迎えようとしていた。
こうした実情をわれわれは深刻に受け止めるべきだろう。先の戦争の教訓は、忘却の彼方(かなた)にありはしないかと―。(共同通信=大阪社会部・真下周)
『共同通信 47NEWS』(2017年8月22日)
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