▼ 4.福島原発事故被害賠償訴訟
18都道府県で30件の損害賠償請求事件が取り組まれており、その原告数は総計1万2千人を超える。
2011年8月、国は福島原発事故の被害者に対する被害救済のあり方を「中間指針」としてまとめたが、加害者である東電はこの「中間指針」に沿って東電に有利な賠償を行い、「中間指針」の範囲を超えた損害賠償の要求を認めなかった。
そのため、多くの被害者が損害賠償の裁判を起こしている。
① 東電に損害賠償判決(福島地裁)
福島県川俣町の住民で計画的避難区域に指定され、福島市のアパートに避難し、2011年7月1日に一時帰宅中の自宅敷地内で焼身自殺した渡辺はま子さん(当時58歳)の遺族が東京電力に損害賠償を求めていた裁判。
2014年8月26日、福島地方裁判所(潮見直之裁判長)は、自殺と原発事故の因果関係を認め、東電に約4900万円の支払いを命じた。
② 東電に損害賠償判決(福島地裁)
原発の事故で避難生活を余儀なくされた福島県浪江町の五十崎喜一さん(当時67)が自殺したのは、「耐え難い精神的苦痛を受けて将来を悲観したことが原因だ」として、男性の遺族が慰謝料などおよそ8700万円を支払うよう求めていた。
2015年6月30日、福島地方裁判所(潮見直之裁判長)は遺族の訴えを認めて東京電力に2700万円の賠償を命じる判決を言い渡した。五十崎喜一さんは、不眠などの症状を訴え、2011年7月に飯舘村の橋から飛び降り自殺した。
③ 東電との和解成立(東京地裁)
2011年6月10日に「原発さえなければ」と書き残して自殺した福島県相馬市の酪農家、菅野重清さんの遺族が、東電に約1億2800万円の損害賠償を求めた訴訟は2015年12月1日、東京地方裁判所(中吉徹郎裁判長)で和解が成立した。
④ 東電に損害賠償判決(福島地裁)
事故による強制避難を前に自殺した福島県飯舘村の大久保文雄さん(当時102歳)の遺族が東電に計6050万円の損害賠償を求めた訴訟で、2018年2月20日、福島地方裁判所(金沢秀樹裁判長)は、「原発事故による耐え難い精神的負担が自殺の決断に大きく影響を及ぼした」と原発事故と自殺の因果関係を認め、東電に計1520万円を支払うよう命じた。
原告弁護団によると、原発事故の避難住民の自殺を巡る訴訟で東電の賠償責任を認めたのは3例目。他に和解1件。
⑤ 国と東電に慰謝料の支払い判決(前橋地裁)
前橋地方裁判所(原道子裁判長)は2017年3月17日、45世帯・137名(避難指示区域内76名、自主避難者など61名)の原告が約15億円の慰謝料の支払いを求めた事件で、国と東電に対し、避難指示区域内19名、自主避難者など43名に合計3855万円余を支払うよう命じる判決を言い渡した。
この裁判では、まず、国の規制権限不行使が違法であったとして,国の賠償責任を認めた。
司法の観点からも国の規制が不適切であり、違法と評価したことは極めて大きな意味がある。
原告が原発事故で被った精神的苦痛を個別具体的に認定し、「中間指針」等とは別に独自に慰謝料額を算定し、ある程度の範囲の原告について「中間指針」等に定められた賠償額をこえる慰謝料を認めた。
判決では2002年7月に地震調査研究推進本部が公表した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」等を根拠として、津波の予見可能性を認めた。
更に、国と東電が原発の安全性維持のために求められる真摯な姿勢に欠けていたと指摘し、福島原発事故が「人災」であると改めて認定した。
⑥ 東電に「ふるさと喪失」の慰謝料支払判決(千葉地裁)
この裁判は、18世帯45名の原告が国と東電に慰謝料など約28億円の損害賠償を求めていた。
2017年9月22日、千葉地方裁判所(阪本勝・裁判長)は東電に対し、原告のうち避難区域以外から避難した者4人を含む17世帯42人に支払い済みの賠償金に上積みして約3億7600万円を支払うよう命じた。
国が定めた「中間指針」の範囲を超えた損害があったとして、事故前の生活を破壊されたことに対する「ふるさと喪失」の慰謝料を認めた一方で、国の賠償責任を認めなかった。
⑦ 東電と国の賠償責任を認め、慰謝料支払判決(福島地裁)
約3800人の原告が、慰謝料など総額約160億円の賠償を国と東電に求めた裁判である。
2017年10月10日、福島地方裁判所(金沢秀樹裁判長)は、東電に対して約2900人の原告に合計約4億9000万円余りの支払いを命じ、このうち約2億千万円余りについて国も連帯して責任をとるように命じた。
⑧ 国と東電に賠償命令(東京地裁)
福島県南相馬市小高区の元住民ら321人が2014年12月、東電を相手に「ふるさと喪失慰謝料」など総額約110億円の賠償を求めて提訴した。
2018年2月7日、東京地方裁判所(水野有子裁判長)は請求の一部を認め、東電に約11億円、原告318人について1人当たり330万円の賠償を認定した。
原告は「憲法が保障する居住・移転の自由や人格権を侵害された」と1人当たり1000万円のふるさと喪失慰謝料の支払いと、月10万円の「避難生活の慰謝料」を月28万円に増額するよう求めていた。
判決は、原発事故に伴う避難生活について「過去に類を見ない極めて甚大な被害」などと指摘し、「故郷を喪失した」との原告の主張に一定の理解を示して賠償対象に含めた。
⑨ 国と東電に慰謝料支払判決(京都地裁)
福島、茨城、千葉各県などから京都府に自主避難するなどした57世帯174人が国と東電に計約8億5000万円の損害賠償を求めた訴訟で、2018年3月15日、京都地裁(浅見宣義裁判長)は国と東電に対し、110人に総額およそ1億1000万円の賠償するよう命じた。
原告は国の避難指示が出た区域に2人、福島県内の「自主的避難区域」が143人で、同区域外の福島県や他県が29人。
⑩ 国と東電に慰謝料支払判決(東京地裁)
福島から東京に避難した17世帯47人(内自主避難46人)が国と東電に総額6億3000万円の損害賠償を求めた訴訟で、2018年3月16日、東京地方裁判所(水野有子裁判長)は42人に合計約5900万円を支払うよう命じた。
自主避難者について「健康被害の危険性があると判断し、避難した判断は合理的」と認め、避難先の学校でいじめにあった未成年者には慰謝料の増額を認めた。自主避難の時期は原則として政府が事故収拾とした2011年12月までとした。
------------------
千葉地裁と東京地裁判決は「ふるさと喪失慰謝料」を認めた点で評価できる。
「ふるさと喪失慰謝料」とは、原発事故によって被災者が避難を余儀なくされ、それまでの地域生活における共同体としての生活利益の一切合切を奪われてしまった苦痛の賠償を求めるものである。
しかしながら賠償額については、原告の請求額と裁判所の認定額を比較すると3%~13%程度と全く不十分である。
ふるさと喪失慰謝料を認めた千葉地裁判決にしても、国の避難指示区域から避難した原告に限られる。
しかし、避難区域は国が一方的に指定したもので、放射性物質の影響には行政区や避難区域による境界がない。
ふるさとを離れて地域共同体を失ったという意味では区域の内外の区別は意味がない。
一方、前橋地裁、京都地裁、東京地裁では不十分ながらも避難指示区域以外の避難者についても賠償を認めた。
東電と国の責任は多くの判決で認められている。
最初の判決となった前橋地裁判決は、東電について、遅くとも2002年には、福島第一原発の敷地地盤面を優に超えて非常用電源設備を浸水させる程度の津波の到来を予見することが可能であり、2008年5月には実際に予見しており、回避措置を怠ったとして実質的に重過失の判断をした。
また、国は2007年8月頃には東電に対して規制権限を行使すべきであったのに怠り、炉規法及び電気事業法の趣旨・目的やその権限の性質等に照らし、著しく合理性を欠くものとして、国家賠償法1条1項の違法性を認めた。
これに対し、千葉地裁判決は、津波の予見可能性は認めたが、「結果回避義務の否定」により国の責任を否定した。
福島地裁、京都地裁、東京地裁も国の責任を認めた。
(後藤康彦)
(続)
『都高退教ニュース 92号』(2018年4月1日)
18都道府県で30件の損害賠償請求事件が取り組まれており、その原告数は総計1万2千人を超える。
2011年8月、国は福島原発事故の被害者に対する被害救済のあり方を「中間指針」としてまとめたが、加害者である東電はこの「中間指針」に沿って東電に有利な賠償を行い、「中間指針」の範囲を超えた損害賠償の要求を認めなかった。
そのため、多くの被害者が損害賠償の裁判を起こしている。
① 東電に損害賠償判決(福島地裁)
福島県川俣町の住民で計画的避難区域に指定され、福島市のアパートに避難し、2011年7月1日に一時帰宅中の自宅敷地内で焼身自殺した渡辺はま子さん(当時58歳)の遺族が東京電力に損害賠償を求めていた裁判。
2014年8月26日、福島地方裁判所(潮見直之裁判長)は、自殺と原発事故の因果関係を認め、東電に約4900万円の支払いを命じた。
② 東電に損害賠償判決(福島地裁)
原発の事故で避難生活を余儀なくされた福島県浪江町の五十崎喜一さん(当時67)が自殺したのは、「耐え難い精神的苦痛を受けて将来を悲観したことが原因だ」として、男性の遺族が慰謝料などおよそ8700万円を支払うよう求めていた。
2015年6月30日、福島地方裁判所(潮見直之裁判長)は遺族の訴えを認めて東京電力に2700万円の賠償を命じる判決を言い渡した。五十崎喜一さんは、不眠などの症状を訴え、2011年7月に飯舘村の橋から飛び降り自殺した。
③ 東電との和解成立(東京地裁)
2011年6月10日に「原発さえなければ」と書き残して自殺した福島県相馬市の酪農家、菅野重清さんの遺族が、東電に約1億2800万円の損害賠償を求めた訴訟は2015年12月1日、東京地方裁判所(中吉徹郎裁判長)で和解が成立した。
④ 東電に損害賠償判決(福島地裁)
事故による強制避難を前に自殺した福島県飯舘村の大久保文雄さん(当時102歳)の遺族が東電に計6050万円の損害賠償を求めた訴訟で、2018年2月20日、福島地方裁判所(金沢秀樹裁判長)は、「原発事故による耐え難い精神的負担が自殺の決断に大きく影響を及ぼした」と原発事故と自殺の因果関係を認め、東電に計1520万円を支払うよう命じた。
原告弁護団によると、原発事故の避難住民の自殺を巡る訴訟で東電の賠償責任を認めたのは3例目。他に和解1件。
⑤ 国と東電に慰謝料の支払い判決(前橋地裁)
前橋地方裁判所(原道子裁判長)は2017年3月17日、45世帯・137名(避難指示区域内76名、自主避難者など61名)の原告が約15億円の慰謝料の支払いを求めた事件で、国と東電に対し、避難指示区域内19名、自主避難者など43名に合計3855万円余を支払うよう命じる判決を言い渡した。
この裁判では、まず、国の規制権限不行使が違法であったとして,国の賠償責任を認めた。
司法の観点からも国の規制が不適切であり、違法と評価したことは極めて大きな意味がある。
原告が原発事故で被った精神的苦痛を個別具体的に認定し、「中間指針」等とは別に独自に慰謝料額を算定し、ある程度の範囲の原告について「中間指針」等に定められた賠償額をこえる慰謝料を認めた。
判決では2002年7月に地震調査研究推進本部が公表した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」等を根拠として、津波の予見可能性を認めた。
更に、国と東電が原発の安全性維持のために求められる真摯な姿勢に欠けていたと指摘し、福島原発事故が「人災」であると改めて認定した。
⑥ 東電に「ふるさと喪失」の慰謝料支払判決(千葉地裁)
この裁判は、18世帯45名の原告が国と東電に慰謝料など約28億円の損害賠償を求めていた。
2017年9月22日、千葉地方裁判所(阪本勝・裁判長)は東電に対し、原告のうち避難区域以外から避難した者4人を含む17世帯42人に支払い済みの賠償金に上積みして約3億7600万円を支払うよう命じた。
国が定めた「中間指針」の範囲を超えた損害があったとして、事故前の生活を破壊されたことに対する「ふるさと喪失」の慰謝料を認めた一方で、国の賠償責任を認めなかった。
⑦ 東電と国の賠償責任を認め、慰謝料支払判決(福島地裁)
約3800人の原告が、慰謝料など総額約160億円の賠償を国と東電に求めた裁判である。
2017年10月10日、福島地方裁判所(金沢秀樹裁判長)は、東電に対して約2900人の原告に合計約4億9000万円余りの支払いを命じ、このうち約2億千万円余りについて国も連帯して責任をとるように命じた。
⑧ 国と東電に賠償命令(東京地裁)
福島県南相馬市小高区の元住民ら321人が2014年12月、東電を相手に「ふるさと喪失慰謝料」など総額約110億円の賠償を求めて提訴した。
2018年2月7日、東京地方裁判所(水野有子裁判長)は請求の一部を認め、東電に約11億円、原告318人について1人当たり330万円の賠償を認定した。
原告は「憲法が保障する居住・移転の自由や人格権を侵害された」と1人当たり1000万円のふるさと喪失慰謝料の支払いと、月10万円の「避難生活の慰謝料」を月28万円に増額するよう求めていた。
判決は、原発事故に伴う避難生活について「過去に類を見ない極めて甚大な被害」などと指摘し、「故郷を喪失した」との原告の主張に一定の理解を示して賠償対象に含めた。
⑨ 国と東電に慰謝料支払判決(京都地裁)
福島、茨城、千葉各県などから京都府に自主避難するなどした57世帯174人が国と東電に計約8億5000万円の損害賠償を求めた訴訟で、2018年3月15日、京都地裁(浅見宣義裁判長)は国と東電に対し、110人に総額およそ1億1000万円の賠償するよう命じた。
原告は国の避難指示が出た区域に2人、福島県内の「自主的避難区域」が143人で、同区域外の福島県や他県が29人。
⑩ 国と東電に慰謝料支払判決(東京地裁)
福島から東京に避難した17世帯47人(内自主避難46人)が国と東電に総額6億3000万円の損害賠償を求めた訴訟で、2018年3月16日、東京地方裁判所(水野有子裁判長)は42人に合計約5900万円を支払うよう命じた。
自主避難者について「健康被害の危険性があると判断し、避難した判断は合理的」と認め、避難先の学校でいじめにあった未成年者には慰謝料の増額を認めた。自主避難の時期は原則として政府が事故収拾とした2011年12月までとした。
------------------
千葉地裁と東京地裁判決は「ふるさと喪失慰謝料」を認めた点で評価できる。
「ふるさと喪失慰謝料」とは、原発事故によって被災者が避難を余儀なくされ、それまでの地域生活における共同体としての生活利益の一切合切を奪われてしまった苦痛の賠償を求めるものである。
しかしながら賠償額については、原告の請求額と裁判所の認定額を比較すると3%~13%程度と全く不十分である。
ふるさと喪失慰謝料を認めた千葉地裁判決にしても、国の避難指示区域から避難した原告に限られる。
しかし、避難区域は国が一方的に指定したもので、放射性物質の影響には行政区や避難区域による境界がない。
ふるさとを離れて地域共同体を失ったという意味では区域の内外の区別は意味がない。
一方、前橋地裁、京都地裁、東京地裁では不十分ながらも避難指示区域以外の避難者についても賠償を認めた。
東電と国の責任は多くの判決で認められている。
最初の判決となった前橋地裁判決は、東電について、遅くとも2002年には、福島第一原発の敷地地盤面を優に超えて非常用電源設備を浸水させる程度の津波の到来を予見することが可能であり、2008年5月には実際に予見しており、回避措置を怠ったとして実質的に重過失の判断をした。
また、国は2007年8月頃には東電に対して規制権限を行使すべきであったのに怠り、炉規法及び電気事業法の趣旨・目的やその権限の性質等に照らし、著しく合理性を欠くものとして、国家賠償法1条1項の違法性を認めた。
これに対し、千葉地裁判決は、津波の予見可能性は認めたが、「結果回避義務の否定」により国の責任を否定した。
福島地裁、京都地裁、東京地裁も国の責任を認めた。
(後藤康彦)
(続)
『都高退教ニュース 92号』(2018年4月1日)
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