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あやかし(姫)@~。ほにゃらら・・・おばちゃん( 秘かに生息 )。  

「 子供に教えるのではない 」 こだわりからの脱出 & 夢を持つということ (2)  衝撃 

2015-01-28 04:45:21 | 上原輝男先生の てるてる ワールド
 
  衝撃ON 個人編  
恩・・・わかるんですけど・・・でも・・
上原・・・あのね、わかるんですけど って言ってるけどね、あのこういうことなんですよ。今出ている話と全然違う事を言いますけどね、これは全く恩自身の個人的な問題なんだけどね、僕は恩に対して不満を持っている点があるんですよ、私は、個人的な問題で。で、そこの所どうして壁を破らないんだろうって僕は常々思っている点がある。

それはね、恩って言う人間は非常に真面目な人間なんですよ。と、僕は見ているわけ。
真面目なんだけどね、自分をさらけ出すっていうことは絶対にしない人なんですよ、あなたは。
自分の内面的な問題は絶対にさらけ出さないんですよ。

それは関係ないでしょっていう雰囲気で、ぱっと捨ててしまうわけ。つまり公私の別を非常に明らかにする人なんですね。公私の別を明らかにしている。ワタクシをここへは持ちださないんですよ。

だけども僕の不満っていうのは 持ちだしたらいいんですって言いたいわけ。
もっと具体的な例をとるとね、あなたはあれなんだ、よく勉強もする人なんだけどね、勉強のことだったら その~ん~私が一生懸命勉強をしたいと思って、そしてここへ 皆さん先輩の前へ持ってきて 私はこういう勉強をしたいんです。だからその~ いや こういう勉強をしたいんじゃあない、私は勉強していますから皆さん教えてください、これでいいじゃないか、と思っている点がある。

だけども、もうこれからはね、それでは誰も教えてくれませんてって言っている。私は今ね、どうしてもこの問題を片付けなければならないんですから教えてください、っていうんだったら教えてくれるって言うんです。

あなたは勉強に関してはね、中学生と同じような姿勢を取る。勉強だったら世の中の人達は誰でも教えてくれると こう思っている。ところが教えてくれないんですよそれは。塾とかそういうものとは違うんだもの。だからね、私はこういう目的を持っていますから、こういう 私は個人的な問題を持っていますから、この問題を教えてくださいって言ったら言うんだよ。特に研究会は教えてくれるわけよ。

先ほどの 下(個人名) の例でとるならば 下は 自分の目標を持っているわけよ、課題を。そして自分は課題をここまで調べてきましたからどうぞ皆さん方、ここまで調べたんです。そしてこれは皆さんにご報告申し上げますから教えてください。って言ったらそれに答えるんです。

だけどあなたの場合は何もあなたはサービスしないわけです、他の人に。ね、だから教えないんです。いや 教えるでしょうけどね。この会は教えるでしょうけどね。
冗談じゃアない。てめえだけ何かみやげ持って帰ろうなんて そして何くれた?っていうことになる。って。・・・僕は 不満はそういうことなんです。
私はここまで私を見せたんだから それに対して皆さん方も何か言ってください、って言うんだったら言うんだっていう。

市・・・かなりみな親切だからね、ここの会は。言うから、言うんだから・・・。こう わかるんだけれど・・・って言ってあと何も言わないでしょう、待っているんだけど、皆。分かるんだけど・・待っているんだけど、あなたがわからないって言う事を ここがわからない、そこがわからない、って言えばこちらも言いやすいんです。でも黙っているとあなたのわからないのはこっちかな?あっちかな?と雲をつかむような話を逐一掴まなきゃあならない、っていう面倒くささをやった後に・・・。

上原・・・そして皮肉な材料を持ってきたもんだと思うんだ。国語の小林秀雄さんの中身を読んでみて、皮肉な材料を持ってきた、おもしろいなと思うの。
”わかる”っていうようなことだけをを問題にしていては駄目なんだっていう材料を持ってきているでしょう?(笑)
あなたはわからないからこれを教えてください、これでもうすべてであります、って言う風に言いきろうとするんだよ。
だけども、これから教えようとする問題は”わかる””わからない”だけの問題ではない、って言ってるわけでしょう、この材料自体が。

大変皮肉な材料を持ってきている。(笑)とこう思って僕はおかしいなと思って。だから自分がそういう姿勢に切り替えないと、こんなの言いようがないなということで敢えて言ったんだよ。君が一番嫌なことかも知れないけど、そこを潰しなさいっていうのよ、そこにあなたのこだわりがあるんだよ、ん~。

市・・・こだわりには気がついているんだよね。こだわりには。

飯・・・あの恩がね、疑問に思いますっていうような所をさ、自分のこう考えてきたところをダ―っと喋ればいんだよ。こうこうこう ダ―っと。こういう風に考えたんだけれども、この段階で ちょっとわからなくなって来ている、ってことをさ喋ってもらえば皆乗るよ。

市・・・教材分析じゃあなくて、子供と自分との関わり、もしかしたら、自分のことばっかりかも知れませんね、それを喋ればいい。ここで つっとっている。これもつっとっている。これもつっとっている。どうにもならないっていうことを言えばいい。

私の頭の中にね、あなたが教室で子供と向き合っている姿が全然頭に浮かんでこない。だのに この教材はどうですか?って言われても困っちゃうわけ、ね。だから子供とこう言う付き合いをしています。そいで そういう事だけ こうバ―ッと言う事だけでもはたから見てああ、あそこに つっとりあるなってわかって それでもいい。

恩・・・     

飯・・・さあ 苦しいとこだね。
市・・・時間つらいとこだね。
飯・・・うん。

下・・・でも、皆それ抜けてきてるんだから。
市・・・ぬけてないよ~。
飯・・・抜けてないよ。(笑)

下・・・ぬけるっていうか、そういう目には合ってきている、ってこと。
市・・・そうそうそう、辛い思いにはあっている。
下・・・私も何度も今の恩のような感じじゃあなかったかな?
市・・・辛い思いにはあっている。ちっとも抜けていない。

 上原 帰ってくる。
上原・・・俺 恩 泣くな~って思ったよ。( ははは 笑 )
もう あの~僕が喋り出す前に 僕はそう思った。だからやめようかな?と思ったんだけど・・・。泣くな~こりゃあ なくな~ って。 ・・・つづく


#、玉川大学の通信教育の夏のスクーリングで上原先生に出会って、この研究会の存在を知った。だから恐らく、ここで話されていることは、この研究会に入って四年目の夏合宿での出来事であると思う。

この研究会で行われていることは教育においてとても大事なことだと言う風にはずっと感じていた。
しかしながら 何が話されているのかが さっぱりわからなかった。先生方の発言を、一つ一つパズル絵のピースのように、1ピース 1ピースを手にとりながら 何を言っているのかを探っていたように思う。

わかってから発言をしたい。
わかってから発言をしたい。とずっと思っていた。

もっとふみこんで言うならば、叱られたくない。誉められたい。いや違うな、バカにされたくない、中身がないのを知られたくない、そういう気持ちだったと思う。#

参考・・・この記事の下に ここで話された小林秀雄さんのご著書を載せておきます。
                              
>写真は イメージ。岡本太郎さんの記念館のもの。

この記事は 2015・1・12日のものである。
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「 子供に教えるのではない 」 こだわりからの脱出 & 夢を持つと言う事 小林秀雄 美を求める心

2015-01-28 04:44:46 | 上原輝男先生の てるてる ワールド
たぬきちが 葛 先生を通じて調べてくれた。( ありがとうございます。)
まさしくこの教材がワタシが 葛先生に紹介していただいたものである。長い時をへて たぬきちと葛先生のお陰さまで 再びわたしの元へ届けられた。
。。。ライターのお話はこの後またでてくる。。。


小林秀雄 「 美を求める心 」 教育出版6年 (昭和52年~58年)
がでてきました。恐らくこれでしょう。
昭和32年、小林秀雄54歳の春、小中学生に向けて美はどうすれば見えてくるか語ったものだそうです。

これもちょっと引用しますが

『 若い人達からよく絵や音楽について意見を聞かれるようになりました。近頃の絵や音楽は難しくてよく判らぬ、ああいうものが解るようになるにはどういう勉強をしたらいいのか、どういう本を読んだらいいか、という質問が、大変多いのです。私は何も考えずにたくさん見たり聴いたりする事が第一だ、と何時も答えています。

極端に言えば、絵や音楽を、解るとか解らないとかいうのが、もう間違っているのです。絵は、眼で見て楽しむものだ。音楽は、耳で聴いて感動するものだ。頭で解るとか解らないとか言うべき筋のものではありますまい。まず、何を措いても見ることです。聞くことです。

 話は私事になるが、私は、ロンドンのダンヒルの店で、なんの特徴もないが、古風な、如何にも美しい形をしたライターを見つけて買ってきた。書斎の机の上に置いてあるから、今までに沢山の来客が、それで煙草の火をつけた訳だが、火をつける序でに、よく見て、これは美しいライターだと言ってくれた人は一人もいない。成る程、見る人はあるが、ちょっと見たかと思うと、直ぐ口をきく。これは何処のライターだ、ダンヒルか、いくらだ、それでおしまいです。黙って一分間も眺めた人はない。詰らぬ話をするなどと言わないでください。(中略)

見ることは喋ることではない。言葉は眼の邪魔になるものです。』
・・・・・これでしょうね
ネットで調べると、これは
・考えるヒント 3 (文春文庫 107-3)文庫– 1976/6/25小林 秀雄(著)
・小林秀雄全作品〈21〉
に収録されているようです。
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「 子供に教えるのではない 」 こだわりからの脱出 & 夢を持つということ (1) 

2015-01-23 07:28:34 | 上原輝男先生の てるてる ワールド

 1982年 児童の言語生態の研究会、夏合宿のもの。テープを発見したので より正確なテープ起こしに努めた。

先生方の名前は 名字の一文字目を使わせていただきました。ワタシは 恩の字使用(黒)。読みやすいように色を変化させておきます。申し訳ありませんが ”先生 ”の文字は省略させていただきます。

恩師 上原輝男先生は流石に”上”ではなく上原と書かせていただきます。
  はじまり はじまり・・・。
飯 ・・・ しかも中身をチラッと見ますと耳目に関わることのようで二重の意味でおもしろいんじゃあないかと・・・。じゃあ恩さん今日の素材を配った気持ちを言ってください。

恩・・・はい。えっとですね、こないだ4月の会の時に六年生は思い切って何かをすることがないとか、妙に老成ぶっている。彼らにも夢を与えたいということが話されたんです。

で、あの そこで論理性と言う事を問われたんですけれどもね、論理的思考を育てる教材というのを私は良く知らないんですけども、私の知っている中では、まあ「 ワニの話 」っていうのと「 一休さん 」の話とあるんですね。

で、その話がどうしてその子供の夢を育てることにつながるのか良くわからなかったので、今日はそれが聞きたいことが一点と、それから何か教材を持って来たいということで、どんな教材があるか分からなかったので 葛 にお聞きして、あ、こういう教材があります。ということでね、今日はそれを印刷してきたということなんです。

この教材を読んでみて自分が感じたことは 子供たちの視点とは違った捉え方をして、より高い、高度な、というのか、高尚というのか、の目で作者が捉えていることを子供たちが一体どういう風に受け取るだろうか?というのをみてみたいな、と言う風には感じたんですけれど、

只この教材をどういう風に使ったらいいのか、わからないものですからもし何か一点で使えるとしたら それが何なのか?というのを教えていただきたい。というのが二点目なんですけれども・・・。二つのヒントを頂けたらと思うのですけれども・・・。
( 間・・・ 教材に目を通していると思われる。 蝉の声 )
上原・・・二つ言ったね。研究発表じゃなくて 皆に聞いて帰る。っていうの?
恩・・・はい。
上原・・・何を?
恩・・・一つ目は、だから その、六年生の子供に夢を与えたい っていうことを言われたんですけれども、それとね、あの、私の知っているワニの話や一休さんの話を学習するということとどうつながるのか?
上原・・・こっちのほうは?( トン ) 
恩・・・それからこの教材を使うとしたら どういうことで使えるか?( 声が一気に小さくなる )
上原・・・使うためには”使いたい”とするものがなくちゃあダメだ。ん~。昨日も言ったけども これを教えるんではない。

恩・・・これを読むと、あの、子供が今まで気がつかなかった見方というのが・・・。

上原・・・ほらね。それの姿勢がもう違うんだ。ん~。これを読めば今まで子供たちが見ていた見方とは違う何か、っていうと、”これ”(ドン、机をたたく音)が中心になっている。

だから、あなたが六年生の子供たちをやっぱりこういう方向へ持っていくんだという あなた自身が”夢 ”を持たなくちゃあダメだ。あなたが描く六年生の子供達へ近づけること自体が、あなたが夢を持って、で、私がやりたいっていう、で、その時に これは利用できる。
こういう態度でなくちゃあいかんっていうことだよ。

だから まずみんなの意見を求めて そしてそれを持ち帰りたい。というのは非常に謙虚な言い方なんで
私はこうしたいんだって、六年生の子供をこうしたいと思っている。そうして こういうものを用意しかかったんだけれども、みなさんお知恵をかして下さい(トン) って言うんだったらよくわかる。

あなたが何をやりたいのか?それがわからないのにね、これはこういう風に教えるものですよ、なんていうようなこと誰も言ってくれないよ。この会だから そりゃあ言うだろうけれどね。

他の会合に出て ちょっとこれを教えてくださいなんて言ったって誰も教えないよ。それが大人の社会だ。皆忙しいんだもの。皆自分の事をやりたいんだ。

飯・・・恩さん(以下 さん 省略)が 六年生に夢を与えたいっていうのが恩の夢だとすると、論理の領域の中でどういうふうな事を考えれば夢を与えることになるのか?と言う風な事にもなろうかと思うんだけれど・・・さっき説明していたのを聞いて言いかえるとそんな形になろうかと思うんだけれど・・・。

上原・・・あのちょっと 夢を与えるということは、う~ん、昨日までの仕事でいうならば感情面であると、で、片一方 論証性であるとか論理の問題とかは思考の問題であると、この思考と感情のつなぎ目をどうするのか?
なんで 論理的なものをやれば夢を与えることになんて変わるのか?
世界が違うんじゃあないか?ていう疑問を提出してみるということなんですか?

それとも、それはやっぱり論理を発見するということは六年生段階にとっては夢なんだというふうに考えるべきなんだということが言いたいのか?その辺はどうなんですか?


恩・・・ちょっと前者の方をもう一度言っていただけますか?

上原・・・論理の世界と感情の世界とは別ではないか、って まずその事について私は疑問を起こします。ところが六年生には夢がないと言っている。その夢は、六年生段階における夢は必ずしも感情面ばっかりとは限らない。

何か一つの論理の発見って言う事も子供たちにとっては夢を与えるということにつながるんでしょうか?あるいは繋がると私は思いますから敢えてこの材料を提出したんです、と言う風に言うのか どちらですか?って

市・・・子供は何を求めているかを言えばいいんですよ。したらこの教材はダメとか・・・この教材は ・・・とか・・・。

上原・・・いえ つまり・・。
飯・・・あのね、恩が一休さんの話とワニの話っていうことを材料にして思考教材だっていうことはわかるんだけれども それがどうして子供に夢を与えることになるのかよくわからないから教えてくれっていったでしょう。

それについて先生(上原)がその疑問の中身は、夢っていうと非常に感情領域のものだと考える。
感情領域の教材で夢を与えたいと言うならば、新しい境地に入るっていうことを夢だとするとね、感情領域のほうがやりやすいということを考えたうえで、論理と夢が結びつかないんじゃあないか?ということを考えてこれを提出したのか、その疑問なのか、ということ。

それとも思考でも新しい思考を見つけることによって夢が出来る。その為にはこの教材がいい。と言う風な意味でこれを提出したのか どうか っていうこと。
感情とのつながりでこれを提出したのか?・・・。

恩が一休さんの話とワニの話が思考教材だっていうのは分かるんだけれど、それがどうして夢だと言う風にされるのだろうか?って恩が疑問に思ったところの疑問をもう少し解きほぐして行きなさい、っていう・・・

僕なんかは最初、先生の発言がある前は いや思考の面の論理で新しい論理形式を身につけさせることは子供にとっては 新しい境地を切り開くことになるから夢ではないか。なんて言う風に単純に考えていたんだけれどね。

今先生の発言があって少しそうか~と思いながら・・・。

恩・・・わかるんですけど・・・でも・・・

・・・つづく
                         
>写真は イメージ。なんとなく。2005年 11月23日頃のもの。
# 当時の体感を思い起こしてみるならば・・・
研究会に、資料を持って出かけ、”一つの疑問点を述べることと、何かヒントをください。”と言う意見を言うだけでも当時の私にとってはとても勇気のいることであり、精一杯の事であった。

上原 ”研究発表じゃあなくて 聞いて帰るっていうの・・・?”
と言われた段階で私はかなり縮みあがったト思われる。声はかなり小さくなっている。
頭に血がのぼったのか?頭から血の気がひいたのか?どっちなのかはわからないのだが、いや、まて、ガンガンする感じに近かったと思うので頭に血がのぼったほうだト思う。

そういう状態になると、何を話されているのかがさっぱり分からなくなった。それでも、何とか皆さんがおっしゃっている意味を理解しようと努めたのだが、すでにこの時点でワタシは壊れかかってているように思う。#

>この記事は 2015.1.10のものである。
今 この時に聞きたかった質問の内容はなにか?を答えるならば、前者、すなわち、思考の領域と感情の領域は別ではないのか?夢というと感情の領域にはいるのではないか?ということになる。


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電車の中で・・・ ( チュウシャ ヲ ウタナイデ クダサイ )

2015-01-22 08:23:34 | IN THE HOSPITAL

昨晩も電車の事故があり Bさまは延々と車内で待たされた。この日 Bさまは朝からワタシと出かけその足で学校へでかけたから 相当疲れていただろう。何とも寒い一日だったのだ。
とうちゃんが帰宅したその足で最寄駅までむかえにいってくれた。ご苦労さまです。
 <<< その日の朝  <<<
ワタシは運よく行きの電車内、座ることができたので”そうだ!瞑想をしてみよう!”と思いたった。
しかしながら 習いたてなのでいつも雑念だらけなのだ。

この日も、なぜか過去の記憶が甦ってしまって、その記憶はまた違う記憶を蘇らせ泣けてきたんだ。  
最初の記憶は Sちゃんだ。
それから バンドを組んでいた Mっくん( 女性 )そして 一昨日訃報が届いた後輩に対するメッセージの数々。・・などなど。  
自分ではそこのところはもうクリや―していたと思いこんでいたので自分でもびっくりだった。 

車内なので こんなところで泣いたんじゃあかっこ悪いと思い、 そうだ!音楽を聞こうと思ってアイポットを取りだす。
曲目は ニッティー グリッティ― ・・・の 「 プ―横町の家 」ギターの弾き方がかっこいいのでいつかお習いしたいな~と思っているんだ。ドラムとかとてもリズミカルで明るい曲。

ところが Mっくんと一緒にバンドやろうね。って言っていた頃の記憶がどんどんと甦ってきてしまって・・・OUT!    
まいったな~。一人ならまだしもBさまと一緒だからそちらの反応が大いに気になるし・・・。
それでも、
( まあね、車内はみんなあかの他人様。知ったこっちゃない。)
鼻をかんで よっしゃ!と立ちあがる。
 所用をすませ Bさまと別れ一人帰路につく。
>>>  ホームで一人の女性が 奇声を発する。>>>

ん? なんて言ったのかな?大声で怒っている風。
( まあ でも あかの他人さまなんで・・・。)
電車に乗り込むと 丁度斜め前にその女性が座る。眉毛の描き方が特徴的だ。眉頭が円、そこに短めのラインが入っている。何となく昔のお姫様みたいな印象を受けた。

今度は車内なので 声がはっきりと聞こえる。

その女性は 片方の手のひらを真横にして、口を押さえてこう言ったのだ。
「 電車の中です。注射をうたないでください。」
「 電車の中です。注射をうたないでください。」

遠くの座席の人達が( 何事? )とこちらのほうを見る。一つ間をおいて座っている奥さんは眼を閉じてじっとしている。

( 何かはわからないけれど ずっと我慢をしてきたんだろうな~。)
( その度に注射で押さえられてきたんだろうか?)

繁栄と呼ばれる言葉の蔭に 一体いくつの崩壊があるのだろう?

とりあえずは自分が崩壊しないように 自分をコントロールできるようになることが望ましいだろう。ひとの意見をきくことも大事だけれど、人の意見に振り回されないようにすることも大事だと思う。

>写真は Bさまが石神さんに行った時に買ってきた御守り。
ここの女性の神さまは 一つだけ女性の願い事を叶えてくださるのだそうだ。
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記録 あれこれ

2015-01-19 00:24:43 | まんまのしゃべり


< 16日 >
お墓参り。変だけど お墓参りは好き。
< 17日 >
占い 講演会。
乙未年。
去年に続いて 陰の年。
私にとっては 律音。後半の人生をしっかり考えよう!

某国の大統領はワタシと同じ日干支だった。(へ~っ)ここから恐ろしく下り坂らしい。
男性にお金(っていう感覚じゃあないんだろうけれど)を持たせるとろくなことにはならないわね。と思う。奥さんを大事にしないオトコは絶対に幸せになれませんって!
ま それはお互い様(オトコもオンナも)なんだろうけど。

* ルナちゃんのお友達に会ってその不思議才能におろろき。
で、そのまたお友達を紹介していただいた。 この人の才能にも脱帽。やっぱり 統計学の世界は、宇宙相手の世界にかないっこないよな~と思う。

< 18日 >
で そのお友達のお友達にアクセスする。 そして生活が動き始めた。こういう人にご縁を頂くこと自体、まああり得ないというか・・・?大変なことなのだろう。
神社めぐりや瞑想によって、世界が動き始めたように感じる。

* ギター教室へ行く。ボケない老人を目指そう。何か一つでもいいから 趣味はもっておいたほうがいいだろう。あとは例えば健康に関する体操やウオーキングみたいなものを継続することが大事。

ボケ老人にならないことがこれから先、私ができる最大の子供孝行であり、また社会における一つの小さな貢献になるように思う。社会において余計な税金を使わせないことは大事だ。( 確か一番高いのは老人の医療費ですよね? )

では、ぴんぴんころり老人になるためにはどうすればいいか? 
それは多分、自分の持っている 宿命( 陽占 )を動かしていくことだ。
わたしの場合 仕事をする!なんですけどね。この先、なんの仕事ができるんだろうか? 悩むところだな~。

* たぬきちと電話。少しづつでいいから、児言態のテープおこしをしよう!
* ナイト。学生時代のクラブの後輩( 存じ上げない方だが )お亡くなりになった。多分亡くなったお友達と同じ学年じゃあなかったかな?

いや ホンマ 出来る限りやり残しがないように一日一日 大事に生きよう!  
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メールに まいってます

2015-01-13 17:48:19 | ブログ 指南(至難のわざ)


gooメールがリニューアルされた。
一応 新しいめるあどを取得して 毎日アクセスしていたのだけれど・・・
昨晩から うんともすんとも動かなくなってしまった。

Aさまにも相談して・・・

ヤフーメールに移動してみた。メールはいいとしても・・・?

・・・3月24日?以降は、このブログにはどうやってアクセスするんだろう?IDとパスワードは必要だよね。。。
困った 困った・・・・・・。

 昨日から 7時間以上は メール騒動に時間を費やしていると思う。。。 

写真は 勝手なイメージです。
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過去に向き合うとき・・・ 序 

2015-01-09 22:24:13 | 上原輝男先生の てるてる ワールド
お詫び・・・
一般の読者のみなさま、わざわざのおこしくださいましてありがとうございます。
実は、この先、このブログにて、元所属していた教育関係の研究会( =児童の言語生態研究会 )の資料起こしをする予定でございます。よって 折角おこしくださいましても なんじゃこれ?状態になることが予想されます。何卒ご理解いただきますようお願い申し上げます。

ごめんなっし~。なっし~。


どのような状況下におかれても結局、最終的には人間関係であって、その中で奮闘努力( この言葉は好きじゃアなくなったけれど )をするしかないのだろう。

何で今更?なんだけれど、たぬきちと  で喋っているうちに話がそっちの方向へ行ったのだから( 仕方がない? )やってみようではないか?ト思い直した。

只今とんでもない( 精神的にも、肉体的にも大変な )状況下にあるたぬきちが、あと少しで去年の年末に行われた授業記録のテープ起こしが終わりそうだと言うのだから、こっちだって頑張らなくてはならないと思ったんだ。

それに約束は守るべきだよね。
 二回目なんだし。 

但し
気は重い。
だが切り替えよう。気は想い。( いくぜィ ぶいぶい   )

ワタシは、
1、とりあえず、只今、元気である。
2、とりあえず、生活( 主として金銭的なこと )には困っていない。
3、とりあえず、娘に「 ヒマでいいわね~。」と言われている 専業主婦(= 千行主婦 )である。
故に時間の確保が可能。

 何より 会員の先生方の老齢化に伴って 過去何年だ?わからないけれど積み上げてきた 児言態の知的財産がこのままなくなってしまうのがもったいないということなのだ。私のもっている資料が決して素晴らしいものであるというわけではないが、たたき台にすることは可能だ。ということをたぬきちが教えてくれたので 勇気をだして進むことにしたんだ。

<<< 過去 に ワープする! <<<
一体いつの話になるのだろうか?児言態の研究授業に挑戦してみようと考え始めたのが 多分 昭和 57年の夏頃。
当時、力量もないのに、独身 子供いない、体自由 というだけで 五・六年生の担任になった。非組(組合に入っていない)であったことも関係しているのかも知れない。

その学年は、一度 三年生の時受け持ったことのある子供たちの学年で 絶対に担任するのは嫌だったんだ。
 つまり ここ逃げたわけです。だけど、またご縁を頂いた。と 子供によっては 3・5・6の三年間 同じ教師に当たったということになる。

 1982年 ( 壬 戌 ) 楽に読めるように 字を少し大きくしてみよう!
六年生担任当時 いろいろと問題を起こしていたクラスを何とかしたいとしたいと考えて、児言態による研究授業をやらせていただこうと考えた。
いろいろな教材を持って出かけたのが夏ごろ、


1、「 こだわりからの脱出 」 これが夏合宿に持って行った内容だろう。ここで上原先生にこっぴどく叩かれ へこみまくった。 ☓ 10 =           

最後のにこちゃんは やっと児言態の仲間にいれてもらえた感あり!っていうこと。
2、「 素直な心を育てる。」  これが主題か?  1982年(S 57) 11月 23日 

3、「 あとかくしの雪 」 教材は最終的にはこれを遣う事に決定した。これは 上原先生が選択した。
授業は 1982年 12月 17日 行われた。 


  壬戌年 ・ 壬子月 ・ 甲戌日 
ちょっと よりによって・・・感あり!だな。

+++ 愚痴 ・・・ 
今日もBさまとトラブった。おみくじでは心を広くして、孤立をさけるように言われたが 孤立するほうがナンボかましだと思った。
言う事がころころかわるのは我慢ができない。どれかにきっちり決めてくれぃ。

いずれにせよ もうお友達と遊ぶのはやめた。そのことでなんだかんだ言われるのが嫌だし、時間のやりくりをして家事にぬかりがないようにしたって、心配りをしたって、その事( お友達と遊ぶこと )自体が気に入らないんだから。

当日に、自分の決めた家事だけをやる。あとはおこもりして作業をする。もしくは疲れるけれど外に出かける。それなら文句もないだろう。。。楽しんではいけないのだ。

Aさまに二人とも病気だと烙印を押されるのも情けない。病気って一体なんなのさ?と思う。


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動き出すとき

2015-01-08 23:39:49 | まんまのしゃべり


< 1月 6日 7日 >
しつこくも 伊勢神宮 & 鳥羽 ( 相差の石神さん & ミキモト真珠島 )に行ってきた。

それと 自分の産土神社( 茨住吉神社 )に出かけてきた。

うん、行ってよかった。

== 産土神社のおみくじ ==
いや~ 結構厳しかったな~。

>>> 運勢 >>> 
強気なことが災いして、周囲の協力がだんだん得られず苦労が続く。気持ちを広く豊かにして人と接し、孤立するのを避けること。人に対する気づかいを心がける以外に転機の道はない。


この神社には 一年に一回くらいいくようになったわけだけれど、こんなに手厳しいのは初めて引いたかも?

一人 家からの脱出を考えていた。凹み虫。 
争いごとをさけるには その場から姿をくらます。っていうのが一番良い方法じゃあないかな~と思っていたからね。

でもまあ 余計なお金がかかるし、引っ越しは相当エネルギーを使う。
その時間がもったいないちゃあ もったいない。

どこに行こうと 自分が変わらなければ何も変わらない っていう シスター渡辺の言葉もその通りだと思うしね。

== 児言態 の 件 ==

>たぬきちへ・・・

発見したテープ頑張って聞こうとしましたが ちょっと聞いただけで 嫌になりました。
つまり 独特の教師的な音声に げんなりしてしまったわけです。自分の素ではない、作られたすがたと申しますかね。鎧と甲が重すぎた体感がしっかりともどってきます。

テープ起こしで活字にすれば まだ違ってくるのでしょうけれど・・・。

その構えの、威圧的な音(自分の声)に拒否反応がおきているのですよ。
多分ですが それが故に先生の職も辞したのだろうと思いました。

だって、自分じゃあないんだもの。

長男の嫁もやめました。
だって自分じゃあないんだもの。

企業戦士のいい妻も卒業します。
だって自分じゃあないんだもの。

ただ 家事はもっと効率よくできるように努力してみたいとは思いますけど。。。



写真 1、
この日から ほにゃらら ぽにゃらら 変化するらしい。
写真 2、
相差の海女さんたちが使っている(た?) セ―マン ド―マンの御守り
セ―マンは 陰陽師の安部晴明の五亡星で ド―マンは そのライバルのどーまんさんの家紋らしい。

両方そろっているから 怖いものなし なんだろうか?

なんでも ともかづきという妖怪から身をまもってくれるみたいだ。
写真 3、
伊勢神宮 内宮の五十鈴川。12月 23日のもの。 
この度でかけた時は 雨で土色の川だった。しかしながら 丁度晴れてきて霧の中にお日様の光が反射して虹色の光にみえました。
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2015.1.1. 新年を迎える

2015-01-01 22:10:15 | 絵手紙 & 俳句  

新年 あけまして おめでとうございます。
新年早々に お越しくださいまして ありがとうございます。
ワタシは 昨年より二年越しで風邪をひいていました。
御年賀状は 昨晩描きました。
今日は ちょっと具合いがよくなったので頑張って 氏子神社と 浅間神社と 六地蔵さんと お墓参りに行ってきました。 

  
年女・・・48歳よん。 ま ま プラス α―ってことで。。。六十花甲子が ひとめぐりしたわけでね。二周目が始まるわけです。右左注意しながら  気あい入れて、いくぜィ~  ぶいぶい
 
風邪をひくことは悪いことではない。体内のお疲れ君が体外にはきだされ 体内のお掃除をしてくれているのだから。薬を使わない方がいいこともある。ワタシはプロポリスを使用している。時間はかかるけれど、恐らく自己免疫力がつくのではないか?と思う。
風は 地・水・火・風・空 からとった。目指すところは 空なのだ。 

  
いつのおみくじだったかな?忘れたのだけれど・・・達磨君がおまけについてきた。そしておみくじの内容は 今は じっと一人 忍耐の時だ!というものだった。
自分の分析をしてみると・・・はっきり な・ま・け・も・の 家族がいなければ な~~~~にもしないで ごろごろしているだろう。
ひつじさんのふあふあのお布団があれば ず~~~~っと寝てるんじゃないの?と思う。

  
乙未 ( おつぼくのひつじ )未の中心は  よん。


   緑のひつじはお返事を書く場所なんですよ~。 

 ***  *** 

 児言態の仲間である たぬきちと 2:30分くらい で喋る。
お互いいつ亡くなってもいいように とにかく記録を残しておこうと言う話になった。

当方はおそろしく門外漢ではあるが、とりあえず記録を残すことは意味のあることだろうと考えを改めた。

しかしながら あの最初で最後の授業記録は一体どこにしまっただろう?
コメント
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