◆ 「不適切メール845通」は生徒を励ますため (週刊金曜日)
「女子生徒に不適切なメールを送った」として免職処分された都立高校教師が、冤罪だと主張して昨年11月、処分取り消しと損害賠償を求めて提訴した。一方、埼玉県は昨年末、教師と生徒間のメールなど私的連絡を禁止する通知を出した。
東京都教育委員会は、男性教諭(32歳)を昨年7月14日付で懲戒免職処分にした。2011年4月から同年11月までの約7カ月間に、担任をしていたクラスの高校2年生(当時)の女子生徒に対し、「一緒に横になって寝よう」「大好きだよ」「ずっと抱きしめていたい」といった、性的表現を含む不適切なメール845通を送信したほか、ネックレスや化粧水、マフラー、手袋、現金1万円をプレゼントしたことなどを、処分理由としている。
都教委の記者発表を受けて、マスコミ各社は、「担任がクラス女子に不適切メール845通、保護者に不信感を与えた」(『産経新聞』)、「保護者からの訴えで発覚。女子生徒は卒業直前の約2カ月間、登校できない状況になった」(『読売新聞』)、などと報じた。
しかし、男性教諭が女子生徒との間で交わしたメールの背景には、複雑な家庭環境で悩み、虐待に苦しむ生徒を励まそうとする担任教師としての姿があった。精神的に追い詰められ、不安な気持ちをぶつけてくる女子生徒のメールには、教諭の関心を引こうとし、気持ちを確かめようと積極的にアピールするような内容が次第に増えていった。そうしたメールに答える中で、過度な愛情表現を送信したこともあった、と男性教諭は説明する。
◆ 複雑な家庭環境で虐待も
女子生徒の母親は、これまでに2回離婚している。女子生徒は最初の父親との間に生まれた子どもで、2歳の時に離婚した実父の記憶はほとんどないという。現在の父親は3番目。母親と2番目の父親どの間には男の子が1人、現在の父親との間には3人の子どもが生まれた。
女子生徒は高校入学当初から、幼い2人の弟と妹の養育を押し付けられ、高校3年の時には0歳、3歳、4歳の3人の面倒を見させられた。母親が育児放棄するからだ。家の中では勉強もさせてもらえず、自由な時間も取れないような状況だった。
夫婦喧嘩は耐えない一方、喧嘩をしていない時は、夫妻で夜遅く飲みに出かけた。父親は高校中退で建設現場勤務。「高校なんか卒業しなくても、俺みたいに偉くなれるし立派になれる」と言い、「成績なんて関係ない」と怒鳴り散らした。機嫌が悪い時には「もう学校なんて行かなくていい」と女子生徒を脅して追い詰めていたという。
高校生になっても小遣いはなく、女子生徒が自由に使えるのは、両親が飲みに出かける際に、弟と妹の面倒を見るようにと置いていく500円だけだった。学校の昼食代に充てようとしたが、お金が残らず、昼食を食べないで済ますこともあった。通学バスの定期券の購入費も、父親が怖くてなかなか言い出せずに悩んだという。こうした父親らの女子生徒への対応は、心理的・精神的虐待だ。
そんな状況で、高校は唯一の楽しい居場所だった。夏期講習や土曜日の補講クラスにも意識して参加した。厳しい家庭環境の女子生徒が学習意欲を維持し向上できるように正面から向き合おうと考えた男性教諭は、メールでの相談に積極的に回答し励ますようになった。
◆ 女子生徒本人に聴取せず
家庭ではだれにも頼れず相談もできない。女子生徒は精神的に不安な気持ちから、男性教諭のプライベートに踏み込む質問が多くなりはじめた。さらに自分のことをどれくらい心配し、関心を持って見てくれているかを確かめるようになった。納得いくまで、しつこいくらいに質問し、回答を求めてきたという。
「だれかに頼りたいという思いが抑えきれず、不安な感情を信頼する担任の私にぶつけてきたのだと思います。精神的に崩れそうな女子生徒の気持ちを落ち着かせ、安定させようとメール一通一通に精いっぱい回答しました」と男性教諭は話す。
「目標の成績を達成したらご褒美がほしいという女子生徒の要望に応えたのは、学習意欲の向上につながればと考えたからです。頑張りを認めて励まし、自信をつけさせるために安価なプレゼントをしました。現金1万円は定期券購入の足しにと渡したものです」
女子生徒自身も裁判所に提出した陳述書の中で、「先生にしつこいくらいメールを送って回答を求めました。好きだとか結婚しようという内容のメールを先生が送ってくれたのは、私だけに関心を持ってほしいという私の気持ちに答えるものでした。先生が本当に自分だけに関心を持っていることを、確認せずにいられなかったのです」と証言する。「私のメールに先生が親身になって答えてくれなければ、高校に通い続けることはできなかったと思います」
高校3年の2学期の期末試験が終わると、女子生徒は「学校に行かなくていい」と父親に言われた。家庭訪問した男性教諭に対し、父親は「学校をやめさせる。家庭の問題だから放っておいてほしい」と告げた。翌日、父親は娘から取り上げた携帯電話の通信記録を見て、都教委に電話したという。
女子生徒は3学期も登校できず卒業式にも出席できなかった。しかし、それまで休まずに通学していたため無事高校を卒業した。
卒業後も幼い弟と妹の面倒を見ざるを得なかつた女子生徒は昨年7月、虐待から逃れるための「シェルター」に避難。20歳を迎えた現在は、自立してアルバイトをしながら職業訓練校に通っている。
「女子生徒本人から話を聞いてほしい」と男性教諭は繰り返し訴えたが、都教委は女子生徒から話を聞こうとせず、一方的に懲戒免職を決めてしまった。
◆ 生徒と向き合うのは当然
同僚や管理職らも男性教諭の行動に理解を示し、都教委の懲戒免職処分はおかしいと訴えている。
女子生徒は男性教諭を信頼しており、「先生のおかげで高校に通えた。勉強したいという意欲が持てた」と感謝する。
生徒に本気で向き合おうする教師にとって、生徒との携帯庵話やメールのやり取りは特異なことではない。貧困や虐待など、厳しい家庭環境の子どもは増えている。そうした実態を見ずに管理統制を強化すれば、教育現場は萎縮し教師の仕事は全うできない。
ベテラン教師は、「メールで勉強のわからないことを聞いてくるし、悩み相談も増えてきた。生徒にとって教師とメールでつながっているのは、安心できる状態だ」と話す。
「心を閉ざしていた女子生徒がメールを通じて次第に会話できるようになった。休みの日も夜中も頻繁にくる。エッチな話がしたいというメールも。無視できないので適当にあしらったが、思春期の女の子にはよくあること。生活保護の母子家庭で、母親が養育放棄し食事も満足に取れない女子生徒には、食材を買い与えるなど何回も支援した。そんな事例はほかにいくらでもありますよ」
東京都教育委員会・人事部職員課は、「個別の懲戒処分の内容については一切お答えできません」として取材を拒否した。
裁判の第1回口頭弁論は2月2日に開かれる。
これに先立ち東京地裁(吉田徹裁判長)は1月21日、「特に重い処分である免職を相当とした都教委の判断の相当性について、十分な疎明はされていない」などとして、判決言い渡しまで懲戒免職処分の執行停止を決定した。
いけそえのりあき・ジャーナリスト。
関東学院大学非常勤講師。著書に『日の丸がある風最』(日本評論社)、『裁判官の品絡』(現代人文社)など。
『週刊金曜日(1025号)』(2015.1.30)
池添徳明
「女子生徒に不適切なメールを送った」として免職処分された都立高校教師が、冤罪だと主張して昨年11月、処分取り消しと損害賠償を求めて提訴した。一方、埼玉県は昨年末、教師と生徒間のメールなど私的連絡を禁止する通知を出した。
東京都教育委員会は、男性教諭(32歳)を昨年7月14日付で懲戒免職処分にした。2011年4月から同年11月までの約7カ月間に、担任をしていたクラスの高校2年生(当時)の女子生徒に対し、「一緒に横になって寝よう」「大好きだよ」「ずっと抱きしめていたい」といった、性的表現を含む不適切なメール845通を送信したほか、ネックレスや化粧水、マフラー、手袋、現金1万円をプレゼントしたことなどを、処分理由としている。
都教委の記者発表を受けて、マスコミ各社は、「担任がクラス女子に不適切メール845通、保護者に不信感を与えた」(『産経新聞』)、「保護者からの訴えで発覚。女子生徒は卒業直前の約2カ月間、登校できない状況になった」(『読売新聞』)、などと報じた。
しかし、男性教諭が女子生徒との間で交わしたメールの背景には、複雑な家庭環境で悩み、虐待に苦しむ生徒を励まそうとする担任教師としての姿があった。精神的に追い詰められ、不安な気持ちをぶつけてくる女子生徒のメールには、教諭の関心を引こうとし、気持ちを確かめようと積極的にアピールするような内容が次第に増えていった。そうしたメールに答える中で、過度な愛情表現を送信したこともあった、と男性教諭は説明する。
◆ 複雑な家庭環境で虐待も
女子生徒の母親は、これまでに2回離婚している。女子生徒は最初の父親との間に生まれた子どもで、2歳の時に離婚した実父の記憶はほとんどないという。現在の父親は3番目。母親と2番目の父親どの間には男の子が1人、現在の父親との間には3人の子どもが生まれた。
女子生徒は高校入学当初から、幼い2人の弟と妹の養育を押し付けられ、高校3年の時には0歳、3歳、4歳の3人の面倒を見させられた。母親が育児放棄するからだ。家の中では勉強もさせてもらえず、自由な時間も取れないような状況だった。
夫婦喧嘩は耐えない一方、喧嘩をしていない時は、夫妻で夜遅く飲みに出かけた。父親は高校中退で建設現場勤務。「高校なんか卒業しなくても、俺みたいに偉くなれるし立派になれる」と言い、「成績なんて関係ない」と怒鳴り散らした。機嫌が悪い時には「もう学校なんて行かなくていい」と女子生徒を脅して追い詰めていたという。
高校生になっても小遣いはなく、女子生徒が自由に使えるのは、両親が飲みに出かける際に、弟と妹の面倒を見るようにと置いていく500円だけだった。学校の昼食代に充てようとしたが、お金が残らず、昼食を食べないで済ますこともあった。通学バスの定期券の購入費も、父親が怖くてなかなか言い出せずに悩んだという。こうした父親らの女子生徒への対応は、心理的・精神的虐待だ。
そんな状況で、高校は唯一の楽しい居場所だった。夏期講習や土曜日の補講クラスにも意識して参加した。厳しい家庭環境の女子生徒が学習意欲を維持し向上できるように正面から向き合おうと考えた男性教諭は、メールでの相談に積極的に回答し励ますようになった。
◆ 女子生徒本人に聴取せず
家庭ではだれにも頼れず相談もできない。女子生徒は精神的に不安な気持ちから、男性教諭のプライベートに踏み込む質問が多くなりはじめた。さらに自分のことをどれくらい心配し、関心を持って見てくれているかを確かめるようになった。納得いくまで、しつこいくらいに質問し、回答を求めてきたという。
「だれかに頼りたいという思いが抑えきれず、不安な感情を信頼する担任の私にぶつけてきたのだと思います。精神的に崩れそうな女子生徒の気持ちを落ち着かせ、安定させようとメール一通一通に精いっぱい回答しました」と男性教諭は話す。
「目標の成績を達成したらご褒美がほしいという女子生徒の要望に応えたのは、学習意欲の向上につながればと考えたからです。頑張りを認めて励まし、自信をつけさせるために安価なプレゼントをしました。現金1万円は定期券購入の足しにと渡したものです」
女子生徒自身も裁判所に提出した陳述書の中で、「先生にしつこいくらいメールを送って回答を求めました。好きだとか結婚しようという内容のメールを先生が送ってくれたのは、私だけに関心を持ってほしいという私の気持ちに答えるものでした。先生が本当に自分だけに関心を持っていることを、確認せずにいられなかったのです」と証言する。「私のメールに先生が親身になって答えてくれなければ、高校に通い続けることはできなかったと思います」
高校3年の2学期の期末試験が終わると、女子生徒は「学校に行かなくていい」と父親に言われた。家庭訪問した男性教諭に対し、父親は「学校をやめさせる。家庭の問題だから放っておいてほしい」と告げた。翌日、父親は娘から取り上げた携帯電話の通信記録を見て、都教委に電話したという。
女子生徒は3学期も登校できず卒業式にも出席できなかった。しかし、それまで休まずに通学していたため無事高校を卒業した。
卒業後も幼い弟と妹の面倒を見ざるを得なかつた女子生徒は昨年7月、虐待から逃れるための「シェルター」に避難。20歳を迎えた現在は、自立してアルバイトをしながら職業訓練校に通っている。
「女子生徒本人から話を聞いてほしい」と男性教諭は繰り返し訴えたが、都教委は女子生徒から話を聞こうとせず、一方的に懲戒免職を決めてしまった。
◆ 生徒と向き合うのは当然
同僚や管理職らも男性教諭の行動に理解を示し、都教委の懲戒免職処分はおかしいと訴えている。
女子生徒は男性教諭を信頼しており、「先生のおかげで高校に通えた。勉強したいという意欲が持てた」と感謝する。
生徒に本気で向き合おうする教師にとって、生徒との携帯庵話やメールのやり取りは特異なことではない。貧困や虐待など、厳しい家庭環境の子どもは増えている。そうした実態を見ずに管理統制を強化すれば、教育現場は萎縮し教師の仕事は全うできない。
ベテラン教師は、「メールで勉強のわからないことを聞いてくるし、悩み相談も増えてきた。生徒にとって教師とメールでつながっているのは、安心できる状態だ」と話す。
「心を閉ざしていた女子生徒がメールを通じて次第に会話できるようになった。休みの日も夜中も頻繁にくる。エッチな話がしたいというメールも。無視できないので適当にあしらったが、思春期の女の子にはよくあること。生活保護の母子家庭で、母親が養育放棄し食事も満足に取れない女子生徒には、食材を買い与えるなど何回も支援した。そんな事例はほかにいくらでもありますよ」
東京都教育委員会・人事部職員課は、「個別の懲戒処分の内容については一切お答えできません」として取材を拒否した。
裁判の第1回口頭弁論は2月2日に開かれる。
これに先立ち東京地裁(吉田徹裁判長)は1月21日、「特に重い処分である免職を相当とした都教委の判断の相当性について、十分な疎明はされていない」などとして、判決言い渡しまで懲戒免職処分の執行停止を決定した。
いけそえのりあき・ジャーナリスト。
関東学院大学非常勤講師。著書に『日の丸がある風最』(日本評論社)、『裁判官の品絡』(現代人文社)など。
『週刊金曜日(1025号)』(2015.1.30)
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