◆ 滅びたものの記憶 (東京新聞【本音のコラム】)
鎌田 慧(かまたさとし・ルポライター)
地球温暖化の張本人として、石炭はすっかり嫌われものになってしまった。かつては「産業のコメ」とされ、近代産業を牽(けん)引した動力源であり、縁の下の力持ちだった。が、いま日本にある炭鉱は北海道の釧路コールマイン一社だけ。社員は三百人ほど。かつてを知るものは感無量である。
もう一つの世界ともいうべき、暗闇の坑底での労働の姿と働く人びとの生活を描いたのが、山本作兵衛である。一生に描いた絵は二千点とも言われている。
真っ暗な坑底で働く人びとは、カンテラのかぼそい光を受けているだけなのだが、それでも豪華絢爛(ごうかけんらん)、まばゆい光を放っている。
最初この絵をみたとき、そこに脈打っている労働者の自信と衿持(きょうじ)にうたれたのだが、いま東京・東中野で上映されているドキュメンタリー映画『作兵衛さんと日本を掘る』(熊谷博子監督)の卓抜なカメラワークとインタビューで、その独自の世界が再現されている。
国内ではほぼ絶滅した炭鉱労働者の生と死、喜怒哀楽。それは筑豊にいて書き続けてきた上野英信によって記録された。作兵衛さんの絵はユネスコ世界記憶遺産になったのだが、上野さんの記録もそれと並び立つ。
先日、子息の上野朱(あかし)、写真家本橋成一との三人で上野英信について語る会があった。産業が消え、人びとが去っても記憶は遺(のこ)される、と痛感させられた。(ルポライター)
『東京新聞』(2019年5月28日【本音のコラム】)
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