競争意識って時に大事。
でも、時に悲しい思いにも繋がる、難しいものでもある。
SちゃんとAちゃん。
二人は仲良し。
ピアノを始めた時期はSちゃんの方がちょっと早い。
でも、後から始めたAちゃんは、勢いがある。
SちゃんはAちゃんに追い抜かれないように、と必死。
恐らくどこかの日常で、二人が遊んでいる中、
ピアノを聞かせあうシーンがあったのだろう。
Sちゃんがある時、いつもとは全然違う猛スピードで弾こうと
懸命になっていることがあった。
でも、うまく弾けない。
「どうしたの?」と聞くと
「Aちゃんはもっとすごく速く弾いていたの」って。
なるほど。Aちゃんの個性を借りようとSちゃんが頑張ると
こうなる…ね。
ちょっと前から二人の、というより
Sちゃんの焦りを感じていたので、
ここはきちんとお話をしようと、
一旦ピアノの蓋を閉めた。
SちゃんにはSちゃんの良いところがあって、
AちゃんにはAちゃんの良いところがある。
お互いの良いところを見て、勉強していくことは、
すごくすごく良いことだと思う。
でも、真似やお手本ばっかり気にして、
自分の良いところを無くしてしまうのはもったいないよ。
Aちゃんは確かに流れに乗ってサーッと弾くわね。
それも素敵だよね。
でも私は、Sちゃんが一つ一つ丁寧に音を鳴らす、その演奏が大好き。
本がどんどん進むAちゃんが気になるのは
すごくよく分かる。
でも、私はSちゃんの良いところが無くなっちゃうのはとっても残念。
昔々、私が子どもの頃ピアノを習っていたとき、
やっぱり私にも、私より後からピアノを始めたお友だちがいて、
その子はすごく本が進むのが早くて、
私はあっという間に抜かされちゃったの。
でも、そのお友だちは私より大分進んだところで
「一回ピアノを辞めて、待っててあげる」って言って
ピアノを辞めちゃったんだ。
そのお友だち、結局ピアノに戻って来ることはなかった。
私は、ゆっくりだけどずっと自分のペースでピアノを続けて、
そうしたら今はピアノの先生だよ。
SちゃんがSちゃんのペースで頑張っていることは、
私がよーく分かっているし、
誰よりもSちゃんのお父さんやお母さんが分かってくれてるよ。
だから、SちゃんはSちゃんでいいんだよ。
…なんて、かなり難しいお話をした。
それでもSちゃんは一生懸命聞いてくれて、
最後には「うん、分かった」と言ってくれた。
この後弾いてくれたSちゃんの演奏は、
いつもの、いえいえ、いつも以上に丁寧に音を鳴らす、
いい演奏だった。
お話をどこまで分かってもらえたかは分からない。
でも、何か少しでも分かってもらえていたらいいな。
大人からの理想論だとしても…。
帰り際、教室を出たSちゃんがお母さんとお話をしているのが聞こえてきた。
「先生も小さい頃からピアノを習っていたんだって」
「へぇそうなんだ。だからピアノの先生なんだね」
「え?どうして知ってるの?」
…(笑)
Sちゃんらしく、頑張って行こうね。