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マンマミーヤの卒業式

2011-03-28 20:44:34 | まんまのしゃべり
マンマミーヤが通信制高校を卒業した。「 おめでとう! マンマミーヤ 」
3年前はどうなることか?と思ったけれど、よく頑張ったな~と思う。こう言っては罰あたりなのかも知れないけれど、学科の勉強に関して言うならば、全くと言ってもいいほど、勉強らしき勉強はしていない。ぎりぎりにレポートを提出し、試験を受けて単位を頂いただけ、といっても過言ではないとワタシは思っている。

あの時、中高一貫教育の私立の学校を思いきってやめてよかった。あの時点で辞めていなかったら、今日の良き日を迎えることは恐らくできなかったに違いない。学科の勉強よりも、何百倍も大変だったことは、「 こころの風邪 」と闘うことだった。これは大変な苦労・困難を伴う。

しかしながら、それ(こころの風邪)はワタシ自身が死に物狂いで、何とか越えた(ている)ものであるから、ワタシは別に精神科のお医者さんではないけれど、その方向性(どちらに向かえばよいのか?)は何となくわかる。
ワタシは占いの知恵も使った。だからワタシにとって、ここ(占い)を否定されることは、大層腹立たしいことなのだ。( 勉強して、& 実践してから言ってくれ!みたいな感じ・・・。 )

だからと言って、それは、ワタシが、おぼれ、おぼれて、藁(わら)さがしに明け暮れ、やっとつかませていただいた知恵なので、まあ他のヒトには、おいそれと理解できないのだし、ありがたくもない知恵なのだろうと、この頃は思うようになった。
 じゃあ、こう言った問題の解決方法はあるのか?というと・・・
ひたすら忍耐の対話と生活。これにつきるのではないか?と思う。
マンマミーヤと、毎日のように繰り返される”対話、対話、喧嘩 / 喧嘩 喧嘩 対話~。(←ここリズミカルに読んでね)泣き、笑い、反省、・・・。本音で語りあうってことじゃあないのかな~と思う。

” こころを、いろいろな形で解放するということは とても大事なことだ。 ”その為に日々を生きているといってもいいのではないだろうか? 感情の解放。押さえて、押さえて、無理して、無理して、我慢して、我慢して・・・なんていうことではいずれ崩壊していく。

しかしながらその崩壊する時こそが、実はチャンスなんだろうと思う。崩壊するということは、崩れ去った場所から、もう一度立ち上がって、構築しなおすということなのだから。だがしかし、それは相当の痛みを伴う。

占い的に考えても、ヒトの人生がガタガタになる時がある。その時は再びの生きなおしをするチャンス。マンマミーヤはそれを私達夫婦に教えてくれた という言い方もできるのではないか?と思う。
< 通信制の学校 >
ワタシは通信制の学校、もしくは、経験したことはないけれど、定時制の学校が好きだ。
それは、与えられたというより、自らが選んで、学びにくるという人が多いからだと思う。
今回の卒業生は、最高齢 70才。平均年齢 35(位)?才だった。どのヒトが校長先生で?どのヒトが父兄で、どのヒトが学生なのか?よくわからなかった。

とても暖かい雰囲気の中で卒業式は行われた。マンマミーヤとちょっと仲良しだった方は途中から学校に来れなくなった。何名かの方々はこのクラスを去って行った。仕方がない。結局のところ、ヒトは人生のいろいろな場所で、たった一人で、自分自身との闘いをしていくしかないのだから。友達が、親が、かわりに、そのヒトの人生をやることなどできない。

優秀な成績をおさめ、会長賞をもらったヒトは、多分40代と思われる 新沼健二さんに似たおじさまだった。この方は?の作文のコンクールでも賞をもらっていらした。
あ 「 健二(あだな)さん おめでとう! 」 自分で学費を稼ぎ、こつこつとお勉強をなさったに違いない。養っている家族はいらっしゃるのか?それはわからないけれど、自力で学ぶヒトにワタシは頭があがらない。

親のすねかじりには、どうも甘えがあるように思う。自分自身が親のすねをかじりまくり状態だったので、余計にこういうヒトに憧れるのだと思う。
                                

こうして、卒業式をあげていただけたことに感謝をしたい。先生方をはじめ、おじいちゃんのお友達、おばさまのお友達、お姉さんのお友達たち 本当にありがとう!

被災地では卒業式をあげることができないどころか、いのちさえもまだまだわからないこども達だっている。
津波によってどろだらけになった卒業証書を手にしていた小学生達がいた。
今日のいのちが、明日もあるとは限らない。大切に生きなくてはと思う。
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この日、あやかし@ブーリンは着物を着て失業式に参加した。何のことはない。スカートが、全くもって入らなかったのだ。両親に作って頂いた、着物や帯、黒の羽織は30年ぶりに日の目をみた。これっきりかも知れないけれど、着ることができてよかったな~と思う。

まだまだ、この先のほうが長い道のりになるに違いないのだけれど、ワタシは、マンマミーヤが中学校を卒業した時の何倍も、何十倍も、何百倍も嬉しかった。

そうそう、たぬきち 本当にありがとう!今日の日を迎えられたのは、たぬき先生のおかげです。こちら、@ベルテンラモをできるだけひかえ、@ヤマーンタカになれるよう頑張ります!

>写真 上は、キリスト教の学校をおかりしての卒業式。月、二回のスクーリングはこの学校で行われた。
 写真 下は、集合写真をとる前に写したもの。

> 『 旅立ちの日に 』
http://www.youtube.com/watch?v=V1v5hnyT6ZE


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