◆ 東京の現場から見る非正規教員の問題 (教科書ネット21ニュース)
「すみません、ちょっと忙しくてとても他の仕事を受ける余裕はないんです。」
「言いたいことはありますが、正式に採用されていないのに批判的なことを書くのはちょっと…。匿名でもどこから情報が漏れるかわかりませんし…。」
◆ 全体の2割に迫る非正規教員
じつは今回、「誰かこのテーマで書ける非正規教員はいませんか?」と編集委員会から相談を受け、安易に「探しておきます。」と返事をしてしまったのですが、何人に声をかけてもほとんどの方に上記のような理由で断られてしまいました。が、これが非正規教員の置かれている実態だと言えるでしょう。
不安定な待遇でありながら仕事内容は正規職員と同じである常勤講師と、時間給で働く非常勤講師を合わせると教員全体の2割に迫るほどに教員の非正規化が進んできています。
そして常に管理職の評価に怯え、組合としても闘いきれない状況(不安定であるがゆえ、簡単に雇用を解除されてしまいます。)の中で、「それでも子どもたちにとっては同じ先生だから」と、全力で仕事に励むたくさんの仲間を見てきました。
そこでここでは私が見てきた東京の現場での実態を少し紹介できたらと思います。
◆ 「期限付き任用」という名の調整弁
東京都で特徴的なのは「期限付き任用」教員の存在です。
以前までの東京都の教員採用は合格(名簿登載)か補欠合格(欠員が出次第正式に任用)、そして不合格に分けられており、例え補欠合格であっても声がかかりさえすれば晴れて正式な教員として東京都に採用されていました。
しかし10年ほど前からこの補欠合格制度を改悪し、以前であれば補欠合格であった受験者を「期限付き任用」教員として登録し、欠員が出たら1年間限定で働かせるという制度を作ってしまいました。
これにより、まだ正式に合格していない身でありながら現場で担任として働いたり部活動を受けたりしながら、その年の採用試験を受験せねばならないという若い教員が続出する事態となってしまいました。
現場で正規教員と同じ業務をこなしながら、その年の採用試験も受けなければならない。こんな状態で子どもたちと落ち着いて向き合うことができるのでしょうか。たしかに期限付き任用教員は次の年の採用試験では筆記は小論文だけになりますが、それにより心の負担が減ることはないでしよう。
◆ 指導教官のフォローもなし
また、当然ですが翌年の合格が確約されているわけではないため、何年も落ち続け、「不合格ではないが期限付き任用でしか採用されない」と言って悩んでいる教員を何人も見てきました。
さらに、正式採用された教員には指導教官が付き手厚くフォローしてもらえますが、期限付き任用教員は誰にフォローされることもなく、いきなり一人前の仕事を求められてしまいます。本来であればよりフォローが必要なのは、採用試験も控えている期限付き任用教員ではないでしょうか。
また、当然ではありますが正式採用ではないため、初任者が受けるべき研修(初任者研修)も受ける義務はありません(初任者研修そのものにも問題はありますが…)。ですから期限付き任用教員とは、ただ人員の「調整弁」としてのみ、その存在価値があると言えるでしょう。
◆ 名前も知らない先生たち
さて、これまで期限付き任用教員について書いてきましたが、現場には期限付き任用教員以外にも多くの非正規教員が働いています。
特に週に数時間だけ授業を行いに来る教員に関しては職員室に机がなかったり、あっても他の講師の方と共用だったりと、到底同じ学校で働く仲間とは言えないような働き方をさせられている教員も多くいるため、名前すらもよく分からないというようなことが起こっています。
また、授業コマ数で働いている教員に関しては打ち合わせの時間も確保されていないため、例えばクラスを習熟度別に分けて授業を行う少人数算数の時間などではお互いにお互いの内容がよく分からないままに授業が進んでしまっていたりします(少人数算数といいながら、都教委は原則「習熟度別」のクラス編成を求めており、ここにも大きな問題が…)。
また、そのような教員の中でも特に若い先生などはそれだけでは生活できないために授業後その足で学区のコンビニでレジ打ち、なんて状況もよく聞く話です。
子どもたちにとってみればさっきまで勉強を教えてくれた先生が、放課後お菓子を購入する自分に対してお礼を言う、などということもあるでしょう(もちろん日本の労働問題に目を向けるきっかけとして生きた教材になる可能性もありますが)。
しかしなにより、そんな貧困状態で子どもたちの前に立ち教育を行うことが健全な状態とは到底言えない、ということは十分理解できることと思います。
◆ 免許更新制度の弊害の問題
ストレスによる病休、退職などそして、現場では意外と大きな問題となっていることが、教員免許更新制の問題です。今、現場では過度のストレスによる病休や突然の退職などの事態が頻発しており、急に講師が必要になるということもよくあります(もちろん産育休のようなおめでたい事例も多いのですが)。
その際は、急遽講師を探さねばならなくなりますが、実は東京都は慢性的な講師不足に陥っており、講師を探すのはその学校の管理職の仕事になっており、職員会議などで管理職から「だれか引き受けてくれる先生をご存じないですか?探してもらえますか?」と声をかけられたりします。
私のもとにも日常的に、都内の教員仲間から「○月から○月まで担任をもってくれる先生を知りませんか?」といったようなメールが入ります。そしてやっとの思いで教員を見つけることができた、としてもここに大きな壁が立ちはだかります。それが「免許を更新していないためもう失効してしまっている」という免許更新の壁です。
もちろん失効しても必要な手続きと講習を受ければ再発行はされますが、学校としては明日にでも来てほしい状況にあるため、手続きが完了するまで待つわけにはいきません。そこでまた講師探しが振り出しに戻ってしまう、という事例も多く見てきました。
◆ 終わりに一教育という「仕事」一
ここまで非正規教員に関わる様々な問題を取り上げてきましたが、なにより私たちが考えねばならないことは「不安定な働き方で教育を行えるものなのか?」ということです。
私は、自分や半径1mの人間を幸せにできないでその外側にいる子どもたちを幸せにできるはずがないと考えます。これは非正規教員に限ったことではありませんが、今現場では「子どもたちのために」を合言葉に、自分の生活を犠牲にして働くことをよしとする風潮があります。この考えが改まらない限り、非正規教員は増え続けていくのではないでしょうか?
「お金なんていらない、子どもたちのために何かできるならそれが自分の幸せ。」非正規教員の問題を考えるたびに、こんな日本的な価値観を見直していく必要性を感じています。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 106号』(2016.2)
宮澤弘道(東京都公立学校教員)
「すみません、ちょっと忙しくてとても他の仕事を受ける余裕はないんです。」
「言いたいことはありますが、正式に採用されていないのに批判的なことを書くのはちょっと…。匿名でもどこから情報が漏れるかわかりませんし…。」
◆ 全体の2割に迫る非正規教員
じつは今回、「誰かこのテーマで書ける非正規教員はいませんか?」と編集委員会から相談を受け、安易に「探しておきます。」と返事をしてしまったのですが、何人に声をかけてもほとんどの方に上記のような理由で断られてしまいました。が、これが非正規教員の置かれている実態だと言えるでしょう。
不安定な待遇でありながら仕事内容は正規職員と同じである常勤講師と、時間給で働く非常勤講師を合わせると教員全体の2割に迫るほどに教員の非正規化が進んできています。
そして常に管理職の評価に怯え、組合としても闘いきれない状況(不安定であるがゆえ、簡単に雇用を解除されてしまいます。)の中で、「それでも子どもたちにとっては同じ先生だから」と、全力で仕事に励むたくさんの仲間を見てきました。
そこでここでは私が見てきた東京の現場での実態を少し紹介できたらと思います。
◆ 「期限付き任用」という名の調整弁
東京都で特徴的なのは「期限付き任用」教員の存在です。
以前までの東京都の教員採用は合格(名簿登載)か補欠合格(欠員が出次第正式に任用)、そして不合格に分けられており、例え補欠合格であっても声がかかりさえすれば晴れて正式な教員として東京都に採用されていました。
しかし10年ほど前からこの補欠合格制度を改悪し、以前であれば補欠合格であった受験者を「期限付き任用」教員として登録し、欠員が出たら1年間限定で働かせるという制度を作ってしまいました。
これにより、まだ正式に合格していない身でありながら現場で担任として働いたり部活動を受けたりしながら、その年の採用試験を受験せねばならないという若い教員が続出する事態となってしまいました。
現場で正規教員と同じ業務をこなしながら、その年の採用試験も受けなければならない。こんな状態で子どもたちと落ち着いて向き合うことができるのでしょうか。たしかに期限付き任用教員は次の年の採用試験では筆記は小論文だけになりますが、それにより心の負担が減ることはないでしよう。
◆ 指導教官のフォローもなし
また、当然ですが翌年の合格が確約されているわけではないため、何年も落ち続け、「不合格ではないが期限付き任用でしか採用されない」と言って悩んでいる教員を何人も見てきました。
さらに、正式採用された教員には指導教官が付き手厚くフォローしてもらえますが、期限付き任用教員は誰にフォローされることもなく、いきなり一人前の仕事を求められてしまいます。本来であればよりフォローが必要なのは、採用試験も控えている期限付き任用教員ではないでしょうか。
また、当然ではありますが正式採用ではないため、初任者が受けるべき研修(初任者研修)も受ける義務はありません(初任者研修そのものにも問題はありますが…)。ですから期限付き任用教員とは、ただ人員の「調整弁」としてのみ、その存在価値があると言えるでしょう。
◆ 名前も知らない先生たち
さて、これまで期限付き任用教員について書いてきましたが、現場には期限付き任用教員以外にも多くの非正規教員が働いています。
特に週に数時間だけ授業を行いに来る教員に関しては職員室に机がなかったり、あっても他の講師の方と共用だったりと、到底同じ学校で働く仲間とは言えないような働き方をさせられている教員も多くいるため、名前すらもよく分からないというようなことが起こっています。
また、授業コマ数で働いている教員に関しては打ち合わせの時間も確保されていないため、例えばクラスを習熟度別に分けて授業を行う少人数算数の時間などではお互いにお互いの内容がよく分からないままに授業が進んでしまっていたりします(少人数算数といいながら、都教委は原則「習熟度別」のクラス編成を求めており、ここにも大きな問題が…)。
また、そのような教員の中でも特に若い先生などはそれだけでは生活できないために授業後その足で学区のコンビニでレジ打ち、なんて状況もよく聞く話です。
子どもたちにとってみればさっきまで勉強を教えてくれた先生が、放課後お菓子を購入する自分に対してお礼を言う、などということもあるでしょう(もちろん日本の労働問題に目を向けるきっかけとして生きた教材になる可能性もありますが)。
しかしなにより、そんな貧困状態で子どもたちの前に立ち教育を行うことが健全な状態とは到底言えない、ということは十分理解できることと思います。
◆ 免許更新制度の弊害の問題
ストレスによる病休、退職などそして、現場では意外と大きな問題となっていることが、教員免許更新制の問題です。今、現場では過度のストレスによる病休や突然の退職などの事態が頻発しており、急に講師が必要になるということもよくあります(もちろん産育休のようなおめでたい事例も多いのですが)。
その際は、急遽講師を探さねばならなくなりますが、実は東京都は慢性的な講師不足に陥っており、講師を探すのはその学校の管理職の仕事になっており、職員会議などで管理職から「だれか引き受けてくれる先生をご存じないですか?探してもらえますか?」と声をかけられたりします。
私のもとにも日常的に、都内の教員仲間から「○月から○月まで担任をもってくれる先生を知りませんか?」といったようなメールが入ります。そしてやっとの思いで教員を見つけることができた、としてもここに大きな壁が立ちはだかります。それが「免許を更新していないためもう失効してしまっている」という免許更新の壁です。
もちろん失効しても必要な手続きと講習を受ければ再発行はされますが、学校としては明日にでも来てほしい状況にあるため、手続きが完了するまで待つわけにはいきません。そこでまた講師探しが振り出しに戻ってしまう、という事例も多く見てきました。
◆ 終わりに一教育という「仕事」一
ここまで非正規教員に関わる様々な問題を取り上げてきましたが、なにより私たちが考えねばならないことは「不安定な働き方で教育を行えるものなのか?」ということです。
私は、自分や半径1mの人間を幸せにできないでその外側にいる子どもたちを幸せにできるはずがないと考えます。これは非正規教員に限ったことではありませんが、今現場では「子どもたちのために」を合言葉に、自分の生活を犠牲にして働くことをよしとする風潮があります。この考えが改まらない限り、非正規教員は増え続けていくのではないでしょうか?
「お金なんていらない、子どもたちのために何かできるならそれが自分の幸せ。」非正規教員の問題を考えるたびに、こんな日本的な価値観を見直していく必要性を感じています。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 106号』(2016.2)
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