地球へ ようこそ!

化石ブログ継続中。ハンドルネーム いろいろ。
あやかし(姫)@~。ほにゃらら・・・おばちゃん( 秘かに生息 )。  

かぼちゃの少女・・・十一

2005-08-06 08:43:00 | ある被爆者の 記憶
 言うまでもないが、寝た物の声が寝た者の耳にだけ届くのである。
 おそらく、日本兵士の最後として、はっと固唾を呑む思いをしたのは、私だけではあるまい。私は、それまでに、戦場で天皇陛下萬歳と唱えるような兵士は稀で、大概は、お母さんと呼んで死んでいくものだという穿った見方を、さもありなむと聞いていた。ああ、あれはやっぱり穿ち過ぎで、日本兵士の真骨頂は、大君に召された自覚が本ものだったと、私は素直に、これまでの自分の不明を恥じるような気持ちと、今、この世を離れていくその声の主に、敬虔な祈りを捧げねば、と思った。 
 ところが、どうしたのであろう。萬歳三唱を言うのは常であるとしても、五唱六唱はおろか、何十回となく、同じ兵士が繰り返すのである。 
 みなそれぞれが負傷し、高熱と痛みに疲れ果てている。だから、よほどのことでもなければ他を顧みたりはしない。自分のことで精一杯で、他人様をかまっているわけにはいかない。それぞれが、自分自身の変わり果てた姿に、いや応なしに、向きあわされるから、被爆者は、互いに、という意識がない。
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かぼちゃの少女・・・十二

2005-08-06 08:42:00 | ある被爆者の 記憶
しかし、翌日になっても、天皇陛下萬歳と叫ぶのをきけば、さすがにみんな怪訝に思い始めたのだと思う。
 誰かが怒鳴った。もちろん、寝たままだから、この声の主も見えない。
 「おい、そこの萬歳屋、もう好い加減に止めてくれないか。」
 笑いが一度に起こった。今まで、我慢していたことが分かる笑いであった。力のない笑いではあったが、被爆後、被爆者が笑った最初ではなかったか。それは、そう怒鳴った者にしても、そうであったろうが、決して嘲笑ではなかった。むしろ、嘆願であった。みんな激痛に堪えかねている。繰り返される萬歳三唱が、神経に触ってうるさかった。止めさせたいが、他を制する余力もないので、みんながいらいらし始めたその頂点で声がかかった。
 そのタイミングのよさが笑いを誘った。そんな笑いでしかなかった。が、兎に角笑った。そして、おそらく笑ったすぐあとで、笑ったというより笑えたことに、何かを感じた。だから、笑う前よりも、笑ったあとの方が余計に静かだった。
 被爆者たちは、また孤独の深淵に喘ぎ始めた。
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かぼちゃの少女・・・十三

2005-08-06 08:41:00 | ある被爆者の 記憶
 あたりが騒々しくなった。誰かが、水の出るところを見つけてきたというのだ。歩ける者たちはうろうろと立ち上がる。身動きのつかぬ亡者たちも、それぞれに反応を示す。
 私は幼い子のために、水を飲ませてやりたいと思ったが、私は立つことができなかった。太股までは自分のものであったが、それから下が、太股の太さと変わらぬほどに腫れて、足首がどこやら、ちょうど、黍幹(きびがら)細工でもしたように、丸太棒が不恰好につなぎあわされていた。
 「××ちゃん、お昼すぎになったら、××ちゃんの目は薄目が開くだろう。そしたら、このお兄ちゃんの手拭いを持っていって、水に浸しておいで。」苦しい時の人間の知恵は、凄まじいほどに、よく働くのであろうか。この幼い子の了解のよかったことを私は忘れない。
 私たちは薄汚れたというより、血痕と膿汁の染みだらけの日本手拭の水分を、端々から互いに吸って、渇を癒した。
 手拭いは、すぐからからになった。
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かぼちゃの少女・・・十四

2005-08-06 08:40:00 | ある被爆者の 記憶
 この××ちゃんは了解がよかっただけではなかった。二度目に出かけた時には、私のために、一杯の水を運んできた。
 行ったきり、なかなか戻って来ないので、私は変事をおそれた。
 瞼が、重くのしかかってきて、薄目を開けることが出来なくなったりしたのではないか、水の出るところで、人に押しつぶされたりしたのではないか、そんな心配をしながら、ふと、人が人のことを心配出来る現実感がよみがえっていることに、奇異の念がからんだ。
 ××ちゃんは、暫くすると、本当に鬼の首でもとったように、元気で戻って来て、一杯の水を私に献じた。
 ××ちゃんが、自分だけではない、私に清水をのませようとした美談も讃えられてよいことだけれど、一杯の水をどう持ち帰ったかの、××ちゃんの英知は、書き留めてやらねばならない。
 空き缶、紙コップが当時あろうはずはない。一片の屑鉄すら回収した時代であった。
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かぼちゃの少女・・・十五

2005-08-06 08:39:00 | ある被爆者の 記憶
 ××ちゃんの水の器は、中味が刳り貫かれた、小さな固いかぼちゃであった。量にして、盃に一杯ほどの水であった。
 その水の量よりも、この小さく固いかぼちゃに、幼い指の爪を立てて、しかも瞼の重く垂れ下がるのに耐えながら、水の器をつくる、この子の創造と努力とに、私は神に近い造化と新生を見た思いで、心身が震えた。
 「お兄ちゃん、何してるの、早くおのみ。」
 「・・・・・・・・。」
 私のために、懸命に刳り貫いてくれた××ちゃんの指先を手にとって、一本一本、私は丁寧に、傷ついていないか調べた。今の私にとって出来るのは、そのくらいのことであった。
 「痛かったろう。指が、爪が。」
 ××ちゃんは頭を振って、
 「リンゴを噛るように、最初噛って、それから、手で中を掘ったの。リンゴよりうんと固かった。
 と言って、歯を小さな手で押えた。
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かぼちゃの少女・・・十六

2005-08-06 08:38:00 | ある被爆者の 記憶
 その夜、私たちは、枕を並べて寝る二人の頭の上の方に、私たちの唯一の財宝を大事に置いて眠った。 
 神の行為にも近いこの子供の発明が安らぎを齎(もたら)したのであろうか。××ちゃんも、軽い寝息を立てて、その夜は眠った。
 幼な子の生命力は神の加護するところにちがいない。私はそう信じた。そう信じることによって、何だか阿鼻叫喚が一変するように思えた。 
 私も、その寝息を聞きながら眠ってしまったらしい。 
 暗黒の中では、人は既に人でなかった。修羅の巷とは文飾ではなく、確かに人間界とは区別される亡者の世界であった。その亡者が再び人になる。××ちゃんが人の心を蘇らせた。心は情であることが、身に痛いほどよく分かった。
 私は何度も××ちゃんの焼け残った髪の毛をそっと撫でながら、小さなかぼちゃを捧げるように帰ってきた××ちゃんが、失われた人間の魂を運んできたことを感謝した。
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かぼちゃの少女・・・十七

2005-08-06 08:37:00 | ある被爆者の 記憶
 
そして時折、小さなかぼちゃの方に、手を伸ばしては、幼な子が大事な品を枕辺に置いて眠る時のしぐさと変わらないことをしている自分を見つけて、心が和んだ。  
 その何度目かの時に、私は血の気が逆流するほどの驚きに、目が覚めてしまった。眠ったといっても、ほんの数刻に過ぎないと思うのだが、私たちは、再び人間の世に連れ戻されるや否や、忽ちにして、人間の醜悪さを味あわなければならなかったのである。
 小さなかぼちゃが、なくなった。 
 盗まれたとしか考えようがなかった。 
 ××ちゃんは、はじめて泣いた。私は怒りに泣いた。
 たった今、人の人たる情をとり戻したばかりの者にとって、仮令(たとえ)、人間は神と悪魔を張り合わせたような者であったとしても、今暫くの猶予は与えられて然るべきではなかったろうか。 せめて、××ちゃんの前だけでも隠さねばならぬ人間の醜悪面だったのではないのか。もし、これが神が人に与える仕打ちだとするなら、私は、神の狭量さを詰りたいとも思った。
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かぼちゃの少女・・・十八

2005-08-06 08:36:00 | ある被爆者の 記憶
 私は半身を起こして、天にも地にも響けかしと大声に怒鳴った。というよりわめいた。わめいたというより泣いた。
 「此処に私たちが宝物のようにして置いて眠った小さな刳り貫きかぼちゃを、盗んだ奴は出て来い。私自身が作ったものならくれてもやる。しかし、それは返してくれ。盗人よ、返すべきなのだ。それは、ここにいる幼な子が、一杯の水を私に飲ませようと苦心した器なんだ。どうか、この少女の心を傷つけないでくれ。お願いだ。盗人はきっと、この中にいる。盗人!泥棒!いんちき野郎!出て来い!出て来て、この子の前で謝れ!今、死を前にして、なぜ盗みなど働くのだ。そんなにまでして生きたいのか。馬鹿野郎!
 もしも、おれたちが先に死んだら、お前だけは、どんなことしたって、とり殺してやるからそう思え!」 
 どこかで説諭、説得してみようと思っていた。かなわぬ時は懇願もしようと思った。事実、哀訴、愁訴もしてみた。しかし、動機は怒りであった。
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かぼちゃの少女・・・十九

2005-08-06 08:35:00 | ある被爆者の 記憶
 結局は、ありとあらゆる暴言と罵言とでまくし立てた。そのうち、気持ちばかりがうわずって、声が出なくなった。頭のどこかで、気が狂うなら、狂ってもいいと思った。そして、肉体が急激に疲れてくるのが自覚された。
 完全に、口を開いても声が、声にならず、喉の奥が、ヒイーと鳴った。それでも、あたりに転がっている被爆者の群れに反応はなかった。生きて意識のある者もいるはずであるのに、まるで人間の言葉が通じないかのように、応答の素振りすらなかった。たまに、こちらを見ている目もあったが、既に虚脱した目の穴でしかなかった。
「亡者め!」
 こんな者相手に、私は何を訴えようとしていたのか。
 私は物の理非を説得することを目的としたわけではない。事の曲直を糾すつもりもなかった。体を半身起こした時は、既に口が物を言っていた。だから感情をぶちまけたというのが一番当たっていたのだろう。だとすれば、内容があったわけではない。私は私の興奮を、動物的な音声で、吠え、哭き、唸り、震わせたまでだ。
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かぼちゃの少女・・・二十

2005-08-06 08:34:00 | ある被爆者の 記憶
だが、私は、これを私の衝動的行為だとは思わなかった。私はこの五体に、この感情が渦巻いたことに誇りを持った。
 私は、我を忘れて、この感情のままに大声でわめき散らしたということにおいて、私はまだ死なない人間を、私の中に捉えることが出来た。また正直、生きているとも思った。しかしー、小さなかぼちゃは返ってこなかった。そのことにおいて空しい行為であった。
 「××ちゃん、御免ね。」多分、私はそう言って、××ちゃんを抱いた。××ちゃんの体温を感じながら、私は多分、こう言ったと思う。
 「かぼちゃを持って行った人はね、きっともう死んでしまったんだよ。その人はかぼちゃを盗もうとしたのではなくて、ほら、死ぬ前の人は、急に立ち上がって、ふらふらっと歩くでしょう。そばでみている者には、二、三歩歩いて、すぐ倒れるとしか見えないけど、死ぬ人の魂は長い長い旅をして、あの世に行くんだよ。その長い道中で、きっと、いいものを見つけたと思って、持っていちゃったんだよ。」
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