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日本史と世界史を一体化して近現代を学ぶ必履修「歴史総合」の教科書が担う責任の重さ

2022年05月28日 | こども危機
  《「子どもと教科書全国ネット21ニュース」から》
 ◆ 「歴史総合」の教科書その特徴と課題
桐生海正(きりゅうかいせい・公立高校教諭)

 ◆ はじめに

 2022年度から全国の多くの高等学校で新科目「歴史総合」の授業が実施される。「歴史総合」の教科書は、教科書検定の結果、7社12点〔帝国書院、明成社、第一学習社(2点)、山川出版(3点)、東京書籍(2点)、清水書院、実教出版(2点)〕が合格した。
 本稿では、「歴史総合」の教科書を相互に比較検討し、その特徴と課題を明示する。

 ◆ 「歴史総合」の新規性

 「歴史総合」は、18世紀から現代までの近現代史を学ぶ科目である。
 従来「日本史」「世界史」とに科目上分けられていたものを、「世界とその中の日本」という視点で両者を一体化して学習する。
 一国史的な「ナショナル・ヒストリー」を乗り越えようとする意図が感じられる点は評価すべきだろう。だだし、教科書の全体的な記述は、ほとんどが従来通りの通史学習のスタイルをとり、世界史の内容に日本史の記述を織り交ぜたような印象を持つ。
 内容は、「近代化」、「国際秩序の変化や大衆化」、「グローバル化」と三つの変化に着目し、大きく区分される。
 ◆ 教科書の形式上の特徴

 各社から出された教科書には、共通する特徴が見られる。
 まず、ほとんどの教科書が見開き2頁で各テーマを記載する。
 また、各テーマの先頭には、「問い」が設定され、どのような視点で教科書を学べば良いか、その指針が明示される。
 本文の周りには、風刺画や絵画、写真、肖像画などの図像資料や文字資料、グラフ、表が配置され、生徒の興味・関心を高める工夫がなされている。
 中には、各テーマ全体の「問い」とは別に、図版ごとに「問い」が設定され、本文の記述と合わせ、その通りに生徒に発問すれば、授業が成り立つ教科書もある。
 しかし、「手厚すぎる」教科書には、授業が形式的となり、教員の創意工夫を阻害する懸念もある。
 「歴史総合」は「歴史の学び方を習得する」科目でもある。
 生徒が歴史学的なアプローチ方法を高校生の早い段階で身に付け、その後の探究科目で活用していくロードマップは支持されるべきだと考える。
 いくつかの教科書では、生徒が最初に学ぶ「歴史の扉」の「歴史の特質と資料」の部分で、意図的に諸資料の読み解き方を載せる。とくに、絵画や風刺画などの読み解き方の作法をここで生徒が理解することは重要である
 諸資料の読み解き方を系統立てて、わかりやすく分類する教科書がある一方、残念なことに様々な資料を混然と読み解かせる教科書も存在した。
 教科書の本文でも資料の読み解きは重要視されることから、生徒の躓きが少しでも減るよう、この箇所はとくに丁寧な記述を求めたい。
 ◆ 「問い」と資料

 「歴史総合」の教科書では、従前の「日本史A」・「世界史A」に比べて、どの教科書もとりわけ資料の精選に力を入れている。
 従来の教科書では取り扱われてこなかった初見の資料も掲載され、その点で、目新しさを感じる。
 一方で、提示された「問い」には課題も感じられる。
 例えば、「近代化と私たち」の最初のテーマの「問い」は、「江戸時代の日本と世界は、どのように結び付いていたのだろうか」、「l8世紀の東アジアは、どのような国際関係をきずき、どのように経済発展をとげたのだろうか」、「18世紀の日本では、どのように手工業製品が生産され、取引されていたのだろうか」、「18世紀の東アジアではどのような国際秩序が形成されたのだろうか」などである。
 程度の差はあれ、各社の「問い」には共通性が見いだせるだろう。これ以降も、各テーマを貫く「問い」には、「どのように」・「どのような」といった「問い」が目立つ。
 これは、暗記科目からの脱却を目指す「歴史総合」において、矛盾をはらむ「問い」ではないか。
 つまり、こうした「問い」はある程度の知識を持っていなければ十分な解答ができず、知識網羅主義的な学習を意図せず教員や生徒に求めている
 もちろんそうした「問い」である必要がある箇所もあろうが、すべてがすべてそうではないはずである。生徒が主体的に取り組みたくなるような魅力的かつ練り上げられた「問い」の厳選が望まれる。
 ◆ 「近代化」・「国際秩序の変化や大衆化」・「グローバル化」で時代を捉えること
 「歴史総合」で提示される三つの柱の扱い方も各社三者三様である。
 ある教科書では、「近代化とは何か」、「大衆化とは何か―国際秩序の変化とのかかわり」、「グローバル化とは何か」と各章の導入で「○○化」で時代を捉えることの意味を説明する。
 さらに「大衆化」の部分では、「第一次世界大戦前後に大衆化していなかった地域は、その時期にどのような状況にあったのだろうか」と疑問を投げかけ、世界全体が一様に「大衆化」したのではないことを暗示する。
 しかし、ほとんどの教科書では、「○○化」を所与の前提として、それに無批判に時代の外観が記されている。意外にもなぜ「○○化」を時代の画期とするかを説明した教科書は少ない。
 これでは暗に「○○化」が歴史発展の既定路線と位置付けられ、歴史の単線的・直線的な理解につながりかねない。
 「○○化」が遅れたり、そうならなかったりした地域や人びとの歴史が不可視化されかねない危険性も孕む。
 「○○化」のレールから零れ落ちる事例もあまり取り上げられない傾向にある。

 ただし、ある教科書では、「近代化と私たち」の章で自由民権運動期の「困民党事件」を取り上げ、「国民国家への異議申し立て」と副題をつける。
 こうした国民国家形成が一様に進まなかった事例や「○○化」をしなかった事例を考えることでこそ、「多面的・多角的」な歴史的思考力が養われるのではないか。
 ◆ 争点となる内容

 ここでは、焦点を絞り特定の歴史用語の扱われ方を考察したい。
 一つは「国民国家」である。あまりにも当たり前に私たちの生活は「国民国家」に馴染んでいる。私や生徒もほとんどが「国民国家」以外の国家形態を経験したことがないため、それを無自覚に受け入れている。
 そうした中で、「国民国家」が少数派(マイノリティ)に対し、抑圧や差別、排除の原理を持つ点を指摘する教科書の存在は重要である。
 しかし、「国民国家」を正面から批判し、それを乗り越えようとする議論は取り上げられていなかった。
 もう一つは核の問題である。東日本大震災以降、日本における核の問題は生徒にとっても身近な問題となった。現代的な諸課題を考えることを標榜する「歴史総合」においては、最重要課題の一つだろう。
 「核兵器」の特集を組んだ教科書もあった。一方で、日本が世界で唯一の戦争被爆国でありながら、核兵器禁止条約に批准していないことを含め、核との向き合い方への言及には課題が残るものも少なくなかった。
 この他、「従軍慰安婦」や戦時下の「強制連行」、沖縄戦における集団自決など、歴史教育上、重要な歴史用語に対する検討もすでに行われており、併せて参照いただきたい〔河合美喜夫「「歴史総合」の教科書を読み比べて一新たな近現代史学習の創造を一」(『歴史地理教育』第931号、2021年)、我妻秀範「「歴史総合」と新教科書の批判的検討一授業をどうつくるか一」(『人権と部落問題』第954号、2021年)〕。
 ◆ おわりに

 以上、「歴史総合」の教科書を比較検討し、その論点を抽出した。
 「歴史総合」の教科書が生まれて日もまだ浅い。各社の教科書の記述は大枠で一致しつつも、本文に記述された歴史用語のみを見ても、記述の内容には大きな差が存在する。
 例えば近世の三大改革を本文に盛り込んだ教科書がある一方、盛り込まなかった教科書もあった。
 すべての高校生が学ぶ「歴史総合」の教科書であるからこそ、今後より洗練された歴史叙述のあり方を期待したい。「日本史探究」・「世界史探究」への接続のあり方も含め、「歴史総合」の教科書が担う責任は重い。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 143号』(2022.4)

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