ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

幼い時にだけ見えるもの

2010-05-29 | つれづれなるままに
メアリーポピンズのお話の中で私が一番好きなのが
「ジョンとバーバラの物語」です。

産まれたばかりのジョンとバーバラは、風や太陽、動物の言葉が分かり、大人の言うことも理解しています。

部屋に遊びにきたムクドリは、二人に
「すぐに何も分からなくなるのさ、君たちも」と言います。
「そんなことないよ!いつまでも分かるよ」
「いや、人間はみなそうなのさ。あの人(メアリーポピンズ)以外はね」

そう意地悪く言って、二人をからかうムクドリでしたが、次に部屋を訪ねて、ジョンとバーバラに声をかけた彼は、二人が自分の言葉を理解しない「ただの人間の赤ちゃん」になっているのに気付きます。

愕然とするムクドリ。

「泣いてるの?」
メアリーポピンズがムクドリをからかいます・・・。


さて、自分自身に「小さい時にだけ見えたもの」があったかについては、ただの人間になってしまったエリス中尉にはもう記憶はないのですが、自分の子供を育てていて、人間があかちゃんから幼児に移る頃、なにか不思議なことが起こるらしい、と感じる出来事が何度かありました。

そのうちの一つです。

息子が2歳のとき、我が家はサンフランシスコに住んでいました。
ある週末のドライブ旅行で、われわれは海岸線を下って行った所にある「カ―メル」という町を訪れました。
ここは、かつてクリント・イーストウッドが市長をしていたので有名な、海沿いの美しい街です。

車で走っているうちに素敵なコロニアル風のインを見つけ、泊ってみようということになりました。
私たちが宿の主人と交渉をしている間、息子は庭のベンチにひとりで座っていたのですが、部屋が決まってそこに入ったとき、こんなことを言い出したのです。

「おねえちゃんが車に轢かれたときに、コーラの瓶が割れたんだって」

はあ?いきなり何を言い出すのかと思ったのですが、2歳の息子は、何度も同じことを繰り返します。
彼の言によると、

「車に轢かれておねえちゃんは死んだの。
そのとき、コーラの瓶が割れたの。
お父さんももう死んでしまったけど、まだ悲しくて泣いてるんだって。」

皆さん、「コーラの瓶」ってここ最近見たことありますか?

ましてや息子は2歳、アルミ缶かペットボトルのコーラしか見たことはないはずで、おまけにうちは誰もコーラを飲んだことがないのです。おそらく昔瓶詰めのコーラがあったことさえ知らないはずです。

私もTOも、息子が一人で庭を見ている間に、彼にいったい何が起こったのかと、何度も尋ねました。まだ2歳で言葉も拙いながら、息子の話は最後までぶれず(翌日聞いても、全く同じことを言った)その話はどうやらその近所で起こった何十年も昔の事故のことではないか、と思われたのです。

「それ、誰に聞いたの」と聞いても、息子には答えられませんでした。
「見たの?」と聞くと、
「そんなことがあった」
としか言えないのです。

現在10歳の息子に、ふとこのことを思い出して聞いてみたら、
「全く覚えていない」と言いました。

ひとりで庭にいた息子に、過去、そこで亡くなった女の子のお父さんが、思わず時空を超えて話しかけたのではないかなあ、と今でも思うのです。

アニメ「アイアン・ジャイアント」~特攻に見る自己犠牲の精神

2010-05-23 | 映画



「特攻」という行為を、戦後日本のある一部の人間が言うように「無駄死に」「愚かな行為」だと、
日本人以外の世界の人々も思っているでしょうか。
 
そして、彼らは、今のマスコミの言うように「国による犠牲者」で、
望まぬ死を余儀なくされただけの可愛そうな人たちなのでしょうか。

私は否、だと思います。

フランスの思想学者であり、文人、政治家でもあったアンドレ・マルローの言葉です。

「日本は太平洋戦争に敗れはしたが、そのかわり何ものにも代え難いものを得た。
これは、世界のどんな国も真似のできない特別特攻隊である。

 ス夕-リン主義者たちにせよナチ党員たちにせよ、
結局は権力を手に入れるための行動であった。
日本の特別特攻隊員たちはファナチック(狂信的)だったろうか。
断じて違う。彼らには権勢欲とか名誉欲などはかけらもなかっ た。
祖国を憂える貴い熱情があるだけだった。

代償を求めない純粋な行為、そこにこそ真の偉大さがあり、
逆上と紙一重のファナチズムとは根本的に異質である。
人間はいつでも、偉大さへの志向を失ってはならないのだ。」


このアニメが、私の知る限り日本で上映されたという覚えが無く、
全く知られてもいないのは実に不思議な気がします。
エリス中尉がこのDVDを買ったのはアメリカですが、日本で購入できるのでしょうか。


米ソで冷戦が行われているころ。
少年ホガースは、森の中で身長100フィートの宇宙から来たロボットに出会います。
別の天体の破壊兵器として生まれたらしいこのロボットは、ホガースの言葉を理解し、
仲良くなります。

ところが、噂を聞いて、政府が調査と壊滅に乗り出します。
この巨大ロボットを攻撃するため、愚かにも原子ミサイルを打ち上げてしまう軍。
「もう終わりだ。このミサイルがここに戻って落ちてきたら我々は死ぬ」

ロボットはホガースに
“Stay here. Don’t follow me”
(最初に家についてこようとするロボットに、ホガースは犬に言うようにこう言った)
と言い、空に飛び立ちます。

放物線の頂点で向きを変え、落下してくるミサイル。
アイアン・ジャイアントは、最後にホガースの言葉を思い浮かべます。

「いいかい、なろうと思えば、僕らはどんなものにだってなれるんだ」

ジャイアントの顔に微笑みが浮かびます。
「・・・スーパーマン・・・」

スーパーマンらしくカッコよく飛ぶんだ、ほら、こんな風に、とホガースが教えてくれた、
片腕を前に突き出した飛び方のまま、ジャイアントはホガースや町の人々を守るため、
ミサイルに向かってまっすぐ突き進んでいくのでした。


ストーリーの途中で、スーパーマンのマンガと一緒に「アトモ」という題のマンガ本が写ります。
これは、皆さんもお察しのように、手塚治虫の「鉄腕アトム」への(英題『アストロ・ボーイ』)
オマージュだと思われます。

アトムは、地球に向かって飛んでくる流星に向かって、爆弾を抱いて突撃して果てます。
このアイアン・ジャイアントの作者が、日本の特攻にも見られる、このアトムの
「武士道的自己犠牲の精神」に強く感銘を受け、
ジャイアントの最後になぞらえたであろうことは想像に難くありません。

マルローは、またこうも言いました。

「フランスはデカルトを生んだ合理主義の国である。
フランス人のなかには、特別特攻隊の出撃機数と戦果を比較して、
こんなに少ない撃沈数なのになぜ若いいのちをと、疑問を 抱く者もいる。

 そういう人たちに、私はいつも言ってやる。
《母や姉や妻の生命が危険にさらされるとき、
自分が殺られると承知で暴漢に立ち向かうのが息子の、弟の、夫の道である。
愛する者が殺められるのを黙って見すごせるものだろうか?》と。

 私は、祖国と家族を想う一念から恐怖も生への執着もすべてを乗り越えて、
 いさぎよく敵艦に体当たりをした特別特攻隊員の精神と行為のなかに
男の崇高な美学を見るのである」








大学の神様

2010-05-16 | アメリカ
TOはアメリカ東部にあるアイビーリーグの某大学に留学していました。

世界中から人が集まる有名大学ですので、大学での付き合いで仲良くなった学生同士のネットワークは実に世界中にあり、「おそらく五大陸どこに行っても案内してくれる友人は必ずいる」という関係を築けたことが最も収穫と言えることだ、とTOは言います。

スペインの名家の出で、国王から表彰されたこともあるC。
昔日本に来てドイツ医学を伝えていったベルツの子孫、M。
日本語の堪能な彼には、日本に来た時、別府地獄温泉のお土産『毎日が地獄です』Tシャツをあげました。(本日画像(^_^;)
もしドイツでこのTシャツを着ている人を見かけたら、それはMかもしれません。
メキシコ大統領になる「予定」の男性。インドの国連代表の息子。
そうそう、シーボルトの親族、というドイツ人もいましたっけ。
そういう綺羅星のような学生の中に混じってなぜうちの父ちゃんが、と思わないでもない日々ではありましたが・・、

ともあれ、彼らは―たとえ国同士が仲が悪いとされている国の出身でも―不思議なくらい仲良く、互いを尊重しあう学生生活を送っていたように思います。

例えばこんなことがありました。
日、中、韓三か国の学生たちの間で親睦会がもたれ、みんなで一度飲み会をしました。
貨幣価値がだいぶ日韓とは違う中国学生のことを考慮して、出来るだけお金のかからないところが選ばれたのですが、やはり彼らには負担だったようです。
日韓の学生は中国学生たちに気を遣い、彼らを誘うのは遠慮するようになったということです。

その大学生活の中である日こんな事件が起こりました。

ある中国出身の女子学生が、試験前にコンピュータを破損させました。
そこには試験のための大事なデータが入っていたらしいのですが、破損の原因というのがコーヒーをこぼしたことだった、というのです。

何故、試験前に大事なコンピュータの上でコーヒーを飲む?という突っ込みはさておき、困った彼女は、クラス全員に助けを求めるメールを送りました。

データは自力で何とかする。
とりあえず余ったPCがあったら誰か貸してはくれないだろうか。

TOも、なんとかなればいいとその収拾については気をもんでいたのですが、ほどなく彼女から再びクラス全員に宛ててメールが来たのです。

そのメールには驚くべきことが書かれていました。

「先日私のロッカーに2000ドルの(当時で22~3万円)現金のはいった封筒を入れてくれた人へ。
どなたか存じませんが、このお金は私のコンピュータに充てるべきものとしてあなたが下さったものだと思います。
私は今本当に困っているので、これを使わせていただきます。
しかし、このお金をもらってしまうわけにはいきません。
これを見ている中に、その誰かがおられたら、私だけにその名前を教えてください。
何年先になるかはわかりませんが、必ずそのうちお返しします」


今、中国は富裕層を多出しています。
あの大学に留学を果たした優秀な女子学生は、きっと今頃その一員になって、その良き隣人にお金を返したことと信じます。
もし、彼女のメールに答えて誰かが名乗り出ていれば、ですが。

こんなおとぎ話は、日本ではありえないことのように思います。

でも。
何人もの大統領を輩出し、アラブの石油王やイラクの王族(ビンラディンの息子もかつて学んだそうです)各国の要人の子弟が多く学ぶこの大学。
世界中の学生の憧れであるこの大学。
国や民族にかかわりなく、みながひとつの学問に情熱を傾けるこの大学。

この大学の教室で隣に神様が座っていたとしても、なんら不思議なことではないような気もした当時のエリス中尉でした。


編隊宙返りは事実だったのか

2010-05-02 | 海軍



多くの方がそうであるように、エリス中尉もこの世界へのきっかけは「大空のサムライ」でした。
あらゆるエピソードにあるときは手に汗握り、ある時は涙し、大笑いし、魅力的な登場人物には憧れ
(笹井中尉のことですね)・・・。

名作だと思います。

しかし、いろいろな本や資料を当たっているうちに、
「これはある種の創作だ」との確信を強くしていきました。

実際、大空のサムライは、坂井氏にインタビューしたライターが名文で書き著したもの、
というのがその筋の定説です。
あくまでも語ったことであるので、人名、日時、など、別の本では全く違っているということが
多々起こっているのです。

もちろん、坂井氏が全く無かったことを語るはずがありません。(と今は言っておきます)
笹井中尉との別れや、三段跳び撃墜など、「確かにあったこと」が殆どだとは思います。

さて、「編隊宙返り事件」という有名なエピソードがあります。

ご存じない方はいないと思いますが、一応記しておくと、
「坂井、西澤廣義、太田敏夫の三人がモレスビーの敵基地上空編隊宙返りを計6回行い、
それを攻撃せず見守った敵軍から後日
『次回は緑のマフラーを着けて来られたし、歓迎しよう』という果たし状が来た」

という事件です。

エリス中尉、この事件でものすごく疑問に思うことがあります。
我らが笹井中尉がこの果たし状を「やくざみたいで厭だ」といって握りつぶしてしまった、
というくだりです。

 何故、坂井さんはそれを、そして握りつぶしてしまった手紙の中身までを知っていたのでしょう?
いくら仲がいいと言っても、彼らを「目玉の飛び出るほど叱った」笹井中尉が坂井さんに
「いや~、こんな手紙が来てたけど、握りつぶしちゃったよ(^^ゞ」
なんて言うものでしょうか。
だいたいそれだと、握りつぶした、とは言いませんよね。

 坂井さんはあくまでも「・・・ということである」という言い方でこの事件の顛末を語っているのですが、
どのようにしてそれを知ったか、どこを見てもそのような記述はありません。
「笹井中尉は文字も一字一字楷書でしたためるようなサムライだったので、
こんなやくざみたいなことは厭だ、とでも考えたので『あろう』」
これも笹井中尉が
「俺、こんなヤクザなことはイヤなんだよね(-_-メ)」
と坂井さんに言ったわけではなさそうです。

坂井三郎のファンからバッシングを受けるのを覚悟で書いてしまいます。

「編隊宙返りは実話ではなかったのではないか?」

あくまでも、この疑惑はエリス中尉の勝手な妄想ですので、読み流していただきたいのですが、
この話には非常に不審な点が多いのです。

まず、行われた日時が明確ではないこと。(5月17日、6月25日両説あり)
そして、この事件について全くモレスビー基地側に記録がないこと。

1点目について。
この3人が同時に搭乗割に入っていた攻撃というのはそう何度もないと言われています。
その中で、このように攻撃後わざわざ基地まで行く余裕のあった日ははたしてあったのでしょうか。
5月17日は同隊の山口中尉が自爆しそれを見届けた日で、そんな時間は無かったはずですし、
6月25日には太田兵曹が一緒に出撃していません。
(碇義武著:「大空のサムライ」研究読本より)

そして2点目。
坂井さんは一度禁令を破って単機でモレスビー基地を機銃攻撃したことがあります。
戦後、当時モレスビー基地に勤務していた豪州軍の元兵士が、
「たった一機で現れたゼロが機銃掃射していった。私はその弾丸を2つ持っているが、
あのゼロはサカイだったのか」
と坂井さんに面会を求め、それが日時の一致によって坂井機であることが判明した、
という出来事がありました。

もし、編隊宙返りをモレスビー基地の何人もが目撃していたなら、その中の一人くらいは
この元兵士のように戦後「大空のサムライ」を読み、名乗り出るのでは?と思うのです。
連合軍の記録にも、全くそのようなものはないそうです。

そして、大変書きにくいのですが
「太田、西澤両名ともに亡くなってしまってそれを裏付ける証言をする人間はいなかった」という事実。

ここからは想像です。
坂井、西澤、太田の三人の間で
「一度敵基地上空で編隊宙返りなんてどうだい」「それは面白そうだな」「いつかやってやろうぜ」
という話ぐらいはきっとあったのだろうと思います。
しかし実際は話だけで終わってしまったのではないでしょうか。
戦後、最も痛快で胸のすく「本の為のエピソード」として、この「計画」を坂井さんが筆者と相談の上
「あったことにした」というのがエリス中尉の大胆な予想です。

とはいえ、編隊宙返りは既に愛すべきストーリーとしてすでに世界中の「サムライ」ファンの中に
生きています。

「white lie」(罪のないウソ)という言葉があります。
坂井さんがこの「創作」をしたからといって、それを責めるには当たらないのではないでしょうか。
何よりも、このストーリーには、坂井さんの散って行った仲間に対する心からのオマージュが
込められていると思うからです。