=総特集:最賃運動再入門 (労働情報)=
◆ いまこそ学ぼう!Q&A最賃再入門
<1.最低賃金の基本>
Q1:最低賃金とは?
「これ未満の賃金で働かせてはいけない」とする強制力をもった国の法律・制度。つまり「最低賃金制」のことであり、社会政策の一つといえます。
Q2:その目的は?
第一義的な目的は、低賃金労働者の保護(日本の最低賃金法にある公正競争の確保や健全な経済発展などは派生的なもの)。留意すべきなのは、最低賃金制の対象について、1928年のILO第26号条約では「賃金が例外的に低い労働者」とされていたが、1970年の第131号条約では、「雇用条件に照らして対象とすることが適当である労働者すべて」とされています。
Q3:その水準の考え方は?
日本の最低賃金法は、決定要素として、①労働者の生計費、②類似労働者の賃金、③通常の事業の支払い能力を掲げてきましたが、07年改正で生活保護給付水準が新たに追加されました。
ILOの報告書(1928年、58年)でも同様の項目があげられていますが、先のILOの第131号条約は、考慮すべき要素として「労働者及びその家族の生計費」「国内の賃金の一般的水準」をあげています。日本の最低賃金は、この基準からすると大きく立ち後れているといえます。
Q4:最低賃金制は賃金決定への国の介入なのでは?
一般的にいって、社会政策は、資本制社会が危機に直面した時に発動されるものですが、ここで重要なのは、自由主義経済下においても、賃金は労使の集団取引=団体交渉で決定されるという原則の確認です。
この原則からすると、最低賃金制は団体交渉を補完するものとして位置づけられ、国が一方的に決めるものではないということになります。
Q5:最低賃金の決定方法は?
国によって異なり、いくつかのパターンがあります。
①賃金委員会
イギリスなど多くの国で行われている方式で、労使同数の委員と若干の中立委員で構成され、その勧告にもとついて政府が決定します。
②法定最低賃金
アメリカでは、連邦法によって画一的に賃金率が決定されます。これをベースに、さらに州ごとに決定することもできます。
③協約の一般的適用
フランスでは、団体協約法により、協約に一般的拘束力を付与しており、労使協議の結果が全体に波及します。
これらのほか、オーストラリアで行われている仲裁裁定によって決定されるところもあります。
<2 日本の最低賃金>
Q6:日本の最低賃金の種類は?
日本の現行の最低賃金には、
①すべての労働者を対象としたセイフティネットとして都道府県ごとに定める地域別最賃と、
②基幹的労働者を対象に公正競争の実現のために産業ごとに設定することができる特定最賃の
二種類があります。
Q7:決定方法は?
日本では審議会方式をとっているのが特徴で、中央、地方の審議会ともに公労使同数の委員で構成されています(この点は議長役の中立委員が若干名にとどまるイギリスの委員会とは異なります)。
①地域別最賃は、中央の審議会で、4ランクごとの地域最賃の「目安」を示し、それを受けて地域の審議会で当該地域の最賃額を決定します(目安プラス1円など)。
②特定最賃は、地域の審議会において、労使いずれかの申し出を受けて、金額設定・改定の必要性が全会一致で認められれば、その具体的な金額を決定します。
Q8:現行制度の問題点は?
①セイフティネットとして位置づけられている地域最賃の水準は、国際的に比較しても低く、最賃法にある「労働者の生活の安定」の役割を果たせていません、また、地域間格差は広がる傾向にあります。
②一方、地域最賃より高く設定されてきた特定最賃は、この間引き上げられてきた地域最賃に追い抜かれるケースが続出し、その存在意義が問われる事態になっています。
これらの問題点は、日本の最低賃金制の特殊な成立事情から来ています。
Q9:日本の最賃制度はいつできたの?
最低賃金法は1959年に制定されました。それ以前にも試みはありましたが実現に至らず、当時の海外からのソーシャルダンピング(賃金抑制による輸出拡大)という批判への対応として慌ただしく法制定を余儀なくされました。
そこで考えられたのが、その頃始まっていた中卒初任給について経営者の間で取り決めていた協定(業者間協定)を最低賃金に仕立て上げることでした。
つまり、①低賃金労働者の保護という趣旨は置き去りにされ、②その水準は余りにも低く、③労働者が関与しない、という意味で、本来の最低賃金制とはかけ離れたものとして出発したわけです。
Q10:審議会方式への移行はいつから?
1968年の法改正によって、業者間協定方式は廃止され、それまでほとんど実績のなかった審議会方式による産業別、地域別最賃の設定(第16条)に移行していくことになり、労働省は年次計画を策定してその拡大に取り組みました。
しかし、協約による地域別最賃の設定(第11条)は、労働組合の組織率の低さもあり、その後においても例外的にしか実現していません(広島と滋賀の塗料)。
なお、制度上は労基法第18条の活用による拡張適用も可能ですが、要件が厳しく、これも例外的なものにとどまっています。
Q11:当初の産業別最低賃金とは?
68年改正を受けてまず動き出したのが、各都道府県における産業別最低賃金の設定でした。当時の産別最賃は「大括り」最賃とも呼ばれ、かなり幅広い産業で一括して設定されていきました。
金額は、業者間協定を引き継ぐものではなく、各業種の賃金実態を踏まえて独自に決められました。
ただし、これらがすべての労働者をカバーするものではなかったことから、地域別最低賃金の必要性が課題となっていきました。
Q12:地域最賃の「目安」設定はいつから?
68年法改正を受けて、労働省(現・厚生労働省)は各都道府県における地域最賃の設定を促しましたが、その水準の多くは中卒初任給を下回るものでした。
その後、前述の年次計画で定着が進み、最賃審議会は77年に最終報告をとりまとめ、中小企業賃上げ状況や労働省による賃金実態調査(30人未満)にもとづいた「目安」制度を提起。
その後、中央の審議会で、全国を4つのランクに分けた上で「引き上げ額」を示し、それを受けて各都道府県の審議会で上積みが可能となる方式が定着していきます。
こうした決定方法に大きな変化が起こるのは、2007年のことです。
Q13:07年以前の地域最賃決定方法の問題点は?
第一に、最低賃金について、本来どの水準であるべきか、という根本的な問題が議論されずにきたということです。業者間協定の追認として始まった制度が審議会方式に移行してもこの議論は行われず、低い水準が継承されてしまいました。目安制度の下では、「いくら引き上げるか」の引き上げ額だけが議論されてきました。
第二には、審議会方式といっても、実際のとりまとめは「公益委員見解」であり、しかも、その引き上げ額は、小規模企業における一般労働者とパート労働者を合算した賃金改定状況調査(「第4表」)の数字をもとにほぼ自動的に決められてきました。
審議会は、行政から諮問されたことを審議するため、日本の最賃は低いということが明らかでも、なかなか議論の土俵は変わらなかったわけです。
Q14:労働組合の対応は?
最低賃金制に対する要求は、1920年の第一回メーデーでも掲げられていましたが、具体的な取り組みには至りませんでした。
戦後には、総評の賃金綱領(1953年)における8000円という金額の提示、1963年の最賃共闘連絡会議の設置、1975年の労働4団体による全国一律最賃の要求とスト設定(結果的に中止)などの取り組みが行われてきました。
しかし、総じて、最低賃金のあり方についての基本的考え方は示されずに推移し、中央・地方の最賃専門家たちによる審議会対策が中心で、なかなか全体の運動には広がりませんでした。
この背景には、労働組合が正社員を中心に企業別に組織されてきたことがあり、この問題は今日にも及んでいます。
Q15:地域最賃の低さは問題にならなかった?
高度成長期に初任給は上昇を続けたため、最賃制が初任給に影響を与えるということはありませんでした。
最賃制は、そこから取り残された中高年女性、そしてパート・アルバイト賃金の最低ラインを規制するものとして機能してきました。
しかし、多くのシングルマザーが存在していたとはいえ、パート・アルバイトの多くは扶養されていて、低賃金市場から抜け出すことも可能だったため、最低賃金引き上げの声は大きくなりませんでした。つまり、低水準でもとくに問題はない、とされる状況が続いてきたといえます。
Q16:新産業別最低賃金とは?
地域別最賃が定着していくに伴って問題となったのが、決定方法も内容も大きく変わらない産業別最賃との役割の違いでした。
そこで中央最賃審議会は長い時間をかけて議論を続けた結果、産業別最賃を廃止し新産業別最賃の創設を決定します。
それまでの産業別最賃との大きな違いは、①小括りの産業において、②一般労働者ではなく基幹的労働者を対象としたことで、それによって企業間の公正競争の実現をめざすものとされました。
ここでいう基幹的労働者とは、18歳未満と65歳以上の者、清掃・片付けの業務、技能習得中の者、産業固有の軽易業務を除く者とされ、セイフティネットとしての地域最賃より高い金額が想定されました。
決定方式は[Q7]のとおりですが、労働者または使用者の申請によるという点では、労使の自主性がより明確な仕組みといえます。
Q17:新産業別最賃の広がりは?
新産別最賃の設定は、金属産業を中心に、流通、サービスなどの関係労使によって熱心に取り組まれましたが、現時点でも約300万人超をカバーするにとどまっています。
その背景には、申請要件の一つである企業内最賃協定の取り組みが大幅に遅れていることがあります。
金額は、地域最賃を十数%上回る水準で設定されたところが多く、実際には、一般とは異なる当該産業に特有のパート労働者の賃金を規制するものとして機能してきました。
(続)
◆ いまこそ学ぼう!Q&A最賃再入門
<1.最低賃金の基本>
Q1:最低賃金とは?
「これ未満の賃金で働かせてはいけない」とする強制力をもった国の法律・制度。つまり「最低賃金制」のことであり、社会政策の一つといえます。
Q2:その目的は?
第一義的な目的は、低賃金労働者の保護(日本の最低賃金法にある公正競争の確保や健全な経済発展などは派生的なもの)。留意すべきなのは、最低賃金制の対象について、1928年のILO第26号条約では「賃金が例外的に低い労働者」とされていたが、1970年の第131号条約では、「雇用条件に照らして対象とすることが適当である労働者すべて」とされています。
Q3:その水準の考え方は?
日本の最低賃金法は、決定要素として、①労働者の生計費、②類似労働者の賃金、③通常の事業の支払い能力を掲げてきましたが、07年改正で生活保護給付水準が新たに追加されました。
ILOの報告書(1928年、58年)でも同様の項目があげられていますが、先のILOの第131号条約は、考慮すべき要素として「労働者及びその家族の生計費」「国内の賃金の一般的水準」をあげています。日本の最低賃金は、この基準からすると大きく立ち後れているといえます。
Q4:最低賃金制は賃金決定への国の介入なのでは?
一般的にいって、社会政策は、資本制社会が危機に直面した時に発動されるものですが、ここで重要なのは、自由主義経済下においても、賃金は労使の集団取引=団体交渉で決定されるという原則の確認です。
この原則からすると、最低賃金制は団体交渉を補完するものとして位置づけられ、国が一方的に決めるものではないということになります。
Q5:最低賃金の決定方法は?
国によって異なり、いくつかのパターンがあります。
①賃金委員会
イギリスなど多くの国で行われている方式で、労使同数の委員と若干の中立委員で構成され、その勧告にもとついて政府が決定します。
②法定最低賃金
アメリカでは、連邦法によって画一的に賃金率が決定されます。これをベースに、さらに州ごとに決定することもできます。
③協約の一般的適用
フランスでは、団体協約法により、協約に一般的拘束力を付与しており、労使協議の結果が全体に波及します。
これらのほか、オーストラリアで行われている仲裁裁定によって決定されるところもあります。
<2 日本の最低賃金>
Q6:日本の最低賃金の種類は?
日本の現行の最低賃金には、
①すべての労働者を対象としたセイフティネットとして都道府県ごとに定める地域別最賃と、
②基幹的労働者を対象に公正競争の実現のために産業ごとに設定することができる特定最賃の
二種類があります。
Q7:決定方法は?
日本では審議会方式をとっているのが特徴で、中央、地方の審議会ともに公労使同数の委員で構成されています(この点は議長役の中立委員が若干名にとどまるイギリスの委員会とは異なります)。
①地域別最賃は、中央の審議会で、4ランクごとの地域最賃の「目安」を示し、それを受けて地域の審議会で当該地域の最賃額を決定します(目安プラス1円など)。
②特定最賃は、地域の審議会において、労使いずれかの申し出を受けて、金額設定・改定の必要性が全会一致で認められれば、その具体的な金額を決定します。
Q8:現行制度の問題点は?
①セイフティネットとして位置づけられている地域最賃の水準は、国際的に比較しても低く、最賃法にある「労働者の生活の安定」の役割を果たせていません、また、地域間格差は広がる傾向にあります。
②一方、地域最賃より高く設定されてきた特定最賃は、この間引き上げられてきた地域最賃に追い抜かれるケースが続出し、その存在意義が問われる事態になっています。
これらの問題点は、日本の最低賃金制の特殊な成立事情から来ています。
Q9:日本の最賃制度はいつできたの?
最低賃金法は1959年に制定されました。それ以前にも試みはありましたが実現に至らず、当時の海外からのソーシャルダンピング(賃金抑制による輸出拡大)という批判への対応として慌ただしく法制定を余儀なくされました。
そこで考えられたのが、その頃始まっていた中卒初任給について経営者の間で取り決めていた協定(業者間協定)を最低賃金に仕立て上げることでした。
つまり、①低賃金労働者の保護という趣旨は置き去りにされ、②その水準は余りにも低く、③労働者が関与しない、という意味で、本来の最低賃金制とはかけ離れたものとして出発したわけです。
Q10:審議会方式への移行はいつから?
1968年の法改正によって、業者間協定方式は廃止され、それまでほとんど実績のなかった審議会方式による産業別、地域別最賃の設定(第16条)に移行していくことになり、労働省は年次計画を策定してその拡大に取り組みました。
しかし、協約による地域別最賃の設定(第11条)は、労働組合の組織率の低さもあり、その後においても例外的にしか実現していません(広島と滋賀の塗料)。
なお、制度上は労基法第18条の活用による拡張適用も可能ですが、要件が厳しく、これも例外的なものにとどまっています。
Q11:当初の産業別最低賃金とは?
68年改正を受けてまず動き出したのが、各都道府県における産業別最低賃金の設定でした。当時の産別最賃は「大括り」最賃とも呼ばれ、かなり幅広い産業で一括して設定されていきました。
金額は、業者間協定を引き継ぐものではなく、各業種の賃金実態を踏まえて独自に決められました。
ただし、これらがすべての労働者をカバーするものではなかったことから、地域別最低賃金の必要性が課題となっていきました。
Q12:地域最賃の「目安」設定はいつから?
68年法改正を受けて、労働省(現・厚生労働省)は各都道府県における地域最賃の設定を促しましたが、その水準の多くは中卒初任給を下回るものでした。
その後、前述の年次計画で定着が進み、最賃審議会は77年に最終報告をとりまとめ、中小企業賃上げ状況や労働省による賃金実態調査(30人未満)にもとづいた「目安」制度を提起。
その後、中央の審議会で、全国を4つのランクに分けた上で「引き上げ額」を示し、それを受けて各都道府県の審議会で上積みが可能となる方式が定着していきます。
こうした決定方法に大きな変化が起こるのは、2007年のことです。
Q13:07年以前の地域最賃決定方法の問題点は?
第一に、最低賃金について、本来どの水準であるべきか、という根本的な問題が議論されずにきたということです。業者間協定の追認として始まった制度が審議会方式に移行してもこの議論は行われず、低い水準が継承されてしまいました。目安制度の下では、「いくら引き上げるか」の引き上げ額だけが議論されてきました。
第二には、審議会方式といっても、実際のとりまとめは「公益委員見解」であり、しかも、その引き上げ額は、小規模企業における一般労働者とパート労働者を合算した賃金改定状況調査(「第4表」)の数字をもとにほぼ自動的に決められてきました。
審議会は、行政から諮問されたことを審議するため、日本の最賃は低いということが明らかでも、なかなか議論の土俵は変わらなかったわけです。
Q14:労働組合の対応は?
最低賃金制に対する要求は、1920年の第一回メーデーでも掲げられていましたが、具体的な取り組みには至りませんでした。
戦後には、総評の賃金綱領(1953年)における8000円という金額の提示、1963年の最賃共闘連絡会議の設置、1975年の労働4団体による全国一律最賃の要求とスト設定(結果的に中止)などの取り組みが行われてきました。
しかし、総じて、最低賃金のあり方についての基本的考え方は示されずに推移し、中央・地方の最賃専門家たちによる審議会対策が中心で、なかなか全体の運動には広がりませんでした。
この背景には、労働組合が正社員を中心に企業別に組織されてきたことがあり、この問題は今日にも及んでいます。
Q15:地域最賃の低さは問題にならなかった?
高度成長期に初任給は上昇を続けたため、最賃制が初任給に影響を与えるということはありませんでした。
最賃制は、そこから取り残された中高年女性、そしてパート・アルバイト賃金の最低ラインを規制するものとして機能してきました。
しかし、多くのシングルマザーが存在していたとはいえ、パート・アルバイトの多くは扶養されていて、低賃金市場から抜け出すことも可能だったため、最低賃金引き上げの声は大きくなりませんでした。つまり、低水準でもとくに問題はない、とされる状況が続いてきたといえます。
Q16:新産業別最低賃金とは?
地域別最賃が定着していくに伴って問題となったのが、決定方法も内容も大きく変わらない産業別最賃との役割の違いでした。
そこで中央最賃審議会は長い時間をかけて議論を続けた結果、産業別最賃を廃止し新産業別最賃の創設を決定します。
それまでの産業別最賃との大きな違いは、①小括りの産業において、②一般労働者ではなく基幹的労働者を対象としたことで、それによって企業間の公正競争の実現をめざすものとされました。
ここでいう基幹的労働者とは、18歳未満と65歳以上の者、清掃・片付けの業務、技能習得中の者、産業固有の軽易業務を除く者とされ、セイフティネットとしての地域最賃より高い金額が想定されました。
決定方式は[Q7]のとおりですが、労働者または使用者の申請によるという点では、労使の自主性がより明確な仕組みといえます。
Q17:新産業別最賃の広がりは?
新産別最賃の設定は、金属産業を中心に、流通、サービスなどの関係労使によって熱心に取り組まれましたが、現時点でも約300万人超をカバーするにとどまっています。
その背景には、申請要件の一つである企業内最賃協定の取り組みが大幅に遅れていることがあります。
金額は、地域最賃を十数%上回る水準で設定されたところが多く、実際には、一般とは異なる当該産業に特有のパート労働者の賃金を規制するものとして機能してきました。
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