◎所得低下と個人主義的ライフ・スタイルへの不適応
(2015-08-10)
ペット・ロスからうつ病になる人も少なくないという。これは一生を個人主義で通すと言う、一人で育ち、一人で死んでいくという孤独な人生に堪えられない人のためのショック・アブソーバーがペットだからである。
戦後の日本の生活には、アメリカの文化が無数に入ってきた。しかしアメリカ文化は欧州由来の個人主義文化である。日本は核家族をその中心とする個人主義のライフ・スタイルへと自発的にあるいは外発的に変化させてきたのだが、一人で私生活をする覚悟はまだ持っていない人が大半だから、ペットブームになったのである。
ダライ・ラマも、大都会で暮らしながら、犬や猫にしか心を開けない人が多いことは何かおかしい気がすると言っている。
犬や猫は上手な聞き手であるかもしれないし、耳に痛い意見はしてこないし、家族の一員であり、えさの関係で飼い主を必要としてくれるし、飼い主にはかわいい仕草をいつも見せてくれるし、飼い主には従順なものだ。
それでも飼い主の人は、犬や猫の心の世界に入ったことがあるだろうか。本当は犬や猫は飼い主をどう思っているかなどと考えたことがあるのだろうか。その寿命は人間より短く、彼らこそ一人で生まれ一人で死んでいく。その一生に対して人間ができることは限られている。惻隠の情があるならば、犬猫の底知れぬ孤独感や無力感を、物言わぬ彼らの視線や鳴き声から感じ取ることができるのではないだろうか。
シングルつまり独身者にあっては、伴侶や子供を持つのは生活コストが桁違いに上がるので、経済的な事情からやむなくあるいは合理的な選択として結婚生活ではなくペットとの生活を選ぶということはある。若い人にあっては、結婚しない、子供もいらないということである。これでは人口は減り、出生率も下がる。
1990年代のバブルのころに比較して、犬猫を飼えるほど平均的な住環境が劇的に改善したわけでもないのに、これだけペットが増えたのは、独身者、単身者、単身世帯が増えたことと、所得の低下もその大きな原因であるように思う。
このようにペット・ロスは、生活を共にしてくれるかわいいパートナーという個人の嗜好の問題にとどまらず、日本人の所得低下と個人主義的ライフ・スタイルへの不適応というマクロな原因で起こっている現象と考えられる。