おはようございます。
昨晩は雷雨の中、ずぶぬれになりながらお菓子工場から帰宅。お疲れさま~~。
子供たちが作ってくれた夕食をおいしく頂く。ありがたいな~。主人になった気分。
何をしている訳でもないのに、時間の過ぎるのは早い。
占い学校のお友達に今の勉強(因縁法)が終わったら、学校を休学することをつげる。
その際、霊能者のNさんの話になる。霊能者を沢山知っている、その占い学校のお友達によれば、Nさんと別の霊能者(=仮にチャクランと呼ぼう)との意見が色々と違ったらしい。
日本にも霊能力を持った人は沢山いるわけで、その力がどれくらいなのかは、素人のワタシには知るよしもないが、日本には 八百万の神様 が存在していて、どの神様がついているかわからないから?霊能者によって意見がいろいろとわかれるのは、当然なんじゃあなかろうか?と思った。キリストだっているわけだしね。
いろいろと話を聞いた。(ふむふむ)
そのチャクランさんは、いわゆる 人間に七つ備わっているといわれるチャクラ というものが全部開いているらしい。だから、病も癒せる。天?の声も聞こえる。( →ここから、らしいをつけながら読んでください。)
”チャクラ”については名前くらいは聞いたことがある。頭のところにあるのは、確か”白色”だっけかな?たしか人体の七つの場所に各々”色”があるんだよね?緑とか赤とか青とか・・・?
黒はなかったような?それって、いろいろな色を混ぜれば”黒”になるわけで混ぜればいい。ってことですかね?
でも、黒は悪魔の色だったりもするから、元々備わっていないんですかね?( この辺、適当な発想、いつものあやかし@レベル )
普通の人は、このチャクラが二、三個?開いているらしい。
なんじゃら かんじゃら・・・。
姫「 じゃあ そのチャクラって どうやったら開くの?」
友「 それがね、普通のことを 普通にやればいいんだって。
たとえば ”うそ ”をつかない。とか 他人をおとしめない。とか・・・。」
過去にもどる・・・ そういえば、思いだした。(前も書いたけれど)ジャパンが中学生のころ。首の骨がずれて、全身痛みの中にいた時・・・。
霊能者らしきタカ先生(=ジャパンの学校の先生)が体直してくれたんだよね。(あと酔っ払いの整体師のおじいさん。)
そのとき、
タ「 〇〇さん、悪い気 たくさん溜まってますよ~。」って言われたんだ。
あの頃は、とうちゃんの事やら、子供たちのことやらで、まあいろいろあったからね。
結局のところ、どんな状況下に置かれても、悪い「 気 」を発しない。とか、平常心でいるとか、まあそういったことに勤めればいいんでしょうけれど・・・。
そんなことが難なくできれば、あの世に”おもどり”になっちゃうんじゃないかな?。
+++ 百人一首 占い +++
これはたぬきち(= 呼び方 いろいろ。たぬき先生のこと )に教えてもらった 占い方。
目をつぶって、百人一首の本を開く。そこにあるのが、自分の置かれている状況、または状態、そしてメッセージ。
久々 やってみたら、恋の歌が出た。
姫「 はあ~? 恋してるヒマなんてないし、大体 そんな歳じゃあない。」
たぬきちに用があって、電話をしてこの話をしたら・・・
そのまんま、詠むわけじゃあないんですよ。・・・つまり こういうこと。
姫の引き当てたお歌
難波潟 みじかき芦の ふしの間も
逢はでこの世を過ぐしてよとや ・・・ 伊勢
「 歌意 」・・・難波潟(なにはがた)の、芦の、その短い節と節の間のような、ほんのわずかな間も逢わないまま、私にこの世を終えてしまえというのでしょうか? という実ることのない恋の歌ともいえるが・・・
>別の解釈・・・
注目すべき点・・・
みじかき ふしの間 ・・・ 節の間。 人生の節目と考える。
実は占い学校の友達と話す機会があった。(試験後)そこで話された内容、及び同級生たちとの会話の中で、実感したことがあるんだ。
それは、 「 ひとは やっぱり 一人なんだ。」ということ。
人という字は、お互いが支え合って成り立っているんだよ。ということは世の中でよくいわれていることだけれど、それは、まず、一個人が自分の足で立って一人立ちしてから初めていえることなのだと思う。
自立もしていないで、相手によっかっかっていることは自立とは言わない。
占い学校の人達はそれぞれ人生の荒波を乗り越えてきた人が多い。苦労したのはワタシだけじゃあないんだ。
占いの勉強も、生き方も、ここにきて、もう一度考え直し、生きなおしをしようと決断したところだった。( 歌を引き当てたときとどっちが早かったかは忘れた。)
> この世を終えてしまえと あなたはいうのでしょうか?
過ぐしてよとや。 の最後の「 や 」の字は 反語。
・・・いや そうではない。
もっと いい感じに生きなおすわ。じゃあね。
今から お肉半額セール。 それから 占い学校。頑張ってきます。
昨晩は雷雨の中、ずぶぬれになりながらお菓子工場から帰宅。お疲れさま~~。
子供たちが作ってくれた夕食をおいしく頂く。ありがたいな~。主人になった気分。
何をしている訳でもないのに、時間の過ぎるのは早い。
占い学校のお友達に今の勉強(因縁法)が終わったら、学校を休学することをつげる。
その際、霊能者のNさんの話になる。霊能者を沢山知っている、その占い学校のお友達によれば、Nさんと別の霊能者(=仮にチャクランと呼ぼう)との意見が色々と違ったらしい。
日本にも霊能力を持った人は沢山いるわけで、その力がどれくらいなのかは、素人のワタシには知るよしもないが、日本には 八百万の神様 が存在していて、どの神様がついているかわからないから?霊能者によって意見がいろいろとわかれるのは、当然なんじゃあなかろうか?と思った。キリストだっているわけだしね。
いろいろと話を聞いた。(ふむふむ)
そのチャクランさんは、いわゆる 人間に七つ備わっているといわれるチャクラ というものが全部開いているらしい。だから、病も癒せる。天?の声も聞こえる。( →ここから、らしいをつけながら読んでください。)
”チャクラ”については名前くらいは聞いたことがある。頭のところにあるのは、確か”白色”だっけかな?たしか人体の七つの場所に各々”色”があるんだよね?緑とか赤とか青とか・・・?
黒はなかったような?それって、いろいろな色を混ぜれば”黒”になるわけで混ぜればいい。ってことですかね?
でも、黒は悪魔の色だったりもするから、元々備わっていないんですかね?( この辺、適当な発想、いつものあやかし@レベル )
普通の人は、このチャクラが二、三個?開いているらしい。
なんじゃら かんじゃら・・・。
姫「 じゃあ そのチャクラって どうやったら開くの?」
友「 それがね、普通のことを 普通にやればいいんだって。
たとえば ”うそ ”をつかない。とか 他人をおとしめない。とか・・・。」
過去にもどる・・・ そういえば、思いだした。(前も書いたけれど)ジャパンが中学生のころ。首の骨がずれて、全身痛みの中にいた時・・・。
霊能者らしきタカ先生(=ジャパンの学校の先生)が体直してくれたんだよね。(あと酔っ払いの整体師のおじいさん。)
そのとき、
タ「 〇〇さん、悪い気 たくさん溜まってますよ~。」って言われたんだ。
あの頃は、とうちゃんの事やら、子供たちのことやらで、まあいろいろあったからね。
結局のところ、どんな状況下に置かれても、悪い「 気 」を発しない。とか、平常心でいるとか、まあそういったことに勤めればいいんでしょうけれど・・・。
そんなことが難なくできれば、あの世に”おもどり”になっちゃうんじゃないかな?。
+++ 百人一首 占い +++
これはたぬきち(= 呼び方 いろいろ。たぬき先生のこと )に教えてもらった 占い方。
目をつぶって、百人一首の本を開く。そこにあるのが、自分の置かれている状況、または状態、そしてメッセージ。
久々 やってみたら、恋の歌が出た。
姫「 はあ~? 恋してるヒマなんてないし、大体 そんな歳じゃあない。」
たぬきちに用があって、電話をしてこの話をしたら・・・
そのまんま、詠むわけじゃあないんですよ。・・・つまり こういうこと。
姫の引き当てたお歌
難波潟 みじかき芦の ふしの間も
逢はでこの世を過ぐしてよとや ・・・ 伊勢
「 歌意 」・・・難波潟(なにはがた)の、芦の、その短い節と節の間のような、ほんのわずかな間も逢わないまま、私にこの世を終えてしまえというのでしょうか? という実ることのない恋の歌ともいえるが・・・
>別の解釈・・・
注目すべき点・・・
みじかき ふしの間 ・・・ 節の間。 人生の節目と考える。
実は占い学校の友達と話す機会があった。(試験後)そこで話された内容、及び同級生たちとの会話の中で、実感したことがあるんだ。
それは、 「 ひとは やっぱり 一人なんだ。」ということ。
人という字は、お互いが支え合って成り立っているんだよ。ということは世の中でよくいわれていることだけれど、それは、まず、一個人が自分の足で立って一人立ちしてから初めていえることなのだと思う。
自立もしていないで、相手によっかっかっていることは自立とは言わない。
占い学校の人達はそれぞれ人生の荒波を乗り越えてきた人が多い。苦労したのはワタシだけじゃあないんだ。
占いの勉強も、生き方も、ここにきて、もう一度考え直し、生きなおしをしようと決断したところだった。( 歌を引き当てたときとどっちが早かったかは忘れた。)
> この世を終えてしまえと あなたはいうのでしょうか?
過ぐしてよとや。 の最後の「 や 」の字は 反語。
・・・いや そうではない。
もっと いい感じに生きなおすわ。じゃあね。
今から お肉半額セール。 それから 占い学校。頑張ってきます。