ご報告させていただきます。
2016年5月19日午後9時12分
夫が旅立って逝きました。
1年ほど前から背中の痛みがあり、いくつかの病院で診てもらいました。
大学病院でも色々検査をしたりしましたが
どこの病院でも年齢的なものでしょうと診断でした。
最終的に整形外科で痛み止めの注射をしたり湿布を貼ったり
骨にも異常がないので、割と軽く考えていました。
2014年11月インフルエンザの予防接種を受けに近所の病院へ行き
背中の痛みの事も話しました。
若い先生がレントゲンとCTも撮ってみましょうかと検査して下さり
数日後、レントゲン検査結果が「なんか気になる気がする・・・」と
大学病院で詳しい検査をした方が良いと紹介状を書いて下さいました。
この病院は、老人病院のような・・・
あまり普段は行かないのですが、空いてるので
インフルエンザの接種を受けるのに都合の良い病院と思っていました。
いくつもの大病院に行っても分からなかった病気を
この若い先生がみつけてくれたのでした。
紹介状を持ち、大学病院へ。
2014年11月「リンパ腫」の疑いがあるとPET検査をうけ
12月24日 内視鏡手術で「肺がん」であることが判明。
縦隔にできた癌だそうです。
「肺がん LCNEC」珍しい癌
すでに末期のステージ4でした。
大学病院で入退院を繰り返し 抗がん剤治療をしましたが
昨年6月で抗がん剤を4クールでやめました。
クオリティ・オブ・ライフ(QOL:生活の質)
余命が短いなら 好きなことをしながら過ごすことを選択しました。
好きな北海道をはじめ、たくさん旅行に行きました。
大学病院に受診してましたが 2015年12月
抗がん剤の治療をしないのであればと
転院する病院を探すように薦められました。
2016、年が明けホスピスに面談に行きました。
先生がすごく長い時間をとって お話をしてくださいました。
2時間弱は診察室にいたと思います。
今までの病院で こんなにじっくり先生と話をした事はなく
心の奥底にある気持ちをじっくり聞いてもらった気がして
「僕の所にいつでもおいでよ」という言葉に
涙ががあふれてきました。
2月から痛みが強くなり病院(ホスピス)に入院。
ホスピスは先生や看護士さんがすごく親切にして下さり
夫は転院して本当に良かったと言っていました。
最初はホスピスという場所に恐怖と不安があり
複雑な気持ちだったと思います。
家に帰りたい・旅行に行きたいと思ったら好きにして良いからねと
言って下さっていたので、入院中も外出したりしました。
GW明けも自宅に帰ってきており
亡くなる5日前には 万座温泉に旅行に行ってきました。
そして予定通り17日にホスピスに戻り
18日
亡くなる前日まで売店に歩いて行けるほど元気でした。
19日
朝から急に容態が急変したと連絡があり
みんなが病院集まり、お別れをすることができました。
昨年の秋頃でした大学病院の先生が
「年越しができればラッキーと思ってください」と
軽々しく簡単な思いやりのない言葉。
これが、教授のいう言葉かと私は怒りを感じました。
この先生の予想よりずっと長く生きられた夫
最期まで元気で自分の事ができていました。
北海道が好きだった夫。
お焼香台に斎場の方がラベンダーを飾ってくれました。
そして見送るように我が家のラベンダーも咲いてます。
まだ病院にいるような気がして 亡くなった実感が沸きません。
今日も病院に行けば会えるような。
今はとっても忙しく、そんな気がするのかもしれません。