◎親切心が仇となっても
(2012-04-22)
無私とは、本来大慈大悲、mercyの一つの現れであり、胸のアナハタ・チャクラの属性の発現であって、極めて正統的なメンタル体の7つの属性の一つとして評価されるべきものである。
アジア深部の探検家の一人ヤングハズバンドが、1904年鎖国のチベットに軍事進攻し、首都ラサで英蔵交渉を行ったが、その交渉の結果、英国は捕虜を釈放し、チベットは古い政治犯を釈放した。
この政治犯の中に、1881年英国スパイのサラット・チャンドラ・ダスのチベット潜行を支援したという罪で19年間鎖で牢につながれていた者がいた。サラット・チャンドラ・ダスの身分が割れた時には関わった多くのチベット人が処刑されたり投獄されたりしたという。
また別の解放された政治犯2名は、河口慧海のラサ潜伏を助けた者であって、河口慧海のケースでは、河口慧海は身分がばれる直前に逃亡したものの彼をサポートした周辺のチベット人が逮捕・投獄されたという。(ヤングハズバンド伝/金子民雄/白水社P324-325による)
逮捕投獄された支援者は、買収されたわけではないので、純粋に無私な気持ちからサポートしたのだろう。しかし、無私という純粋な徳性は仇となった。
ダイヤモンド・オンライン(2012年4月17日記事)で、『他人のために死ぬことは「美徳」と言えるのか?南三陸町の女性職員を道徳教材にした教育者の“良識” ――浅見哲也・埼玉県教育委員会職員のケース』という標題で、震災当日、防災無線で町民に避難を呼びかけ続け、犠牲になった宮城県の南三陸町役場に勤務していた24歳女性職員のことを道徳教材にしたことが叩かれている。
自分を犠牲にして他人を助けたのは彼女だけではなく、消防団の人や、近所の身体の不自由な人を助けたばかりに津波に呑まれた人などいくらでもいる。しかしそれを道徳教材に挙げた途端に、『思想が戦前の国家主義に近い』、 『“自己犠牲”を強いる教材はまずい』、『“美談”として死を取り上げることはダメ』という発想が、あたかも社会通念であるかのような観点から、批判的に書かれている(この記事自体は、道徳にはあまり関心がなく、震災時の避難誘導などの体制のほうに力点があるのではあるが)。
つまり戦前・戦中の日本で滅私奉公をやらされたトラウマからか、無私自体が世間ではタブーであるという発想が仄見える。
無私の反対は利己であるが、ここまで利己的な価値観を増長させてきたから、この地獄的な現世が出現しているのではないか。無私という徳性をきちんと日の当たるところに出して社会的に評価していかないと、日本の衰退を押しとどめることなどできないのではないか。
かと言っても『無私』というスローガンを大勢の悟ってない人が宣伝しても、何も改善しない“から騒ぎ”に終わるのだが。