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東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

戊辰戦争150年の郷土史

2018年11月21日 | 平和憲法
  《つながるオピニオン 河北新報》
 ◆ 地域の戊辰戦争史知って
無職 小野寺鉄見(90)(宮城県登米市)

 今年は戊辰(ぼしん)戦争から百五十年の節目です。本紙では日曜の連載「奥羽の義 戊辰百五十年」をはじめ、関連記事が掲載され、興味深く拝見しており、その都度切り抜き、保存しております。
 十月三十一日の記事で、秋田県美郷町の中学生二人が、町内であった秋田戊辰戦争の「六郷の戦い」を研究していることを知りました。
 戦死した仙台藩士三人が仕えた涌谷伊達家の本拠地・宮城県涌谷町まで来て、郷土史家に話を聞くなどして調査したそうです。
 二人の行動に深い感動と刺激を受け、私も郷土史を記すことにしました。
 私の住まいは、北上川沿岸の登米市東和町米谷(まいや)です。その昔は高泉氏三百石の城下町でした。
 戊辰戦争では十七歳の若き当主を先頭に百二十人が福島方面へ出陣し、七人が戦死しています。
 高泉家の菩提(ぼだい)寺「冷松寺」には招魂碑と、氏名の確認できる墓が四基あります。
 昨秋、檀家(だんか)らの彼岸法要と合わせて、戊辰戦争百五十年の供養が行われ、私はみんなの前で、戊辰戦争の話をしました。
 後日、妻と」二人で周辺の草を取り、花や供物を供え、香をたき、合掌しました。

 戊辰戦争で米谷の人が亡くなったことは、地域の方々にはあまり知られていません。郷土の史実を忘れてはならないと思います。
『東京新聞』(2018年11月20日【つながるオピニオン】)


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