◎ 判決文(6) P32~P36
「十勝岳温泉星」 《撮影:佐久間市太郎(北海道白糠定、札幌南定、数学科教員)》
第2 法令適用の誤りの主張について
1 構成要件該当性判断に関する主張について
(1) 論旨は,要するに,原判決は,開式前の体育館にいた保護者に対する被告人の「呼びかけ」並びに北爪及び田中による退場要求に対する「抗議」は,いずれも業務妨害罪の構成要件である「威力」に該当すると判断したが,これら被告人の行為はいずれも「威力」に該当しないというべきであるから,原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある,というのである。
(2) そこで,検討すると,業務妨害罪の「威力」とは,原判決も正当に指摘するとおり,人の意思を制圧するような勢力をいい,その威力の行使によって現実に被害者の自由意思が制圧されたことを要するものではなく,犯行の日時場所,動機目的,勢力の態様,業務の種類等諸般の事情を考慮し,客観的にみて人の自由意思を制圧するに足りるものであるかを判断すべきものである。
これを本件についてみると,原判決挙示の関係各証拠によれば,まず,既に争いのない事実として述べたように,板橋高校の校長として本件卒業式を円滑に執り行う職責を負う北爪は,同校の教職員との協議を経て,都教委教育長から発出された10.23通達に定められた本件実施指針に則り,「国歌斉唱の際,生徒,教職員をはじめ,列席の来賓や保護者にも起立を求める」ことを含む本件実施要綱を作成するなど,本件卒業式に向けての綿密な準備をしてきたことが認められ,
また,本件当日,被告人は,午前9時42分ころ,卒業式会場である同校体育館において,保護者席の前方中央に立ち,午前10時に予定された卒業式の開式を待つ保護者らに向かって,「今日は異常な卒業式で,国歌斉唱のときに,教職員は必ず立って歌わないと,戒告処分で,30代なら200万円の減収になります。ご理解願って,国歌斉唱のときは,出来たらご着席をお願いします」などと大声で呼びかけ,この呼びかけを制止した田中に対し,「触るんじやないよ。おれは一般市民だよ」などと怒号し,その後も,北爪らの退場要求に従うことなく,午前9時45分ころに体育館を退場するまでの間,「板橋高校の教員だぞ,おれは。何で教員を追い出すんだよ,お前。ここの教員だぞ,おれは,お前」などと怒号したことが認められる。
この認定事実によれば,被告人は,都教委の指導主事を含む来賓の入場予定時刻(午前9時45分)に近い,卒業式開式の直前に,都教委の施策に反対する,また,北爪及び教頭として校長の職務を補佐する職責を負う田中らの立場からは,到底,許容できない呼びかけを行ったのであるから,北爪や田中において,卒業式の円滑な進行に影響を与えかねないとして,その職責上,放置することができず,これを制止するなどの対応を迫られるものであることは明らかである。加えて,被告人は,現実に田中からの制止や北爪からの退場要求があったにもかかわらず,これを無視して呼びかけを行い,あるいは,怒号に及んだものであり,北爪らにおいて,更に一定時間継続して対応することを余儀なくされたことも,また,明らかである。そうすると,被告人の一連の行為は,卒業式を円滑に執り行おうとする北爪ら関係者の意思を制圧するに足りる勢力の行使として,威力業務妨害罪の「威力」に該当すると評価することができる。これと同旨の原判決の判断に誤りはない。
(3) 所論について
これに対し,所論は,次のように主張して,原判決の判断を論難する。
ア 原判決は,被告人が単独で本件行為に及んでいること,被告人の立場は部外者ではなく正式の来賓であること,被告人が来賓として来校した動機目的は卒業式そのものの妨害・破壊ではなく,10.23通達の実施状況に関心を持ち,在職時に知っていた全盲女生徒のピアノ伴奏を見届けようとしたからであり,国歌斉唱時の起立・斉唱の問題を除けば,本件卒業式が予定通り実施されることを望んでいた,との事実を認定しているところ,これらはいずれも「威力」の成立を否定する方向の要素であるにもかかわらず,原判決はこれら消極要素を全く考慮していない。
イ 原判決は,被告人の保護者への呼びかけを「大声」とし,北爪・田中の退場要求への抗議を「怒号」と認定した上で,それぞれが「威力」に該当するとしたが,具体的な「威力」性判断に際しては,被告人の声量,発言時間,保護者らに与えた心理的影響などは全く考慮要素に入れていない。
ウ 原判決は,被告人の本件行為及び北爪・田中の制止行為・退場要求を「威力」性判断の「積極事情」としている。しかし,10.23通達は教職員の思想・良心の自由を侵害する違憲・違法ないし極めて不当な政策的行政であり,北爪・田中の制止行為・退場要求はこれを貫徹しようとしてなされた職務行為であるから,被告人の本件行為は,北爪らによってもたらされた違憲・違法ないし極めて不当な状態に対する抵抗であって,これらの事情が被告人の行為の「威力」性判断に関する消極事情であることは明白である。また,仮に10.23通達について客親的な法規範評価のレベルでは達意・違法ないし極めて不当であるとの法的評価を前提としないとしても,本件当時,10.23通達の妥当性をめぐって教育現場でも-般報道の上でも様々な意見が提出され議論されていたのであるから,被告人の保護者への呼びかけが10.23通達に反対する立場のものであったことを,一方的に「威力」性を肯定する「積極事情」と評価することはできない。
(続)
「十勝岳温泉星」 《撮影:佐久間市太郎(北海道白糠定、札幌南定、数学科教員)》
第2 法令適用の誤りの主張について
1 構成要件該当性判断に関する主張について
(1) 論旨は,要するに,原判決は,開式前の体育館にいた保護者に対する被告人の「呼びかけ」並びに北爪及び田中による退場要求に対する「抗議」は,いずれも業務妨害罪の構成要件である「威力」に該当すると判断したが,これら被告人の行為はいずれも「威力」に該当しないというべきであるから,原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある,というのである。
(2) そこで,検討すると,業務妨害罪の「威力」とは,原判決も正当に指摘するとおり,人の意思を制圧するような勢力をいい,その威力の行使によって現実に被害者の自由意思が制圧されたことを要するものではなく,犯行の日時場所,動機目的,勢力の態様,業務の種類等諸般の事情を考慮し,客観的にみて人の自由意思を制圧するに足りるものであるかを判断すべきものである。
これを本件についてみると,原判決挙示の関係各証拠によれば,まず,既に争いのない事実として述べたように,板橋高校の校長として本件卒業式を円滑に執り行う職責を負う北爪は,同校の教職員との協議を経て,都教委教育長から発出された10.23通達に定められた本件実施指針に則り,「国歌斉唱の際,生徒,教職員をはじめ,列席の来賓や保護者にも起立を求める」ことを含む本件実施要綱を作成するなど,本件卒業式に向けての綿密な準備をしてきたことが認められ,
また,本件当日,被告人は,午前9時42分ころ,卒業式会場である同校体育館において,保護者席の前方中央に立ち,午前10時に予定された卒業式の開式を待つ保護者らに向かって,「今日は異常な卒業式で,国歌斉唱のときに,教職員は必ず立って歌わないと,戒告処分で,30代なら200万円の減収になります。ご理解願って,国歌斉唱のときは,出来たらご着席をお願いします」などと大声で呼びかけ,この呼びかけを制止した田中に対し,「触るんじやないよ。おれは一般市民だよ」などと怒号し,その後も,北爪らの退場要求に従うことなく,午前9時45分ころに体育館を退場するまでの間,「板橋高校の教員だぞ,おれは。何で教員を追い出すんだよ,お前。ここの教員だぞ,おれは,お前」などと怒号したことが認められる。
この認定事実によれば,被告人は,都教委の指導主事を含む来賓の入場予定時刻(午前9時45分)に近い,卒業式開式の直前に,都教委の施策に反対する,また,北爪及び教頭として校長の職務を補佐する職責を負う田中らの立場からは,到底,許容できない呼びかけを行ったのであるから,北爪や田中において,卒業式の円滑な進行に影響を与えかねないとして,その職責上,放置することができず,これを制止するなどの対応を迫られるものであることは明らかである。加えて,被告人は,現実に田中からの制止や北爪からの退場要求があったにもかかわらず,これを無視して呼びかけを行い,あるいは,怒号に及んだものであり,北爪らにおいて,更に一定時間継続して対応することを余儀なくされたことも,また,明らかである。そうすると,被告人の一連の行為は,卒業式を円滑に執り行おうとする北爪ら関係者の意思を制圧するに足りる勢力の行使として,威力業務妨害罪の「威力」に該当すると評価することができる。これと同旨の原判決の判断に誤りはない。
(3) 所論について
これに対し,所論は,次のように主張して,原判決の判断を論難する。
ア 原判決は,被告人が単独で本件行為に及んでいること,被告人の立場は部外者ではなく正式の来賓であること,被告人が来賓として来校した動機目的は卒業式そのものの妨害・破壊ではなく,10.23通達の実施状況に関心を持ち,在職時に知っていた全盲女生徒のピアノ伴奏を見届けようとしたからであり,国歌斉唱時の起立・斉唱の問題を除けば,本件卒業式が予定通り実施されることを望んでいた,との事実を認定しているところ,これらはいずれも「威力」の成立を否定する方向の要素であるにもかかわらず,原判決はこれら消極要素を全く考慮していない。
イ 原判決は,被告人の保護者への呼びかけを「大声」とし,北爪・田中の退場要求への抗議を「怒号」と認定した上で,それぞれが「威力」に該当するとしたが,具体的な「威力」性判断に際しては,被告人の声量,発言時間,保護者らに与えた心理的影響などは全く考慮要素に入れていない。
ウ 原判決は,被告人の本件行為及び北爪・田中の制止行為・退場要求を「威力」性判断の「積極事情」としている。しかし,10.23通達は教職員の思想・良心の自由を侵害する違憲・違法ないし極めて不当な政策的行政であり,北爪・田中の制止行為・退場要求はこれを貫徹しようとしてなされた職務行為であるから,被告人の本件行為は,北爪らによってもたらされた違憲・違法ないし極めて不当な状態に対する抵抗であって,これらの事情が被告人の行為の「威力」性判断に関する消極事情であることは明白である。また,仮に10.23通達について客親的な法規範評価のレベルでは達意・違法ないし極めて不当であるとの法的評価を前提としないとしても,本件当時,10.23通達の妥当性をめぐって教育現場でも-般報道の上でも様々な意見が提出され議論されていたのであるから,被告人の保護者への呼びかけが10.23通達に反対する立場のものであったことを,一方的に「威力」性を肯定する「積極事情」と評価することはできない。
(続)
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