今日、日中の業務から抜け埼玉の病院まで見舞いに行ってきた。
誰の見舞いかというと、幼馴染のお姉さんであり、我社最古参の社員(以降"オジチャン")の娘さんだ。
彼女は4歳年上で、私が中学受験のため塾通いするまで頻繁に遊んでもらったし、
その家族全員に弟のように扱ってもらった。
現在は結婚し、ご主人と2人の娘さんの4人でさいたまにて暮らしている。
ゆえに姉さんとはここ十数年ほとんど会っておらず、先日大腸癌に侵されていると知った時にはとても驚いた!
以前から腹部が痛むのを我慢していたが、耐えきれずに検査を受けた際に癌が発見された。
姉さんは小学校に通う女の子2人を抱えているのと、家庭のトラブルを抱えての中での癌発見が彼女の不安を究極のものとした。
我社の重鎮であり職人がだきのオジチャンですら、困惑した様子を社内で隠せなかった。
そんな中で行われた手術は無事成功した。
また、採取した腸からも転移は無かったようだ。
ここで本当に関係者一同安心した。
姉さんの母親(以降"オバチャン")は私の母親と日頃から顔を合わせているのだが、この手術のことを伏せていた。
母はガンのことを全く知らずにいたのだ。
そんな母が病気のことを知ったのは私との会話からだった。
(おそらくオバチャンは母に対し気を遣ったのだろう)
無論私は病気のこと、手術のことを知っているものだと思い、いつ見舞いに行こうかと相談した時だった。
オバチャンが我社に来る用があり顔を合わせた時、
「見舞いに行ってくれるんだって?」
目にうっすら涙を浮かべながらに声をかけられた。
(見舞いに行くこと母から聞いたようだ)
熱いものが込み上げた瞬間だった。
幼少のころのように、いつも身近に居た姉さん家族との距離の変化によって起きた感動でもあったのだろうか。
そして、さいたまの病院で姉さんに再会した。
げっそりと痩せ細った姿に悲しさを感じたものの、再会の感動の方が大きかった。
もちろん手術が成功したのと転移が無かったからだ。
おそらく、幼少時代からの知人・友人の中では私が真っ先に駆けつけたと思う。
それぐらい幼き頃に遊んでもらったし、迷惑もかけたという思いが強いからだ。
我社で祖父の代から働いてもらってるオジチャン、
私の下に妹・弟が誕生し、母が子育てや、祖父母を含んだ日々の膨大な家事で私の世話を代行してくれたオバチャンへの恩返しの念も正直そこにはあった。
毎日姉さんの家に出入りしていた頃のような家族的な一体感を取り戻した。
帰社後、市川営業所に遅番勤務のため赴くと、引き継ぎ待ちのオジチャンが居た。
引き継ぎ業務が終わり帰り際、
「今日は見舞いに行ってくれてありがとう」
とボソっと一言。
オジチャンの中では(姉さんと十数年会っていないから)予想外の行動だったゆえの感激だったのだろう。
距離が遠くなったり、時間の経過は感情が薄くなりがちだ。
薄くなるのは寂しいものだが、そこに感動も生まれる。
しかし消えてしまったらおしまいだ。
新しき"良き"縁が誕生しても、古き"良き"縁を切らないようにしないと。
〆
誰の見舞いかというと、幼馴染のお姉さんであり、我社最古参の社員(以降"オジチャン")の娘さんだ。
彼女は4歳年上で、私が中学受験のため塾通いするまで頻繁に遊んでもらったし、
その家族全員に弟のように扱ってもらった。
現在は結婚し、ご主人と2人の娘さんの4人でさいたまにて暮らしている。
ゆえに姉さんとはここ十数年ほとんど会っておらず、先日大腸癌に侵されていると知った時にはとても驚いた!
以前から腹部が痛むのを我慢していたが、耐えきれずに検査を受けた際に癌が発見された。
姉さんは小学校に通う女の子2人を抱えているのと、家庭のトラブルを抱えての中での癌発見が彼女の不安を究極のものとした。
我社の重鎮であり職人がだきのオジチャンですら、困惑した様子を社内で隠せなかった。
そんな中で行われた手術は無事成功した。
また、採取した腸からも転移は無かったようだ。
ここで本当に関係者一同安心した。
姉さんの母親(以降"オバチャン")は私の母親と日頃から顔を合わせているのだが、この手術のことを伏せていた。
母はガンのことを全く知らずにいたのだ。
そんな母が病気のことを知ったのは私との会話からだった。
(おそらくオバチャンは母に対し気を遣ったのだろう)
無論私は病気のこと、手術のことを知っているものだと思い、いつ見舞いに行こうかと相談した時だった。
オバチャンが我社に来る用があり顔を合わせた時、
「見舞いに行ってくれるんだって?」
目にうっすら涙を浮かべながらに声をかけられた。
(見舞いに行くこと母から聞いたようだ)
熱いものが込み上げた瞬間だった。
幼少のころのように、いつも身近に居た姉さん家族との距離の変化によって起きた感動でもあったのだろうか。
そして、さいたまの病院で姉さんに再会した。
げっそりと痩せ細った姿に悲しさを感じたものの、再会の感動の方が大きかった。
もちろん手術が成功したのと転移が無かったからだ。
おそらく、幼少時代からの知人・友人の中では私が真っ先に駆けつけたと思う。
それぐらい幼き頃に遊んでもらったし、迷惑もかけたという思いが強いからだ。
我社で祖父の代から働いてもらってるオジチャン、
私の下に妹・弟が誕生し、母が子育てや、祖父母を含んだ日々の膨大な家事で私の世話を代行してくれたオバチャンへの恩返しの念も正直そこにはあった。
毎日姉さんの家に出入りしていた頃のような家族的な一体感を取り戻した。
帰社後、市川営業所に遅番勤務のため赴くと、引き継ぎ待ちのオジチャンが居た。
引き継ぎ業務が終わり帰り際、
「今日は見舞いに行ってくれてありがとう」
とボソっと一言。
オジチャンの中では(姉さんと十数年会っていないから)予想外の行動だったゆえの感激だったのだろう。
距離が遠くなったり、時間の経過は感情が薄くなりがちだ。
薄くなるのは寂しいものだが、そこに感動も生まれる。
しかし消えてしまったらおしまいだ。
新しき"良き"縁が誕生しても、古き"良き"縁を切らないようにしないと。
〆