おはようございます。 こちらあやかし@早起きSUN。
ららこさんのお散歩を終了した。
< 7日・8日 >と 二泊三日でおでかけをしていた。
一泊目はとうちゃんの実家。
< 7日 >
== 父ちゃんの実家 ==
”冷蔵庫事件 勃発 ”により急遽 出かけることになったんだ。
ワタシはじっちゃんのお葬式以降、色々思うところがあって、とうちゃんの実家にはあまり行かないようにしている。自分が役立つというよりも何かと問題が広がるだけだと判断したんだ。
よって墓守りを担うだけにした。
そのほうが家系・家族 全体の調和がうまくとれるように思う。
長男の嫁の立場というのは誠に難しい。 きつい言葉でいうと、四面楚歌・孤立無援・部外者・蚊帳の外・・ま、 そんな感じ。( あくまで ワタシにとっての感覚 )もう 綺麗事は言わないことにした。
これはどこの家系においても大体似たようなものだろうと想像する。
この日も、とうちゃんの言う事と異なり、実家で親族と鉢合わせになった。
私たち( 親族と我々家族 )は決して仲が悪いわけでもなく、むしろこの家のみなさんはみんないい人たちだ。只 久しぶりであるので若干のぎこちなさは致し方ない。
無意識かもしれないが、どうやら義母は家族( 息子、そして娘たち & 孫たち )を呼び寄せたいらしい。
このことは、確か外国の?さんのチャクラの本にもかいてあったな~。
さみしい年よりは、いろいろと事件( 病気やけがも含む )を起こして子供たちを呼び寄せる。その事が兄弟( 姉妹 )の関係を悪化させることもある。
>>> >>>
実家に到着ののち、とうちゃんと義母は急ぎ出かけた・・・。
他方、ワタシは、・・・
ららこさん( 吠えまくり )は 急にはヒト( この場合 親族 )になつかないので、まずはそちらをどのようにすればトラブルを起こさないで済むか?を考え、この夜の皆の寝床について各々のおかれた状況を考え決定した。
ところが これがやはり、戻ってきた義母には気にいらなかったようなのだ。
何をやっても 気に入らないのは昔からずっとそうだ。
”嫁とはこうするものです。”的な説教めいた発言が、どんなにワタシがいろいろと気をつかったとしても、理解されない、もしくは裏目に出ると宿命には書いてあるのだから、そこにこだわるだけ時間の無駄なのだ。
ワタシは 何十年もそれを我慢してきたが、 もう やめたんだ。そのかわり、意見も言わない、恨みごとも言わないように、気を流す訓練?をする。
家系内の問題は兄弟( 姉妹 )たちにおまかせ。それが ベストだと判断した。
昔とちがって そのこと( 姑の意見 )で凹むことはなくなったが、
( やっぱりね~、こうくるんだよね。)みたいな感情はどうしたって湧きおこってしまう。頭で考えることと、体が感じることとは別問題なのだ。
過去の様々な思い出に引きもどされ、若干恨みにも似た感情が湧きおこってくるのは如何ともしがたい。
そしてそのような感情が湧いてくる自分自身を制御できない自分を観るのが嫌なのだと思う。
恐らく、嫁と姑の関係というのは他にひとには理解できない 根の深い因縁のようなものが存在するのだとワタシは思う。永遠のテーマというかね、そんな感じ。
<<< 気の流れ <<<
大体 強いヒトから 弱いヒトへと流れる。
いじめの根源にあるのは この気の流れだろう。
とうちゃん、冷蔵庫の件で義母を怒る。( ガンガンではないが 怒っているのは伝わる。)
・・・まあ そりゃあそうだろう。トイレの件、食卓の椅子の件、介助の件、手術の件、入退院の件、さまざまな手続きの件、オレオレ詐欺の件、泥棒?の件、カードの件、冷蔵庫の件・・・いろいろあったからね。その度にとうちゃんは何度も呼び出され、出かけ、対応してきた。
しかしながら感謝されるだけではなく、何かの件で姉妹たちとも意思疎通がうまくできず言い争いになった事もあったみたいだ。
主な理由は、じっちゃんの時と同じく、義母は出会う兄弟姉妹に各々ちがった 顔 顔 ををすること
そして、その都度、様々な気( 依頼・愚痴・悪口 など 裏も表もある。)を流すのだ。
それは本人が頼んでいたのに忘れてしまっている?といった事も関係しているらしい。( ワタシは関わっていないので この話は伝聞 )
いわゆる ボケと呼ばれている症状が現れ出したようなのだ。
しかしながら、出会う相手によって ”しゃき~~ん” とすることもあるのでボケとは程遠い、全く正常で、普通である時もあるから、何で?どうして?と やり方にクレームが出たりするらしいのだ。
。
ワタシからみると、心配性・不安性・さみしさ・体がだんだん不自由になるいらだち そんな感じかな?
( しょうがないわよね )
>場面はもどり・・・●○家内
とうちゃんに怒られた義母は・・・
ワタシに寝床のことで嫌み( 意見とも言う )を言う。
Bさま とうちゃんに意見する。(= 正論 )アルツハイマーの疑いがあると言われた場合、そのヒトには怒ってはいけないと 看護学で学んだ・・・などなど。。。
義母、・・・親族のヒトにあれこれ言う。ここは親密な関係。
彼女は優しい。いろいろなヒトに気を遣う。突然の来訪者(=我々家族 )にさぞ疲れたことだろう。
人間関係は、ヒトが寄れば寄るほど難しい。各々がいろいろな相手に自分なりの気を使い それが空回りして、もしくは気づかいが裏目に出て 様々な感情を引き起こし、渦巻き、結果 皆が疲れはてる。( ま しょうがないわね。それが家族というものよね。)
ワタシは只今は部外者になっているので、ある程度冷静で居られる。が、しかし 他方 深いレベルのしこりはまだまだ消えていないようにも思う。30年の歴史がそんなに簡単に解消できるとは思えない。
老いて行く人を観る時、それは いずれ行くわが身の姿であるのだから、よくよくその姿を観、今から自分とオット、自分と子供たちとの関係を考えていかなくてはならないだろう。
>写真は「 伊勢神宮 」の五十鈴川
お題「 映る姿は いろいろ 」
ららこさんのお散歩を終了した。
< 7日・8日 >と 二泊三日でおでかけをしていた。
一泊目はとうちゃんの実家。
< 7日 >
== 父ちゃんの実家 ==
”冷蔵庫事件 勃発 ”により急遽 出かけることになったんだ。
ワタシはじっちゃんのお葬式以降、色々思うところがあって、とうちゃんの実家にはあまり行かないようにしている。自分が役立つというよりも何かと問題が広がるだけだと判断したんだ。
よって墓守りを担うだけにした。
そのほうが家系・家族 全体の調和がうまくとれるように思う。
長男の嫁の立場というのは誠に難しい。 きつい言葉でいうと、四面楚歌・孤立無援・部外者・蚊帳の外・・ま、 そんな感じ。( あくまで ワタシにとっての感覚 )もう 綺麗事は言わないことにした。
これはどこの家系においても大体似たようなものだろうと想像する。
この日も、とうちゃんの言う事と異なり、実家で親族と鉢合わせになった。
私たち( 親族と我々家族 )は決して仲が悪いわけでもなく、むしろこの家のみなさんはみんないい人たちだ。只 久しぶりであるので若干のぎこちなさは致し方ない。
無意識かもしれないが、どうやら義母は家族( 息子、そして娘たち & 孫たち )を呼び寄せたいらしい。
このことは、確か外国の?さんのチャクラの本にもかいてあったな~。
さみしい年よりは、いろいろと事件( 病気やけがも含む )を起こして子供たちを呼び寄せる。その事が兄弟( 姉妹 )の関係を悪化させることもある。
>>> >>>
実家に到着ののち、とうちゃんと義母は急ぎ出かけた・・・。
他方、ワタシは、・・・
ららこさん( 吠えまくり )は 急にはヒト( この場合 親族 )になつかないので、まずはそちらをどのようにすればトラブルを起こさないで済むか?を考え、この夜の皆の寝床について各々のおかれた状況を考え決定した。
ところが これがやはり、戻ってきた義母には気にいらなかったようなのだ。
何をやっても 気に入らないのは昔からずっとそうだ。
”嫁とはこうするものです。”的な説教めいた発言が、どんなにワタシがいろいろと気をつかったとしても、理解されない、もしくは裏目に出ると宿命には書いてあるのだから、そこにこだわるだけ時間の無駄なのだ。
ワタシは 何十年もそれを我慢してきたが、 もう やめたんだ。そのかわり、意見も言わない、恨みごとも言わないように、気を流す訓練?をする。
家系内の問題は兄弟( 姉妹 )たちにおまかせ。それが ベストだと判断した。
昔とちがって そのこと( 姑の意見 )で凹むことはなくなったが、
( やっぱりね~、こうくるんだよね。)みたいな感情はどうしたって湧きおこってしまう。頭で考えることと、体が感じることとは別問題なのだ。
過去の様々な思い出に引きもどされ、若干恨みにも似た感情が湧きおこってくるのは如何ともしがたい。
そしてそのような感情が湧いてくる自分自身を制御できない自分を観るのが嫌なのだと思う。
恐らく、嫁と姑の関係というのは他にひとには理解できない 根の深い因縁のようなものが存在するのだとワタシは思う。永遠のテーマというかね、そんな感じ。
<<< 気の流れ <<<
大体 強いヒトから 弱いヒトへと流れる。
いじめの根源にあるのは この気の流れだろう。
とうちゃん、冷蔵庫の件で義母を怒る。( ガンガンではないが 怒っているのは伝わる。)
・・・まあ そりゃあそうだろう。トイレの件、食卓の椅子の件、介助の件、手術の件、入退院の件、さまざまな手続きの件、オレオレ詐欺の件、泥棒?の件、カードの件、冷蔵庫の件・・・いろいろあったからね。その度にとうちゃんは何度も呼び出され、出かけ、対応してきた。
しかしながら感謝されるだけではなく、何かの件で姉妹たちとも意思疎通がうまくできず言い争いになった事もあったみたいだ。
主な理由は、じっちゃんの時と同じく、義母は出会う兄弟姉妹に各々ちがった 顔 顔 ををすること
そして、その都度、様々な気( 依頼・愚痴・悪口 など 裏も表もある。)を流すのだ。
それは本人が頼んでいたのに忘れてしまっている?といった事も関係しているらしい。( ワタシは関わっていないので この話は伝聞 )
いわゆる ボケと呼ばれている症状が現れ出したようなのだ。
しかしながら、出会う相手によって ”しゃき~~ん” とすることもあるのでボケとは程遠い、全く正常で、普通である時もあるから、何で?どうして?と やり方にクレームが出たりするらしいのだ。
。
ワタシからみると、心配性・不安性・さみしさ・体がだんだん不自由になるいらだち そんな感じかな?
( しょうがないわよね )
>場面はもどり・・・●○家内
とうちゃんに怒られた義母は・・・
ワタシに寝床のことで嫌み( 意見とも言う )を言う。
Bさま とうちゃんに意見する。(= 正論 )アルツハイマーの疑いがあると言われた場合、そのヒトには怒ってはいけないと 看護学で学んだ・・・などなど。。。
義母、・・・親族のヒトにあれこれ言う。ここは親密な関係。
彼女は優しい。いろいろなヒトに気を遣う。突然の来訪者(=我々家族 )にさぞ疲れたことだろう。
人間関係は、ヒトが寄れば寄るほど難しい。各々がいろいろな相手に自分なりの気を使い それが空回りして、もしくは気づかいが裏目に出て 様々な感情を引き起こし、渦巻き、結果 皆が疲れはてる。( ま しょうがないわね。それが家族というものよね。)
ワタシは只今は部外者になっているので、ある程度冷静で居られる。が、しかし 他方 深いレベルのしこりはまだまだ消えていないようにも思う。30年の歴史がそんなに簡単に解消できるとは思えない。
老いて行く人を観る時、それは いずれ行くわが身の姿であるのだから、よくよくその姿を観、今から自分とオット、自分と子供たちとの関係を考えていかなくてはならないだろう。
>写真は「 伊勢神宮 」の五十鈴川
お題「 映る姿は いろいろ 」