また無駄に画像を大きくしてしまったぜ・・・。
しかしこの大きさだからこそ詳細が確認できるのです。
我らが海上自衛隊のメダルをご覧下さい。
旧海軍時代から伝わる桜に錨の意匠は何と美しいことか。
さて、陸自の装備展示報告を一日お休みして、今日は海自のお話。
といいつついきなり余談、というか余写真です。
桜と言えば。
京都でお花見をして帰って来てから次の週、
公園に最後の桜を見に行きました。
日本の国花は桜。
海軍の軍帽前章には桜に錨が制定当初からあしらわれていました。
大正3年の通達で詳しく制定されることになったこの前章の規定は、
台地は軍帽地質に同じで、錨身は打出金色金属、錨及び横杆は金繍、
錨座は黒天鷲絨、錨座円廊(内径7寸)は金線、桜葉及び帯は金繍、
桜花(径6分)は打出銀色金属、桜蕾は銀繍
となっていました。
現在の海上自衛隊の幹部自衛官の正帽帽章とは、錨座円廊(金色輪金)の輪の形状等が
若干異なるのですが、配色はほぼ同じです。
ところでこの桜に錨のメダルですが、自衛隊の護衛艦ごとに意匠が違う
「護衛艦メダル」とでも言うもので、実はある読者の方から頂きました!
ええ、パープルハート勲章を授与された感激も覚めやらぬうちに、
このような貴重なものをわざわざ贈って下さったのです。
この桜に錨の面は、全ての護衛艦に共通のデザインで、表面には
おのおのの艦のオリジナルな意匠が施されています。
こんな風に・・・・。
おーい何のフネだかまったくわからないぞー。
と思われた方、すみません。
このメダルにはある護衛艦の刻印がされていたのですが、
分からないように加工してしまいました。
いかなる経緯でその方が手に入れたのかも説明することができません。
この護衛艦のメダルは、記念メダルといい、
「各級指揮官、先任伍長、部隊などが他の部隊との訓練などで
交流を深めたことを記念して、また、
上級者が部下などに労を多として進呈する」
という役割を持つ海上自衛官独特のアイテムなのです。
つまり自衛隊の中でのみ流通するものなので、防衛省内や海自基地の売店では買えません。
(買えませんよね?)
このメダルを送ってくれた方が自衛隊と訓練などで交流を深めた、
というわけでもなさそうなので、おそらく指揮官、先任伍長クラスから
特別にもらった、あるいは交流を深めてその記念に授与されたようです。
その方のお手紙にもこのメダルについては
『先任伍長が名刺代わりに持っているもので、
他艦の先任伍長とのあいさつするときに交換するものだとか』
とありました。
今一度頂いたメダルの裏側をご覧下さい。
Presented By The Command Mastar Chief
と刻印されています。
つまり先任伍長を自衛隊では「コマンドマスターチーフ」と称しているようです。
この理由は後で説明します。
とにかくその貴重なメダルのうちのひとつを「何個か頂いたから」ということで
わざわざこのわたしに送って来てくださったわけです。
ありがたや~。
ところで、この先任伍長という言葉。
・・・・・気になりません?
「士官という言葉がなぜ無くなってしまったのか」
と個人的な趣味丸出して愚痴かたがたこのブログで嘆いてみたところ、さすがは当ブログ読者、
「士官という言葉は海上自衛隊でも生きている」
という例をたちどころにあげていただいた、ということがありました。
伍長という言葉も旧軍の階級ないし役職なのですが、このように海自では
残されて生きているんですね。
伍長、という言葉を遡ればそれは幕末、(遡り過ぎ?)新撰組で
組長の下に置かれた役職です。
新撰組発祥というわけではなく、もっと遡れば江戸時代(もっと遡り過ぎ?)、
5人組のことを「五中」といい、その長を「伍長」としていました。
語源は中国から来ています。
その後、明治の世になって大日本帝国陸軍では、下士官の最下級をいい、
(上から曹長、軍曹、伍長の順)
海軍では正式な階級ではなく、各部隊等の先任下士官等の職名又は俗称としての
「先任伍長」という言葉が存在しました。
陸軍の伍長は英語でcorporal、コーポラルといいます。
さて、海自の先任伍長という制度ですが、実はそんなに古くありません。
海自がこの先任伍長制度を採用したのは2003年のことで、それは
「規律及び風紀の維持に係る体制を強固にするとともに
上級陸・海・空曹の活動を推進し、
部隊等の任務遂行に寄与することを目的とした制度」
として「曹士の能力活用」という名称で採択されたものです。
空自は2008年から、そして陸自は先月2014年3月から正式運用しています。
呼称はこれも各自衛隊の伝統に(空自のぞく)準ずるもので、海自は
「先任伍長」、陸自は「上級曹長」とし、空自は「準曹士先任」としています。
空自の「どっちも取り」が何だかおかしいですね。
なんだって今更、旧軍の職名まで引っ張りだして来てこの制度を決めるかというと、
アメリカ軍や諸外国の軍との交流を持った場合、相手国の最先任曹長に対する
カウンターパートナーが自衛隊も必要だから、という理由によるものだそうです。
海上自衛隊におけるこの先任伍長の任務は
- 規律及び風紀の維持をはじめとする海曹士の服務の指導
- 部隊等の団結の強化への寄与
- 海曹士の士気の高揚等に係る活動の推進
- 上記に係る事項についての各部隊間における情報交換等の推進
で、自衛艦等、各部隊に置かれる海曹から選ばれた者が先任伍長になります。
海自はこれを制定するにあたって米海軍の「マスターチーフ・プログラム」
を参考にしました。
いただいたメダルの裏側、本来なら伍長の英訳はcorporalであるはずですが、
「コマンド・マスターチーフ」となっているのは、このアメリカの階級「マスターチーフ」
に準じているのですね。
海軍では伝統的に上級への意見具申は大いに歓迎とされていたところですが、
この先任伍長に負わされた役目の一つに「指揮官への意見具申」などもあり、
部隊の融和団結がそれによって期されるところですが、もともと本家のアメリカでは
この制度、
「徴兵制で士気が低く、反乱を起こしかねない水兵を監視する役目」
として生まれたといわれています。
我らが自衛隊には(徴兵という前提からして)ありえないことですが、
まあもともとはそういう「小隊ごとの看守のような役目」であったということです。
先任伍長には、責任感、統率力を始め知識、技能、統率力、そして分かるような気がしますが
「表現力」に優れた者が選ばれるのだそうです。
その護衛艦の先任伍長が誰であるかは、舷門から入ってすぐのところに艦長、副官とともに
顔写真がばーんと飾ってあるはずですから、すぐわかります。
この制度もメリットデメリットがあり、メリットとしては、たとえば
防大や一般大学の若い幹部を年配の曹が階級制度とは関わり無く意見具申できるため、
昔のような兵学校絶対の上下関係ではなくなり組織の柔軟性が期待されるという建前、
デメリットは、例えば定年退職間際になった先任伍長が組織のためとはいえわざわざ
意見具申などするだろうかということがあげられます。
ただ現状は(わたしも中の人間でないので本当のところは分かりませんが)
若い尉官は年配の上級曹に頭が上がらずペコペコしているという話もあり、
そういった士官が曹士を指導出来ないからといって先任伍長を置くのは
本末転倒であるとの意見も中にはあるということです。
さて、送っていただいたプレゼントの話に戻ります。
その包みの中には、
護衛艦ピンズや
護衛艦蒔絵シールも入っていました。
何も描かれていない、あるいは入っていないように見えますが、
これは写真ソフトで加工してこれも護衛艦名がわからないようにしたためです。
・・・・こんなの写真にわざわざ載せる意味ないですね。
こちらはもしかしたらその方がわざわざ購入されたのかもしれません。
こんどの自衛隊イベントにはこのバッジをつけていきますので、
もし見かけたら声をかけて下さいね!
(でもこれではつけていてもわからないか・・・)
さて、わたしがその出元を明らかにできないメダルの写真をわざわざ載せたのには
ちょっとばかりわけがあります。
実は、わたくしこのメダルを他にももっているのです。
またもや無駄に大きくてすみません。
これは、昨年海兵隊基地に行ったときに、ホーネット(レガシー)のパイロット、
ブラッドがおみやげにくれたメダルです。
護衛艦では前述のように交換されているということですが、それでは
アメリカ軍ではどのようなときに交わされるのでしょうか。
大きくてすみ(略)
実はこのときブラッドに教えてもらったのですが、
米軍の軍人は軍人同士会ったとき、掌にこのメダルを持っていて、
その手で握手をし、相手にプレゼントするのだそうです。
そして、ここからはブラッドではなくTOがどこからか聞いて来たのですが、
またその同じ軍人と会ったときに、もらったメダルを
また再び握手の際に掌に仕込み、また会えたことを喜ぶのだとか。
握手によるメダルプレゼントは相手が一般人であっても行われますが、
このときブラッドはこのメダルを二枚、普通にはい、とくれました。
せっかくなんだから握手で渡してくれよ・・・。
さあ、そしてわたしの海軍メダルコレクション、最後です。
これ!
まるでラスボスのようなオーラを持つこのメダル。
頂いた護衛艦メダルよりも一回り大きく、見ていただければお分かりでしょうが、
おそろしく細工が凝っています。
これは幹部学校長の某海将に、幹部学校訪問見学のときに頂いたものです。
昔から兵学校校長、海軍大学校長は艦隊司令に相当し、
この幹部学校というのは旧軍の海軍大学に相当するので、メダルもその分
大きくて手が込んでいるということのようです。
海上自衛隊の肩につける階級章は、海将補以上は金糸に銀糸の刺繍が施された
大変美しいものですが、銀糸刺繍の部分は、やはり「桜と錨」。
錨の下に、海幕長4個、海将3個、海将補2個の桜模様があります。
このメダルに見える三輪の桜は、学校長の階級である海将を表しています。
裏面のこの護衛艦は・・・・・・・
とボケてみましたが、これはどう見ても常識的に考えて咸臨丸ですね。
咸臨丸は1857年(安政4年)江戸幕府が海軍創建のためオランダから購入した船です。
1860年(安政7年)、日米修好通商条約批准遣米使節一行の随行艦として、
勝海舟艦長の指揮下わが国としては初めて太平洋を横断した記念すべき汽船です。(幹部学校HPより)
幹部学校には海軍軍人の揮毫や写真、絵画彫塑などの歴史的資料が保存されており、
そのうちいくつかの書を当ブログでも揮毫者と共に紹介させていただきましたが、
この咸臨丸の絵画も勢古宗昭画伯から寄贈されたものから図案を取っているようです。
光ってしまってよくわかりませんがこの絵です。
メダルはこの「咸臨 航来」という絵画の咸臨丸が揚げている
日の丸の紅が鮮やかにそこだけ色付けがなされています。
咸臨丸の上に書かれた文字は「忠勇仁信知 」。
勿論孔子の「論語」からの五文字で
忠 (まごころ)
勇 (決断力)
仁 (思いやりの心)
信 (嘘をつかない、約束を守る)
智 (洞察力、物ごとを判断する力)
とあります。
幹部学校のモットーでしょうか。
ご存知のように論語にはあと4つ、「義」「礼」「謙」「寛」があります。
護衛艦同士や自衛官同士で交わされるメダルも、握手のたなごころに忍ばせ
相手に贈るメダルも、昔からの海の男同士の慣習からきた儀礼に違いありません。
一般人のわたしにはメダルを再び握手に交えるようなドラマチックな機会はありませんが、
もしできうるならばそのうちこれらをペンダントにでも仕立てて、
いつになるかはわからないまでも、再会のチャンスを待ってみようかと思っています。
ところで。
幹部学校の英語名が
JAPAN NAVAL WAR COLLEGE
だったって、皆さんご存知でした?